上 下
110 / 134
第二部

97話 竹中半兵衛くんを脅して

しおりを挟む
 ***

 むかしむかしあるところに、王様と、王子様と、頭のよい軍師がおりました。

 軍師は、いっしょうけんめい王様に尽くしていました。
 ですが、そのお子である王子様に代替わりすると、急にお仕事をさせてもらえなくなりました。

 軍師はかなしくなり、王子様からお城を乗っ取って、少しだけ、痛い目を見てもらいました。

 これで、また前みたいに一緒に戦いたい。

 そう思っていたのに、戦が起きて、お城は別の王に取られ、国はなくなってしまいました。
 軍師はもう、戦うことをやめてしまいました。

 おしまい。

 ***



 みんなご存知(私は知らなかったけど)、戦国時代の有名軍師、頭のキレる天才参謀。
 竹中半兵衛重治たけなかはんべえしげはる

 もとは斎藤義龍あにうえ(龍興)に仕えていたらしいのだけど、史実では次第に重用されなくなって、キレて稲葉山城を乗っ取り、姿を消した。
 難攻不落だった稲葉山城を中からとはいえ陥落させたことで、後世において彼の評価は高い。
 ゲームではCVも立ち絵もないモブキャラだそうだけど、そんな逸材は是非手に入れておきたい。ってことで、消えた半兵衛くんを探してもらった。
 居場所は、史実通りであれば日奈が知ってるものね。

 この世界の兄上は有能な家臣を理由もなく軽んじる人ではないから、何か別の理由があって斎藤から離れたのだろうけど……。


「城主の帰蝶です。あなたが竹中半兵衛さんね……って、ええええーーーー!!??」

 最初が肝心。半兵衛さんがいるという部屋に、舐められないよう扇子を片手に堂々と入室して、すぐにその扇子を放り投げた。
 竹中半兵衛さんは、ぐるっぐるの簀巻すまきにされて、畳の上に転がされていた。

「わーーーーー!なんてこと!!」

 慌てて駆け寄り、誰がこんな無作法を!と周囲を睨むと、すい~っと全員から目線が反らされた。
 織田軍、野蛮すぎでしょ。

「ごめんなさい、“連れてきて”と言ったつもりだったのだけど、うちの兵の野蛮さを忘れてたわ。こんな手荒なことをするなんて……」

 縄を解いていく間、半兵衛さんらしき物体は簀の中で「はやくしろ」と言わんばかりにもぞついた。よかった、生きてる。
 可哀想に口枷までさせられていた。

 すべて取り去ってあげると、乱れた髪の隙間からギロリと力いっぱい睨まれた。

「あんたが……帰蝶か」

 答えようとしたら、周囲の男共から「様をつけろォ!あァ?」「てめぇ誰に口きいてんだ!」と野太い野次ヤジが飛んだ。
 ヒーッと心の中で悲鳴をあげる。
 今いるのは、仲良くしてもらうために織田と元斎藤の兵半々にしているのだけど、この血気盛んな男達をまとめるなんて、無理かも。

 ついてきていた夕凪にお願いして、ともかく私と半兵衛くん以外全員退出してもらった。
 逃げる様子はなさそうなので、きちんと向かい合って座り、ぺこりと頭を下げて先ほどの非礼を詫びに詫びる。

「うちの者たちが失礼を。あらためまして、城主の帰蝶よ。織田信長の正室で、美濃のマムシの娘。あなたのお噂は聞いてるわ。できたら、私達に力を貸してほしいのだけど」

 さげていた頭をあげてから見た彼は、モブキャラだと言われていたのに、整った顔をしていた。
 私がまた無意識に変なことでも言ったのか、驚いた表情で私の顔を見て、すぐに視線をそらす。

「それは、また斎藤の家臣になれということか」
「違うわ、私の力になれと言っているのよ」
「……断る」

 なんと、さすが、あの兄上に盾突いたというだけある。
 退出させたとはいえ、外にはさっきの怖い男達がまだいるというのに。肝も座っている。

 彼は、半兵衛くんは、見た目は少年のように華奢だ。武芸が得意そうには見えない。
 ゲームで主要人物ではないのだから、特殊スキルが使えるとも思えない。
 そんな状況で、城主だと名乗った私にまで盾突いたら、生きて帰れないかもしれないのに。

「理由をきかせてくれる?」
「ぼくが義龍殿から離れた理由を知っているか?」
「知らないわ。兄上も教えてくれないのよ」
「なら教えてやる。あんたの兄上に、ぼくは進言したんだ。“あんたの妹をいますぐに殺せ”と」

 横を向いたまま、彼は唇をゆがめた。

「織田信長が今川を破ったのを見て、力をつけてきているのを感じて、ぼくは次に取られるのは美濃だと感じた。だから言ったんだ、織田がこれ以上力をつける前に、こちらから攻めるべきだとな」

