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第二部

閑話⑤ フライパンクッキーを作りまして2

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 竹籠たけかごに、私が持っている中で一番かわいい花柄の風呂敷包みを広げ、焼きあがったクッキーをたくさん詰め込んで。
 女の子の部屋に行くんだもの。たまにほんの少し女子力上げたっていいでしょ。


「どうかな?」

 差し出された籠の中身を、日奈はまじまじと、目を大きくさせて見つめている。
 粗熱あらねつを取ったクッキー達は、それでも包みを開くと香ばしい匂いを漂わせた。
 整えられたショートボブが、輪郭に沿って揺れる。

 日奈は桶狭間から帰ってきてから、ずっと沈んでいた。
 死の恐怖を何度も味わって、しなくていい怖い思いもしたし、無事に帰って来てから嫌な思いをたくさんした。
 彼女に少しでも元気を出してもらいたくて、こうしてリハビリと称して現代風のお菓子を作ったのだ。

「ありがとう……クッキーって作れるんだ」
「うん。油と小麦粉と砂糖で作れるのよ?前に、お母さんが作ってれたって言ってたから。十兵衛と夕凪と三人で作ったの」

 お店で売っているものとは、天と地ほどの差があるけれど。
 形も大きさもまちまちで、焼き加減にもムラのあるクッキー。
 味見をしたから不味くはないはずだけど、手作りのお菓子をあげるときって、誰にあげるのでも、それなりに緊張する。
 女友達にあげるのなんて、それこそ高校時代以来だし。

 戸惑っていた日奈はそれでも興味を持ってくれて、籠の中に山になった上から指でひとつ取り、ゆっくり口に運んだ。
 サク、と小気味よい音がする。

「どう?おいしい?」
「……ママのと違う。けど、」

 なつかしい味がする。と、彼女はひとくちひとくち、かみしめるようにして、残りの欠片を食べた。

 飲み込んだあとに、ぽた、と大粒の涙が頬を伝って落ちる。
 拭っても拭ってもあふれるそれをあきらめて、日奈は声に出して泣き出した。

「あ、あええ!どうして!?」
「違う、ちがうの……うう……ま、ママに、会いたくなっちゃ、って……う、うぇえん……」

 ママに会いたい、パパに会いたい、友達に会いたい、と、彼女はちいさな子どものように泣いた。
 ここ最近、女の子を泣かせてばかりだ。

 高校生なんだもん。まだ子どもだよね。
 信長も、十兵衛も、17歳くらいの時は泣いてはいないけどまだ子どもって感じだったし。
 私も、帰りたくなって一度泣いたし。
 情緒なんて、少しの衝撃でぐちゃぐちゃになるものだ。
 
 泣きじゃくる日奈の口に、とりあえずクッキーをもう一枚押し込んだ。
 えぐえぐと泣きながら、食べてる。

「ママのクッキーの方が、おいしいよぉ……」
「ごめんね焦げてて」
「ううん。でも、これもおいしい。はい」

 涙を何度も拭いながら、日奈がお返しに、と、クッキーを一枚取って差し出してきた。
 さっき味見で食べたけど、もう一枚くらいいいだろう。
 ぱく、とそのまま口に招く。
 十兵衛がいたら、女の子同士でも「はしたない」と怒るだろうか。
 口の中でサクサク音をたてる。

「うん。おいしいね」

 そう言われて噛みしめれば、なつかしさのある味かもしれない。

 私の母は頻繁にお菓子を焼いてくれるタイプではなかったが、時たま、本当に数年に一回くらいの確率で、簡単なお菓子を作ってくれた。
 小さい頃、オーブンの前で背伸びして、焼き上がりを待っていた時のにおい。
 小麦粉ベースの黄色い生地が、こんがり焼けていく。なつかしい、やわらかなにおい。

「大丈夫よ、日奈。絶対に、もとの時代に帰してあげるから。こういうのはね、だいたい帰れるものなのよ。お約束よ」

 タイムスリップものは、最終回にはたいてい帰れるのだ。転生ものは知らないけど。

「……うん。その時は、帰蝶あなたも帰ろうね……」
「ありがとう。そうなったらきちんとオーブンでブンしたクッキーを御馳走するわ」
「私も、ママと一緒に焼くね」

 果たせることはないかもしれない約束をして、私達は笑った。

 日奈には言えないけど、帰れなくても私はこの生活がそれなりに好きだから、いいかな、と思う。
 私を護ってくれる護衛従者ズもいるし。信長はまだまだ見てないと心配だし。
 こうやって、戦国時代には受け入れられないはずのスイーツを作っても、喜んで食べてくれる人もいるし。


 さて、次は何を作ろうかな。
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