133 / 134
第二部
120話 金ヶ崎の戦いの、前にて3(私と友達になって)
しおりを挟む
私は強い。と言っても、「女の中では」が頭につく。
9歳から剣術や槍や薙刀を習って、12歳から火縄銃を習った。
おそらくもともと運動神経はいい方だったのだろう。その年齢で、並の大人では敵わないと言われる程度の武芸を身につけることができた。けれど、それは思春期程度までの話。
魔力や魔法がない世界では、いくら鍛錬しても男性の筋肉量やスタミナには及ばなく、筋肉がこの世界での強さの基準だ。
十兵衛は背が伸びて、私より強くなった。信長には、出会ってから結局、一度も勝てていない。
私の身体はおそらくゲームのビジュアルを保つために17歳程度で止まっているけれど、それでも、ここから伸びることはないだろう。
秋は、将軍になる人の代わりをしていただけあって、強かった。
十兵衛が援護してくれてはいるものの、周りのゴロツキ衆の数が多くて、さばききれていない。
秋が単身スパイとしてではなく、きちんと小隊分くらいの兵を連れてきていたのは、実を言うと十兵衛や半兵衛くん達にも予想外だった。将軍になった足利義昭が、影武者として生かしていた秋をこれ以上使わないのではないかという考えだったのだ。
幼い頃なら良かったけれど、大人になって同じ顔の弟は、女装をさせても無理がある。
草を踏みしめて姿勢を低くして、刀を構えなおし、目の前の男を思い切り薙ぎ払う。
秋はしっかり鼻先で避けて、私から距離を取った。
「こんな、無理矢理暴力に訴えたって、友達はできないのよ!」
「いいわよもう!なってくれないのなら!どうせあたしは兄様の影よ。帰蝶を友に出来たって、好きな人が出来たって、全部、兄様取られちゃうんだから。どうせ、もう、本当に不要になるんだから……」
飛んでくる黒服さん達の刃を避けたりしてたから、余計に息が上がってる。
それは向こうも同じようだったけど、それよりも、秋は苦しそうに声を絞り出した。
「朝倉との戦が終われば、目立ちすぎた弟は不要。あたしには……何も残らない」
迷っているんだ。兄とずっと同じでいることを。
兄の代わりで居続けることを。だから、私と友達になりたがったのだ。
兄は、十兵衛の方を選んだから。違うものを選んで。
もしかしたら、ずっとそうしていたのかもしれない。
彼にだって、父や母がいただろう。兄と違う玩具をねだったり、好きになって、違う人間だって、わかって、気付いてほしかったんじゃない?
「秋は、役目が終わって、もう自由になったんじゃなかったの?」
「自由になれるとしたら、私が死ぬときだ」
「義昭様が死ぬ時ってことね」
答えた声は低い。
私は、彼女が秋でも、彼が義昭でもなんでもよかった。
女の子としてベタベタして楽しく過ごして、男として一緒に戦ってくれたら。それで。
「十兵衛!」
後ろへ叫べば、すぐに意を解した十兵衛が走ってきて、秋に斬りこむ。
何も言っていないのに、全部わかってくれるのは、不思議だ。
私達もきょうだいみたいなものだから、きっと同じなのね。
不安定な山の斜面で斬りこまれた秋は、後ろに避けるけれど足元が悪くて少しよろける。援護しようと黒衣のゴロツキAくんが出てくるがそれも十兵衛に払われて、そのまま離されていった。
私は走りやすいように刀を納め、空いた秋のふところへ飛び込む。秋の刀を握った手首を掴み、引き寄せた。
ぶわ、と花が散ったように感じた。
「あなたの本当の名を教えて」
耳元にかかる長い髪。
綺麗なお姫様のように整えられて花のかおりがするそれに、鼻を寄せる。
引き寄せた身体を、私の全身を使って抱きしめた。
通常なら怒られていただろうけれど、戦中のごたごたの中なので見逃されているのだろう。というか、十兵衛は意図的にゴロツキさんの相手をして、見ないようにしているみたい。
ぎゅ、と細い腰に回した手に力を籠めると、驚いて固まっていた秋の身体が、わずかに解れた。
