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第二部
72話 ムカつく奴をひっぱたいて
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ユキくん、こと信勝くんが暴れるお母様を連れて帰ったあと、何人かの信勝派家臣は清州城に残り、信長と今後についてを話し合った。
複数の家臣を粛正することになるそうだけど、今回の戦でかなり目立つ役割を担っていた柴田勝家が、多くの者を説得してくれるそうなので、任せることにした。
やはり、生かしておいてよかった。
彼の下からの人望は、信長様みたいな覇王タイプには必要不可欠だ。
「勝家様、なにをなさってるのかしら?」
そんな勝家が、清州城の中をむやみにうろついているのを見つけてしまって、私は思わず声をかけた。
もう、フクロウが鳴き始めそうな時刻。
話し合いはすべて終わったはずなのに、なぜまだ、何もない廊下にぼんやりたたずんでいるのだろうか。
「ああ、帰蝶様、ちょっと厠へ行ったら、帰り道がわからなくなりましてね」
「嘘つき。清州城へは来たことあるでしょう、何回も」
「そうですね、すみません。本当は、あなたを待っていたんですよ」
そう近づいてきた、武骨ながらも男らしい魅力のある顔。
日奈さんに攻略対象者なのか聞くのを忘れてしまった。
最近はイケオジとか歳の差とかってカテゴリがあるから、女性向けゲームにこういったキャラが出てくることもあるんじゃないかなって思い直していたところだったのに。
「ちょうど良かった。私も、あなたにお会いしたかったの」
その気がなくても「あなたを待っていた」なんて言われたら、ちょっとだけ心臓が音を上げてしまう。
男の色気のにじみ出る、少し垂れた目じり。
つられてにっこり笑ってから、私は思いっきり、その下の頬を平手で叩いた。
遅れて乾いた音が廊下に響く。
「どうしてユキく……信勝様を裏切ったりしたの?」
叩かれた頬をそのままに、勝家は私を睨み付けて返してくる。
背がかなり高いから、威圧感がすごい。上から見えない手で押さえつけられているようだ。
『今回の戦は、勝家が言い出したことだ』
別れ際に、信勝くんが私にだけ教えてくれた。
『それって……』
『あなたなら兄上に勝てます。家臣は皆ついていきます。あなたなら、お父上でもできなかった尾張を平定することができる。と。甘い言葉だった。勝家のような実力者がそう言ってくれるなら、と旗を背負って戦場に出た。甘言に乗せられただけだったと、今ならわかる。あの言葉の間、彼は』
『勝家は、一度も僕を見ようとしなかったのだから』
勝家は最初から、信勝くんに忠誠心なんてなかった。
父の信秀様に言われたからついていただけで、本当はずっと、信長の方へつきたかったのだと言う。
兄弟が成長するにしたがって、兄の方につきたい欲が大きくなった。
けれど元の主君である信勝くんをこのタイミングで裏切ったりしたら、下の者が着いて来ない。
だったら、戦を起こせばいい。
戦の上手い兄相手に発起したら、撤退も上手くできずに被害を大きく出して負ける。
だって誰も、弟君に戦を教えた人なんて、いないから。
上手くすれば兄に殺される。
そして自分はその前に、戦場で自分の強さを兄の方に直接見せつける。
戦闘狂と名高い信長と実際に戦って自分の強さを認めさせれば、信長は自分を欲しがるだろうと踏んで。
結果、信長様はあの戦の後、勝家を欲しがった。
信勝くんが家臣を全員渡すと言い出さなかったら、信長くんは赦す代わりに勝家と有能な家臣数名をよこせと言ったと思う。
「あのひとは、あなたのことを小さいときからずっと、ずっと信頼してたのよ?それを、あんな形で見捨てなくたって……ヘタすれば死んでたわ!」
ここまで突きつけて殴っても、目の前の男は眉の一つも動かさない。
もう一発行くか……と思ったところで、私の耳の横に、ドン、と木製の戸を押しつける音がした。
退いたつもりはなかったのに、いつのまにか私の背が壁についている。
屈んだ勝家の顔が、目を離さないままににじり寄ってきた。
「言いたいことはそれだけですかぃ?戦に首を突っ込んで、男に交じって愉しんでるモノ好きなお姫様」
「あれが、長年仕えた主君にすること?」
「裏切るもなにも、こっちはあの人を信じたことなんて、ありませんけどね。お山の大将にされてそれなりに喜んでた狭量なお坊ちゃまに、命をかける馬鹿はおりませんよ」
「それ以上彼を侮辱するなら、もう一回殴るわよ」
今度はグーで行くか、と振り上げた手首を、すばやく掴まれる。大きな手は振ろうとしてもびくともしない。さらに反対の手で、顎を掴んで持ち上げられた。
う、と声が出てしまう。正室にここまでできる男性なんていなかったから、油断していた。
全身使ってもぜんぜん、振りほどけない。
あとは股間、股間蹴る!
