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第二部
67話 どうか、君をまもらせて
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一粒を許してしまったら、あとはもう雪崩れるように。涙は蛇口を捻ったみたいに出てきて頬に流れた。
喉の奥から、我慢しすぎて潰れた声が出る。
「う、うぇ……え……っ」
私から変な音が出たせいか、あまりにも汚い泣き顔にか、驚いたように十兵衛の手が離れる。
こんな子供みたいに泣くなんて、と我慢しようとすすりあげたら鼻奥が痛くなって余計に涙が出た。
怖くて顔が見れないけど、彼もきっと呆れてるに違いない。
「わたしだからって、なによ……っ、十兵衛だって、わかんないこと、するのに……みんな、みんな勝手ばっかり……っ」
反論したかっただけなのに、子供っぽい泣き言しか出てこなかった。
溢れる涙を、頬に触れたものからぐしぐし袖で拭う。
我慢しようとしゃくりあげたせいで、顔も鼻も真っ赤になってるに違いない。
「き、帰蝶……あの、」
「わ、わたしだって、みんなをまもりたくて………未来を変えたくて、いろいろやったのに……っなにやっても、うまくいかないし……っ、空回り、ばっかりで、どうしたらいいか……わ、わからないのに」
涙も嗚咽も、止まらない。
止めようとすると息ができなくて、体の色んな箇所が苦しくなって、吐いた息と一緒に結局ぜんぶ零してしまう。
恥ずかしくて悔しくて、もう二度と、十兵衛の顔も誰の顔も見れないかもしれない。
私って今いくつなんだろう。
日奈さんが言うように外見年齢が16、7歳で止まるのなら、精神の成長も止まっているのだろうか。
自分が今、何歳なのかもわからない。
今が西暦何年なのか、このあとどうなってしまうのかも、ぜんぶ、なにもわからなくて、怖い。
体の成長と精神の成長がちぐはぐなのに周りはどんどん進んでしまって、怖い。
「信秀様も死んじゃって、じいやさんも、か、勝手に死んじゃうし……なのに、信長さまは、傷ついてるはずなのに、ケロっとしてるし……」
信長や十兵衛や兄上や、みんなは大人になったのに、私だけこどものまま。
異世界から来たときのまま。
黙ったままの顔を見られないまま、代わりに閉じたまぶたに、最期に笑ったおじいちゃんの顔が浮かぶ。
「……私が、殺したようなものなのに」
ぽろ、と出てきた大きな粒をそのまま膝の上にこぼして、ぐずぐずと鼻をすすった。
どうしたらよかったの、どうしたらみんなよろこんでくれたの。
夢の中で何度も手を伸ばしても、誰も掴んでくれなかった。
誰かの言う通りにしたらいいなら、そうしたかった。
「私が、いけなかったのかなぁ?変なことばっか、して……がんばった、つもりなのに……正解、わかんないよぉ……十兵衛と信長様は、何度言ってもケンカばっかするし、仲良くしてくれないし、日奈さんは歴史を変えるなって、無茶なこと言うし、兄上と父上は勝手に戦争するし……!」
なんだか腹が立ってきた。
おもちゃ屋さんで暴れる子供みたいに、大の字になりたい。
もういっぱいいっぱいだよ。
やること全部裏目に出るし、誰も幸せにできないし。
十兵衛のこと、彦太郎を救った気になって、まもるために突き放して手を離したけど、ただ傷つけただけだったんだね。
私の手は最初から、何も掴めていないんだ。
無力感に、息ができない。
助けて、と手を伸ばした。誰も掴んでくれないのに。
「……こわいよ、みんないなくなっちゃうなんて……私、まだ十兵衛と一緒にいたいよ……護衛じゃなくてもなんでもいいから、そばにいて欲しいよ!」
涙で濡れて冷えてしまった指先は、やはりそのまま宙を掻いた。
代わりに、倒れそうになる背に固い感触が触れる。