「私は……足利義秋……」
耳元でささやくように吐き出された声は、囁きと言うよりも、初めて自己紹介を覚えた幼子の声のようだった。
作った女の子の声じゃない。演じられた義昭様の声じゃない。
「義秋、私と友達になりましょう。だからもう誰かの代わりはしなくていい。あなたは自由よ」
「自由……なんて、なれる、わけ……」
「信長様は身内には甘いの。あなたを私のところで面倒見るって言ったら反対はしないと思うわ。兄上に逆らうのは怖いし、不安かもしれない。けど、あなたは一人の人間よ。したいことを、したいようにやっていいんだから」
この時代では、したいことをしたいようにしている人は限られる。
みんな、家柄とか身分とか、いろいろなものに縛られている。えらそうに言う私も、多少は。
でも、私は何にも縛られない人を知ってる。
あの人は、きっとこの世で一番自由でまっすぐだ。
「そうしたら、友達なんていくらでもできるわ」
あの人みたいに。
手を伸ばし、うつむこうとする両方の頬を支えた。ちょっと強引に私へ向かせると、迷ったように瞳が揺れる。
乾いた唇が、震えながら開いた。
「無理だ。だって、もう、動き出してる……」
「姫様!十兵衛様!」
斥候職のくのいちの一人が、跳んで来て十兵衛の耳元へ囁いた。焦った様子だ。秋のスパイ行為があっても順調だったはずだけど、信長達の戦況に、変わりがあったのだろうか。
聞いた十兵衛の瞳が、珍しく丸く開かれる。
それは、潰したはずの可能性の一つ。ぜったいにないと安心しきっていた、私達の緩みと弱みだ。
「浅井長政が、叛意した……?」
9歳から剣術や槍や薙刀を習って、12歳から火縄銃を習った。
おそらくもともと運動神経はいい方だったのだろう。その年齢で、並の大人では敵わないと言われる程度の武芸を身につけることができた。けれど、それは思春期程度までの話。
魔力や魔法がない世界では、いくら鍛錬しても男性の筋肉量やスタミナには及ばなく、筋肉がこの世界での強さの基準だ。
十兵衛は背が伸びて、私より強くなった。信長には、出会ってから結局、一度も勝てていない。
私の身体はおそらくゲームのビジュアルを保つために17歳程度で止まっているけれど、それでも、ここから伸びることはないだろう。
秋は、将軍になる人の代わりをしていただけあって、強かった。
十兵衛が援護してくれてはいるものの、周りのゴロツキ衆の数が多くて、さばききれていない。
秋が単身スパイとしてではなく、きちんと小隊分くらいの兵を連れてきていたのは、実を言うと十兵衛や半兵衛くん達にも予想外だった。将軍になった足利義昭が、影武者として生かしていた秋をこれ以上使わないのではないかという考えだったのだ。
幼い頃なら良かったけれど、大人になって同じ顔の弟は、女装をさせても無理がある。
草を踏みしめて姿勢を低くして、刀を構えなおし、目の前の男を思い切り薙ぎ払う。
秋はしっかり鼻先で避けて、私から距離を取った。
「こんな、無理矢理暴力に訴えたって、友達はできないのよ!」
「いいわよもう!なってくれないのなら!どうせあたしは兄様の影よ。帰蝶を友に出来たって、好きな人が出来たって、全部、兄様取られちゃうんだから。どうせ、もう、本当に不要になるんだから……」
飛んでくる黒服さん達の刃を避けたりしてたから、余計に息が上がってる。
それは向こうも同じようだったけど、それよりも、秋は苦しそうに声を絞り出した。
「朝倉との戦が終われば、目立ちすぎた弟は不要。あたしには……何も残らない」
迷っているんだ。兄とずっと同じでいることを。
兄の代わりで居続けることを。だから、私と友達になりたがったのだ。
兄は、十兵衛の方を選んだから。違うものを選んで。
もしかしたら、ずっとそうしていたのかもしれない。
彼にだって、父や母がいただろう。兄と違う玩具をねだったり、好きになって、違う人間だって、わかって、気付いてほしかったんじゃない?
