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第二部

117話【日奈】日奈の妄想裏表(うらおもて)

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 日奈は困っていた。
 日奈が無理やりに滞在させられた朝倉の城周辺では、日奈の知る歴史、そしてゲームのシナリオとも別の展開を見せていた。
 そもそも、この時期に顕如と朝倉義景よしかげは同盟を結んでいなかったはずだが。
 顕如は、日奈を朝倉義景へ引き渡すと、さっさと帰ってしまった。なので、どういう目的なのかどういう経緯があってのことなのか、聞くことすらできなかった。

 もっと居てほしかったなあ、などと思ったことは、内緒だ。心の中だけにとめておく。彼は余計なことを喋る人間は嫌いらしいから。
 日奈のもともとの好みは「見た目はクールで女性に優しい王子様キャラ」だけれど、実際に接触してみると、顕如にもそれなりにキュンとした。心が躍った。ときめいた。あの顔で強引に迫られたら、本当に踊りだしてしまうかもしれない。
 ベッドの上に転がって、乙女ゲームをプレイしていたあの感覚。
 画面に意識を集中させて、ヒロインに自分を投影してその世界に没頭する。考えるのは、彼のことだけ。

「でも、続編だとしたら、俺様キャラ多くない?バランス悪いよね」

 畳にごろんと転がり、日奈はつぶやく。おしゃべりな“あいつ”に聞かれると面倒だから、小声で。

 顕如の容姿は、乙女ゲームを好む女の子達が喜ぶ完璧なものだったが、戦国謳華このゲームに追加で登場させるとなると、バランスが悪い。
 信長のライバルにするならクール系や、僧侶なのだからもっと繊細で優しい男にするとか。バランスのとり方はあったはずだ。
 制作陣はなにを考えていたのだろう。

「ま、いっか。信長は最近、俺様じゃなくなってきてるもんね。たぶんあの子の改変のせいで。ワガママ自分勝手感はあるけど、厳密にはそれは俺様とは言えない……」

 両腕を組んで、自分の意見に頷く。
 俺様とは難しいのだ。一歩間違えればただの「ワガママバカ殿との」になる。
 帰蝶あの子は、そういうことにはまったく興味がないらしく、以前にゲームの信長の魅力を語ったら「え、DVじゃん」と言い放ってくれた。

 DVと俺様はまったくちがう。
 もし他にも勘違いしている人がいたら、日奈がこれから一万文字分語りあげるのでどうぞ来てほしい。

 続編制作も嬉しい。日奈にゲームを貸してくれた友人も、今頃喜んでいることだろう。
 少しだけ懐かしく思い出しながら、日奈は口端をあげた。

 しかし、問題は、舞台が変わらず魔法もファンタジー要素もない戦国時代だということだ。

 続編だろうと日奈の知らないイベントだろうと、戦国謳華シリーズである以上、このゲームは歴史通りに進む。
 顕如はいずれ信長に負ける。しかも、負けるにしてもドラマチックなラストがあるとも言えない人だ。恋人として楽しむのはいいけれど、結婚はね、というタイプ。日奈にはわかる。
 そして、新キャラらしきもう一人。アサシンの黒猫系少年、雷鳴らいめい
 彼は今も、日奈の見張りのため四六時中そばにいた。そして、四六時中おしゃべりをしていた。
 大事なことは言わないが、どうでもいいことをペラペラと喋る。
 幼子にするような昔話から、明日の天気や明後日の天気や明々後日しあさっての天気まで。

 だが、とてつもなく、強かった。
 実を言うと、日奈は“帰蝶”ではないと、すでに朝倉義景にもバレている。
 朝倉義景はゲームで一章分だけ登場した立ち絵と同じ、凡庸な容姿の武将だった。
 日奈を人質として牽制や取引に使うつもりは毛頭なく、先見の巫女と判明しても試しに占わせてみるということさえしない。
 顕如に頼まれたとおり“置いておく”だけ。
 織田信長を格下に見ているのだ。人質など使うまでもないと思っている。

 そんな状態なので、日奈は城内で「なんであいついるの?」状態だった。
 日奈を無理矢理に追い出そうとする者もいれば、日奈を取り戻そうとする織田の忍らしき者もたびたび現れた。
 日奈を邪魔に思う者は、こちらを殺す気で来ていたし、織田の刺客達は皆、日奈を連れ戻そうと死ぬ気で来ていた。
 なのにそのすべてを、雷鳴は簡単に蹴散らした。

 独特の笑みを漏らしながら、いつも通り、いつも以上にペラペラと話しながら。
 毒を負った者もいれば、片腕がなくなった者もいた。
 戦い方は、爪の大きな野生の獣。漫画やゲームに出てくる黒い魔獣。けれど魔獣は、顕如あるじに「むやみな殺生をするな」とでも言い聞かされているのだろう。相手を弄ぶように滅茶苦茶に、ズタズタに切り裂いても、命まで奪うことはしなかった。
 最後に返り血すら浴びず、彼は命令通り日奈を留め置くことに成功したのを見ると「ヒヒッ」と笑った。

 日奈は、戦闘方面には詳しくはない。けれど、間近で見ればわかる。この子は織田信長並に強い。
 ターゲットは間違う、余計なお喋りばかりするのに、顕如が彼をそばに置いている意味が、わかった。

「いやマジでいいキャラだわ。たぶん帰蝶より強い?光秀様は……どうだろ。わからないけど、帰蝶なら喜びそうだな」

 強い敵キャラは、彼女は「戦ってみたい」と喜ぶだろう。脳筋だから。

「続編出すなら、あと2人くらいは追加キャラ入れたいよねー」
「なにやってんだ、おまえ、さっきからぶつぶつ」
「ん?新キャラ考えてるの」

 キミには言われたくないぞ、と、おしゃべりなアサシンと一緒に畳でごろりとする。
 この気まぐれに突然寄ってくる猫は、敵対しなければすぐに懐く単純な生き物であることが判明した。

 日奈はすっかり、血なまぐさいはずの状況に慣れてしまっていた。
 連れ去られた当初は、帰りたくて泣いていた。雷鳴が楽しそうに人を斬るたびに、弄ぶように刻むのを見た日は、おそろしくて眠れなかった。
 けれど血のにおいも絶えず香っていると、わからなくなるものだ。

 隣に転がる黒猫の後頭部を撫でる。
 猫は心なしか嬉しそうに鼻を鳴らした。

 日奈は知らない。
 帰蝶のおかけで、家に、現代みらいに帰れるかもしれないとわずかな希望を持ってしまった彼女は知らない。

 日奈が以前と同じように、ベッドの上に転がって、ポータブルゲーム機で悠々と続編をプレイする時間は、二度と来ないことを。
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