 そう、兄上に言った時のことを思い出しているのだろうか。
 皮肉っぽく笑ったまま、続ける。
 私はそれを、ただ見つめた。

「だが、あんたの兄はそうはせずに守りに興じた。その結果が、これだ。あの時ぼくの言う通りにしておけば、家臣に裏切られることも、美濃を取られることもなかったのに。結局、まむしの息子だなんだとか言っても、妹を切れない甘ちゃんだったってことだ」
「それで、がっかりして斎藤を出たの?」
「そういうことだ。だから、その原因になったあんたに、今さら仕えるわけないだろ」
「そうね」

 ふむ、と一呼吸おいてから立ち上がり、私は放りっぱなしにしていた扇子を拾いに席を立った。
 振り返るも、半兵衛くんはやはり逃げる様子はない。 

「そういうことなら、あなたはやはり、私につくべきよ」
「はあ?あんた、話を聞いてたか?ぼくはもう、斎藤あんたらみたいな甘ちゃんの下について、命を無駄にするのは嫌なんだよ」

 そう、きっぱりと言う半兵衛くんは、まだ少し髪が乱れている。
 もう両腕は自由なのだから整えてもいいはずなのに、しないのは、私との会話に集中してくれているからだ。まっすぐに、私を見てくれている。

 本当は、自分が辞める原因になった私につくかどうか、迷ってる。
 私が上に置いておけるような器か、見極めようとしてくれているのだ。
 音には出さず、ふふ、と笑うと、私は半兵衛くんの前に立った。

「それなら大丈夫よ」

 彼の片目は、長い髪に隠れて見えない。
 私を突き刺そうとするもう片方の目は、研ぎ澄まされた黒曜石みたいに真っ黒で綺麗だった。
 誰だって、信用できない上司につくのは嫌だろう。
 上司が無能だったら、真っ先に死ぬのはついてきた部下だ。

 だけど私はその目に、刺されるつもりはない。

「私の中にはねぇ、悪魔がいるの」
「あく、ま……?」
「ああ、この時代ではなんと言うのかしら。鬼?閻魔エンマ様?ともかく」

 拾った扇を閉じたままに、半兵衛くんの顎下に添える。
 くい、と扇子をあげて上向かせると、嫌がるその瞳に私の瞳をあわさせた。
 至近距離で、囁く。

「私は父でも兄でも殺すわ。だって私の中には、そう、本物の毒蛇マムシがいるんだもの」

 マムシの血を色濃く継いだ私の瞳は、怖いだろう。

「まあ、断ってくれてもいいけど、その場合は一生牢から出してあげない。お天道様てんとうさまを忘れないうちに、頷いておいた方がいいとは思うけど?」
「……あんたはたしかに、甘ちゃんではなさそうだな……」

 声に変わりはないけれど、顔色が変わっている。半兵衛くんは少しだけ、私に恐怖している。
 恐怖政治はしたくないけど、城主になるのなら、少しは恐れられた方がいいものね。
 私ってたぶん、みんなからは「まもってあげなきゃ」って侮られてると思うし。

 今後、少しでも不安を感じたら逃げてもいいって条件で、半兵衛くんは私に力を貸してくれることになった。
 よかった~。秀吉くんも日奈もいてくれるけど、十兵衛がいない分、頭のいい子はたくさんほしいものね!

「よっしゃ!まずは城を案内するわね!大丈夫よ、私にぴったりくっついてれば、他の男共は何もしないから!」
「や、やめろ、近い……!それに、ぼくはこの城にいたんだぞ!知っている!」
「あ、そっか」

 嬉しさのあまり勢いよく部屋を出ると、見張っていた男達が半兵衛くんを睨み付けるので、私は守るようにその華奢な腰を引き寄せた。
 え、細っ……BLの受けか?

「あ、日奈!紹介するわね、半兵衛くん、仲間になってくれるって。条件付きだけど!」
「え……っ、このひとが……?」

 他の男達に交じって、部屋の外で見守っていてくれた日奈に駆け寄り、引き摺っていた半兵衛を出す。
 目の前に出された美少年(と言うお歳ではないかもしれないけど)を見て、日奈はぴしりと固まった。
 おや、この反応、以前に見たことあるぞ。

「半兵衛くん、こっちは渡瀬日奈さん。……あれ?」

 日奈の氷結が解けない。
 竹中半兵衛は、コミカライズにも出てこないから、はじめて見ることになる、とは言っていたけど。なにかびっくりすることであったのだろうか。
 知り合いに似てるとか?

「……か、かっこいい……推せる…………」
「え?」
「はあ?」

 黒髪クール系、整った白い肌にキレ長の鋭い瞳。
 ちょっと薄幸そうで線の細い佇まい。

 竹中半兵衛、日奈の好みだわ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。 ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。 我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。 ――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。 「はい、では平民になります」 虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。

処理中です...