なにごとかわからなくて目を開けると、瞼をこすりまくったせいで歪む視界に十兵衛はいなくて、というか、私をその胸の中に抱き込んでいた。
知覚した瞬間、心臓が戻って来たように大きく跳ねた。
「な、なんで抱きしめるの?」
信長はスキンシップ過多めなので慣れていたが、堅物の十兵衛にされるのは、はじめてだ。
私から抱き着いたことはあるけど。その度に怒った彼に引きはがされてた。
彼自身慣れないことをしているせいか、背中をぎゅっと強く引き寄せられ、防具が当たって、ちょっと痛い。力加減がヘタすぎる。苦しい。押し付けられた心臓が、ドッドッと盛大な音をたてる。
「……君って案外、普通の女の子なんだね」
「どういう意味よ?魔法でも使えると思ってたの?」
残念ながら、何度も確かめたがこの世界には魔法はない。
ステータス表示もないし、そもそもながら私は攻略キャラクターでもヒロインでもなんでもないのだ。
あっても魔力ゼロの可能性が高い。
「まほう……は、よくわからないけど、そういうところで、勘違いしていたのかもしれない」
「私は見てのとおり、普通の脳筋女よ。あなたはぜんっぜん、普通じゃなかったけどね」
織田信長としょーもないことでケンカするし、美少女には見向きもしないし、自分の実家は燃やすし。ついでにどらやきを焼いてあげると喜ぶなんて、未来のネコ型ロボットかっていう。
こんな明智光秀がいるなんて思わなかった。
背中をぽんぽんとあやすように優しく叩かれて、強制的に落ち着かされて、息は随分整ってきた。
くやしいので鼻水を十兵衛の裾で拭いてやる。
これは完全に、駄々をこねた赤ちゃんか、暴れる獣の対処法だ。布とかで視界を覆ってやるといいらしい。
「帰蝶様」
「……なんでしょうか」
また敬語を使われて、ちょっとだけむすっとしながら答えてしまった。
こういうところが、いつまでも子供だって笑われるところ。
たぶん私、倫理観は令和、精神は9歳で止まっているんだと思う。
十兵衛は私の背に両腕を回したまま、あやすのをやめてその手に力を入れた。
もう痛くはない。苦しくもない。
包まれる感触と、聞こえる互いの心臓の音が、私の頭を冷やしてくれる。
ふう、と息を吐くと、代わりに十兵衛が大きく息を吸った。
「私に、もう一度、貴女を護ることをお許しください」
心音に交じって、決意をはらんだその声は、耳元よりももっと近くで聞こえた気がした。
それは、いつもみたいに反射で答えてはいけない気がして、考えた。
正解は、日奈さんに聞いちゃだめだ。
私はいつのまにか、自分で考えて行動することを忘れていた。
ずっと見ていてくれた幼馴染に怒られるくらいに。
「……許さなかったら、どうなるの?」
「主君の妻に手を出した罪で、信長様に斬り殺されますね。護衛なら、火の粉から貴女を護っていることにします」
そう、あっさりと言われて、笑ってしまった。
「ずるいじゃん」
長い腕。広い肩。背に回された力は強い。
たぶん、私が今まで会った誰よりも。私を護るために、強くなってくれた腕。
いつの間にか、私より何センチも背が高くなっていた。
以前に縋って抱きついた時は、私が回した腕で事足りた小さな彦太郎。
ずっと、見えない未来ばっかり見ようとして、気付かなかったんだ。
ちゃんと隣を見ていたら、いつだって彼はいてくれていたのに。
後ろにいたと思っていた幼馴染は、もう、私が護ってあげなきゃって思わなくても大丈夫になっていたんだ。
逞しくなった肩に、そっと首を預けるように乗せる。男の子って、いいなあ。
「許します。明智十兵衛光秀、私をずっと、その手で護ってください」
祝福か断罪か、火の粉が風に乗って大きく舞った。
十兵衛の背の向こうに、ぞっとするほど華美な空が見えて、怖くなってその肩に顔を埋めた。目を閉じて、息を吸う。
