上 下
75 / 134
第二部

66話 明智城炎上してまして!?

しおりを挟む
 戦国時代だからといって、そう建物が燃えることなんてないだろうと思っていた私が甘かった。
 戦国時代、家も城もめっちゃ燃える。
 人生の中で、消防士でもないのに火事を何度も間近で見る女子は、令和ではそういないだろう。


「なんで燃えてんのよーー!?」

 初めて訪れた幼馴染のご実家は、目の前で音を立てて燃えていた。
 飛び散る火の粉。逃げ惑う人の声。そして、周りを取り囲む斎藤の義龍あにうえ側の兵達。

 この辺でなんとなく、ああ、明智は道三側ちちうえについたのか、と察した。

「十兵衛!大丈夫!?」
「……帰蝶、様」

 探していた十兵衛はすぐに見つかったけど、なにやら兵に指揮する立場にいた。兄上が用事おつかいを頼んだと言うのはこれのことだったのだろうか。

「帰蝶様、ここは危険ですので、お帰り下さい」

 十兵衛は私を見て目を開いたあと、不機嫌そうに顔をしかめた。
 なにがクール系だのミステリアス美男子だの、よ。「まだ怒ってます」って、機嫌の善し悪しが丸わかりじゃない。

「危険なのはわかってるから、迎えに来たの。ねえ、お城燃えちゃって大丈夫なの?」
「大丈夫では、ないですね。叔父は自害したそうですので、叔母と子供たちも後を追うでしょう」
「な、え……!?それって、いいの!?」

 まさかとは思うが、義龍兄上が城を燃やせと指示したのだろうか。
 周りの兵達は、さっき十兵衛が出した指示通り、包囲を解いて退却し始めている。

「私が、火をつけました。そこまでする必要はない、とは、言われましたが……」

 ここは風上だったのに、風向きが変わったのか徐々に火の粉が舞い始めた。
 周りが焼けているだけに見えるけれど、あの中で、何人も人が死んでいるのだ。

 視線を城から移して十兵衛へ向ける。
 なんとなく、炎上バックが似合うね。と、嫌な想像をしてしまって頭を振った。

「……それって、叔父様が道三についたから?」
「表向きの理由はそうですが、私怨、です」

 私が顔や頭にハテナを飛び散らせていたせいだろう、十兵衛はゆっくりと、幼子に話すようにして教えてくれた。


 むかしむかしあるところにいた、城を追われた、ちいさくて無力な若様の話。


 十兵衛の幼少期の話は、私も聞いていたし、半分くらいは一緒にいたから知っていた。けれど、私が知らなかったこともある。

「帰蝶様のもとへ残ることが決まったあと、伝五郎がそれとなく伝えてくれました。『母の死には不可解な点がある』と。幼心にも、私もそう思っていました。母は、自ら死を選ぶような人ではなかった。父の死に悲しんでいたのは事実ですが、子を残して……一人で逝くような人ではなかった」

 義龍兄上に「明智が道三側についた」と聞いて、彼は自分からここへ来ることを申し出たそうだ。
 城を包囲していた兵の指揮を執って、迷うことなく火をつけた。

「証拠はありませんが、母に毒を飲ませたのは叔父です。ですからこれは、復讐です」

 彼は私を見据えたまま、頷くように告げた。
 逆光で暗くて見えないけれど、その瞳の中には炎がある。

 ずっと、彼の中にそういった燃えるものがあることには気づいていた。

 本当は知っていた。幼いこの子の背に、殴られた痣がいくつもあったのを。
 私と兄達と喧嘩をしてできたのではない、大人につけられた傷だったのを。

 きっと、まだ彼の背にはそれが残っているのだろう。

 だから十兵衛が納得してやったことなら、それでいい。でも今、彼は、まったく晴れた顔をしていない。

 いつか見たような、くらい、表情の読めない顔。
 風が吹いて見えなくなるのが、怖い。

 明智光秀が明智城を燃やすって、落城させるって、史実かゲームどちらかにあることなの?
 あっていいの?正しいの?
 私は、どうしたらいいの?

 ごちゃごちゃになって、目が回りそうで。
 十兵衛の冷ややかな蒼い瞳に炎が映って、後ずさるように後ろへ足を向けた。

「ひ、なさんに……日奈さんに確認しなきゃ」

 馬に乗りなおして、城へ帰って、日奈さんに聞かなきゃ。

「どうして……」
「えっ」

 痛い。急に手首に痛みが走る。
 踵を返そうとしてたのを、手首を掴んで制されたのだと気づいた。そのまま折られるんじゃないかってくらいの力で握られて、振りほどくこともできなくてその場に尻餅をつく。

「以前は、そんなことはしなかった。君はもっと自由で、奔放で、突拍子もなくて!誰かの意見を聞くなんて、先を誰かに頼るなんて、しなかった!君にとってあの娘はなんなんだ!?あの娘が来てから、君は変わってしまった!!」
「わ、私が……?」

 予想もしていなかった内容と、空気を裂くような声に、そのまま地面に手をついた。神様へ謝るみたいな格好で。
 婚約破棄でもされた令嬢か、ってくらい震えた声が出る。
 十兵衛を怖いって思うなんて、おかしいのに。

「わ、私は……あなたや、みんなを守りたくて。日奈さんは未来がわかるのよ?頼ったっていいじゃない!」
「違う、君は、そんなことを言う人じゃなかった!僕が、守りたいと思ったのは……君が、君だからだったのに!」

 私だから、って、私って、なに?
 また私のせいで、彼はこんなに辛そうな顔をしているの?
 泣き出しそうな目は、ふるふると奥で微かな光が揺れている。
 泣きたいのは、こっちだよ。

「……ごめん。そんな顔を、させたかったわけじゃない」

 そう言うと十兵衛は静かにしゃがみ、目線を合わせて私の両の頬に手を当てた。
 つめたい。
 小手とか防具をつけているから、固いよ。

 なんでこうなるのかな。
 私だって、十兵衛にそんな顔、させたかったわけじゃないのに。

 いつも凛として涼し気でムカつくくらいイケメンで、でも私が変なことをしてわがままを言うと、困ったように笑いながらゆるしてくれたのに。

 長い指で目元を拭われて、自分が泣く寸前だったことに気づいた。
 拭われた瞳の端から、粒がこぼれる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。  ……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。  でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。 ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」  『見えない何か』に襲われるヒロインは──── ※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※ ※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※ ◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。 ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。 我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。 ――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。 「はい、では平民になります」 虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

婚約破棄された悪役令嬢。そして国は滅んだ❗私のせい?知らんがな

朋 美緒(とも みお)
ファンタジー
婚約破棄されて国外追放の公爵令嬢、しかし地獄に落ちたのは彼女ではなかった。 !逆転チートな婚約破棄劇場! !王宮、そして誰も居なくなった! !国が滅んだ?私のせい?しらんがな! 18話で完結

処理中です...