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第二部

116話 あの子をかえして2

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 いつも鉄面皮に近い十兵衛の満面の笑みに、私以外の場にいた全員が凍りついてしまった。
 私も見たの久々だし、そりゃあびっくりするよね。
 破壊力のある整った顔に、女性陣なんてそのほとんどが頬を染め惚けてしまった。

「しょうがねえな~。作戦変更~!」

 信長の一声に、固まっていた私達の時間が動き出す。
 まずは、日奈救出作戦だ。


「えっ日奈って朝倉にいるの!?」
「おう」

 日奈の居場所は、実は数日前から信長と十兵衛だけは知っていたそうだ。彼らも独自に調べてくれていたことがわかって嬉しい反面、教えてもらえなかったのは少し悲しい。
 でも、私に言ったらすぐ飛んできそうだったものね。トップとしては正解。私のことをよくわかっている。

 日奈の捜索について、一番有益な情報をくれたのは信長の妹の市さんだった。
 この時代、敵国や同盟国へ嫁いだ大名家の娘は、実家の諜報員なのだそうだ。
 私はその務めを果たした覚えはないが。いや、父上や兄上に変な手紙送ったりはしたな。有益な情報を伝えられるのが優秀な姫の資質だそうだから、それなら私はやはり落第娘だ。
 その情報によれば、朝倉軍内では、「織田の奥方を人質に取ってるから、戦になっても大丈夫!いざとなったら盾にするから気楽に戦ってね」みたいな話が広まっているらしい。

「じゃあ、どうして公表して私達に何も要求してこないのかしら?お城を攻められるより、人質使って停戦とか同盟持ちかけた方が良いわよね?いるのが敵大将の奥さんなら、身分的には相当使えるじゃない?」
「そうはいかないんスよ、ひぃさん。向こうにも矜持ってモンがあるっス。奥さん攫ってきたなんて、大声で言えないっしょ?」
「それに、人質は取引をして返してしまうより、長く居させた方が役に立ちますから」

 人質というのは、無言の圧だ。
 敵国に娘を嫁がせるも、そう。
 君んちの娘さんがいるんだから攻撃しないよね?ね?そっちこそ、義理の親子になったんだから、攻撃やめてよね??を無言のうちに納得しあう行為が、武家の結婚=同盟。
 さらに今回は、正式な手順で手に入れた人質ではない。
 攫ってきた人質を非道な方法に使うと、内外から反発の声が上がるのだそうだ。この時代は礼や義やらを重んじる。特に身内からのネガティブな声が多くなるのは、怖い。
 そのため、領内では公式では人質はいないことになっているという。

 秀吉くんと十兵衛の丁寧な説明に、なるほど、と頷いた。視界の端で私と犬猿の仲の勝家が「またかよこいつ」という顔をしている。
 彼は私が戦や軍議にしゃしゃり出るのをよしとしない。私は彼のことが嫌いなので、どんどん出てやる。

「わかったわ」

 大げさな動きで、私は立ち上がり踊るように両手を広げた。

「それならもう、公表しちゃいましょう!」

 堂々で突飛な発言に、男達はざわついた。私はそんなに変な発言をしたつもりはないのだけど。

 戦っていうのは、相手が嫌がることを考えれば攻略できるって、以前、十兵衛が言っていた。
 でも、家臣や領民の反発が出ないように、あまり非道なことはしないのが普通だ。誰だって他人から良く見られたい。
 私も最初は悪役令嬢だと思ったから、人当たりよく、炎上しないよう破滅しないよう心掛けてたけど、それで親友を救えないなんて、嫌だ。
 彼はそんな私を見て、赤い髪を揺らし声には出さずに笑った。仕草で、声を聞かなくても喜んでいるのがわかる。

「よし、じゃあこうすっか!」

 作戦はあまり変わらず、信長本隊は朝倉さん家を攻める。その間に、私が少数でお城に侵入して、日奈を救出する。前回の襲撃で動かせる忍びが減ってしまったけど、多めの人数をこっちに割いてくれるとのこと。

 さらに「帰蝶わたしが人質にされている」と公表して、同情と大義面分を得る。
 人質の存在について内外で声をあげれば、向こうは人質をより厳重に隠すか、本来の役割を発揮させるために表に出すはずだ。この移動のタイミングで、日奈を助ける。
 もともと、朝倉家とは今は敵対関係にはなくて、上洛するときに嫌味を言ってきたりしたから、将軍命令で攻めることにしたのだと言う。
 なので私(ニセモノ)が攫われたと知らない家臣達からは、いくら将軍命令でもやめてほしいって意見があったみたい。信長はいつもの調子でゴリ押したそうだけど。

