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第二部
96話 フラグを立てて、へし折って
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「えっ!!光秀様、向こうに置いて来ちゃったの!?」
「うん」
稲葉山城を信長命名の岐阜城に改名して数日、私はこっちでおんな城主として奮闘していた。
いや~、まさかここが岐阜県だったとはね。それくらいの歴史と地理知識のなさである。
そして、城主になる、国のトップになると言うのは、華やかなイメージと違いやることが多くて大変なのだとわからされた。
戦をして勝つってだけじゃなくて、農業とか商業とか、人とか家とか土地とか。目を向けて回していかなければならないことがたくさんある。
適当に見えて若い頃からちゃんと回してた信長は、やっぱりデキる人だったのだなあと実感。
でも、やるって言ったからには、私だけが怠けて他人任せにするわけにはいかない。
甘えない為にも信長や十兵衛には清州城に残ってもらい、私はしばらく信用できる人と美濃の運営をがんばることにした。
兄上と、父上から引き継いだ私の生まれ故郷だ。大切にする。
「帰蝶と離れるなんて、よくそんなの……あの光秀様が了承したね」
「させたのよ。信長様には“一緒にいろ”とか“ふたりでひとつ”みたいに言われたけど、あんまり、べったりなのもよくないし……」
「どうして?」
「お、お互いの精神衛生上……かな」
「精神衛生ってなに?なにかあったの?キスされたとか!?」
「ファッ!!!!?」
この乙女ゲ脳は!
手加減なしの力でバシバシ背中を叩くと、日奈は痛みに悲鳴をあげて逃げた。
姉弟みたいな関係だったのに、いきなりキスとかそんな急転、あるわけないでしょ!
炎上明智城の前で抱きしめられたり、私が怪我したと知ったら自分の骨も折ったり、デートに割り込んで来られたり、そのくらいよ。
「私のいないところでそんなことがあったんだ……。さすがに、明智城燃やすのはゲームでも史実でもないかな……もともと、明智光秀は信長に仕えるまでは謎の多い生い立ちなんだけど」
「やっぱりそうよね……。まあ、その……そのあたりから、ちょっと十兵衛の私を見る目が変わったかなって……思い……まして…………」
「なんだ、鈍感なのかと思ってたけど、ちゃんと気づいてたんだね」
日奈はスタスタと隣を歩き、私を追い越した。
長い廊下の先に揺れる、肩をかすめるだけの短い髪。
女性でこれほど短い髪はこの時代では珍しいけれど、彼女には似合っている。
彼女の見た目について影で言う人も、はじめはいたけれどもういなくなった。日奈が自分で、自分の居場所を確立したからだ。
十兵衛の周りには、いつだって魅力的な女の子がたくさんいた。
なのに、日奈や他の女の子を見る目と、私だけを見る目は、ぜんぜん違う。
気づかないわけがない。
「一応、幼馴染だからね。……でもまあ、恋とも少し違う気もするのよね。まだ手のかかる妹とか思ってそうだし。私をなんとか制御したいっていう……こう、執着とか独占欲みたいなものじゃないかな」
「人はそれを恋と言うのでは……」
「そんなことないって!ごめんね、日奈は清洲城に行ってもいいのよ?推しがいるんだし。こっちには秀吉くんもいるし、斎藤の家臣のみなさんも私を慕ってくれてるし大丈夫だから!十兵衛は、少し私と離れて仕事に打ち込んでくれれば、他も見るようになるんじゃないかなって思うのよね」
見てもらわないと、困る。
信長と違って、夫婦でもないのに、夫婦には成りえないのに、十兵衛は私にずっとついていてくれた。
なんの見返りもないのに助けてくれる、それに甘えちゃいけないのだ。
私はもう、城主なんだから!
