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第二部
108話【日奈】帰蝶のいない岐阜城にて2
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首筋に当たる冷えた感触。
刃だ。
刃物だ。斬られる。
自分の首を斬られて吹き出す血の想像をした瞬間、夕凪が日奈の死角から跳んできた。
正直なにが起こっているのか、スポーツも武道もやったことのない日奈には、まったくわからない。
「帰蝶様を、はなせっ、ですっ!」
夕凪が、日奈を助けようとしてくれているらしい。主に命ぜられたわけでもないのに。律儀にもまだ“帰蝶”として。
そして日奈は、いつの間にか庭に忍び込んだ男に攫われそうになっていた。
木から降りて来た黒い影は、黒衣を纏った小柄な男だった。日奈より少し高い程度の身長ながら、その小脇に日奈を抱えて夕凪の攻撃をすべて避けている。そして何やらずっとブツブツと独り言を言っていた。
聞き覚えのある声のような気もするが、口元を覆っているので、わからない。そしてこの声は、至近距離にいる日奈にしか聞こえないのだろう。
「右、次左、なんだ一辺倒だな。次、跳躍……からの蹴り。面倒だな。そろそろ終わらすか」
そこまで言うか言い終わらないかのうちに、彼は夕凪の腹に強めに一撃を入れる。夕凪は驚いた声をあげて、その場に倒れて動かなくなってしまった。
どうしよう、帰蝶の影武者どころか、留守番すら満足にこなせないなんて。預かっただけの大事な従者の少女に、怪我をさせてしまった。
なんとかしようともぞもぞ腕の中で暴れていると、騒ぎを聞きつけて、執務室へ続く襖が開いた。
「た、たすけて、半兵衛さま~!」
最初に顔を覗かせたのは半兵衛で、日奈は嬉しくて目じりが熱くなる。ほんの数分前なのに、懐かしさに涙があふれてきた。
こんな窮地を、半兵衛のような素敵な男性に助けてもらえたら。
動きにくい中で、必死に彼へ向かって手を伸ばした。
「悪いが、ぼくは頭脳労働専門なんだ。他をあたってくれたまえ」
「そ、そんなあ!」
そんな気はしていたが、少しくらい体を張って奮闘してくれてもいいものを。
間者に攫われそうになっている日奈を見るや、半兵衛は廊下の奥へ引き返した。代わりに、秀吉や他の兵達が刀を持って走ってくる。
「巫女さん、何やってんスか!」
「たすけて、秀吉くん!!」
「ヒヒッなんだよぞろぞろ出てくるな……蟻の巣かここは」
おそらく自分は、帰蝶と間違われて襲われているのだ。
このままアジトへ連れ帰られて、帰蝶ではないことがわかったら、殺される。
皆が出て来て助けようとしてくれているうちに、なんとかこの手から逃れなければ。ここを出てしまったら、終わりだ。
しかし、男の腕は細いわりに力が強く、どれだけもがいても緩む気配がない。それどころか、日奈が手足をもぞつかせるほど、拘束は強くなった。
秀吉や他の者たちの刀をすべて避け、男は一気に庭の木へ跳躍する。
まずい。このままでは本当に攫われる。
先見の巫女が攫われるイベントはあるにはあるが、そのどれもがこの時間軸には該当しない。こんな黒衣の男も見たことがない。
岐阜城を、帰蝶の傍を離れた日奈がどうなるのか、生死の保証がされない。
「よぉ、ヒナ。相変わらず変なトコにいるな」
日奈が死を感じた時、諦めかけた時、いつも目の前に現れるのはこの人だった。
赤い、眩しい夕陽のような、派手な髪。
でも見るとホッとする。帰蝶もそう言っていた。
「助けて信長……ひぇーーーー!!」
信長は日奈達の下まで走ると、抜いて手に持っていた刀を、勢いよく、ブン投げた。
槍投げの槍のように刃を向け一直線に日奈に向かってきた刀は、それでも刺客の男に払い落とされてしまう。
ガキン、と金属同士の当たる音が、日奈の慣れない耳に大きく響く。
男は日奈を抱えてそのまま木上から飛び降り、城を一気に後にした。
「なんだ、いい太刀筋のもいるな。あれが織田信長か」
「た、たすけてぇ……」
