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第二部

閑話④ カスタードクレープを作りまして2

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 きちんと粗熱を取ったクレープ生地の上に、冷やしたカスタードクリームをすくってのせる。
 そのさらに真ん中に乗せるのは、

「ジャム!?」
「そう、美濃特産蜂蜜ジャムよ」
「そんな岐阜名物聞いたことないですけど……」
「こっちがびわ、みかん、柿ジャムもあるよ」
「わあ」

 砂糖で煮るのが普通だけど、ジャムに大量に使用する砂糖は高価だ。なので蜂蜜で代用してみたところ、案外上手にできたので作り置きしている。
 砂糖製よりもとろりとなめらかになるので、私は好きだ。
 その特性ジャムを壺から一掬い、カスタードの中心にのせてクレープの端を折りたたんで包んでいく。

「おいしそう、かも」
「味見どうぞ。みかん好き?」

 みかんジャムを包んだものを手渡すと、日奈さんはそろそろと手に取って口に運んでくれた。
 上品に小さく頬張られたクレープは、音もなく彼女の口の中へ。

「どう?」
「お、おいしい……ちゃんとカスタードクレープだ……」
「よかった!」

 ジャムは作った時に味見済みだけど、彼女の綻んだ頬を見て私も二個目に包んだものを口へ運ぶ。日奈さんと違って半分くらいの部分へ齧りついた。

「む、おいしい!!」

 みかんジャムには少しだけ皮も入れてある。酸味と少しの渋み、それに食感の違いが加わってよい。
 クリームは、ジャムを入れる分甘さ控えめにした。バニラエッセンスを振らなくても、蜂蜜の風味がふんわり口の中に広がって、ちゃんとカスタードクリームの味になっていた。
 舌触りも、とろとろのプリンを食べているみたいに滑らかに口内で溶ける。それを包む生地はもっちりしていた。

「クレープ生地ももちもちにできた!かんぺきだわ!」

 前世で食べたコンビニスイーツには及ばないけど、ご家庭のお菓子としては上出来だ。
 他の味も食べたい欲を抑えながら、信長達お茶会メンバーに味見してもらう分を包んでいく。

「おしごと中失礼しますですの、帰蝶様……」
「あら、あさちゃん。小夜ちゃんも、どうしたの?」

 嬉々としてクレープを包んでいると、厨の戸口に私付き侍女の二人が立っていた。
 よく似た顔をした二人は、そのおそろいの眉を神妙に下げている。
 あさちゃんの方が、恐縮しながら手に持ったものを私へ見せた。

「その、こちらが帰蝶様のお部屋に落ちておりまして……各務野かがみの様が、他の者に見られる前に帰蝶様に確認しなさい、と」
「なにこれ、かんざし?私のじゃないけど……」
「あっ」
「日奈さん知ってる?日奈さんの?」
「いや、えーっと……それたぶん、こうがいだよ」
「こうがい?」

 とは。
 あさちゃんの小さな手のひらの中には、笄と呼ばれた棒?が収まっている。飾りもついているのでそれなりに高価そうに見えるが、私のものではない。なにしろ、用途がよくわからないのだから。

「笄と言えば前田利家まえだとしいえだよ。はやく返してきた方がいいよ」
「利家って誰だっけ……あ、犬千代くんか。まだ慣れないんだよねえ」

 信長の小姓の犬千代くんは、前田利家だった。
 なんとなく、大河ドラマのタイトルで聞いたことがある。相変わらず内容までは知らないので、前田利家が今後何をする人なのかは、わからないのだけど。

 犬千代くんは私のことを「姐さん」と呼んで慕ってくれるので、信長だけでなく私にとってもかわいい弟分だ。今でも「犬千代くん」と呼ばせてもらっている。 

「このあと味見会で会うから、渡してくるよ」
「で、でも……よろしいのですの?」

 あさちゃんから笄を受け取り、帯に差し込んでおく。あさちゃんはとても慌てていた。無口で滅多に声を出さない小夜ちゃんも、なんとなくあわあわとしている。

 二人の態度に違和感はあるものの、味見会の約束の時間が迫っていた。クレープの続きを包んで、信長達を待たせている部屋へ急ぐ。 
 しかし、犬千代くんの私物が、なんで私の部屋になんてあったのだろう。
 彼は私の部屋に来たことなんて、一回もないのに。






「だーかーら、てめぇが盗んだんだっつってんだろ!」
「きゃあ、やめてください利家様!信長様たすけて!」

 着いたら修羅場だった。メンバー、男しかいないのに。

 どうやら、犬千代くんと拾阿弥ちゃんがまたもめているようだ。信長を挟んで。

「ボクそんなことしてません!利家様はボクに嫉妬しているのですっ!ボクが、利家様よりも信長様に愛されてるから……お疑いになるなら、ここで身ぐるみはがしてもらってかまいませんですっ」
「ぁあ?そんな貧相な体誰も見たくねーっての。それにな、アニキに一番愛されてるのはてめぇじゃねえんだよガキが!」
「まあ、なんて口の悪い……野蛮です。こわいです、信長様っ」

 廊下にまで響く声で騒ぐ二人に挟まれ、さらに腕を拾阿弥ちゃんの胸に擦りつけられている信長くんは、「もうやだー」とどう見ても辟易している。

 それにしても犬千代くんは、メンチの切り方と座り方がヤンキーだな。
 顔をぐいぐい近づけて、斜めにしながら拾阿弥ちゃんを睨めつけている。
 口端からはチャームポイントの凶悪な犬歯が覗いていた。

