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第二部

103話 上洛準備をいたしまして3

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 叫び声は、やはり女の人だった。
 そしてやはり、悪漢に追われていた。

「へ~っへっへ!マブなチャンネエじゃねえか。オレ達と一緒に茶でもどうだい?」

 時代遅れなのか時代を先取りしすぎているのかわからない口調の男二人。
 肩には世紀末のようなイガイガした甲冑をつけ、腰に大きな刀をさげていた。
 こんなゴロツキ、戦国時代にいないと思う。
 なので、これは本来ヒロインに突っかかってくる予定だった悪漢NPCモブではないだろうか。

「いや!はなして!」

 あまりにベタベタなアウトロー男達のせいで放心状態になっているうちに、絡まれていた女性は自力で手を払って逃れた。
 内股で必死に走りながら、門の前でもたついていた私達の前へ。
 そして、ちょうど私の目の前で躓いて、転んだ。

「きゃっ……」
「おっと」

 実は以前に一度、目の前で転ぶ子を見捨ててしまったことがあったので、今回はしっかり片手を出して受け止めた。
 地面へ向かう動きを利用して、そのまま肩と膝を支えてひょいと地面から持ちあげる。
 いわゆるお姫様抱っこだ。
 桶狭間の戦いの時に、日奈を抱えて走れなかったのがショックで鍛えなおした成果が出たようだ。
 満足げに鼻息を吸うと、髪からだろうか、咲き誇る花のいいにおいがした。

「大丈夫ですか?お怪我はない?」
「あ、あの、後ろ……」
「ああ、それなら大丈夫」

 走ったせいか恥ずかしさからか、私に抱えられたままの細いおもてが、ぽーっと染まって見上げてくる。まさか、また若君と間違えられているのではなかろうか。

 後ろから追ってくるゴロツキくんについては、十兵衛によろしく、と目くばせした。
 ついでにタイミングを見て避けつつ足を出して、一人は転ばせた。
 あとは、十兵衛は刀の柄部分で、私はお行儀悪く踵で蹴って男達をダウンさせる。ミッションコンプリート!

 抱えたままの体を下ろしてあげると、私を見つめたままお礼を言うその顔を見て、十兵衛が声を上げた。

「義昭様……!?」
「あら、あらら、バレちゃいましたか」

 んふふ、と艶っぽく笑う顔は、さっきまでお会いして交渉していた、足利義昭そっくり。私も抱えた時に気付いた。
 義昭氏は、将軍候補と聞いていた割には色白で小柄な方だった。なんというか、平安貴族のような。
 黒髪で塩顔で、お化粧が映えそう。
 線の細い女性的な彼が女ものの着物を来て化粧をしたらこんな顔になるだろうな、と、目の前の人を見て思う。
 けれど、この腕に抱えたせいだろうか、この人は女装をしている義昭様ではない、と、そう感じた。
 どこがどう違う、とは言えないけれど。

「違うわよ十兵衛。お顔はそっくりだけど……もしかして妹様とか?」

 手入れのされた黒髪を後ろに流して、上等な着物を纏ったその人は、私の問いにきょとん目を丸くしたのち、声をあげて笑った。
 花が咲いて、一気に散ったみたいな絢爛さがある。

「あ、あはは!すごい、あたしと兄様あにさまをちゃんと見分けられたのなんてはじめて!そう、あたしは足利義昭の妹。あきとお呼びくださいませ、帰蝶様」
「妹……ぎみ……」

 十兵衛も困惑に声を漏らす。私もびっくりした。
 お顔を間近で見たから気付いただけで、背も体格も、もともとの顔の作りもそっくりだ。双子ちゃんなのだろうか。
 笑い方は、おそらく兄君とは反対のようだ。義昭氏は物静かで、こんな風に口を開けて豪胆に笑うタイプではなかった。

「ごめんなさい、兄様が気に入ったようだから、あたしも気になってしまって。ふふ、お話しどおりの、素敵な方ね」

 ずい、とお化粧をした顔を寄せられて、少しばかり照れてしまう。
 だって、実に化粧の映えるお顔なのだ。
 一重ひとえの瞳は高いアイライナーで黒を引いたみたいにしゅっと伸びて、透き通る色白の肌に浮き立っている。浮世絵の美人画のよう。
 女性同士と見られているせいか、これだけ距離が近くても十兵衛も何も言わなかった。
 顎をつ、とこれまた白い指先で撫でられて変な気分になってしまいそう。やっぱりいいにおいがする。

「は!あ、じゃあ、さっきの世紀末ゴロツキもまさか……」
「秋様の手の者ですね。ただの荒くれ者にしては受け身が上手かった。ほら、もう気が付いています」
「あっほんとだ……」
「ええ。十兵衛さんは強いのね。そして、よく見ている。彼らはあたしの子飼いの者よ。手加減してくれてありがとう」
「ごめんなさい、私手加減なしで蹴っちゃった……」

 十兵衛に柄で殴られて昏倒していた手下Aは、私が全力踵落としをしてしまった手下Bを連れて屋敷へ戻っていくところだった。去り際、ぺこりと会釈した。こっちこそごめんね。
 ついでに言うと十兵衛は、秋さんが走って来たときに草履についた泥が少なすぎることも妙に思ったらしい。まるでお屋敷から出てきたばっかりな。名探偵明智くんである。
 でも私が勝手に飛び込んでったから仕方なく手を出したんだって。
 それを聞いて、秋さんはまた華やかに笑った。

「兄の言ったとおりのお二人ね!これなら、信長公について行けば、あに様は安心だわ」

 兄をよろしく、と、秋さんは深々と頭を下げてお屋敷へ戻っていった。
 ぽかーんとした私達を残して。







 *******

「なあ、あに様、帰蝶を見てきたぞ」
「うん。どうだった?」

 ふ、と吐息で行燈あんどんの薄明りを消して、秋は兄の隣に静かに腰を下ろす。
 しかしその脚の組み方は女性的ではない、若武者を思わせる粗雑なものだった。

「あれはいいね。いい女だ」
「そう。お前がそう言うなら確かだね。なら、やっぱり信長にまかせてみるの?」
「そうだな。兄様は明智殿を気に入ったみたいけど、あたし……私は帰蝶を気に入った」
「秋はそう言うだろうと思ったよ。私たちの好みは似ているから」
「好みは似ているけど、考え方は違うからなあ」

 笑みの形を作ったまま、紅の引かれた唇を、ぐいと拭って色を落とす。
 それから秋は座り方を変え、遊女のように兄のその肩にしなだれた。
 同じ形の肩。薄暗い中でもわかる、化粧をしたままであっても、よく似た顔。

「兄様は気に入ったものを傍に置いて静かに眺めて愛でたい。あたしは、気に入ったものはいっぱい遊んで遊んで、壊したいものね」
「女言葉が混ざっているよ。と二人のときくらい、演技をしなくていいのに」

 兄は、自分の袖で残った紅を拭いてやりながら、笑う。
 笑い方は静かで、熱量のある秋とはまた違っていた。
 中身だけ正反対の二人。
 外目みためだけ同じ二人。

「いいの。これがあたしの、私の、本性なのだから」
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