あのね、
このひとがまもってくれるから、もうこわくないよ。
そう、私の中のちいさな小蝶に教えてあげた。
泣いていたちいさなこどもは、少しだけ安心したように、もう一粒涙をこぼした。
喉の奥から、我慢しすぎて潰れた声が出る。
「う、うぇ……え……っ」
私から変な音が出たせいか、あまりにも汚い泣き顔にか、驚いたように十兵衛の手が離れる。
こんな子供みたいに泣くなんて、と我慢しようとすすりあげたら鼻奥が痛くなって余計に涙が出た。
怖くて顔が見れないけど、彼もきっと呆れてるに違いない。
「わたしだからって、なによ……っ、十兵衛だって、わかんないこと、するのに……みんな、みんな勝手ばっかり……っ」
反論したかっただけなのに、子供っぽい泣き言しか出てこなかった。
溢れる涙を、頬に触れたものからぐしぐし袖で拭う。
我慢しようとしゃくりあげたせいで、顔も鼻も真っ赤になってるに違いない。
「き、帰蝶……あの、」
「わ、わたしだって、みんなをまもりたくて………未来を変えたくて、いろいろやったのに……っなにやっても、うまくいかないし……っ、空回り、ばっかりで、どうしたらいいか……わ、わからないのに」
涙も嗚咽も、止まらない。
止めようとすると息ができなくて、体の色んな箇所が苦しくなって、吐いた息と一緒に結局ぜんぶ零してしまう。
恥ずかしくて悔しくて、もう二度と、十兵衛の顔も誰の顔も見れないかもしれない。
私って今いくつなんだろう。
日奈さんが言うように外見年齢が16、7歳で止まるのなら、精神の成長も止まっているのだろうか。
自分が今、何歳なのかもわからない。
今が西暦何年なのか、このあとどうなってしまうのかも、ぜんぶ、なにもわからなくて、怖い。
体の成長と精神の成長がちぐはぐなのに周りはどんどん進んでしまって、怖い。
「信秀様も死んじゃって、じいやさんも、か、勝手に死んじゃうし……なのに、信長さまは、傷ついてるはずなのに、ケロっとしてるし……」
信長や十兵衛や兄上や、みんなは大人になったのに、私だけこどものまま。
異世界から来たときのまま。
黙ったままの顔を見られないまま、代わりに閉じたまぶたに、最期に笑ったおじいちゃんの顔が浮かぶ。
「……私が、殺したようなものなのに」
ぽろ、と出てきた大きな粒をそのまま膝の上にこぼして、ぐずぐずと鼻をすすった。
どうしたらよかったの、どうしたらみんなよろこんでくれたの。
夢の中で何度も手を伸ばしても、誰も掴んでくれなかった。
誰かの言う通りにしたらいいなら、そうしたかった。
「私が、いけなかったのかなぁ?変なことばっか、して……がんばった、つもりなのに……正解、わかんないよぉ……十兵衛と信長様は、何度言ってもケンカばっかするし、仲良くしてくれないし、日奈さんは歴史を変えるなって、無茶なこと言うし、兄上と父上は勝手に戦争するし……!」
なんだか腹が立ってきた。
おもちゃ屋さんで暴れる子供みたいに、大の字になりたい。
もういっぱいいっぱいだよ。
やること全部裏目に出るし、誰も幸せにできないし。
十兵衛のこと、彦太郎を救った気になって、まもるために突き放して手を離したけど、ただ傷つけただけだったんだね。
私の手は最初から、何も掴めていないんだ。
無力感に、息ができない。
助けて、と手を伸ばした。誰も掴んでくれないのに。
「……こわいよ、みんないなくなっちゃうなんて……私、まだ十兵衛と一緒にいたいよ……護衛じゃなくてもなんでもいいから、そばにいて欲しいよ!」
涙で濡れて冷えてしまった指先は、やはりそのまま宙を掻いた。
代わりに、倒れそうになる背に固い感触が触れる。
なにごとかわからなくて目を開けると、瞼をこすりまくったせいで歪む視界に十兵衛はいなくて、というか、私をその胸の中に抱き込んでいた。