 と、何かを「盗まれた」とのことで騒いでいるのだ、ということにようやく気づき、私はさっきの笄を取り出して見せた。

「もしかしてこれを探してる?私の部屋に落ちてたよ」

 はい、と犬千代くんに手渡すと、サメみたいな凶悪さのあった表情が、一気に元の人懐こい顔に戻った。
 大きな声でお礼を言う姿は、大型犬並みに元気でよろしい。

「どうして帰蝶様がそれを……まさか、利家様と、そういうご関係なのですか?」
「え?」
「は?」
「そうですっ!お部屋に笄があったなんて、お二人はねんごろだったのですよ!信長様、帰蝶様は信長様を裏切っていたのです!それも家臣と!すぐに離縁すべきですっ」

 何を言っているのか。拾阿弥ちゃんはどうやら私と犬千代くんが不倫関係にある、ということを訴えているらしい。
 初耳というか、寝耳に水というか。攻略対象とはいえ前田利家とフラグを立てた覚えはない。
 
 私の侍女たちも証言してくれるだろうし、城の女中も家臣もみな「ありえない」と手のひらをふりふりするだろう。
 もちろん信長だって、信じないだろう。

 その信長はさっきから、面倒そうに自分の膝に頬杖をついているだけだ。
 拾阿弥ちゃんがぐいぐい絡みついた腕を振っても、微動だにしない。
 もしかして、拾阿弥ちゃんのこと見えてないの?ちいさいから?

「おかわいそうな信長様……だいじょうぶです、ボクがついてますから。さあ、いますぐ帰蝶様と利家様に罰を」
「もしかしてクレープ?」
「へっ?」

 気付けば信長のまっすぐな視線は、拾阿弥ちゃんでもなく犬千代くんでもなく私の手元、クレープに注がれていた。
 重箱に入れて来た全部のクレープを目の前に出して並べてあげると、やはり、明色あけいろの瞳がきらりと輝く。
 相変わらず、スイーツ好きがわかりやすい。

「信長様、今日のお茶菓子はカスタードクレープよ。蜂蜜とジャムが入ってるの。でも卵を全部使っちゃったから、試作品作り直しは難しいかも。なるべく味わってね」
「ん、食う」

 よしよし。拾阿弥ちゃんたちのケンカで機嫌を悪くしたわけではないようだ。
 おなかが減っていたのだろう。準備をして皿に取り分け、彼に差し出した。
 まだ腕に絡んだ拾阿弥ちゃんを邪魔そうに……というよりもいないもののようにして受け取ろうとした時、隣で犬千代くんが声を荒らげる。

「もう我慢ならねぇ!オレだけならまだしも、姐さんまで馬鹿にしやがって!」
「ええっ今!?」

 犬千代くん、ちょっと処理能力遅すぎない?
 さっきの拾阿弥ちゃんの発言はなかったことにできたかと思ったのに、ずっとピクピクしていたのは、怒りに震えていたようだ。
 直情的な彼にしては珍しくちゃんと我慢していたのは、えらい。
 えらいけどね、少し頑張って耐えていてほしかった。せめて信長のスイーツ堪能タイムが終わるまでは。

 脇に置いていた自身の刀に、手が伸びる。

「さ、さすがにそれは犬千代く……あーーーーっ!」

 信長くんがクレープを半分に切る。そのまま大きな口へ運ばれる。
 犬千代くんが刀を鞘から引き抜く。まっすぐ少年の上半身へ、頭から向かう。

 とろ、と中のカスタードとジャムが零れそうになって、少し手首を傾け、
 逃げようと腕を離した拾阿弥ちゃんの痩躯に、鈍色の刃が食い込んだ。

 あまりの出来事に私も脳の処理が追いつかず、声を出したまま固まってしまう。
 遅れて、細い体から噴き出した血が、室内に満遍まんべんなく飛び散った。
 椿の花びらみたい。

 見るとクレープは全部血まみれになって、食べられる状態ではなかった。
 もう食べ物ではなくなってしまったそれは皿ごと放って、倒れた拾阿弥ちゃんに駆け寄る。

 急いで抱き起こすも、細い体はだらりと四肢を投げ出したまま重くなり、大きく斬られた胸元は、春色の着物が裂けて色はすべて赤に塗りつぶされていた。
 丁寧に何度確かめてももう、息をしていない。

 いくら態度がアレだったとしても、さすがに斬り殺されるのはあんまりだ。
 戦国ざまぁの苛烈さに、私はただ呆然とするしかなかった。

 そして拾阿弥ちゃん、最初はあんなにちやほやされていたのに、度重なる不敬発言や行動のせいか、いつの間にか嫌われてしまっていたらしい。
 見ていた人はたくさんいたのに、誰も彼を救命しなかった。
 なんならちょっと拍手している人までいた。

 嫌なこともたくさん言われたけれど、少し憐れだ。薄く開いていた瞼をそっと閉じさせる。

 そういえば、と見れば信長くんは黙って、真っ赤になったクレープを見つめていた。
 あ、まだ一口もいけてなかったのね……。

「イヌ……お前さあ…………」

 はっ、と犬千代くんはようやく我に返ったらしい。手に持ったままの刀の先から、拾阿弥ちゃんの血がポタリと一粒畳へ落ちた。
 信長あるじのおそろしいほどの視線、声に、高揚していた頬から一気に色が失われていく。

「出禁」

 犬千代くんはしばらくの間、清州城出禁となった。
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