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第二部

74話 わたしをまもって1

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 最近、日奈さんが仲良くしてくれる。

 お菓子を一緒に作ったり、前世の時代で読んだ漫画の話をしたり、家族の話をしてくれたり。
 彼女もだいぶ私に打ち解けてくれたようだ。以前に「信用しないと話せない」と言っていたゲームの内容も、少し教えてくれた。

「桶狭間の戦い……」
「そう。さすがに知ってるよね?」
「聞いたことある。たしか、有名な奇襲せぶぐぐ!?」
「誰が聞いてるかわかんないんだから、それを言っちゃダメ!!」

 バーサス今川いまがわ義元よしもと戦は、さすがの私でも知ってた超有名な奇襲作戦。「敵は今川義元ただ一人!」って言うやつよね。かっこいいなあ、もし言えそうだったら私も言いたい。
 しかし軽率に「奇襲作戦」と出そうとした口を、勢いよく塞がれた。
 どういう作戦か詳細は知らないが、あまり言ってはいけないことだったらしい。

 一応、日奈さんが来ている時は誰かに聞かれないように人払いをしている私の部屋だけど、万全を期して彼女は紙に書いて説明をしてくれた。
 私たちの使う字は、この時代のほとんどの人には読めない。

 桶狭間の戦いは、織田信長vs今川義元。兵力は今川軍が圧倒的に上。
 戦の経験値や将としての力も上。
 そんな勝ち目のない相手に少数で勝つには奇襲ふいうちしかないんだけど、これを誰かに、味方にも事前に知られてはいけないのだそう。

 なぜなら同時に「捨て駒作戦」でもあるから。

 捨て駒にされるってことはイコール死ぬってことで。そんなこと、ほとんどの人は嫌に決まってる。事前に自分が捨て駒担当だとわかってしまったら、普通の人は逃げるか、裏切る。
 だからどの家臣を捨て駒にするのか、誰にも言わずに織田信長は実行した。

「ふーん。でも、あの信長様がそんな非情な作戦考えるかなあ?案外情にもろいよ、あの子」
「それはたしかに、そうなんだけど……」

 日奈さんも私も、顔を見合わせて唸った。
 彼女が頭に描いている織田信長と、私が今まで描いていた織田信長像は、おそらく同じだと思う。
 非情で、虐殺や殺戮を好む、第六天魔王。
 その魔王と、今私たちの目の前にいる信長くんは違う気がするのだ。

 もともと個の強さとまっすぐすぎる性格で一人で突っ走ってきた信長くんだけど、度重なる親戚同士の小競り合いで、戦自体も上手になってきた。家臣軍の評価も、信勝くんに勝って以来向上傾向。
 十兵衛や藤吉郎くんといった頭の柔らかい若者たちが、知略面のサポートをしているのもある。
 そして、柴田勝家とか森可成もりよしなりといったネームド武将たちが丁寧に信長をサポートしまくっているのも、ある。

 けれど、歴史に名を残すような悪逆非道の絶対覇王とは、まだなっていないように思う。
 私が作ったスイーツを幼児みたいにほおばるし、私と違って反逆した弟のことを殴れない。粛正しようともしなかった。
 亡くなった平手様には絶対にお伝えできないが、先日、大繩跳びを教えてあげたら城中の若者を集めて大運動会になった。
 じいやさん、天国で目をつぶっていてください……。

「でね、もし信長がちゃんと作戦を考えられたとして、桶狭間の日にやりたいことがあるんだけど」
「なになに?また暗躍?」
「前みたいに裏でコソコソすると光秀様に怒られるんでしょ?やらないよ。その日にね、入れ替わってほしいの、私と」

 小さく、何かを飲み込むように頷いてから、彼女はおそるおそる私の手を取った。
 眉をハの字に下げ大きな瞳を伏せて、泣きそうな声。

「お願い、私をまもって、帰蝶様」





 桶狭間の戦い当日、信長ルートの一定条件下において、ヒロインのバッドエンドイベントが発生する。

 ヒロインは信長から「作戦に参加してほしい」と言われ、選択肢も出ないまま戦地に引っ張り出されることになる。
 基本、ヒロインは戦に出ると死ぬ。
 よって、桶狭間前に信長に話しかけられたら、死亡フラグが立ったと考えた方がいい。

 ヒロインが今回成すのは「今川義元を桶狭間に引き付けておく」こと。
 先見の巫女なら、今川義元だけでなく為政者なら誰でも興味を持つことが言える。また、女であれば織田の者とバレてもそう殺されない。という理由らしいが、結果としては奇襲で織田軍が突っ込んで来た際にバレて、信長の目の前で殺される。
 これが、信長ルートのバッドエンド。

「だからもし、信長から作戦参加を頼まれたら、バッドエンドルートになると思った方がいい。私は……死ぬと思った方が、いい」
「拒否したらいいんじゃない?ここはゲームと違って、自分で選べるわ」

 日奈さんは首を大きく横に振った。
 溜めていた涙が、小さく散る。

「怖くてできない。一人で留守番をしていて襲われたら、私は身を守れない……」
「たしかに、そうね」

 この世界には、歴史の自動修正機能が生きている。死を回避する行動をとっても結局、違う方法で死ぬことになるかもしれない。
 それなら、私と一緒にいた方が安全だ。
 何かあった時に、私なら助けてあげられる。そのために鍛えて、戦に慣れておいたんだしね。

「なら、やっぱり入れ替わり作戦が一番いいかもね。日奈さんが提案してきたってことは、帰蝶わたしはこのイベントで死なないってことでしょ?」
「うん。そもそも帰蝶姫は戦に参加しないキャラだけど……。でも私は、あなたは途中で死なないと思ってる。どのルートでもラストに、重要なセリフがあるから」
「そうなんだ!」

 それがなんなのかはわからないが、まあ悪役令嬢だとして「信長様をあなたに譲るわ」とか「いじめてごめんなさい」的なざまぁセリフかな。ナレ死しないのなら、よかった。

 というわけで桶狭間の戦い当日、私たちは同じ格好、同じ髪型を実践した。

 戦国時代の限りある材料と技術で作った、戦国謳華ヒロインコスプレ風衣装。

「どう?夕凪、制服似合ってる?」
「うーん、変です!」

 ハキハキと否定されてしまった。
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