「危険はありますが、やってみますか?」
「そうっスね。戦に勝って人質交換するんでもいいっスけど、いつまでも捕らわれてたら、巫女さん可哀想っスもんね」
「オレも、姐さんのダチなら助けてやりてぇ!」
「みんな~!」

 攻略対象者達が、急にデレてくれた。全員を抱きしめたいのを我慢する。
 日奈が、私がいないところでせっせと攻略対象者との友好度を上げようと努力していたのを知っていた。彼女は見えないところで、ちゃんと自分の役割を果たしていた。自分の居場所を自分で確保した。
 あの子のヒロインりょくを、帰蝶姫に「舐めないで」と突きつけたい。
 本物わたしなんかが攫われたんじゃなくて日奈なんだよ、と教えてあげたら、織田軍の士気はもっと上がるんじゃないだろうか。今回は日奈の安全のために、あくまで帰蝶という体でいくけど。

「どっちみち蝶は表立って出せねーから、ヒナを助ける方へ回れ。ミツは蝶の護衛な」
「仰せのままに」
「まかせて!ぱぱっと日奈を助け出して、ささっと合流して加勢するから!」
「ま、そんときゃこっちも終わってるだろうけどな」
「言うじゃない~さすが!」

 帰蝶姫の言うように、見捨てたりなんか、しない。
 私は後悔しないように生きるんだ。彼女とは違うって、堂々と日奈に会って言うんだ。

「じゃあ、あたしも行こうかしら~」

 呟いたのは、端っこで綺麗に正座をしていた秋さんだった。
 すっと立つと、私より少しだけ背が高い。

「こう見えて、あに様の替わりになれるよう、一通りのことは出来るのよお?馬にも乗れるし、刀も弓も扱える。お琴も、句だって詠めるのよお?」
「それは頼もしい!……かな?」

 秋さんはお客さんだけど、織田軍には女性だけの隊もいるし、本人が行きたいのならそこまで問題はないでしょう。
 了承すると、彼はぐっと力強く私の肩を抱いた。こうして密着すると、やっぱ体は男の人なんだよなあ、と思う。

「もしだめだったら、あたしが帰蝶の親友になってあげるから、ね?」

 近くで囁かれた聞きなれない低い声に、耳がむずむずする。
 嬉しいけれど、そんな不吉なことを言わないでくれ。





********

 むかしむかしあるところに、
 なんて、わたくしは言った覚えはない。

 帰蝶は過去に興味はない。
 あるのは、先のことだ。

 次こそ、この生こそは絶対に、成功させてみせる。
 叶えてみせる。

 今回この身に入れた娘は、随分と無茶なことをしてくれるけれど、まだ使えるようだから、排除する気はない。
 もとより、自分を殺すことはできない。
 殺せるのは、もう一人の娘ヒロインや自分以外の人間だけ。それも、自分の身体に入れたのが、意志の弱い娘だった時に操れれば成せる、と言った程度。
 帰蝶がこの物語せかいへ干渉できることがらは、ずいぶんと少ないのだ。

 今の帰蝶を通して、勝手に紡がれていく物語をただ見つめることしかできないけれど、この娘はそれなりに奮闘しているようだから、なにか手助けをできないだろうか。

 気まぐれに、帰蝶は手をあわせて祈った。
 白く乾いた指先を擦るようにして。

「あの娘の願いが、叶いますように」

 神でも仏でもないものに、彼女は祈る。

 帰蝶の願いはあの娘の願いだ。
 きっと、近々叶うだろう。

 だって、この世界はわたくしの世界なのだから。
 わたくしは、この世界の神なのだから。

 そうでしょう? 

********



 本当は、この作戦はやめるべきだった。
 だって私の我儘のせいで、軍の戦力を大幅に割いてしまった。
 信長や十兵衛が、どうして最初は戦力を割かずにいたかったのか。そのために、私に日奈の居場所を黙っていたのに。きちんと考ていれば、ちゃんとわかることだったはずなのに。

 後悔しないように生きると決めたのに。
 日奈が少し前に漏らした「負けイベント」について、私はこれからずっと、後悔することになる。
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