「秋は、役目が終わって、もう自由になったんじゃなかったの?」
「自由になれるとしたら、私が死ぬときだ」
「義昭様が死ぬ時ってことね」
答えた声は低い。
私は、彼女が秋でも、彼が義昭でもなんでもよかった。
女の子としてベタベタして楽しく過ごして、男として一緒に戦ってくれたら。それで。
「十兵衛!」
後ろへ叫べば、すぐに意を解した十兵衛が走ってきて、秋に斬りこむ。
何も言っていないのに、全部わかってくれるのは、不思議だ。
私達もきょうだいみたいなものだから、きっと同じなのね。
不安定な山の斜面で斬りこまれた秋は、後ろに避けるけれど足元が悪くて少しよろける。援護しようと黒衣のゴロツキAくんが出てくるがそれも十兵衛に払われて、そのまま離されていった。
私は走りやすいように刀を納め、空いた秋のふところへ飛び込む。秋の刀を握った手首を掴み、引き寄せた。
ぶわ、と花が散ったように感じた。
「あなたの本当の名を教えて」
耳元にかかる長い髪。
綺麗なお姫様のように整えられて花のかおりがするそれに、鼻を寄せる。
引き寄せた身体を、私の全身を使って抱きしめた。
通常なら怒られていただろうけれど、戦中のごたごたの中なので見逃されているのだろう。というか、十兵衛は意図的にゴロツキさんの相手をして、見ないようにしているみたい。
ぎゅ、と細い腰に回した手に力を籠めると、驚いて固まっていた秋の身体が、わずかに解れた。
「私は……足利義秋……」
耳元でささやくように吐き出された声は、囁きと言うよりも、初めて自己紹介を覚えた幼子の声のようだった。
作った女の子の声じゃない。演じられた義昭様の声じゃない。
「義秋、私と友達になりましょう。だからもう誰かの代わりはしなくていい。あなたは自由よ」
「自由……なんて、なれる、わけ……」
「信長様は身内には甘いの。あなたを私のところで面倒見るって言ったら反対はしないと思うわ。兄上に逆らうのは怖いし、不安かもしれない。けど、あなたは一人の人間よ。したいことを、したいようにやっていいんだから」
この時代では、したいことをしたいようにしている人は限られる。
みんな、家柄とか身分とか、いろいろなものに縛られている。えらそうに言う私も、多少は。
でも、私は何にも縛られない人を知ってる。
あの人は、きっとこの世で一番自由でまっすぐだ。
「そうしたら、友達なんていくらでもできるわ」
あの人みたいに。
手を伸ばし、うつむこうとする両方の頬を支えた。ちょっと強引に私へ向かせると、迷ったように瞳が揺れる。
乾いた唇が、震えながら開いた。
「無理だ。だって、もう、動き出してる……」
「姫様!十兵衛様!」
斥候職のくのいちの一人が、跳んで来て十兵衛の耳元へ囁いた。焦った様子だ。秋のスパイ行為があっても順調だったはずだけど、信長達の戦況に、変わりがあったのだろうか。
聞いた十兵衛の瞳が、珍しく丸く開かれる。
それは、潰したはずの可能性の一つ。ぜったいにないと安心しきっていた、私達の緩みと弱みだ。
「浅井長政が、叛意した……?」
0
※「小説家になろう」作品リンクです。→https://ncode.syosetu.com/n0505hg/
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

原産地が同じでも結果が違ったお話
よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。
視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故
ラララキヲ
ファンタジー
ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。
娘の名前はルーニー。
とても可愛い外見をしていた。
彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。
彼女は前世の記憶を持っていたのだ。
そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。
格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。
しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。
乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。
“悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。
怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。
そして物語は動き出した…………──
※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。
※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。
◇テンプレ乙女ゲームの世界。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げる予定です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる