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第二部

65話 長良川の戦いにて2

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 まず、今回の戦の目的は「義龍が当主となったことを快く思わない者」と「父上と孫四郎を立てようとする者」を排除すること。要するに、領内の反乱分子の一掃。
 私のいつもと違う文体の手紙で、そういった輩が父側にも兄側にも多くいることに気付いた二人は、協力して片づけることにした。
 ちょっと、かなり、血なまぐさい方法で。
 私や、孫四郎たちを使って。

「芝居ぃ!?」
「これ、大きな声を出すな。命がけで戦ってる連中には聞かせられんだろうが」
「そうですけど、そんなことしていいんですか?」

 父はにやりと悪い顔で笑ってみせた。
 ダメに決まってる、と言っている。

「だからお前にも内密に進めたのだ。それでも、効果はあったぞ。思ってもみなかったところから炙り出せた。どっちにつくかと聞かれて儂を選ぶような先の見えない家臣アホどもは、義龍むすこのもとには要らんからな」
「ええー……」

 やはり戦国を生きる武将たちの倫理観は、私にはまだ理解できないらしい。
 息子の将来の為に、自分が死ぬかもしれない危険を犯して、自分の家臣が死ぬのを黙認した。

 両者とも殴っておいてよかった。
 戦はイヤにござりまするとは言わないが、できるだけ命は大事にしてほしい。そう思うのは、やはり私はまだまだ甘いし、このせかいでは異質ってことなのだろう。

「じゃあ、やっぱり孫四郎兄上達も生きてるんですね」
「あいつらは、名を変えて織田へ行くように言ってある。揉めるくらいなら死んだことにして寺に入れようとしたんだが、義龍が嫌がってな」

 織田、と聞いて振り返ると、興味なさそうに天幕の揺れを見ていた信長が、笑顔を返してくれた。
 知ってたのか。てことは、十兵衛もこの茶番を知ってたってことね。それで、こんな危険な状況の中に兄上の方へ行くって言って、信長も簡単に了承したんだ。

 茶番、というには戦は本物だったし人が死にすぎてるけど。近隣諸国に「美濃の当主の交代」をアピールするために、戦は必要だったのだとか。
 巻き込まれた領民達はたまったもんじゃないぞ。これだから為政者ってやつは。

 父はこのまま、自分は死んだことにして寺に行り直し、今日死んだ者たちの供養でもするとのこと。
 私とはもう、会えないそうだ。

 身代わりにする用の、父に似た年齢の首が運ばれてきた。
 息子娘身内にはどう見ても父ではないとわかるそれを、義龍兄上が「父だ」と言えばこの戦いが終わる。

「儂は本当に死んでもいいかと思ったんだがな。……ハァ、あいつはこんな甘いことを言っているから、いつまでたっても美濃が収まらんというのに」
「そこは父上に似たところですよ」

 マムシだなんだって言われてるけど、いつの間にか父は、冷徹で現実主義な領主ではなくなっていた。
 ただの、父親になっていた。

「義龍がな、自分の手で渡せ、と。だが、お前もいらないだろう、こんなもの」

 差し出された紙には見覚えのある字で「国譲状」とある。
 チラと信長を見る。彼は遠くの空を見て帰りたそうにしていた。つまんないよね、ごめん。

「うん。いらない」

 父は最初から破く指のかたちで出してきたそれを、そのまま綺麗に半分に裂いた。私も残り半分を拾い、千切って行燈あんどんの火に向けて放る。
 灰は風に飛ばされ、綺麗になくなった。

「悪かったな。こんなものを書いたせいで、お前は兄に疑われることになった」
「いえ、兄上はたぶん、これに関しては怒ってないと思いますよ。強いて言うなら、弟達を巻き込んだことを怒ってたみたいでした」

 あと、言うことをきかないわたしにも。
 父は「そうか」と小さく、すべてを受け入れるように頷いた。
 国をまとめるって、誰かに譲るって、当人の気持ちだけではどうにもならないものなのね。
 信秀様も、そう言ってた。

「兄上のところへ行ってきます。十兵衛もそっちにいってるの。迎えに行かないと」
「ああ、聞いたぞ。喧嘩をしたらしいな。さっさと仲直りしなさい」
「だから喧嘩じゃありませんって」

 まるで姉弟ゲンカを諭す父のような目線で語られて、少しだけむっとしながら、私は父とお別れをした。
 今生の別れにしてはあっさりしたものだったけれど、マムシ父娘わたしたちならこんなもんでしょ。



 兄上の方は圧倒的優勢だったせいか父の方ほどの殺伐さはなく、すぐに当主のところへ案内してもらえた。
 またファイティングポーズを取る私を遠巻きに警戒しながら、十兵衛の居場所を教えてくれたので、そっちへ向かう。
 兄は私に謝ろうとしていたみたいだけど、そうさせないように飛ぶように稲葉山を去った。その前にちゃんと、おなかを殴ったことは謝った。あれは痛そうだったし。

 教えられたのは、私も初めて行く十兵衛の生家。
 兄上は勝手に「所用を頼んだ」と言っていた。
 勝手にっていうか十兵衛はもう私の護衛でも家臣でもなんでもないから、本人の意思でなにをしていいわけなんですけどね。


 そしてたどり着いた明智城は、私の目の前で音を立てて、

 燃えていた。
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