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第二部
閑話④ カスタードクレープを作りまして1
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戦国ざまぁ話をいたしましょう。
ただし、登場人物ほぼ男で。
むかしむかしあるところに、拾阿弥ちゃんというカワイイ男の娘がおりました。
これが本当にかわいくて、私ははじめて見たとき新しい美少女ヒロインが来てしまったかと身構えたくらい。
拾阿弥ちゃんは信長の遠縁の子で、お茶の手配とかお給仕をするために、少し前から清州城に務めるようになったのだそう。
桃色がかった、シフォンケーキみたいな髪。話しかけると白い桃の花が咲くように頬が綻ぶ。
普段、私や吉乃さん率いる女武者としか触れあっていなかった織田軍の男たちは、その可憐さにみな浮足立った。
そんなウワサの拾阿弥ちゃんとはじめて言葉を交わしたのは、実際に城内の庭でも桃の花が咲き始めた頃。
廊下で顔を合わせた少年は、挨拶もそこそこに華奢な首を傾げて笑った。噂通りに、春が急に来たかのように周囲の空気が一斉に花開いた。
「あなたが信長様の奥様?おかわいそう……だって、信長様はボクの方がかわいいと言ってくれましたもの」
あたたかな陽気のなか紡がれた言葉は、予想に完全に反したもので。脳の処理が遅めな私は褒められているのかけなされているのかよくわからず、反応に困って立ち尽くした。
そんな私の助けになるわけではなかったけれど、その時、ちょうど廊下の端から何やら談笑とともに通りかかった家臣のお二人。その姿を目の端に捉えた瞬間、高い悲鳴をあげて拾阿弥ちゃんが倒れた。
「きゃあっ!」
「えっどうしたの?」
「申し訳ありません帰蝶様!おゆるしください!」
「えっ」
よよと泣き崩れるように、拾阿弥ちゃんはその大きな瞳に瞬時に涙をためて悲痛な声を出した。
おいおい誰だよこんなか弱いお嬢さんを泣かしたのは、と、思わず私が声をあげそうになった。
私、か……?
「どうかされましたか?」
「拾阿弥様、大丈夫ですか!?」
「ああっ違うのです。ボクが自分で転んだのです。帰蝶様がボクが気にくわないからって突き飛ばしたわけじゃないのです……」
「そ、そのとおりですよ」
その通りなんだけど、拾阿弥ちゃんの涙を溜めて震える様子に、誰がどう見ても、私が突き飛ばしたようにしか見えなかった。
たまたま通りかかったお二人は、ぎろりと鋭い視線を向ける。もちろん私へ。
たくましい腕に助け起こされる拾阿弥ちゃんは、被害を受けた哀れで可憐なご令嬢。
そして私は、そんな武家社会で健気にがんばる男の娘をいじめた、身分だけは高い顔の怖い令嬢。
「拾阿弥様、お部屋まで送りましょう」
「いえ、大丈夫です。ボクは怪我はありませんから、それよりも帰蝶様を気遣って差し上げてください。きっと、虫の居所でもお悪かったのです」
「なんと、健気な……」
「ええー……」
結局二人に支えられて去った際に見た彼は、袖で口元を隠してはいたがピンク色の唇がしっかりと笑みを浮かべていた。
そう、可憐で脆弱な薄幸美少年の器の中に、小悪魔をぎゅうぎゅうに押し詰めたような。
拾阿弥ちゃんは、そういう子だった。
「放っておいたらいいんじゃない?そのうちいなくなるよ」
日奈さんに聞いたところ、あの子はサブキャラでもなくネームドモブでもなく、ゲームには一切出てこないキャラらしい。
あんなキャラ濃いのに……。
「日奈さんがそう言うなら、そうなんだろうけど~」
なんか、嫌な予感というか、モヤモヤするのよね。
今更、ライバル令嬢(男の娘)が出てきたところで、慌てることはない。
日奈さんが来た時に、離縁も断罪エンドも想像して対策済だ。悪役令嬢もの漫画で予習してるもの。
それに、気になるのは彼が最近ターゲットを私から犬千代くんへ変えたようなのだ。
犬千代くんは信長の弟分の中では一番かわいがられているから、その座を奪いたいのだろう。
私に害が及ばない分には楽でいいけど、顔を合わせるたびに信長を取り合ってケンカしているのは少々困りものだ。
