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第二部
84話 かわいいあの子がチャラ男になってて2
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松平竹千代くん。とは、私が織田へお嫁に来てすぐの頃、那古野城でよく遊んでいた少年だ。
あの頃は、結婚したと言っても私も信長もまだまだ子供で、お義父様も存命だったから、夫婦そろって毎日遊んで暮らしてた。
竹千代くんという預かっている子がいるというので、失礼ながら好奇心から二人(プラス十兵衛も)で会いに行って、たびたび一緒に遊ぶようになった。
お菓子を持って行ってピクニックのまねごとをしたり、鬼ごっこをしたり、時には剣術を教えたり。
お嫁に来たばかりで、それなりに不安でホームシックになりかけていた私は、この小さな男の子の存在に随分と救われたのを覚えてる。
私の腰にも満たない背丈の少年が、親元を離れて知らない大人たちに囲まれても泣かずに頑張っているのだ。
無垢な笑顔に、お前も頑張れ、と背中を押されているような気がした。
そうしてのんびり過ごしていた私は、竹千代くんはてっきりお行儀修行か何かで織田に滞在しているのだと思っていた。
人質として敵方から連れられて来た子だったと知ったのは、彼が那古野城を去ってからのことだった。
もっと優しくしてあげたらよかった。
もっと力になってあげられたら。
そう後悔したけれど、それから竹千代くんがどうなったのか、自分のことに精一杯で忘れてしまっていた。
ごめんね竹千代くん。
でも覚えてる。私、たしかに言ったね。
声変わりの気配もない高く柔い声で、何度も求婚して来たあと、
「おとなになっても気持ちが変わらなかったら、またプロポーズしてね」と。
「う、うわああああああ!」
ウインクとともに差し出された手を払いのけ、私は走って十兵衛と信長の後ろに隠れた。
戦国時代でウインクを見たのは二度目のことであったので、それに対する衝撃は薄め。
しかし、これほどの美男のウインクへの耐性はない。前世でももちろんない。
「だから何度も忠告したんです。竹千代様と距離が近すぎます、と」
「俺も、あいつ嫌い」
「知らなかったの!こんなチャラ男くんになるなんて、知らなかったの!!」
二人の背中にへばりついてから盗み見た竹千代くんは、私の無礼にも怒らず余裕そうに笑んだままだった。
顔が熱くなる。
いくら幼い頃とは言え、抱きついたし抱っこなんてしてキャッキャウフフしてしまった。
あまつさえ「大きくなったら、おねえちゃんとけっこんする」「いいよ♡」なんてベッタべたなのをやってしまった。
恥ずかしすぎる。
チラリと見た顔はもうかわいさの影はなく、垂れた前髪を避けて覗く瞳に大人の色香が漂っていた。
どんな過程があってこんなに大きくなるのか、途中を教えてくれ。
ピチューがなぜかギャラドスくらいの変化だ。
「あ、あの、あのやくそく、って……」
「やだなあ、忘れちゃったの?僕との結婚、考えてくれるんだよねー?おねーえちゃん?」
以前から信長や十兵衛の怖い顔に臆さない子ではあったが、今も睨まれてるのにまったく怯みもしないのは、たいしたものだ。
ふふふ、と笑った顔と立ち姿には、自信が溢れていた。陽キャだ。
前世オタクの私とは根本的に相いれない。
これまで私がこの世界で会って来た男性達は、みんなザ・堅物といったキャラで。女(しかも既婚者)である私に軽々しく接してくるのは、せいぜい攻略対象者くらいだった。
彼らの顔の良さ具合にはだいぶ慣れたと思っていた。けれど……
「だ、だだだだだだ、だ……」
「んー?照れちゃってるの?かわいいね」
投げキッスでもしてきそうな雰囲気で微笑まれた。アイドルか。
かつて、信長くんがアイドルだったら推せるな、と思ったこともあったが、実際にアイドル風な子が出てくると体が拒否反応を示した。
あの小さくふわふわしていた幼少期を知っているせいかもしれない。
登場人物の老化が表現されないことに、こんなところで弊害が出てくるとは。
「……だめ、です…………」
たぶん私、いま顔真っ赤だわ。
頭の中まで熱で溶けてて、上手く考えられない。
そろりと竹千代くんを見ると、彼も反応に困ったのか、その蕩けそうな甘い目を見開いて私を見てた。
盾にした男子達もちょっと驚いてる。
一番びっくりは私だよ。夫や護衛のくせにまったく助けてくれないし。
お助け巫女の日奈もニヤニヤ笑むだけで助け船出してくないし。
「蝶、不快ならこいつ殴っていいぞ。チビ千代のくせに」
「珍しく同意見ですが、同盟のために耐えてください」
びっくり顔を戻した二人が、ようやく落ち着いた声で助けを出してくれた。
忘れてた。同盟、結ぶんだった。
ここで和平同盟が結べないと、織田は周りが敵だらけになっちゃうから、同盟が結べそうなところとはなるべく結んでおきたい。
ただでさえ信長くんは周りの国のトップから嫌われてる。未来が見える巫女や、奥方を戦場に出してるせいで、ふざけてると思われてるのだ。
同盟を結びたいと言ってきた相手は珍しい。せっかく伸びた手を、振り払いたくない。
だから二人とも、私に助けを出さなかったのね。
「……け、結婚はだめですが、お友達から……」
私はなるべくその良すぎる顔を見ないようにして竹千代くんの手を取り、信長の手に当てて結ばせた。
