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第二部

99話 おにパをしまして2

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「龍興様、木陰へ行きましょうか」

 兄を誘って、縁側へ座る。
 私の意図を汲んだのか、兄もお供のみなさんを制して一人で来てくれた。
 一応、私達は戦で勝った者と負けた者。身内であるのは知られているが、前のようにベタベタ慣れあってるのを色んな人に見られるのは、よくない。
 だから、兄を呼ぶならどういうパーティーにすべきか、呼ばない方がいいのか、いろいろ考えた。

 孫四郎達と会っちゃったら気まずいかな、とか。兄上は甘いものよりしょっぱいものがいいかな、とか。
 悩みながら厨房に立ってたら、気がつけばおにぎりの具が大量にできておりまして。

 なので、おにパ。
 おにぎりパーティーである。

「こっちが唐揚げおにぎりで、こっちが味噌焼きおにぎり、これが醤油焼きおにぎりです!」
「病み上がりの人間に食わす飯かこれ」
「ですので、ご覧ください!」

 パチン、と指を鳴らすと侍女の小夜ちゃんが無言で急須を持って奥から現れた。
 お椀に焼きおにぎりを入れ、湯気の上がる液体を回しかけるようにして注いでいく。中身は前日に取っておいたダシ汁だ。
 鰹節から丁寧に取ったダシと、少し焦げたお醤油のいいにおいがぶわりとあがる。

 刻んだネギなどの薬味を乗せて、焼きおにぎり出汁だし茶漬け風の完成。

「これなら少しは食べやすいかなーと。味見しましたが、出汁と醤油の塩味がちょうどよくておいしいですよ」

 後世の研究ではお茶漬けは消化に悪いと聞いておりますが、さらさら食べられるので私は好き。
 よくコンビニで消費期限ギリギリ半額カッチカチおにぎりを買ってきて、お茶漬けにしたものだ。わさびを少し乗せるとおいしいよ。

 私が隣で唐揚げおにぎりを同じように茶漬けにするのを見て、兄も口にしてくれた。
 文句が出ないのでおいしいのだろう。
 こっちも、唐揚げの脂が出汁に染みておいしい~!衣がちょっとしんなりするのもいいのよね。

「そうそう、竹中半兵衛くんにも来てもらえることになりました。後日、ご挨拶に行かせますね」
「聞いてる。お前なら、あいつを飼い慣らせるかもな」
「飼うつもりはありませんよ。私は、力を貸してほしいだけ」
「そう思ってるのはお前だけだ」

 ずず、と椀を傾け汁を啜る音。
 私が答えないでいると、兄が続けた。

「全部受け入れてたら、そのうち中から壊されるぞ。今日も見たが、斎藤の兵と織田の兵の扱いを同じにするな。言うことをきかせたいなら、舐められないようにまずは危険な役回りをさせろ。そんで、武功をあげた奴らへの称賛と褒美を惜しむな」
「べ、勉強になります……!」

 メモを取りたいところだが、メモ帳はない。
 半分ほどになったお椀を置く。カタリと木が打ち合う音が鳴った。

「でも、私だってそこまで甘ちゃんではありません。ご存知でしょうが、最後まで反抗した者は、父がしたのと同じように首を斬りました。半兵衛くんも、協力しないと言ったら殺すつもりでしたし。今後逃げてもいいとは言いましたけど、逃げて敵側に回る危険があるなら、私は殺します」
「そうか」

 表情を変えずに言うと、兄の方は驚いた顔をしたが、すぐにいつものニヒルな顔に戻った。

「まあ、お前らにならできるだろうな」
「なにを?」
「天下布武とやらだよ」

 信長と日奈が言いまわっているの、知っていたのか。

糞親父クソオヤジ以前まえに言った通りになったか」
「父上が?なんと?」
「いや。それより、最近あいつとは一緒じゃねえのか」
「あいつ?信長様ですか?」
「違えよ。明智のチビだよ」

 うっ、と、喉がつまりそうになる。
 サラサラと残った茶漬けを全部口に入れて、あまり噛まずに飲み込んでから急いで答えた。

「十兵衛は、今は信長様のところで勉強させてます」
「また喧嘩してんのか」
「違いますっ」

 どうしてみんな、私達が離れてると「ケンカするなよ~」とか「痴話ゲンカか~」とか変なこと言うのかしら、と思ったけど、あの十兵衛の態度じゃなあ。
 私もそれを意識して変な反応してしまっているの、自覚してるし。

「お前、親父から何か聞いてたか、あいつのこと」
「?いいえ?」
「なら、俺から言うことじゃないな」
「えっと、なにをですか?」
「あいつも俺の弟みたいなものだからな、大事にしてやれ」