「ところで、なんで卵をそんなに抱えてるの?ひよこ育てるの?」
「いや、養鶏はまだ許可が下りなくて。これはスイーツづくりしようかなって思って。日奈さんも一緒にやる?」
「私、お菓子なんて作ったことないよ。ママはよくクッキーとか焼いてくれたけど……」
拾阿弥ちゃん関連のモヤモヤを振り払うため、私は信長様にお許しをもらって久々にスイーツづくりをしようと厨房へ向かっていた。
最近は戦とか血生臭いことばっかりだったから、心と体に潤いが必要なのだ。
「そこ!もっと腕を高く上げて!そんなんじゃ焦げちゃうわよ!」
「はい!すみません帰蝶様!」
「十兵衛、こっちを手伝って、ああ、卵は泡立てすぎないように、なめらかになるように混ぜて」
「はい!!」
今回は、信長がお茶会をするというので、その試作品づくり。
ああ見えて、うちの夫はお茶会とかアフタヌーンティーが好きなのだ。みやびよね。
「な、なんか思ってたより体育会系なんだけど……」
「そうよ、スイーツづくりはね、力仕事なの!厨房は戦場なの!」
スイーツづくりというと、華奢な女の子たちがキャッキャウフフとお花を飛ばしながらする優雅な趣味に思えるだろうが、案外体力と腕力のいる工程が多い。
しかも戦国時代には温度設定のできる電気調理器具が一切ない。焼き菓子の繊細な火加減は、男たちの筋肉と汗でできているのだ。
椀に卵黄、牛乳、小麦粉、はちみつを入れよく混ぜ、なめらかになったら鍋に移し、弱火でじっくり火を通す。
これが案外大変で。かき混ぜる手を休めると端が固まってぼそぼそになっちゃうし、火力が強すぎると焦げてしまう。
ようやく仲良くなった厨房のシェフ2人がかりで鍋を火から持ち上げてもらい、弱火の温度を保つ。その間に私と十兵衛で鍋をぐるぐるかき混ぜた。
疲れてきて鍋が少しでも火に近づこうものなら、奥方からの檄が飛んでくる、地獄の厨房である。
液体に全体に火が通って、もったりクリーム状になってきたら、火からあげて冷ます。
一応、はちみつカスタードクリームなんだけど、バターやバニラエッセンスなしでどうだろう。
「十兵衛、味見。あーん」
「だからそういうのははしたないと……むぐ」
木べらで掬ったクリームを、拒否しようとする十兵衛の口に無理矢理入れた。
お行儀のよい彼は、口に入れられたものを吐き出すことはせず、言われたとおりにきちんと舌の上で味わってくれている。
「……甘い、です」
「ちょうどいい?プリンぽい味する?」
「ぷりんは、わかりませんが……とろりとしていて、なめらかな舌触りです。卵と牛の乳は火にかけると固まるんですね。いつものことながら不思議です。甘さは、私にはちょうど良いかと」
「うん。ならよし!粗熱が取れたら冷蔵庫……じゃなくて、水で冷やして!」
「はい!!」
水で冷やせって言うとクリームに直接流水を入れてくる人がいるので、一応監督。
冷たい井戸水を汲んだ桶に、クリームを入れた椀を浮かべさせる。
「よし。次はクレープを焼きます。鍋をまた持ち上げて!生地の方はどう!?」
クレープ生地も、女子大生アルバイトのお姉さんが歌を歌いながら作ってくれるイメージでしょうが、そんなものは幻想です。こちらももちろん力仕事。
火を点けっぱなしの厨房はだんだん暑くなってきて、私も男たちも汗だくだ。日奈さんは入り口からちょっと逃げている。
また鍋を持ちあげてもらい、そこへ生地を少量流しておたまで広げる。バターがないので菜種油を少しだけ敷いてある。
牛乳多めの生地はくるくるとおたまの腹で円を描けば、鍋底に丸く広がった。
基本的には材料は一緒で、全卵、小麦粉、牛乳と蜂蜜で甘さ調整。もちもちさせるために、白玉粉らしき粉を少々ブレンドしております。
「薄い……」
「ここから、どうなるんでしょう……」
「両面焼いたらこれも冷まします。よっと」
菜箸で摘んでひっくり返し、両面焼けたら一枚完成。
バターじゃないのは残念だけど、まだらにきつね色になった部分から、甘い生地の焼けるいいにおいがふんわりと厨内に広がってきた。
しかしこれを人数分。鍋を支えるお二人の体力が持つかしら。
「すごい、戦国時代にクレープ作ってる……」