戦国時代初の、握手による同盟成立である。
「清州同盟、成立しちゃった」
なんだこれ、と言いたげな呆れ声で、日奈が呟いたのを後ろに聞いた。
あの頃は、結婚したと言っても私も信長もまだまだ子供で、お義父様も存命だったから、夫婦そろって毎日遊んで暮らしてた。
竹千代くんという預かっている子がいるというので、失礼ながら好奇心から二人(プラス十兵衛も)で会いに行って、たびたび一緒に遊ぶようになった。
お菓子を持って行ってピクニックのまねごとをしたり、鬼ごっこをしたり、時には剣術を教えたり。
お嫁に来たばかりで、それなりに不安でホームシックになりかけていた私は、この小さな男の子の存在に随分と救われたのを覚えてる。
私の腰にも満たない背丈の少年が、親元を離れて知らない大人たちに囲まれても泣かずに頑張っているのだ。
無垢な笑顔に、お前も頑張れ、と背中を押されているような気がした。
そうしてのんびり過ごしていた私は、竹千代くんはてっきりお行儀修行か何かで織田に滞在しているのだと思っていた。
人質として敵方から連れられて来た子だったと知ったのは、彼が那古野城を去ってからのことだった。
もっと優しくしてあげたらよかった。
もっと力になってあげられたら。
そう後悔したけれど、それから竹千代くんがどうなったのか、自分のことに精一杯で忘れてしまっていた。
ごめんね竹千代くん。
でも覚えてる。私、たしかに言ったね。
声変わりの気配もない高く柔い声で、何度も求婚して来たあと、
「おとなになっても気持ちが変わらなかったら、またプロポーズしてね」と。
「う、うわああああああ!」
ウインクとともに差し出された手を払いのけ、私は走って十兵衛と信長の後ろに隠れた。
戦国時代でウインクを見たのは二度目のことであったので、それに対する衝撃は薄め。
しかし、これほどの美男のウインクへの耐性はない。前世でももちろんない。
「だから何度も忠告したんです。竹千代様と距離が近すぎます、と」
「俺も、あいつ嫌い」
「知らなかったの!こんなチャラ男くんになるなんて、知らなかったの!!」
二人の背中にへばりついてから盗み見た竹千代くんは、私の無礼にも怒らず余裕そうに笑んだままだった。
顔が熱くなる。
いくら幼い頃とは言え、抱きついたし抱っこなんてしてキャッキャウフフしてしまった。
あまつさえ「大きくなったら、おねえちゃんとけっこんする」「いいよ♡」なんてベッタべたなのをやってしまった。
恥ずかしすぎる。
チラリと見た顔はもうかわいさの影はなく、垂れた前髪を避けて覗く瞳に大人の色香が漂っていた。
どんな過程があってこんなに大きくなるのか、途中を教えてくれ。
ピチューがなぜかギャラドスくらいの変化だ。
「あ、あの、あのやくそく、って……」
「やだなあ、忘れちゃったの?僕との結婚、考えてくれるんだよねー?おねーえちゃん?」
以前から信長や十兵衛の怖い顔に臆さない子ではあったが、今も睨まれてるのにまったく怯みもしないのは、たいしたものだ。
ふふふ、と笑った顔と立ち姿には、自信が溢れていた。陽キャだ。
前世オタクの私とは根本的に相いれない。
これまで私がこの世界で会って来た男性達は、みんなザ・堅物といったキャラで。女(しかも既婚者)である私に軽々しく接してくるのは、せいぜい攻略対象者くらいだった。
彼らの顔の良さ具合にはだいぶ慣れたと思っていた。けれど……
「だ、だだだだだだ、だ……」
「んー?照れちゃってるの?かわいいね」
投げキッスでもしてきそうな雰囲気で微笑まれた。アイドルか。
かつて、信長くんがアイドルだったら推せるな、と思ったこともあったが、実際にアイドル風な子が出てくると体が拒否反応を示した。
あの小さくふわふわしていた幼少期を知っているせいかもしれない。
登場人物の老化が表現されないことに、こんなところで弊害が出てくるとは。
「……だめ、です…………」
たぶん私、いま顔真っ赤だわ。
頭の中まで熱で溶けてて、上手く考えられない。
そろりと竹千代くんを見ると、彼も反応に困ったのか、その蕩けそうな甘い目を見開いて私を見てた。
盾にした男子達もちょっと驚いてる。
一番びっくりは私だよ。夫や護衛のくせにまったく助けてくれないし。
お助け巫女の日奈もニヤニヤ笑むだけで助け船出してくないし。
「蝶、不快ならこいつ殴っていいぞ。チビ千代のくせに」
「珍しく同意見ですが、同盟のために耐えてください」
びっくり顔を戻した二人が、ようやく落ち着いた声で助けを出してくれた。
忘れてた。同盟、結ぶんだった。
ここで和平同盟が結べないと、織田は周りが敵だらけになっちゃうから、同盟が結べそうなところとはなるべく結んでおきたい。
ただでさえ信長くんは周りの国のトップから嫌われてる。未来が見える巫女や、奥方を戦場に出してるせいで、ふざけてると思われてるのだ。
同盟を結びたいと言ってきた相手は珍しい。せっかく伸びた手を、振り払いたくない。
だから二人とも、私に助けを出さなかったのね。
「……け、結婚はだめですが、お友達から……」
私はなるべくその良すぎる顔を見ないようにして竹千代くんの手を取り、信長の手に当てて結ばせた。
戦国時代初の、握手による同盟成立である。
「清州同盟、成立しちゃった」
なんだこれ、と言いたげな呆れ声で、日奈が呟いたのを後ろに聞いた。
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