 その言葉に驚いて、私は数秒、目をぱちぱちさせることしかできなかった。口がただ開いてしまう。
 以前は、自分の身内以外には、少しも興味関心を示さなかったのに。

「はあ~、ほんとに甘ちゃんになりましたね」


 そんな、私達兄妹がにこやかに食事を楽しんでいた頃、日奈にはもう一人の主役である信長の相手をお願いしていた。






 *******

「信長さ、そろそろ、上洛するよね?」

 信長の隣に腰を下ろし、日奈はなるべく周りに聞こえぬよう声を抑えた。
 何個おにぎりを食べる気かと思ったが、彼はどうやら帰蝶が握ったものにしか手をつける気はなかったらしい。
 彼女が持ってきた三つで終わってくれて、日奈もさすがに安堵し息を吐いた。徹底していて、安心できる。

「へえ、やっぱ見えてんじゃないか、ヒナ」
「半々かな。帰蝶が岐阜城主になるなんて、思いもしなかったし」
「誰を使うのがいいと思う?」
足利義昭あしかがよしあきと、明智光秀」
「ふうん」

 その返事が何を意味しているのか、日奈にはまだわからない。
 日奈が告げた言葉を、人物を、どう解釈したのかもわからない。
 ゲームとも史実とも違う彼は、日奈に理解できるような人間キャラではなかった。

「じゃあ、こうするか」

 頭をぐいと掴んで寄せられ、周りに聞こえぬようだろうが、耳に吐息がかかる。
 頬が染まりそうになるのを、慌てて身を引いて隠した。

「って、え!?いや、それはさすがに、まずいんじゃ……」
「いいんだよ、面白い方がいいに決まってるだろ!」

 日奈は今後起こり得ることを考えてから、まあいいか、と思考を放棄した。
 歴史がどう変わったって、変わらなくたって、帰蝶なら大丈夫だ。
 この信長も、きっと大丈夫。



「ありがとうね、日奈。私、次は城門の方に顔を出してくるから、もう少し信長様のお相手お願いしていい?」

 帰蝶は一度だけ戻って来たが、また忙しなく席を外す気らしい。
 戦国時代初の立食パーティーは良いけれど、主催である城主がこうもふらふらしていては、光秀ではないが文句が出てきそうだ。

「もう少しいろよ。たまにしか会えないんだ」

 ほら。

 帰蝶の腕を掴む信長を見て、日奈はげんなりとそれを表情に描いてしまった。
 奥方に城を与えて夫が通うというのは、この時代では普通だとは思う。ただ、この夫婦は二人きりになっても相変わらず、木刀を持って手合わせをしたり、お互いの運営状況を報告したりと、仕事仲間のようなことしかしない。
 なぜ自分を引き留めるのか、乞われているのかわかっていない帰蝶はまだ「えー、でも……」と唸っている。

「そうだよ。配給の方は私が代わりに行くからさ!」

 まったく、世話のやけるヒロインだ。
 強引に帰蝶を信長の隣に押しとどめて、城門へ向かった。


「はい、どうぞ」
「おねえちゃんが帰蝶ひめさま?きれい!おにぎりもおいしそう!」
「よかったねえ。私達のようなものにまでありがとうございます、姫様」

 まだ年端もいかない女の子、農作業を終えた様子の老人、子供を両脇にかかえた女性。
 誰にでも、訪れた人にはおにぎりを惜しげもなく配る。

 この時代は、戦となれば領内の農民達の協力は不可欠だ。
 人がいないと、戦もできない。支持は得ていた方がいい。
 しかしそこまで考えているわけではなく、帰蝶は「みんなにお礼をしたい」というような単純な謝意からの提案のようだけど。

「帰蝶姫さまは本当におやさしい方なんですね!新しい城主さまになってくれて、おれたち嬉しいです!」

 十代中頃の少年が、泥の拭いきれていない頬を見せ、日奈へ満面の笑みを向けた。
 完全に勘違いされてしまった。
 しかし、相手はごく普通の農民達。失礼ながら、どう見てもモブキャラだ。
 否定してもしなくても、今後差し支えはないだろう。
 それに、あんな美人に間違われるのは、悪い気はしない。

 ふふ、と、せめて帰蝶の印象が悪くならないようしとやかに微笑んで、日奈は嬉しそうに走り去る少年に手を振った。






 *******


 人目が薄れる林へ入ったところで、片手に受け取った握り飯を、無造作にくさむらに捨てる。
 ばさりと草音が鳴った瞬間、村道からついてきていた野犬がそれを許可もなくむさぼりはじめた。
 汚らしいものでも見るかのように一瞥し、少年は一人呟く。

「あれが帰蝶姫か……」

 聞いていた情報通りの、変わった女。
 上質な着物を着崩し、汚れるのもいとわず他の下女達に混じってせかせかと働く。しかし髪や肌への手入れのされ具合から、一目で身分の高い姫だとすぐにわかった。

 民草ごときの人気を得るのに、必死なことだ。

 しかし、

「殺し甲斐がいのなさそうな女だな」

 少年はつまらなそうに吐き捨てると、ブツブツと何やら口の中に言葉を含みはじめる。
 言葉も足音も誰にも聞かれぬまま、彼は木の影へ消えた。
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