「日奈さん、ついでだから手伝って!クレープお皿に出すから広げてってね」
「は、はい!」
ただし、登場人物ほぼ男で。
むかしむかしあるところに、拾阿弥ちゃんというカワイイ男の娘がおりました。
これが本当にかわいくて、私ははじめて見たとき新しい美少女ヒロインが来てしまったかと身構えたくらい。
拾阿弥ちゃんは信長の遠縁の子で、お茶の手配とかお給仕をするために、少し前から清州城に務めるようになったのだそう。
桃色がかった、シフォンケーキみたいな髪。話しかけると白い桃の花が咲くように頬が綻ぶ。
普段、私や吉乃さん率いる女武者としか触れあっていなかった織田軍の男たちは、その可憐さにみな浮足立った。
そんなウワサの拾阿弥ちゃんとはじめて言葉を交わしたのは、実際に城内の庭でも桃の花が咲き始めた頃。
廊下で顔を合わせた少年は、挨拶もそこそこに華奢な首を傾げて笑った。噂通りに、春が急に来たかのように周囲の空気が一斉に花開いた。
「あなたが信長様の奥様?おかわいそう……だって、信長様はボクの方がかわいいと言ってくれましたもの」
あたたかな陽気のなか紡がれた言葉は、予想に完全に反したもので。脳の処理が遅めな私は褒められているのかけなされているのかよくわからず、反応に困って立ち尽くした。
そんな私の助けになるわけではなかったけれど、その時、ちょうど廊下の端から何やら談笑とともに通りかかった家臣のお二人。その姿を目の端に捉えた瞬間、高い悲鳴をあげて拾阿弥ちゃんが倒れた。
「きゃあっ!」
「えっどうしたの?」
「申し訳ありません帰蝶様!おゆるしください!」
「えっ」
よよと泣き崩れるように、拾阿弥ちゃんはその大きな瞳に瞬時に涙をためて悲痛な声を出した。
おいおい誰だよこんなか弱いお嬢さんを泣かしたのは、と、思わず私が声をあげそうになった。
私、か……?
「どうかされましたか?」
「拾阿弥様、大丈夫ですか!?」
「ああっ違うのです。ボクが自分で転んだのです。帰蝶様がボクが気にくわないからって突き飛ばしたわけじゃないのです……」
「そ、そのとおりですよ」
その通りなんだけど、拾阿弥ちゃんの涙を溜めて震える様子に、誰がどう見ても、私が突き飛ばしたようにしか見えなかった。
たまたま通りかかったお二人は、ぎろりと鋭い視線を向ける。もちろん私へ。
たくましい腕に助け起こされる拾阿弥ちゃんは、被害を受けた哀れで可憐なご令嬢。
そして私は、そんな武家社会で健気にがんばる男の娘をいじめた、身分だけは高い顔の怖い令嬢。
「拾阿弥様、お部屋まで送りましょう」
「いえ、大丈夫です。ボクは怪我はありませんから、それよりも帰蝶様を気遣って差し上げてください。きっと、虫の居所でもお悪かったのです」
「なんと、健気な……」
「ええー……」
結局二人に支えられて去った際に見た彼は、袖で口元を隠してはいたがピンク色の唇がしっかりと笑みを浮かべていた。
そう、可憐で脆弱な薄幸美少年の器の中に、小悪魔をぎゅうぎゅうに押し詰めたような。
拾阿弥ちゃんは、そういう子だった。
「放っておいたらいいんじゃない?そのうちいなくなるよ」
日奈さんに聞いたところ、あの子はサブキャラでもなくネームドモブでもなく、ゲームには一切出てこないキャラらしい。
あんなキャラ濃いのに……。
「日奈さんがそう言うなら、そうなんだろうけど~」
なんか、嫌な予感というか、モヤモヤするのよね。
今更、ライバル令嬢(男の娘)が出てきたところで、慌てることはない。
日奈さんが来た時に、離縁も断罪エンドも想像して対策済だ。悪役令嬢もの漫画で予習してるもの。
それに、気になるのは彼が最近ターゲットを私から犬千代くんへ変えたようなのだ。
犬千代くんは信長の弟分の中では一番かわいがられているから、その座を奪いたいのだろう。
私に害が及ばない分には楽でいいけど、顔を合わせるたびに信長を取り合ってケンカしているのは少々困りものだ。
「ところで、なんで卵をそんなに抱えてるの?ひよこ育てるの?」
「いや、養鶏はまだ許可が下りなくて。これはスイーツづくりしようかなって思って。日奈さんも一緒にやる?」