「こんな細い腕で?いい加減に大人しくしてないと、いつか痛い目みますよ?」
「あいにく、私は壁ドンくらいで怯んだりしない女なの!」
最後の手段、股間へ向けて足を振り上げる。
ヒュッ、とつま先が空気を切った。くそっ避けられた。
こいつ、壁ドンすれば女なんてどうにでも出来ると思ってるタイプだ。ぜったい攻略対象だ!
女子はこういう俺様も好きですからね。私は大っ嫌いだけど!
「あなたは信長様も実力を認めてるし、たぶんこの先も必要になる人だから、このことは誰にも言わない。だけど、私はあなたを信じたりしない!」
「ええ、かまいませんよ」
柴田勝家。聞いたことのある名前だから、おそらく歴史に名を残すような何かをする人だ。今も、家臣からは信頼がある。十兵衛も彼の力を買ってた。
裏で何を考えていようと、実力のある男なのだ。
ドスドスと音を立てて廊下の木を踏みしめながら、私は走った。
逃げてるんじゃないからね。
ぜったい、次チャンスがあったら股間に蹴り入れてやる。
複数の家臣を粛正することになるそうだけど、今回の戦でかなり目立つ役割を担っていた柴田勝家が、多くの者を説得してくれるそうなので、任せることにした。
やはり、生かしておいてよかった。
彼の下からの人望は、信長様みたいな覇王タイプには必要不可欠だ。
「勝家様、なにをなさってるのかしら?」
そんな勝家が、清州城の中をむやみにうろついているのを見つけてしまって、私は思わず声をかけた。
もう、フクロウが鳴き始めそうな時刻。
話し合いはすべて終わったはずなのに、なぜまだ、何もない廊下にぼんやりたたずんでいるのだろうか。
「ああ、帰蝶様、ちょっと厠へ行ったら、帰り道がわからなくなりましてね」
「嘘つき。清州城へは来たことあるでしょう、何回も」
「そうですね、すみません。本当は、あなたを待っていたんですよ」
そう近づいてきた、武骨ながらも男らしい魅力のある顔。
日奈さんに攻略対象者なのか聞くのを忘れてしまった。
最近はイケオジとか歳の差とかってカテゴリがあるから、女性向けゲームにこういったキャラが出てくることもあるんじゃないかなって思い直していたところだったのに。
「ちょうど良かった。私も、あなたにお会いしたかったの」
その気がなくても「あなたを待っていた」なんて言われたら、ちょっとだけ心臓が音を上げてしまう。
男の色気のにじみ出る、少し垂れた目じり。
つられてにっこり笑ってから、私は思いっきり、その下の頬を平手で叩いた。
遅れて乾いた音が廊下に響く。
「どうしてユキく……信勝様を裏切ったりしたの?」
叩かれた頬をそのままに、勝家は私を睨み付けて返してくる。
背がかなり高いから、威圧感がすごい。上から見えない手で押さえつけられているようだ。
『今回の戦は、勝家が言い出したことだ』
別れ際に、信勝くんが私にだけ教えてくれた。
『それって……』
『あなたなら兄上に勝てます。家臣は皆ついていきます。あなたなら、お父上でもできなかった尾張を平定することができる。と。甘い言葉だった。勝家のような実力者がそう言ってくれるなら、と旗を背負って戦場に出た。甘言に乗せられただけだったと、今ならわかる。あの言葉の間、彼は』
『勝家は、一度も僕を見ようとしなかったのだから』
勝家は最初から、信勝くんに忠誠心なんてなかった。
