血の繋がりのない極道に囲まれた宝

安達

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調教される日々

変わりゆく感情

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「庵、こっからはちょっとお前には刺激が強いだろうからこっちに来い。亮の顔も見れた事だし安心したろ?」

「…うん。」



龍之介の言葉に庵は静かに頷く。だが庵の視線は亮に向いたままだ。それもそうだろう。庵は龍之介と出会うまで暴力団との関係がなかった。だからこれは表の世界で生きてきた庵には見ることのなかった景色なのだ。そのため亮の傷を見る度に罪悪感に包まれてしまう。自分を守ってくれたことで亮は怪我をしてしまったから。そんな庵をみて龍之介は庵を担ぎあげた。



「うあっ…!」

「あいつは大丈夫だから、な?だから俺と一緒にあっちに行っておこう。」



龍之介はそう言ったが見るからに亮は大丈夫では無い。だがそれは庵から見た視点の話だ。こういったことはきっとヤクザ内ではよくあることなのだろう。庵はニュースが信じられなくなった。証拠や確証のないことばかりニュースに取り上げて本来知らせなければいけないことを知らせない。裏社会のことだってそうだ。何人もの命が無くなっているのにそれを表には出さない。怖いからだろう。だからってなんの怖さもない一般人をニュースに取り上げて苦しめていい理由になんてならないのに…。庵はここに来てからというものいろいろなことを知れた。いいことも悪いことも沢山。そして今も尚それは続いている。



「…お前がどうしてもここにいたいと言うなら居させてやる。」




庵が龍之介に返事をせず黙り込んでしまった姿を見て龍之介はそう言った。亮のことが心配でたまらない分ここで無理に引き裂けば逆効果になると思ったからだ。しかしーーー。




「医者来るまでだがな。そっからはお前に見せなくねぇからよ。」



骨折もしているのだから処置は相当なものになるだろう。今も亮の腕は悲惨なことになっている。傷跡は必ず残るだろう。その傷を龍之介は庵にできる限り見せたくなかった。だが庵の意思を尊重することにしたのだ。



「どうする?庵。」

「…龍の言う通りにする。あっちの部屋に行く。」




庵は亮をみたままそう言った。それには理由があった。その理由というのは亮が強がっていたから。庵がいることで亮は痛みを我慢し強がっている。だからここに庵が留まれば亮は余計に苦しくなる。そう思った庵は龍之介の言うことを聞くことにしたのだ。




「分かった。なら行こう。」



庵の言葉に龍之介はそう返した。そして近くにいた瀧雄に話しかける。



「瀧、後は頼む。」

「はい。お任せ下さい。」



瀧雄のその返事を聞くと龍之介は庵を抱きかかえて違う部屋へと入っていった。そして部屋に入ると龍之介は庵をソファの上に下ろし、龍之介自身も庵の隣に座り込む。




「刺激が強かったろ。すまないな。」

「…そんなことない。」



と、言えば嘘になる。庵は人の骨がおられる音だって初めて聞いた。ましてや拳銃など見た事すらなかった。警察官が持っていることを知っている程度で現物を見た事もない。なのに今日初めて見てしかもその音も聞いた。人の肉が焦げる匂いと飛び跳ねる亮の血。その光景が忘れられなくなっていた。



「これからは極力お前に血を見せないようにする。刺青だって隠して見せねぇようにするからもうそんな顔すんな。」

「…………。」



庵は龍之介のその言葉に返すことが出来なかった。龍之介のその言葉には庵をここに一生閉じこめるという意味が込められている。ここから出ることは出来ない。ずっと極道と共に暮らしていく。だから刺青も見せないようにする。血も見えないようにする。そういったことが感じ取れた。そんな龍之介に庵は純粋に疑問が生まれた。