「私、お菓子なんて作ったことないよ。ママはよくクッキーとか焼いてくれたけど……」
拾阿弥ちゃん関連のモヤモヤを振り払うため、私は信長様にお許しをもらって久々にスイーツづくりをしようと厨房へ向かっていた。
最近は戦とか血生臭いことばっかりだったから、心と体に潤いが必要なのだ。
「そこ!もっと腕を高く上げて!そんなんじゃ焦げちゃうわよ!」
「はい!すみません帰蝶様!」
「十兵衛、こっちを手伝って、ああ、卵は泡立てすぎないように、なめらかになるように混ぜて」
「はい!!」
今回は、信長がお茶会をするというので、その試作品づくり。
ああ見えて、うちの夫はお茶会とかアフタヌーンティーが好きなのだ。みやびよね。
「な、なんか思ってたより体育会系なんだけど……」
「そうよ、スイーツづくりはね、力仕事なの!厨房は戦場なの!」
スイーツづくりというと、華奢な女の子たちがキャッキャウフフとお花を飛ばしながらする優雅な趣味に思えるだろうが、案外体力と腕力のいる工程が多い。
しかも戦国時代には温度設定のできる電気調理器具が一切ない。焼き菓子の繊細な火加減は、男たちの筋肉と汗でできているのだ。
椀に卵黄、牛乳、小麦粉、はちみつを入れよく混ぜ、なめらかになったら鍋に移し、弱火でじっくり火を通す。
これが案外大変で。かき混ぜる手を休めると端が固まってぼそぼそになっちゃうし、火力が強すぎると焦げてしまう。
ようやく仲良くなった厨房のシェフ2人がかりで鍋を火から持ち上げてもらい、弱火の温度を保つ。その間に私と十兵衛で鍋をぐるぐるかき混ぜた。
疲れてきて鍋が少しでも火に近づこうものなら、奥方からの檄が飛んでくる、地獄の厨房である。
液体に全体に火が通って、もったりクリーム状になってきたら、火からあげて冷ます。
一応、はちみつカスタードクリームなんだけど、バターやバニラエッセンスなしでどうだろう。
「十兵衛、味見。あーん」
「だからそういうのははしたないと……むぐ」
木べらで掬ったクリームを、拒否しようとする十兵衛の口に無理矢理入れた。
お行儀のよい彼は、口に入れられたものを吐き出すことはせず、言われたとおりにきちんと舌の上で味わってくれている。
「……甘い、です」
「ちょうどいい?プリンぽい味する?」
「ぷりんは、わかりませんが……とろりとしていて、なめらかな舌触りです。卵と牛の乳は火にかけると固まるんですね。いつものことながら不思議です。甘さは、私にはちょうど良いかと」
「うん。ならよし!粗熱が取れたら冷蔵庫……じゃなくて、水で冷やして!」
「はい!!」
水で冷やせって言うとクリームに直接流水を入れてくる人がいるので、一応監督。
冷たい井戸水を汲んだ桶に、クリームを入れた椀を浮かべさせる。
「よし。次はクレープを焼きます。鍋をまた持ち上げて!生地の方はどう!?」
クレープ生地も、女子大生アルバイトのお姉さんが歌を歌いながら作ってくれるイメージでしょうが、そんなものは幻想です。こちらももちろん力仕事。
火を点けっぱなしの厨房はだんだん暑くなってきて、私も男たちも汗だくだ。日奈さんは入り口からちょっと逃げている。
また鍋を持ちあげてもらい、そこへ生地を少量流しておたまで広げる。バターがないので菜種油を少しだけ敷いてある。
牛乳多めの生地はくるくるとおたまの腹で円を描けば、鍋底に丸く広がった。
基本的には材料は一緒で、全卵、小麦粉、牛乳と蜂蜜で甘さ調整。もちもちさせるために、白玉粉らしき粉を少々ブレンドしております。
「薄い……」
「ここから、どうなるんでしょう……」
「両面焼いたらこれも冷まします。よっと」
菜箸で摘んでひっくり返し、両面焼けたら一枚完成。
バターじゃないのは残念だけど、まだらにきつね色になった部分から、甘い生地の焼けるいいにおいがふんわりと厨内に広がってきた。
しかしこれを人数分。鍋を支えるお二人の体力が持つかしら。
「すごい、戦国時代にクレープ作ってる……」
「日奈さん、ついでだから手伝って!クレープお皿に出すから広げてってね」
「は、はい!」
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