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脱獄

実行

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玄関を出てエレベーターに乗った亮と庵は一階の広間のようなところに来ていた。ここはかつて宏斗らがいたところだ。そのため庵は色んな感情が込み上げてきた。ここに来てから月日はあまり経っていないはずなのに色んなことがあったなぁ…と。そんなことを考えながら庵が歩いていると亮が急に立ち止まった。



「亮どうしたの?」

「…やべ。」

「何かあった?」

「財布忘れちまった。」



亮が焦った様子でそう言った。しかし亮は先程家にいた時荷物を取るために準備をしていた。だから財布を忘れているはずがないのだ。要は亮は嘘をついている。だが庵はそれを疑わなかった。亮のことを信頼しているというのもあって庵は亮が嘘をついていると思えなかったのだ。



「珍しいね亮が忘れ物するのって。」

「俺もたまにはな。」



そう言いながら亮が笑った。そして庵の頭に手を置いて…。



「悪い庵。俺はちょっと財布取りに行くからここで待っててくれるか?」

「俺、1人でここにいていいの?」



庵はこれまで一人行動を許されたことがない。それは家の中でもそうだ。どこに行くにしても誰かが着いてくるし1人になるにしてもそれは緊急事態の時のみだ。あるいは寝室で寝ている時。それに加え庵は玄関には近づくことも許されていない。そのため庵はこんなにも驚いたのだ。あの亮が1人で待ってろと言ったから。



「ああ。勿論だ。俺はお前を信頼してるからな。お前はもう逃げないって。」

「そっか。ありがとう。」



そんなはずあるわけが無い。仮に庵が逃げないと確信が持てたとしても亮は庵をなんの理由もなく1人にすることは無いだろう。なのに庵は亮の言ったことを信じた。信頼してくれる程になったんだって逆に喜んだ。きっと庵は逃げることしか頭にない。そのため判断力が相当鈍ってしまっているのだろう。そんな庵の顔を亮は鷲掴みにして頬にキスを落とした。



「可愛いやつ。てことで俺はちょっと財布取りに行くからいい子で待ってろよ。」

「うん。行ってらっしゃい。」



庵はそう言って亮に手を振った。そのまま亮の姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くした。そうしないといつ亮が戻ってくるか分からないから。そしてもう亮は戻って来ない。それを確信した庵はゆっくりと足を進めていった。



「ごめん…亮。」



信頼してくれている亮を裏切った。その罪悪感に包まれながら庵は足を動かし続ける。



「…たしかこっちだったよね。」



庵はなんとなくではあるが覚えていた。ここに連れてこられた時恐怖の中で道を必死に覚えていたから。そのおかげで今ゆっくりとではあるが順調に進めている。



「…よし。ここまでくればっ、」



庵はある程度のところまで進んだ。そしてそこからは走った。そりゃもう必死に走った。後ろから亮が追いかけてくるかもしれないから。しかし庵はそれに期待してしまっていた。追いかけてきて欲しい。ここから出たくない。その気持ちが庵の中であるから。けれどそれでは龍之介らが幸せになれない。自分がいることでまた誰かが不幸になるかもしれない。それに庵は耐えることが出来ない。庵にとって初めてできた大切な存在だから。そのため庵は…。



「亮が来る前に逃げないと…。」



出口をめざして庵は全速力で走った。そして庵は出口を視界に捉えた。その出口を目指して走り続けドアノブを手に取ったその時…!



「い゛っ!」



庵は後ろから思いっきり誰かに引っ張られた。誰なのかは一瞬で分かった。ずっと一緒にいた人の匂いだったから。



「どういうつもりだ庵。」



庵を引っ張ったのは龍之介だった。それも庵がこれまで見た事がないぐらい怒った顔をして…。



「…な、んでっ、」



そもそもどうしてここに龍之介がいるのか庵は分からなかった。だって庵が一緒に外に出たのは亮だ。龍之介は仕事をするために家にいるはず。それなのに何故…。庵は混乱のあまり龍之介から逃げようとした。そんなこと力のない庵にできるわけが無いのに。



「何逃げようとしてんだお前。」

「…いたいっ!」

「そりゃ痛ぇだろうな。お前を逃がさねぇようにしてんだから。」



逃げ切れる…。そう確信していた庵には想定外の出来事だった。だから庵はどうしたらいいのか分からずただ震えることしか出来なかった。目の前にいる龍之介があまりにも怖かったから。だが龍之介からすればこれは想定内の出来事だった。しかしいくら想定していたとはいえ怒りが抑えられないのだ。庵がどんな理由があろうとも自分の手の内から逃げようとしたのだから。



「どうした庵。そんなに震えて何が怖いんだ?まさか俺か?」

「……ちがっ、」

「違う?まぁいい。質問を変えよう。お前はなんでここにいる?亮はどうした?」

「…………っ。」



怖い。ひたすら怖い。庵はただただ龍之介が怖かった。こんなに怒っている龍之介を見るのは初めてだから。どうすることも出来ず庵は話すことすら出来なくなってしまった。そんな庵をみて龍之介は庵の腕を思いっきり引いて自分に引き寄せた。



「…いやっ、」

「嫌?お前今そう言ったのか?」

「いたい…っ、やめて…っ、」



怖い。痛い。掴まれている腕がヒリヒリする。庵は恐怖と痛みが混ざり合い涙が溢れそうになった。自分で決めたことなのに。こうなることは容易に想像ができたのに庵は今更ながら自分の考えが甘かったことに気づき後悔した。今更後悔しても遅いのに…。