「…りゅうはなんで俺を気に入ったの?」



いつも庵を気に入って寄ってくる連中は沢山いる。だがその大抵が一日で飽きて捨ててくる。そいつらが見ているのは庵の顔だけだから。なのに龍之介は庵自身を大切にしてくれる。亮だってそうだ。躾だと言って酷いこともされたけど結局大事な時は守ってくれた。逃げることは許さないのにご飯だって服だって着せてくれるようになった。これまで経験したことの無い優しさに触れた庵は正直ずっと混乱しっぱなしだ。だから耐えきれず龍之介にそう聞いてしまった。




「知らねぇよ。」

「…なんだよそれ。」

「俺は初めてお前を見た時目が離せなくなった。だから手元に置いた。それだけだ。」




本当は違う。庵を始めてみた龍之介は確かに手元に置きたい。自分のものにしたい。そう思った。だが泣き顔を見たいと思わなかった。だから酷い真似はせず近づいていくつもりだった。なのに計画が変わったのだ。色々あった為に…。しかしその事は言わない。絶対に伏せておく。庵に知られたくない話だから。



「やっぱりわかんない…。」

「それでいいんだよ。お前はただ俺の元にいればいい。」



そう言って龍之介がキスをしてきた。今までは嫌で仕方がなかったのに今回は嫌悪感を感じないキスだった。自分でも驚いている庵。でもこんなのただの勘違いだ。そんなことあるはずない。だって龍之介は最低で怖いヤクザなんだから。心を許すなんてことするわけが無い…。そんな風に庵が1人で考え込んでいると龍之介が笑ってきた。



「はは、お前は顔でお喋りすんのが得意だな。」

「笑うな…!」

「そう怒るなって。つかそれよりお前亮と随分仲良くなったみたいじゃねぇか。」

「…そんなんじゃないよ。俺はまだ正直亮のことは怖い。」

「そうか?そうは見えなかったが。」

「怖いけど…俺人に守ってもらったの初めてだから嬉しかった。」

「そうか。」



庵の生い立ちを調べた時龍之介はなんとも言えぬ気持ちになった。さぞ辛かったであろう。だがそれが今少しでも緩和しているのであればいい事だ。



「これからも俺が守るから安心しろ。」



そういい龍之介はまたキスをしてくる。そして庵はそれを拒まなくなった。そしてそんな庵に1番驚いているのは龍之介だった。



「お前、可愛いな。」

「俺は男だっ、可愛くない!」

「急に大きな声を出すな。うるせぇ。」

「龍のせいじゃんか…。」

「はは、お前はほんとに揶揄いがいがある。」



ここに来てから龍之介の笑顔を見たのは数回。たった数回だったのに龍之介はこの部屋に入り庵と話しているだけなのによく笑っている。その笑顔を見ると…優しく見守られてしまうと庵は…って駄目だ。こんな男に惹かれているわけがない。ただ龍之介は庵で遊んでいるだけ。ただそれだけだ。だからこの男を好きになるなんてことは絶対にないんだ。庵が頭を振ってそう思い込ませた。そんな庵の姿を龍之介は楽しそうに見ていた。



「庵。」

「な、なに!」

「感情を閉ざすな。」

「…え?」

「お前今俺の事かっこいいって思ったろ。」

「なっ…何言ってんだ!」

「はは、図星か。」



そう言われて庵は龍之介に言い返せなかった。そして恥ずかしくなる。このままこの話を続けたくない。そう思った。だから庵は話をそらそうとする。その話の話題としてずっと気になっていたことを聞くことにした。



「そういえばさ、聞きたいことがあるんだけどいい?」

「ああ。なんでも聞け。」



話を逸らすのがなんて下手なんだ。そう思ったが龍之介はそれを口に出さない。慌てている庵が可愛いから。だがそんな龍之介の楽しさは次の庵の発言によって半減することになる。



「玲二って人は龍のお兄ちゃん?」



まさかの話の内容に龍之介は黙り込んだ。出来れば玲二の話はしたくない。嫌っているからだ。だからこそ愛している庵に玲二の名を出されたくなかったのだ。だがここに住ませる以上は知っておいた方がいい事実もある。だから…。