帰蝶のいない岐阜城には、日奈のよわよわしい声だけが、森の木霊のように残された。
刃だ。
刃物だ。斬られる。
自分の首を斬られて吹き出す血の想像をした瞬間、夕凪が日奈の死角から跳んできた。
正直なにが起こっているのか、スポーツも武道もやったことのない日奈には、まったくわからない。
「帰蝶様を、はなせっ、ですっ!」
夕凪が、日奈を助けようとしてくれているらしい。主に命ぜられたわけでもないのに。律儀にもまだ“帰蝶”として。
そして日奈は、いつの間にか庭に忍び込んだ男に攫われそうになっていた。
木から降りて来た黒い影は、黒衣を纏った小柄な男だった。日奈より少し高い程度の身長ながら、その小脇に日奈を抱えて夕凪の攻撃をすべて避けている。そして何やらずっとブツブツと独り言を言っていた。
聞き覚えのある声のような気もするが、口元を覆っているので、わからない。そしてこの声は、至近距離にいる日奈にしか聞こえないのだろう。
「右、次左、なんだ一辺倒だな。次、跳躍……からの蹴り。面倒だな。そろそろ終わらすか」
そこまで言うか言い終わらないかのうちに、彼は夕凪の腹に強めに一撃を入れる。夕凪は驚いた声をあげて、その場に倒れて動かなくなってしまった。
どうしよう、帰蝶の影武者どころか、留守番すら満足にこなせないなんて。預かっただけの大事な従者の少女に、怪我をさせてしまった。
なんとかしようともぞもぞ腕の中で暴れていると、騒ぎを聞きつけて、執務室へ続く襖が開いた。
「た、たすけて、半兵衛さま~!」
最初に顔を覗かせたのは半兵衛で、日奈は嬉しくて目じりが熱くなる。ほんの数分前なのに、懐かしさに涙があふれてきた。
こんな窮地を、半兵衛のような素敵な男性に助けてもらえたら。
動きにくい中で、必死に彼へ向かって手を伸ばした。
「悪いが、ぼくは頭脳労働専門なんだ。他をあたってくれたまえ」
「そ、そんなあ!」
そんな気はしていたが、少しくらい体を張って奮闘してくれてもいいものを。
間者に攫われそうになっている日奈を見るや、半兵衛は廊下の奥へ引き返した。代わりに、秀吉や他の兵達が刀を持って走ってくる。
「巫女さん、何やってんスか!」
「たすけて、秀吉くん!!」
「ヒヒッなんだよぞろぞろ出てくるな……蟻の巣かここは」
おそらく自分は、帰蝶と間違われて襲われているのだ。
このままアジトへ連れ帰られて、帰蝶ではないことがわかったら、殺される。
皆が出て来て助けようとしてくれているうちに、なんとかこの手から逃れなければ。ここを出てしまったら、終わりだ。
しかし、男の腕は細いわりに力が強く、どれだけもがいても緩む気配がない。それどころか、日奈が手足をもぞつかせるほど、拘束は強くなった。
秀吉や他の者たちの刀をすべて避け、男は一気に庭の木へ跳躍する。
まずい。このままでは本当に攫われる。
先見の巫女が攫われるイベントはあるにはあるが、そのどれもがこの時間軸には該当しない。こんな黒衣の男も見たことがない。
岐阜城を、帰蝶の傍を離れた日奈がどうなるのか、生死の保証がされない。
「よぉ、ヒナ。相変わらず変なトコにいるな」
日奈が死を感じた時、諦めかけた時、いつも目の前に現れるのはこの人だった。
赤い、眩しい夕陽のような、派手な髪。
でも見るとホッとする。帰蝶もそう言っていた。
「助けて信長……ひぇーーーー!!」
信長は日奈達の下まで走ると、抜いて手に持っていた刀を、勢いよく、ブン投げた。
槍投げの槍のように刃を向け一直線に日奈に向かってきた刀は、それでも刺客の男に払い落とされてしまう。
ガキン、と金属同士の当たる音が、日奈の慣れない耳に大きく響く。
男は日奈を抱えてそのまま木上から飛び降り、城を一気に後にした。
「なんだ、いい太刀筋のもいるな。あれが織田信長か」
「た、たすけてぇ……」
帰蝶のいない岐阜城には、日奈のよわよわしい声だけが、森の木霊のように残された。
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