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第二部

56話 この命を使って1

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 ***

 むかしむかしあるところに、とてもまじめなじいやさんがおりました。
 じいやさんは長年つかえた王様から、生まれたばかりの王子様をたくされました。

 たくさん愛をそそいで、りっぱな人間に育ててほしい。

 じいやさんは王様に言われたとおり、王子様をいっしょうけんめい育てました。

 ところが、王子様は大きくなっても、遊んでばかりで国のおしごとをしません。
 お父様である王様が亡くなっても。人まかせにして遊んでばかり。

 じいやさんはかなしくなり、王子様をいさめるために、自分の命をたちました。

「どうか、どうか、まじめに生きてください。お父様に負けないようなりっぱな王に」

 じいやさんの願いが聞き届けられたのかは、わかりません。
 おしまい。

 ***


 久しぶりに夢を見た。いつも聞かせてくれる、昔話。
 なんとも不吉な内容だった気がするのだけど、途中で声が反響したり途切れたりして、全部を聞くことができなかった。

 あまりよくない夢見に凝ってしまった体を、朝のストレッチをしてほぐす。
 着替えを手伝ってくれる侍女の小夜さよちゃんが、毎日のことなのに怪訝な顔をしていた。

 そろそろ日奈さんが言う「村木砦の戦い」というものがあるらしい。あ~ハイハイなんか聞いたことあるね~?(ない)って感じだ。

 人任せ城主信長くんは、その辺はわからないのかわかっていながら他人任せなのか、戦の準備と称して毎日十兵衛と鉄砲の練習をしてる。
 嫌いな信長につきっきり担当にされ、十兵衛はとてつもなく苦々しい表情になっていた。かわいそうだけど、城主命令なので仕方ない。少しは仲良くしてくれ。

 日奈さんにも、どちらかとのフラグ立てのため、できるだけ毎日見学に行ってもらっている。
 意外なことに、日奈さんの前では信長と十兵衛はあまり喧嘩をしないらしい。
 なあんだ、やっぱ気になる女の子の前だとイイ子ちゃんになるわけね!とおせっかいおばさんは微笑んだ。


 あさちゃんに髪をまとめてもらい、各務野先生にため息を吐かれながら、私も修練場へ。
 私も今日は、女子鉄砲隊の指南日なのだ。

 本当は、織田軍で一番の腕(だと思う)の十兵衛に指南役になってもらいたかったんだけど、初日に集めた女子の大半が彼に頬を染めうわの空になり、手取り足取り指南しようものなら腰から砕けてしまうといった状態になったため、指南役を解雇せざるを得なかった。
 イケメンすぎるというのも困りものだ。

「帰蝶様!見てください!もう的へ当てられるようになりました!」
「まあ、わたくしなど、装填が誰よりも早くできますのよ!見てください」
「待ちなさい!帰蝶様に見てもらうのは私ですわ!」

 メンバーはだいたい、仕事を探してた城下町のお嬢さんや未亡人のお姉さんが多いんだけど、私が指南するうちなぜかみなお嬢言葉になってしまった。
 これが悪役令嬢の力だろうか。近寄った女子は、もれなく取り巻き化する……。

 でも、悪い気はしない。
 一把さんと十兵衛を信長の方へやってしまったので一人で見るのは大変だけど、みんな飲み込みも速いし素直に私の指示を聞いてくれるから、楽しいし。

「こーら、あんたたち!帰蝶様が困ってるよ!そのくらいにして自分の練習をしな!」

 特に飲み込みがいいのが、こちらの声の良く通る吉乃よしのさん。家が武器も扱う商家だからか銃についても上手く、他の女性達をまとめられる大柄なお姉さん。十兵衛の顔面にポ~っとしなかったのも好印象。前回の私の初陣の時も守護隊長に任命した方だ。

「吉乃さん、いつもありがとうございます。助かります」
「い~え!お城で働けるだけでなく、有名な帰蝶様に銃の指南をしてもらえるってだけで、私たちは嬉しいんです。ビシバシしごいてくださいね!」

 有名ってあれよね、美濃の女猛将ゴリラね。


 そうして女子だけで和気あいあい励んでいると、少女忍者が私に向かってこそこそと走って来た。

「姫様、お耳に入れたいことが……」

 珍しく、忍んでいる。日奈さんについててって言ったはずなのに、喧嘩でもしちゃったのかな?

 夕凪は背伸びをして、私に耳打ちをしてきた。
 耳元にかかる、戸惑いを含んだ吐息。幼さのある声が「平手様が諫死かんしなさいます」と囁く。
 だから、かんし、とは。

「……えっと、主君をいさめるために行う、切腹、です。信長様にはもちろん内緒なのですが、姫様には事前にお伝えした方が良いかと……」
「せっ……!?」

 諫死の意味を説明してもらい、私はすぐに走った。走ってからじいやさんの居場所を教えてもらうという慌て具合。
 切腹って、自殺よね。どうしてそんなことを。
 ストレス?病気?奥方様も息子さんも元気だと聞いていたし、思いつくことがない。
 あああちょっとある!私と信長くんの素行のせい!?

 まだ間に合うかもしれない。
 他の人は知っていたのだろうか、みんな、走る私を止めない。

 教えてもらった場所まで行くと、そこには制服姿の日奈さんが立っていた。 

「だめよ」

 戸を開けようとした手を、強く掴まれる。

「止めてはだめ。平手政秀は諌死するの」

 涼しい目。冬の空に似ている。
 その澄んだ色と声、静かに佇む姿は本物の、神の御遣いの巫女のようだ。

「日奈さん、どうして、ここに……」
「夕凪が走ってくのを見て、そろそろじゃないかと思って。これは史実にもゲームにもある必須イベントなの」

 そうだ、彼女は、未来がわかる先見の巫女。
 知っていたんだ。
 じいやさんが死のうとすることを。

「信長様に、伝えたの?」
「信長には言ってない。言ったら止めに入ってしまうかもしれないから、光秀様に足止めをお願いしてきた」

 ぐ、と掴む手首に力が入る。絶対に先へ行かせない、という意思が、彼女の指に現れている。

 戦国時代の人からすると転生者の思考は突拍子もなくて想像できないらしいのだけど、彼女は同じ時代の人だから。短絡的な私の思考など、簡単に予想がついたのだろう。

「私達、本能寺の変を回避するためにいるんじゃないの!?」
「そうだけど、これは止めてはだめ。平手政秀の死なくしては、信長は天下人になれない。本能寺の変ラストイベントまで辿り着けないなら、ただのバッドエンドよ!それでもいいの!?」

 揺れるスカート。リボンタイ。告げる内容とはまるでアンバランスな、制服を纏った巫女の少女。
 本来なら神の声が聞こえる彼女は、神の意思通りに物語を進める役目。
 彼女が言うことは正しい。
 いや、本当のところはわからないけれど、ゲームにも歴史にも詳しい彼女が言うなら、そうなのだろう。

 でも、歴史通りにすることが、この場合の正解なの?

「れ……」
「?」
「歴史がなによ、史実がなによ……なにがイベントよ!目の前で、自殺しようとしてる人がいたら止める!」

 そんなの、現代だろうと戦国時代だろうとゲームの中だろうと、普通のことでしょ!?
 神様の声もないこの世界で、誰かの死を改変しちゃいけないなんて、私は聞いてない。

「離して!!」

 日奈さんの細い手を振り払い、戸をぶち破る勢いで開けて飛び込む。
 目を丸くしたじいやさんが握っていた短刀を、思いっきり蹴飛ばしてやった。
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