上 下
83 / 134
第二部

閑話④ カスタードクレープを作りまして1

しおりを挟む
 戦国ざまぁ話をいたしましょう。
 ただし、登場人物ほぼ男で。

 むかしむかしあるところに、拾阿弥じゅうあみちゃんというカワイイ男のがおりました。
 これが本当にかわいくて、私ははじめて見たとき新しい美少女ヒロインが来てしまったかと身構えたくらい。

 拾阿弥ちゃんは信長の遠縁の子で、お茶の手配とかお給仕をするために、少し前から清州城に務めるようになったのだそう。

 桃色がかった、シフォンケーキみたいな髪。話しかけると白い桃の花が咲くように頬が綻ぶ。
 普段、私や吉乃さん率いる女武者としか触れあっていなかった織田軍の男たちは、その可憐さにみな浮足立った。


 そんなウワサの拾阿弥ちゃんとはじめて言葉を交わしたのは、実際に城内の庭でも桃の花が咲き始めた頃。
 廊下で顔を合わせた少年は、挨拶もそこそこに華奢な首を傾げて笑った。噂通りに、春が急に来たかのように周囲の空気が一斉に花開いた。

「あなたが信長様の奥様?おかわいそう……だって、信長様はボクの方がかわいいと言ってくれましたもの」

 あたたかな陽気のなか紡がれた言葉は、予想に完全に反したもので。脳の処理が遅めな私は褒められているのかけなされているのかよくわからず、反応に困って立ち尽くした。
 そんな私の助けになるわけではなかったけれど、その時、ちょうど廊下の端から何やら談笑とともに通りかかった家臣のお二人。その姿を目の端に捉えた瞬間、高い悲鳴をあげて拾阿弥ちゃんが倒れた。

「きゃあっ!」
「えっどうしたの?」
「申し訳ありません帰蝶様!おゆるしください!」
「えっ」

 よよと泣き崩れるように、拾阿弥ちゃんはその大きな瞳に瞬時に涙をためて悲痛な声を出した。
 おいおい誰だよこんなか弱いお嬢さんを泣かしたのは、と、思わず私が声をあげそうになった。
 私、か……?

「どうかされましたか?」
「拾阿弥様、大丈夫ですか!?」
「ああっ違うのです。ボクが自分で転んだのです。帰蝶様がボクが気にくわないからって突き飛ばしたわけじゃないのです……」
「そ、そのとおりですよ」

 その通りなんだけど、拾阿弥ちゃんの涙を溜めて震える様子に、誰がどう見ても、私が突き飛ばしたようにしか見えなかった。
 たまたま通りかかったお二人は、ぎろりと鋭い視線を向ける。もちろん私へ。

 たくましい腕に助け起こされる拾阿弥ちゃんは、被害を受けた哀れで可憐なご令嬢。
 そして私は、そんな武家社会で健気にがんばる男の娘をいじめた、身分だけは高い顔の怖い令嬢。

「拾阿弥様、お部屋まで送りましょう」
「いえ、大丈夫です。ボクは怪我はありませんから、それよりも帰蝶様を気遣って差し上げてください。きっと、虫の居所でもお悪かったのです」
「なんと、健気な……」
「ええー……」

 結局二人に支えられて去った際に見た彼は、袖で口元を隠してはいたがピンク色の唇がしっかりと笑みを浮かべていた。
 
 そう、可憐で脆弱な薄幸美少年の器の中に、小悪魔をぎゅうぎゅうに押し詰めたような。
 拾阿弥ちゃんは、そういう子だった。




「放っておいたらいいんじゃない?そのうちいなくなるよ」

 日奈さんに聞いたところ、あの子はサブキャラでもなくネームドモブでもなく、ゲームには一切出てこないキャラらしい。
 あんなキャラ濃いのに……。

「日奈さんがそう言うなら、そうなんだろうけど~」

 なんか、嫌な予感というか、モヤモヤするのよね。
 今更、ライバル令嬢(男の娘)が出てきたところで、慌てることはない。
 日奈さんが来た時に、離縁も断罪エンドも想像して対策済だ。悪役令嬢もの漫画で予習してるもの。

 それに、気になるのは彼が最近ターゲットを私から犬千代くんへ変えたようなのだ。
 犬千代くんは信長の弟分の中では一番かわいがられているから、その座を奪いたいのだろう。
 私に害が及ばない分には楽でいいけど、顔を合わせるたびに信長を取り合ってケンカしているのは少々困りものだ。

「ところで、なんで卵をそんなに抱えてるの?ひよこ育てるの?」
「いや、養鶏はまだ許可が下りなくて。これはスイーツづくりしようかなって思って。日奈さんも一緒にやる?」
「私、お菓子なんて作ったことないよ。ママはよくクッキーとか焼いてくれたけど……」

 拾阿弥ちゃん関連のモヤモヤを振り払うため、私は信長様にお許しをもらって久々にスイーツづくりをしようと厨房へ向かっていた。
 最近は戦とか血生臭いことばっかりだったから、心と体に潤いが必要なのだ。