父の信秀様に言われたからついていただけで、本当はずっと、信長の方へつきたかったのだと言う。
兄弟が成長するにしたがって、兄の方につきたい欲が大きくなった。
けれど元の主君である信勝くんをこのタイミングで裏切ったりしたら、下の者が着いて来ない。
だったら、戦を起こせばいい。
戦の上手い兄相手に発起したら、撤退も上手くできずに被害を大きく出して負ける。
だって誰も、弟君に戦を教えた人なんて、いないから。
上手くすれば兄に殺される。
そして自分はその前に、戦場で自分の強さを兄の方に直接見せつける。
戦闘狂と名高い信長と実際に戦って自分の強さを認めさせれば、信長は自分を欲しがるだろうと踏んで。
結果、信長様はあの戦の後、勝家を欲しがった。
信勝くんが家臣を全員渡すと言い出さなかったら、信長くんは赦す代わりに勝家と有能な家臣数名をよこせと言ったと思う。
「あのひとは、あなたのことを小さいときからずっと、ずっと信頼してたのよ?それを、あんな形で見捨てなくたって……ヘタすれば死んでたわ!」
ここまで突きつけて殴っても、目の前の男は眉の一つも動かさない。
もう一発行くか……と思ったところで、私の耳の横に、ドン、と木製の戸を押しつける音がした。
退いたつもりはなかったのに、いつのまにか私の背が壁についている。
屈んだ勝家の顔が、目を離さないままににじり寄ってきた。
「言いたいことはそれだけですかぃ?戦に首を突っ込んで、男に交じって愉しんでるモノ好きなお姫様」
「あれが、長年仕えた主君にすること?」
「裏切るもなにも、こっちはあの人を信じたことなんて、ありませんけどね。お山の大将にされてそれなりに喜んでた狭量なお坊ちゃまに、命をかける馬鹿はおりませんよ」
「それ以上彼を侮辱するなら、もう一回殴るわよ」
今度はグーで行くか、と振り上げた手首を、すばやく掴まれる。大きな手は振ろうとしてもびくともしない。さらに反対の手で、顎を掴んで持ち上げられた。
う、と声が出てしまう。正室にここまでできる男性なんていなかったから、油断していた。
全身使ってもぜんぜん、振りほどけない。
あとは股間、股間蹴る!
「こんな細い腕で?いい加減に大人しくしてないと、いつか痛い目みますよ?」
「あいにく、私は壁ドンくらいで怯んだりしない女なの!」
最後の手段、股間へ向けて足を振り上げる。
ヒュッ、とつま先が空気を切った。くそっ避けられた。
こいつ、壁ドンすれば女なんてどうにでも出来ると思ってるタイプだ。ぜったい攻略対象だ!
女子はこういう俺様も好きですからね。私は大っ嫌いだけど!
「あなたは信長様も実力を認めてるし、たぶんこの先も必要になる人だから、このことは誰にも言わない。だけど、私はあなたを信じたりしない!」
「ええ、かまいませんよ」
柴田勝家。聞いたことのある名前だから、おそらく歴史に名を残すような何かをする人だ。今も、家臣からは信頼がある。十兵衛も彼の力を買ってた。
裏で何を考えていようと、実力のある男なのだ。
ドスドスと音を立てて廊下の木を踏みしめながら、私は走った。
逃げてるんじゃないからね。
ぜったい、次チャンスがあったら股間に蹴り入れてやる。
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