「そうだ。」

「…亮とはどんな関係だったの?」



ドア越しでも庵は全ての会話が聞こえていたのだろう。だからそう聞いた。そんな庵に対して龍之介は迷った。本当のことを言うべきかそれとも言わないべきか…。だがやはり知っておいた方がいいことだ。その方が庵も玲二に対する警戒心がつくから。



「…あいつは俺の兄貴に散々遊ばれてた過去がある。それも長いことな。」

「…遊び?」

「ああ。さっきの見て大体わかったろうけど亮はこれまで何度も何度も骨を折られてる。亮が兄貴の機嫌を損ねる度に折られていたらしい。当然のように暴力も振るわれていた。だが俺もそれには気づかなかった。そもそも俺と亮にはかかわりがなかったからな。でもある日ボロボロの亮を連れた兄貴に出会った。そん時亮を半無理やり俺の部下にしたんだ。」




龍之介はボロボロになった亮をみて放っておけなかった。亮を玲二から引き裂けば問題が起こるとわかっていても見捨てられなかった。その理由は龍之介も分からない。ただ一人の人間で他人だった。なのに亮は助けたい。そう思った。その時龍之介には瀧雄しかおらず部下がほかにも欲しいと思っていたことも関係していたのかもしれないが今思ってもやはり亮は手元に置いといてよかったと思う。だがその反面悪かったと思うこともあった。



「だがそれは間違いだったかもしれないと今でも思う。」

「…どうして?」

「兄貴は本気で亮を愛してたからだ。」



龍之介の言う通り玲二は亮を愛していた。だから酷いことをしていた。逃げようとする度躾をした。その話を聞いて庵は亮の行動に合点がいった。庵の躾をする時亮は痛がることはしなかった。庵の体に傷が入ることもしなかったし庵の限界をちゃんと見て最後までしなかった。それにはこのことが関係していたのかもしれない。



「だから兄貴は亮が手元から離れたことで俺に敵意を向けた。元から敵意はあったがそれを行動には出してこなかったんだ。だがそれは亮が俺の元に来たことで変わった。亮も亮で嫌がらせが続くようになった。」




庵は想像も出来なかった。亮を見ていれば傷跡も凄いしこれまで大変だったことは容易に想像が出来た。だがその傷跡は全て玲二に付けられていたものだった。亮はいつも笑っていて明るい性格だ。馴染みやすく龍之介への思いは一直線だ。だからそんな過去があったなんて庵は思いもしなかった。



「嫌がらせって…亮は何されたの?」

「兄貴の指示で亮は今の幹部達にまわされた。体を好き勝手されて傷だらけで帰ってきたんだ。だから俺は後悔した。亮を守るために俺の舎弟にしたのに結局あいつをもっと酷い目に遭わせちまったからな。」



龍之介は苦しそうにそう言った。だけど亮は龍之介の元に来たことを後悔してないと思う。庵は短期間しか亮と関わっていないから全てのことは分からない。だけど亮の龍之介に対する思いだけは本物ということ。それは絶対自信を持って言える。



「…でも亮は龍を誰よりも尊敬してる。俺はちょっとしか関わってないからわからないけどそれでも感じた。亮は龍の事が大切でたまらないって。」

「はは、そうだと嬉しいな。」

「絶対そうだよ。」

「それを言うなら俺のお前に対する思いも本物だ。」



亮の話題から反転して自分への話になったことで庵は恥ずかしくなる。これまで思いを告げられたことはあったがこんなに心臓がうるさくなったことは無い。だからなんだか庵は悔しくなる。自分ばかり龍之介に振り回されているから。だから庵は強がった。