「そこ!もっと腕を高く上げて!そんなんじゃ焦げちゃうわよ!」
「はい!すみません帰蝶様!」
「十兵衛、こっちを手伝って、ああ、卵は泡立てすぎないように、なめらかになるように混ぜて」
「はい!!」

 今回は、信長がお茶会をするというので、その試作品づくり。
 ああ見えて、うちの夫はお茶会とかアフタヌーンティーが好きなのだ。みやびよね。

「な、なんか思ってたより体育会系なんだけど……」
「そうよ、スイーツづくりはね、力仕事なの!厨房は戦場なの!」

 スイーツづくりというと、華奢な女の子たちがキャッキャウフフとお花を飛ばしながらする優雅な趣味に思えるだろうが、案外体力と腕力のいる工程が多い。
 しかも戦国時代には温度設定のできる電気調理器具が一切ない。焼き菓子の繊細な火加減は、男たちの筋肉と汗でできているのだ。

 ボウルに卵黄、牛乳、小麦粉、はちみつを入れよく混ぜ、なめらかになったら鍋に移し、弱火・・でじっくり火を通す。
 これが案外大変で。かき混ぜる手を休めると端が固まってぼそぼそになっちゃうし、火力が強すぎると焦げてしまう。
 ようやく仲良くなった厨房のシェフ2人がかりで鍋を火から持ち上げてもらい、弱火の温度を保つ。その間に私と十兵衛で鍋をぐるぐるかき混ぜた。
 疲れてきて鍋が少しでも火に近づこうものなら、奥方わたしからのゲキが飛んでくる、地獄の厨房である。

 液体に全体に火が通って、もったりクリーム状になってきたら、火からあげて冷ます。
 一応、はちみつカスタードクリームなんだけど、バターやバニラエッセンスなしでどうだろう。

「十兵衛、味見。あーん」
「だからそういうのははしたないと……むぐ」

 木べらで掬ったクリームを、拒否しようとする十兵衛の口に無理矢理入れた。
 お行儀のよい彼は、口に入れられたものを吐き出すことはせず、言われたとおりにきちんと舌の上で味わってくれている。

「……甘い、です」
「ちょうどいい?プリンぽい味する?」
「ぷりんは、わかりませんが……とろりとしていて、なめらかな舌触りです。卵と牛の乳は火にかけると固まるんですね。いつものことながら不思議です。甘さは、私にはちょうど良いかと」
「うん。ならよし!粗熱が取れたら冷蔵庫……じゃなくて、水で冷やして!」
「はい!!」

 水で冷やせって言うとクリームに直接流水を入れてくる人がいるので、一応監督。
 冷たい井戸水をんだ桶に、クリームを入れた椀を浮かべさせる。

「よし。次はクレープを焼きます。鍋をまた持ち上げて!生地の方はどう!?」

 クレープ生地も、女子大生アルバイトのお姉さんが歌を歌いながら作ってくれるイメージでしょうが、そんなものは幻想です。こちらももちろん力仕事。
 火を点けっぱなしの厨房はだんだん暑くなってきて、私も男たちも汗だくだ。日奈さんは入り口からちょっと逃げている。

 また鍋を持ちあげてもらい、そこへ生地を少量流しておたまで広げる。バターがないので菜種油を少しだけ敷いてある。
 牛乳多めの生地はくるくるとおたまの腹で円を描けば、鍋底に丸く広がった。
 基本的には材料は一緒で、全卵、小麦粉、牛乳と蜂蜜で甘さ調整。もちもちさせるために、白玉粉らしき粉を少々ブレンドしております。
 
「薄い……」
「ここから、どうなるんでしょう……」
「両面焼いたらこれも冷まします。よっと」

 菜箸で摘んでひっくり返し、両面焼けたら一枚完成。
 バターじゃないのは残念だけど、まだらにきつね色になった部分から、甘い生地の焼けるいいにおいがふんわりと厨内に広がってきた。
 しかしこれを人数分。鍋を支えるお二人の体力が持つかしら。

「すごい、戦国時代にクレープ作ってる……」
「日奈さん、ついでだから手伝って!クレープお皿に出すから広げてってね」
「は、はい!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

信長の嫁に転生しました。

菜月ひかる
恋愛
ハローワークの帰り、私は階段から落ちて死んだ。 死ぬ寸前、お姫様になりたいと望んだら、信長の嫁に転生していた。 いきなり「離縁する」って怒鳴られたときはびっくりしたけど、うまくなだめることに成功した。 だって、生前の私はコールセンターのオペレーターだったのよ。クレーマーの相手は慣れているわ。 信長様は、嫁にベタボレでいらっしゃった。好かれているのは私ではなく、帰蝶様なのだけど。 信長様は暴君だけど、私は歴女。クレーマ対策のノウハウと歴史の知識で、本能寺エンドを回避するわ!

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

武田義信に転生したので、父親の武田信玄に殺されないように、努力してみた。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 アルファポリス第2回歴史時代小説大賞・読者賞受賞作 原因不明だが、武田義信に生まれ変わってしまった。血も涙もない父親、武田信玄に殺されるなんて真平御免、深く静かに天下統一を目指します。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...