「私は別に問題ないけど……まあ、しばらくあっちと離れてた方がいいかもね。このあとは負けイベがあるし」
「え、それ聞いてない」
「信長ルートか光秀ルート……秀吉ルートでも、ちょっとあとに、必ず負ける敗走イベントがあるの。こっちでどうなるかわからないけど、危険のある戦に帰蝶を出したりなんかしたら、私また光秀様に怒られちゃうよ」
「ごめん、またって何?十兵衛に何かされたの?」
「えっと……うん……。あれは怖かった……」
日奈は歩みを止めて壁際に寄りながら、ぽつぽつと語ってくれた。
気を使って端折られた内容を要約するに、桶狭間戦の後くらいに「オメェ帰蝶様のなんなんだ?あ?次余計なことしたら殺すかんな??」と壁ドンされて脅されたらしい。
道理で。あのあと日奈は随分気落ちしていた。
ラスボス帰蝶姫に睨まれただけでなく、推しにまで謂われない怒りをぶつけられて。しかもあの美形に至近距離で凄まれたら、さぞかし怖かっただろう。
私は代わりに、その場で土下座した。
「ごめんなさい!あの子、ちょっと生真面目すぎて過激になってるだけなの!この前も信長様にマジギレしてたし……でも女の子にそこまでするなんて……あとでよく言っとくから!」
「いや、私が悪かったのはほんとだし、もう平気だよー。ゲームとはだいぶ違う性格になってるってわかったから、あんまり気にしなくていいよ。推しは別に作るよ」
見上げた日奈の顔は、言葉の通り怒りも悲しみも特にない、という感じだった。
あーあ、十兵衛、貴重なファンを失ったな。
ユーザー人気が落ちたらイベントとか減らされるんだからね。
「あ、姫さん、巫女さん、こんなところにいたんスか!」
「あら秀吉くん」
何もない廊下でぺこぺこしていると、秀吉くんが駆けて来た。
相変わらず、小動物みたいに動きが早くてエネルギッシュ。明るい黄色の髪が揺れて、彼の生命力を引き立てている。
彼には、私の補佐をしてもらうため岐阜城へ一緒に来てもらっていた。そして、ある任務をお願いしていたのだけど、ここにいるということは、
「まさか、もう見つかったの?」
「ええ。巫女さんに言われたとこ探したらすぐ見つかりました。さすがっスね。姫さん、褒めてくれてもいいっスよ」
「すごい!えらい!!日奈もえらい!!」
「えへへ」
二人とも褒めると、少年少女らしい顔でころころと笑った。
かわいいなあ。
二人とも、特に秀吉くんは卑屈な態度がだいぶなくなって自信が出てきたようで嬉しい。
「じゃあさっそく会いに行こうかな。部屋に通してくれる?」
「うん」
稲葉山城を信長命名の岐阜城に改名して数日、私はこっちでおんな城主として奮闘していた。
いや~、まさかここが岐阜県だったとはね。それくらいの歴史と地理知識のなさである。
そして、城主になる、国のトップになると言うのは、華やかなイメージと違いやることが多くて大変なのだとわからされた。
戦をして勝つってだけじゃなくて、農業とか商業とか、人とか家とか土地とか。目を向けて回していかなければならないことがたくさんある。
適当に見えて若い頃からちゃんと回してた信長は、やっぱりデキる人だったのだなあと実感。
でも、やるって言ったからには、私だけが怠けて他人任せにするわけにはいかない。
甘えない為にも信長や十兵衛には清州城に残ってもらい、私はしばらく信用できる人と美濃の運営をがんばることにした。
兄上と、父上から引き継いだ私の生まれ故郷だ。大切にする。
「帰蝶と離れるなんて、よくそんなの……あの光秀様が了承したね」
「させたのよ。信長様には“一緒にいろ”とか“ふたりでひとつ”みたいに言われたけど、あんまり、べったりなのもよくないし……」
「どうして?」
「お、お互いの精神衛生上……かな」
「精神衛生ってなに?なにかあったの?キスされたとか!?」
「ファッ!!!!?」
この乙女ゲ脳は!
手加減なしの力でバシバシ背中を叩くと、日奈は痛みに悲鳴をあげて逃げた。
姉弟みたいな関係だったのに、いきなりキスとかそんな急転、あるわけないでしょ!