「酷いことしたくせに…。」

「いうようになったじゃねぇか?初めは逃げようと必死だったのによ。」

「でも今は分かったから。龍之介は本当に悪い人じゃないって。それに母さんから守ってくれたことも玲二って人から亮が俺を守ってくれたことも全部嬉しかった。」



庵はそう言うと龍之介を見た。だが龍之介はそんな庵に対して厳しいことを言う。



「人を簡単に信じると痛い目を見るぞ。俺の事もまだ信じるな。まぁだからって逃がしはしねぇけどな。」

「簡単じゃない。俺は信じたいと思った人しか信じない。自分の目で見たことを信じてそう言ったんだ。」

「ならここで俺がお前を抱いても拒否しねぇのか?」



龍之介が庵のお尻を撫でてくる。ズボンの上からだが後孔に指を挿れられそうになった庵はたまらず立ち上がった。


「…それはする。拒否する。」

「なんでだよ。」



庵が立ち上がったことで距離ができてしまったことに腹が立った龍之介は庵の腕を引いた。そして自分の膝に座らせる。



「だって亮のせいで身体が辛いから…。」

「あいつそんなにガッツいたのか?」

「…うん。」

「たく、仕事増やしてやらねぇとな。」



龍之介は本当にわかりやすい。イラついている時は特にそうだ。だが今は本気で怒ってはいなさそうだった。相手が亮だからであろう。



「大怪我してたからそれは怪我が治ってからにしてあげて…。」

「ほぅ…亮を庇うのか?」

「え、や、そういう事じゃなくてっ!」

「焦んなって。今日はお前に手を出さねぇから。多分な。」



たぶんって…!絶対信じちゃいけないやつだ。庵がそう思い龍之介から距離を取ろうとしたその時…。



ガチャ



この部屋に誰かが入ってきた。その人物が誰なのか探るように龍之介も庵もみていた。



「若、お疲れ様です。」

「なんだお前か。」



玲二がこの部屋に入ってきたということもあり龍之介は警戒心をマックスにしていた。だが瀧雄の姿が見れればそれは解かれる。自然となくなっていく。だからそういったのだ。



「なんですかその言い方は。それより亮の処置終わりましたよ。」

「手は不具になりそうにないか?」



ヤクザにとって手は命だ。色んなことに使うために。庵を守るためにだって必要不可欠なものだ。だから龍之介はそこを1番初めに聞いた。何よりも手が使えなくなった時亮が悔しいだろうから。だがその心配はどうやら不要だったようだ。



「はい。元通りって訳にはいかないですけど不自由なく生活できるぐらいには戻るそうです。」

「そうか。良かった。」



そう言うと龍之介は立ち上がった。亮を見に行くためだ。だから庵は大人しくこの部屋で待とうとした。だがそんな庵に対して龍之介は手を差し出した。



「庵、来い。亮の様子を見に行くから。」

「うん…!」



嬉しかった。自分も行けることが何よりも嬉しかった。だから庵は龍之介の差し伸べられた手に応えるよう自分の手を差し出した。その行動に瀧雄は驚いていた。庵が従順になっていたから。いや従順と言うより自らの意思でそうしたようにも見えた。そしてこの時瀧雄は思った。庵は自分達を変えてくれる宝になる…と。



「瀧、何してんだ。行くぞ。」

「はい。」



その場にたって動こうとしない瀧雄に龍之介がそう言った。その龍之介の言葉に瀧は急いで足を動かした。そして龍之介に手を引かれる庵を見てニヤッと笑う。



「庵、どうしたんだよ。腰立たねぇの?」

「うるさいっ、亮のせいなんだ…!」



足をヨロヨロとして歩くのが辛そうな庵。その庵に対して瀧雄はそう揶揄った。揶揄った…ただ揶揄っただけのはずなのに瀧雄は嫉妬心が隠せなくなってしまう。



「へぇ、なら俺にも抱かせてくれよ。」

「おい瀧、庵をそう煽るな。すぐ怒るんだからよ。」

「若、それが面白いんじゃないですか。つかお前なんだよ。怒りっぽいとは思ってたけどやっぱ短気かよ。」

「違う…!」

「瀧。」

「すんません。」



そう言っていたが瀧雄は全く反省していない様子だった。そんな瀧に対して龍之介は思わずため息を着く。庵も庵でだる絡みをしてくる瀧雄にため息が止まらない。だが唯一亮だけは楽しそうだった。



「はは、お前らはほんとに。病人の前で騒ぐなって。庵、お前もそんな風に相手すっから瀧が調子に乗るんだぞ。」


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