「あのな庵、お前が逃げようとしていたことは分かっていた。だからあえてお前を1人にしてどうするか見ていた。お前なら逃げない。そう信じてな。だがお前は逃げた。俺との約束を破ってな。」



どうして気づけなかったんだろう…。庵は先程の亮のおかしな言動、そして行動に今更気づいた。財布を取りに行くなんて嘘だ。今考えればすぐわかる。なのにあの時は分からなかった。いや…例え気づいていたとしてもどの道庵はここから逃げ出すことは出来なかっただろう。仮に逃げ出せたとしても直ぐに連れ戻される。だって相手は極道なのだから。



「亮が最後のチャンスをやったのにお前はそれを踏みにじって逃げた。なぁ亮。」

「そうですね組長。俺はガッカリしましたよ。」



龍之介ばかりに集中していた庵は龍之介の後ろにいた亮に気づかなかった。そしてその横には瀧雄もいた。その2人の顔を見て庵は酷く後悔した。逃げなければ良かったって…。それほどまでに亮も瀧雄も怒っていた。そして庵は龍之介らにまんまと嵌められたと気づけなかった愚かな自分が嫌いになった。庵はただ龍之介らに幸せになって欲しくて逃げただけなのに…。



「来い。」



黙り込み震える庵を龍之介はそういい無理やり歩かせようと腕を引いた。だが庵は戻りたくなかった。それではダメだから。逃げたことは後悔している。だって捕まるなんて思ってなかったから。それに想定していなかった。龍之介らがこんなに怒るなんて思いもしなかった。でも庵は逃げないといけないんだ。庵がここにいたら…龍之介らと一緒にいたら彼らは不幸になる。そう信じ込んでいる庵は無駄だと分かっていながらも抵抗を始めた。



「や、やだっ!」



この状況でまさか庵が抵抗を始めると思わなかったのだろう。龍之介も亮も瀧雄も驚いた顔をした。だが直ぐにそれは怒りに変わった。



「お前に拒否権はねぇ。」



龍之介は庵の腕をぐいっと引いて本気で庵を脅した。そうしたら庵が大人しくなると思ったから。しかし庵は…。



「やめて…っ、はなせよ…っ!!」



龍之介から解放されようと必死にそう声を荒らげながら暴れまくった。そんな庵をみて龍之介は怒りが抑えられなくなってしまった。それはこの状況でも逃げ出したいほど庵は自分たちが嫌なのか…と勘違いしてしまったから。



「チッ、おら来い。手間かけさせんじゃねぇ。」

「やめっ、下ろせよっ!!」



龍之介は嫌がる庵を無理やり抱き抱えて強い力でホールドした。そのため庵は抵抗することもままならなくなってしまった。しかしそれでも庵は諦めなかった。そんな庵に龍之介は…。



「庵。お前はもう二度と太陽の光を浴びれないと思え。」



その龍之介の言葉には庵が二度と外に行けない。それを意味していた。だが庵も庵で負けなかった。それは全て龍之介らのためだ。龍之介らが幸せになるために…。



「ふざけるなっ、俺にも俺の人生があるんだっ、離せよ…っ!!」

「人生ねぇ。」



龍之介は庵の言葉を聞いて立ち止まりそう言った。そして…。



「笑わせんじゃねぇ。お前はもう俺らのもんなんだ。人生もクソもねぇ。ここで俺達に可愛がられながら一生を終えるんだ。」

「…………っ。」



龍之介の言葉が嘘だとは思えなかった。きっと庵は逃げ出さなければ龍之介らと幸せに一生過ごせていただろう。だが逃げ出してしまったことでそれが変わった。ただ庵は龍之介らに幸せになって欲しかっただけたのに…。自分がいることで和紀が死んでしまった。益田が裏切ってしまった。だから…。だから…庵は龍之介らと距離をとって逃げ出そうとしたのに…。



「なぁ庵。何黙り込んでんだよ。」

「……………っ。」



龍之介をこんなにも怒らせてしまった。逃げないように物凄い力で龍之介に捕まえられているから庵は全身が痛い。だがそれよりも庵は精神的にキツかった。こんなにも龍之介を怒らせた。龍之介だけじゃない亮も瀧雄もだ。だが今更取り消せない。やってしまったことは消せない。もう庵には逃げることもあの幸せだった日常を取り戻すことも出来ないんだ。そんな風に黙り込んでしまった庵をみて龍之介は恐ろしく怖い顔をして…。



「まぁいい。帰ったら逃げ出したことを後悔するほど泣かせてやる。泣いても喚いてもやめてやらねぇ。ちゃんと身体に分らせてやらねぇといけねぇからな。二度と逃げ出さねぇように。」



そう言うと龍之介は庵を強くホールドしたまま歩き出した。そのため庵はまた暴れ出した。家に戻りたくない。今戻ったら二度とここから出られなくなる。そしたらまた龍之介らが不幸な目に遭うかもしれない。そんなの…そんなの嫌なのに…。



「やだっ、やだってばっ、離してよ…っ!!」

「庵。暴れないほうが身のためだぞ。」



無駄な足掻きをしている庵に亮がそう言った。きっと亮は怒りの中で庵に忠告しているんだ。龍之介をこれ以上怒らせるなって。だが庵はそれどころじゃなかったんだ。逃げないといけない。それしか頭になかったから。



「やだってばっ、お願いっ、離せっ!!」


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