炎上明智城の前で抱きしめられたり、私が怪我したと知ったら自分の骨も折ったり、デートに割り込んで来られたり、そのくらいよ。
「私のいないところでそんなことがあったんだ……。さすがに、明智城燃やすのはゲームでも史実でもないかな……もともと、明智光秀は信長に仕えるまでは謎の多い生い立ちなんだけど」
「やっぱりそうよね……。まあ、その……そのあたりから、ちょっと十兵衛の私を見る目が変わったかなって……思い……まして…………」
「なんだ、鈍感なのかと思ってたけど、ちゃんと気づいてたんだね」
日奈はスタスタと隣を歩き、私を追い越した。
長い廊下の先に揺れる、肩をかすめるだけの短い髪。
女性でこれほど短い髪はこの時代では珍しいけれど、彼女には似合っている。
彼女の見た目について影で言う人も、はじめはいたけれどもういなくなった。日奈が自分で、自分の居場所を確立したからだ。
十兵衛の周りには、いつだって魅力的な女の子がたくさんいた。
なのに、日奈や他の女の子を見る目と、私だけを見る目は、ぜんぜん違う。
気づかないわけがない。
「一応、幼馴染だからね。……でもまあ、恋とも少し違う気もするのよね。まだ手のかかる妹とか思ってそうだし。私をなんとか制御したいっていう……こう、執着とか独占欲みたいなものじゃないかな」
「人はそれを恋と言うのでは……」
「そんなことないって!ごめんね、日奈は清洲城に行ってもいいのよ?推しがいるんだし。こっちには秀吉くんもいるし、斎藤の家臣のみなさんも私を慕ってくれてるし大丈夫だから!十兵衛は、少し私と離れて仕事に打ち込んでくれれば、他も見るようになるんじゃないかなって思うのよね」
見てもらわないと、困る。
信長と違って、夫婦でもないのに、夫婦には成りえないのに、十兵衛は私にずっとついていてくれた。
なんの見返りもないのに助けてくれる、それに甘えちゃいけないのだ。
私はもう、城主なんだから!
「私は別に問題ないけど……まあ、しばらくあっちと離れてた方がいいかもね。このあとは負けイベがあるし」
「え、それ聞いてない」
「信長ルートか光秀ルート……秀吉ルートでも、ちょっとあとに、必ず負ける敗走イベントがあるの。こっちでどうなるかわからないけど、危険のある戦に帰蝶を出したりなんかしたら、私また光秀様に怒られちゃうよ」
「ごめん、またって何?十兵衛に何かされたの?」
「えっと……うん……。あれは怖かった……」
日奈は歩みを止めて壁際に寄りながら、ぽつぽつと語ってくれた。
気を使って端折られた内容を要約するに、桶狭間戦の後くらいに「オメェ帰蝶様のなんなんだ?あ?次余計なことしたら殺すかんな??」と壁ドンされて脅されたらしい。
道理で。あのあと日奈は随分気落ちしていた。
ラスボス帰蝶姫に睨まれただけでなく、推しにまで謂われない怒りをぶつけられて。しかもあの美形に至近距離で凄まれたら、さぞかし怖かっただろう。
私は代わりに、その場で土下座した。
「ごめんなさい!あの子、ちょっと生真面目すぎて過激になってるだけなの!この前も信長様にマジギレしてたし……でも女の子にそこまでするなんて……あとでよく言っとくから!」
「いや、私が悪かったのはほんとだし、もう平気だよー。ゲームとはだいぶ違う性格になってるってわかったから、あんまり気にしなくていいよ。推しは別に作るよ」
見上げた日奈の顔は、言葉の通り怒りも悲しみも特にない、という感じだった。
あーあ、十兵衛、貴重なファンを失ったな。
ユーザー人気が落ちたらイベントとか減らされるんだからね。
「あ、姫さん、巫女さん、こんなところにいたんスか!」
「あら秀吉くん」
何もない廊下でぺこぺこしていると、秀吉くんが駆けて来た。
相変わらず、小動物みたいに動きが早くてエネルギッシュ。明るい黄色の髪が揺れて、彼の生命力を引き立てている。
彼には、私の補佐をしてもらうため岐阜城へ一緒に来てもらっていた。そして、ある任務をお願いしていたのだけど、ここにいるということは、
「まさか、もう見つかったの?」
「ええ。巫女さんに言われたとこ探したらすぐ見つかりました。さすがっスね。姫さん、褒めてくれてもいいっスよ」
「すごい!えらい!!日奈もえらい!!」
「えへへ」
二人とも褒めると、少年少女らしい顔でころころと笑った。
かわいいなあ。
二人とも、特に秀吉くんは卑屈な態度がだいぶなくなって自信が出てきたようで嬉しい。
「じゃあさっそく会いに行こうかな。部屋に通してくれる?」
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