上 下
73 / 134
第二部

64話 長良川の戦いにて1

しおりを挟む
「イヤぁああ!離してぇええーーー!!」

 あれからすぐに、父上と義龍兄上は私に断りもなく開戦したらしい。
 いくらなんでも展開が速すぎる。準備もしないまま飛び出そうとしたら、私の侍女ズに告げ口され、跳んできた吉乃さんに羽交い絞めにされた。

「帰蝶様、お願いですから暴れないでください!」
「離してくれたら暴れないーーー!」
「うそつけ!!!」

 私にボロボロにされた男子達が、揃って悲鳴じみた声をあげる。
 主君の妻である私に乱暴はできないということで、家臣のみなさん手加減してくれたんでしょうね。
 私はそんなやさし~い男子達を全員投げ飛ばした。手加減はしたけど。

 美濃のゴリラと呼ばれている私を制することができるのは、あとは現状信長だけなのだが、彼はこの惨状に大笑いして畳に転がっている。

「十兵衛さん!もう姫さん止められるのアンタくらいっスよ!はやく止めてくださいっス!!」
「いえ、私は護衛を解任されましたので」
「まだ喧嘩してンのかよ!」

 叫ぶ藤吉郎くんに、しれっと返す十兵衛。私もだけどその態度は完全に姉弟ゲンカ中のむくれた子どもで。周囲は呆れて信長はもう一度噴き出した。
 そっちがそういう態度なら、私だって撤回なんてしないからね!

「ところで、蝶はどっちに行く気なんだ?」
「父上のところよ。もちろん一人で行くから、安心して」

 今出て行ったら「織田信長軍が加勢に来た」と取られるので、下手な行動はできない。何度も言われたので、わかっている。
 そうならないために、お伴を全員解雇したんじゃない。私一人で行くために。

 信長くんは座りなおすと、簡単に息を整えて日奈さんへ向いた。

巫女ひな、どっちが勝つ?」
「斎藤義龍様です。帰蝶様が行っても、変わりません」
「だよなあ。ミツは?」
「道三様側には勝ち目はないかと思います」
「ほらな、諦めろって」

 肩をポンポン叩かれて、私はゆっくりと力を抜いて吉乃さんの腕の中から逃れた。

「……父を勝たせたいわけじゃないわ。兄に加勢したいわけでもない。私はこの手で、ちゃんと二人をぶん殴りたいだけよ」
「無駄足になるぞ?」
「かまわない」

 私が頷くと、まだ止められると思ったのに、信長も笑って頷いた。
 そういえば彼は一度も、私に「行くな」とは言わなかった。

「なら、行くか!」
「いいの?」
「楽しそうだしな」

 今日は楽しいピクニック、とでも言いそうな顔だ。
 いや、合戦なんですけど。あと、父上と兄上にとっては生きるか死ぬかの大事な場面だと思うんだけど。
 こういうところが、家臣の一部が着いて来れなくなるゆえんなのよね。
 集まったみんなが目を丸くして言葉を失う中、私たちは準備もそこそこに馬に飛び乗って美濃へ向かった。

 十兵衛だけはまだ止めてくるかと思ったのだが、彼は素早く後ろへ着いてきて「義龍様の方へ行ってみます」と言ってくれたので見送った。なにか考えがあるのかもしれない。
 兄上のほうは、彼にまかせよう。






「帰蝶ちゃぁあ~ん!」
「父上!ご無事ですか!?」

 私が見てもわかるほどに劣勢になっていた道三軍。父がいるという天幕の中に飛び込むと、鎧を纏ったままの父がガチャガチャと私へ飛びついてきた。
 かわいそうに。久々に会った父はもう、老人と言っていい様相だった。
 もともと小柄だったけれど細い手足はさらに細くなり、年甲斐もなく纏った鎧が重そう。

 私はそんな父の頬を、平手で張り倒した。
 パンッと乾いた音とともに、細い体が音を立てて地面に落ちる。

「へぶっ!?」
「約束どおり殴りました。これで止まらなくても、私は帰ります。あとは勝手に争っていてください」
「ままま待って!帰蝶ちゃ……待ちなさい!」
「なんでしょう」

 さっさと去ろうとしたのを、父の悲壮な声に仕方なく振り返る。信長くんを危険なところに長居させられないし、はやく帰りたいんだけど。
 父は私に張っ倒されてオネエ座りになっていた。

「おかしいな、儂の子供たちはどうしてこう乱暴なのだ……儂に似ているのがおらんではないか」
「はい?」
「その拳を握るのをやめなさい。義龍のやつも、何もここまでしなくとも良いものを……半分以上殺してしまいおって」

 なにか、ぶつぶつと文句を垂れる父の言い方に違和感がある。
 義龍兄上のことを呟く声も、表情も、憎しみ合って仲違いした、という感じではない。以前に会った時のままだ。

 けれどここは、間違いなく戦場だった。
 撃ちあい、斬りあいをしている美濃の兵たちを見た。

 父の様子に困惑していると天幕の中に、誰それが討ち死に、という報が飛び込んで来た。
 父上は、表情を変えずに頷く。

「うむ。これで最後か。予定通りだな。そろそろ撤退くぞ。残った者に伝えよ」
「はっ」

 訳知り顔の従者の方が返事をして外へ出ていく。「やっと終わったか~」って感じだった。

 私は、戦に出たことのある珍しい姫だ。
 通常の戦と、ここがずいぶん空気が違うのがわかってしまった。

「どういう……ことですか?」
「まあ、お前風に言う、形だけポーズというやつだな」
「ポーズ?ふりってこと?」

 父上は頷き、説明してくれた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】

ゆうの
ファンタジー
 公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。  ――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。  これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。 ※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。

転生者の取り巻き令嬢は無自覚に無双する

山本いとう
ファンタジー
異世界へと転生してきた悪役令嬢の取り巻き令嬢マリアは、辺境にある伯爵領で、世界を支配しているのは武力だと気付き、生き残るためのトレーニングの開発を始める。 やがて人智を超え始めるマリア式トレーニング。 人外の力を手に入れるモールド伯爵領の面々。 当然、武力だけが全てではない貴族世界とはギャップがある訳で…。 脳筋猫かぶり取り巻き令嬢に、王国中が振り回される時は近い。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】聖女ディアの処刑

大盛★無料
ファンタジー
平民のディアは、聖女の力を持っていた。 枯れた草木を蘇らせ、結界を張って魔獣を防ぎ、人々の病や傷を癒し、教会で朝から晩まで働いていた。 「怪我をしても、鍛錬しなくても、きちんと作物を育てなくても大丈夫。あの平民の聖女がなんとかしてくれる」 聖女に助けてもらうのが当たり前になり、みんな感謝を忘れていく。「ありがとう」の一言さえもらえないのに、無垢で心優しいディアは奇跡を起こし続ける。 そんななか、イルミテラという公爵令嬢に、聖女の印が現れた。 ディアは偽物と糾弾され、国民の前で処刑されることになるのだが―― ※ざまあちょっぴり!←ちょっぴりじゃなくなってきました(;´・ω・) ※サクッとかる~くお楽しみくださいませ!(*´ω`*)←ちょっと重くなってきました(;´・ω・) ★追記 ※残酷なシーンがちょっぴりありますが、週刊少年ジャンプレベルなので特に年齢制限は設けておりません。 ※乳児が地面に落っこちる、運河の氾濫など災害の描写が数行あります。ご留意くださいませ。 ※ちょこちょこ書き直しています。セリフをカッコ良くしたり、状況を補足したりする程度なので、本筋には大きく影響なくお楽しみ頂けると思います。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

処理中です...