知覚した瞬間、心臓が戻って来たように大きく跳ねた。
「な、なんで抱きしめるの?」
信長はスキンシップ過多めなので慣れていたが、堅物の十兵衛にされるのは、はじめてだ。
私から抱き着いたことはあるけど。その度に怒った彼に引きはがされてた。
彼自身慣れないことをしているせいか、背中をぎゅっと強く引き寄せられ、防具が当たって、ちょっと痛い。力加減がヘタすぎる。苦しい。押し付けられた心臓が、ドッドッと盛大な音をたてる。
「……君って案外、普通の女の子なんだね」
「どういう意味よ?魔法でも使えると思ってたの?」
残念ながら、何度も確かめたがこの世界には魔法はない。
ステータス表示もないし、そもそもながら私は攻略キャラクターでもヒロインでもなんでもないのだ。
あっても魔力ゼロの可能性が高い。
「まほう……は、よくわからないけど、そういうところで、勘違いしていたのかもしれない」
「私は見てのとおり、普通の脳筋女よ。あなたはぜんっぜん、普通じゃなかったけどね」
織田信長としょーもないことでケンカするし、美少女には見向きもしないし、自分の実家は燃やすし。ついでにどらやきを焼いてあげると喜ぶなんて、未来のネコ型ロボットかっていう。
こんな明智光秀がいるなんて思わなかった。
背中をぽんぽんとあやすように優しく叩かれて、強制的に落ち着かされて、息は随分整ってきた。
くやしいので鼻水を十兵衛の裾で拭いてやる。
これは完全に、駄々をこねた赤ちゃんか、暴れる獣の対処法だ。布とかで視界を覆ってやるといいらしい。
「帰蝶様」
「……なんでしょうか」
また敬語を使われて、ちょっとだけむすっとしながら答えてしまった。
こういうところが、いつまでも子供だって笑われるところ。
たぶん私、倫理観は令和、精神は9歳で止まっているんだと思う。
十兵衛は私の背に両腕を回したまま、あやすのをやめてその手に力を入れた。
もう痛くはない。苦しくもない。
包まれる感触と、聞こえる互いの心臓の音が、私の頭を冷やしてくれる。
ふう、と息を吐くと、代わりに十兵衛が大きく息を吸った。
「私に、もう一度、貴女を護ることをお許しください」
心音に交じって、決意をはらんだその声は、耳元よりももっと近くで聞こえた気がした。
それは、いつもみたいに反射で答えてはいけない気がして、考えた。
正解は、日奈さんに聞いちゃだめだ。
私はいつのまにか、自分で考えて行動することを忘れていた。
ずっと見ていてくれた幼馴染に怒られるくらいに。
「……許さなかったら、どうなるの?」
「主君の妻に手を出した罪で、信長様に斬り殺されますね。護衛なら、火の粉から貴女を護っていることにします」
そう、あっさりと言われて、笑ってしまった。
「ずるいじゃん」
長い腕。広い肩。背に回された力は強い。
たぶん、私が今まで会った誰よりも。私を護るために、強くなってくれた腕。
いつの間にか、私より何センチも背が高くなっていた。
以前に縋って抱きついた時は、私が回した腕で事足りた小さな彦太郎。
ずっと、見えない未来ばっかり見ようとして、気付かなかったんだ。
ちゃんと隣を見ていたら、いつだって彼はいてくれていたのに。
後ろにいたと思っていた幼馴染は、もう、私が護ってあげなきゃって思わなくても大丈夫になっていたんだ。
逞しくなった肩に、そっと首を預けるように乗せる。男の子って、いいなあ。
「許します。明智十兵衛光秀、私をずっと、その手で護ってください」
祝福か断罪か、火の粉が風に乗って大きく舞った。
十兵衛の背の向こうに、ぞっとするほど華美な空が見えて、怖くなってその肩に顔を埋めた。目を閉じて、息を吸う。
あのね、
このひとがまもってくれるから、もうこわくないよ。
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