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第二部

114話 彼女は悪魔のように囁いて

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 朝倉さんを攻める準備は、着々と進んでいた。
 朝倉家の親戚の浅井家には、信長の妹のおいちさん(この方お名前聞いたことあるよね)がお嫁に行っていて同盟関係だったはずだけど、いいのだろうか。
 まあ、正室つまの実家すら落とそうとするくらいの人だから、そんなの気にしないよね。前に実弟とだって戦ったし。よくあるよくある。
 それに、今回は新将軍になられた義昭様のお願いなのだそうだ。さすがの魔王様も、断るわけにはいかない。
 大規模な戦にも小規模な戦にも慣れたけど、面倒な戦にならなければいいな、とだけ思う。

 そういうわけで、日奈の捜索は断念せざるを得なくなってしまった。
 引き続き半兵衛くんや龍興兄上の私兵を使って調べてもらっているけど、相手は想像していたよりもちゃんと力を持った大名だったらしい。痕跡も、情報も出てこない。
 身代金要求の声明がないことに不安はあるものの、再度の襲撃や髪の短い女の子の遺体が見つかったということもない。日奈はうまく帰蝶わたしのふりをして生き延びているのだろう。
 そう思わないと、私の方が心配でどうにかなりそう。

 あの子は、元の時代せかいに帰りたいと言って泣いていたのに。
 私や誰かが傷ついたのを見ては悲しんでいたのに。

 ぜったい、助けてあげるからね。

 布団の中で明日やるべきことをまとめあげていると、疲労からすぐに眠気が来る。
 気が付けば、何もないところに一人で立っていた。



「あんな子、見捨ててしまえばいいじゃない」

 頭に直接響くような、そうではなく果てのない空間全部に響き渡るような、不思議な声。
 女性の声だ。
 連なる鈴を鳴らしたみたいに高くて、うるさい。

「あなたは……帰蝶姫?」
「あら、わたくしの声が届いた。はじめましてね、今の帰蝶」
いまの・・・、帰蝶……?」

 声しか聞こえないのは、ここが夢の中だからだろうか。それとも、私が帰蝶姫の体を使っているせいだろうか。
 夢を見ていて、目覚ましが鳴る少し前みたいな、ふわふわした感じがする。反覚醒状態というのだろうか。

 見えないのに、帰蝶姫はそんな私を見て形のよい唇をゆがめて笑った気がした。

「知っているでしょう?わたくしはわたくしの生を何度も繰り返している。本能寺の変へ至るまでの生を。あなたたち、ヒロインと呼ばれる者の魂を使ってね」
「ヒロイン……?え?私、も?」
「そうよ。この世界に来られる別世界の魂は、ヒロインだかプレイヤーだかって女のものしか有り得ないわ。最初はただ貴女達ヒロインを排除すればいいのかと思ったけど、それだとわたくしの望みが叶わないようなのよね。だから代わりに、わたくしの身体を貴女達に貸すことにしたのよ」

 面倒くさいことだけどね、そう言わずとも声色から伝わってきた。
 初めて声だけでも会えた帰蝶姫は聞いていたとおり、ちょっと、かなり嫌な女らしい。
 自分の声を録音で聞くと違和感がある。あの違和感を20倍にしたかんじ。このイヤ~な女が私なの!?って。

 私に声が届いたことが嬉しいのか、彼女はどんどん続けて話してくる。

「なのに、貴女と来たら失敗どころか、余計なことばかり。信長様を害そうとするわ、あの疫病神をまもろうとするわ……でも、不思議と上手く行っているのよね。何が良かったのかしら」
「疫病神って、十兵衛?」
「そうよ!あの男に懸想けそうするのはおやめなさい。貴女は知らないようだけど、あの男はね……」
「知ってるよ。本能寺の変の首謀者でしょ?でも、今世いまのあの子は、そうはならないよ」

 ペラペラ饒舌におしゃべりしていたのが、止まる。
 聞くならこのタイミングしかない。
 息を吸い込むと、彼女も待っていてくれる気がした。もしかしたら、説得ができるかもしれない。
 なにしろ私はもう、十年以上帰蝶の身体を使って生きている。こんな長年のパートナーの話なら、耳を傾けてくれるかもしれない。

「ねえ、さっきの話。私や日奈の前にも、ヒロインとして来ていた子や、あなたの身体に入って帰蝶になっていた子がいるってことよね?」
「ええ。そうね。色々なパターンを試したのだけど、なかなかうまく行かないの」

 やはり、帰蝶姫はきちんと答えてくれる。
 私に敵意を持っていない。質問して、打ち解けていけば、あるいは。

「その子たちは、どうなったの?無事に帰れたの?」
「わたくしがもうこれ以上やっても意味がないと判断したら、排除したわ」
「え……?」

 排除。
 嫌な響きに、どくんと心臓が鳴る。体はここにない、精神世界のようなものだろうと思ったのに、嫌な予感に体の中の血が熱くなったり冷えたりする感覚がある。

「使えない女達ばかりだったわ。信長様を救おうとしなかった者、他の男を愛した者、歴史を正そうとした者、ただただ“帰りたい”と泣いて何もしなかった者……」
「排除って……まさか、殺したってことじゃないわよね?現代に帰してあげたのよね?」
「さあ?魂の行きつく先など知らないわ。この世界は、架空の世界ヴァーチャルなのでしょう?ここで死んだ者の魂がもとの場所へ帰れたかどうかなんて、わたくしの知るところではないわ」

 死んだ。排除。殺した。って、こと?
 そう心の中で問えば、どうして伝わったのか、帰蝶姫はやはり、笑った。

「今まで……一体、何人……」
「知らない。途中で数えるの、やめてしまったもの」

 寂しそうに言うその言葉は、今まで“排除”したという者達への同情や憐憫れんびんではなかった。
 自分自身へのものだ。
 長い間身体を共にしたパートナーだから、わかる。

「……なんで、そんなひどいこと……」
「あら、貴女達だってしていることでしょう?教えてもらったわ。リセマラと言うのよね?」

 リセットマラソン。
 アプリゲームでよくやる手法だ。序盤チュートリアルまでプレイして、気に入らない結果であれば、リセットして最初からやり直す。それを繰り返す。
 私だって、やった。

「でも、ここは……ゲームじゃ……」
「ここはわたくしの世界よ。わたくしに都合よく働かない者達なんて、いらないの」

 よく見ればこの場所は、昔、お伽噺とぎばなしを聞かせてくれた夢の場所に似ているような気がした。
 日奈にそのことを話したら、お伽噺の内容は、すべて史実であったことなのだそうだ。ゲームとも、私が生きた帰蝶の生とも違う歴史ものがたり
 きっとアドバイスをくれているのだと思った。歴史を知らない私を、助けようとしてくれているのだと。今度は、失敗しないようにと。

 母のような、父のような、兄のような声。
 あれが帰蝶姫なのだとしたら。

 あれは、私の味方だから教えてくれていたのじゃ、なかったのね……。






 目を覚ました時、涙が流れたあとがあった。
 なにか、嫌な夢を見た気がするけれど、思い出せない。

 ただ、私はこの世界に存在してはいけない、そんな気がした。
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