上 下
56 / 134
第二部

47話 私だって

しおりを挟む
 転生したってことは、私は前世で死んだってことで。
 もうみんなに会えないんだと、無性に寂しくなることはあった。
 だけどそんな寂しさや前世への後悔は、そんなもの8年もいれば慣れる。
 そう、8年だ。
 歴史を変えるなんて大層なことはできないまま、普通に、ただ、生きてきた。

 目の前に現れた少女は、制服を着ていた。

 中学校か、高校の女子生徒の制服だ。身長や顔立ちから、おそらくは高校生だろう。
 キャメル色の落ち着いた印象のブレザーに細かいプリーツのスカート。リボンタイもスカートとブレザーに合った色で清楚な印象。
 スカート丈は膝にかかる程度の、前世の時代では短すぎない落ち着いたものだが、戦国ここでは明らかに脚を出しすぎだ。彼女が身じろぎする度に、プリーツが揺れる。
 髪はキューティクルの剥がれていない、若者らしいミディアムヘア。
 頭からつま先まで、普通の可憐な女子高生。

 彼女を見た瞬間、思ってもみなかったことに、私は泣いてしまっていた。

 帰りたいと、思ってしまった。

 お母さんに会いたい。お父さんに会いたい。
 友達に会いたい。
 帰りたい。
 電気があってガスがあってテレビがあってスマホがあってコタツはあったかくてベッドが固くて食べ物がしょっぱくてすぐチンできてスイーツがいつでも買えるコンビニがいっぱいあって、ごちゃごちゃしててつまらなくて退屈だけど命のやりとりをしなくていい、刀なんて握らなくていい。

 あの世界に帰りたい。

「帰蝶!?」

 隣にいた十兵衛のあわてた声に、私もはっとする。ぱちんと音が出るかのごとく勢いのよいまばたきに、涙の粒が細かくなって落ちた。

 十兵衛の、いつも澄んだ綺麗な瞳が、揺れている。
 氷のようだと思ったこともある。冬の湖みたいな清浄さを宿した彼の目が、水面みたいに揺れていた。

 慌てて涙を拭ってから周りを見れば、十兵衛だけでなくみんな、私を見てた。
 そりゃそうだ。いつもキツめの顔で睨んでくるような悪女顔の私が、急に泣き出したんだもんね。
 拭った袖は思ったよりびっしょりだ。

 まっすぐなみんなの目に、急に恥ずかしく、申し訳なくなった。
 何を、逃げようとしていたのだろう。
 この人達に失礼だ。ここで生きている人達に。
 私だって、ただのその一部のくせに。

「帰蝶様!?あの者が、何かしましたか!?」
「おい、捕まえろ!賊かもしれぬ!」
「待て!!」

 いきなり男達に大声を出されて、女子高生は一気に顔を青くして、逃げた。
 スカートのプリーツが、鍵盤みたいに翻る。
 やっぱりブレザーの制服ってかわいいなあ。と思っている間に、少女は勢いよく人の列の中に飛び込んでいった。簡単に姿が見えなくなる。
 ちょんまげに袴姿の男達に追いかけられる女子高生。まるで、アニメ映画の冒頭みたい。

「じゃなくて、待って!」
「追います」

 いつもなら机を乗り越えて飛び出してくことくらい簡単なのに、足がうまく動かなくて十兵衛に後れをとってしまった。
 それに続いて、面接業務を手伝ってくれていた犬千代くんや周りにいた屈強な男子たちが、手元の武器を持って走り出す。

「ちょっ、待ってそんな物騒な……!ああでも逃げられたら困る!」

 あの子にもう一度会って、話を聞かなければ。
 もしかしたら、私みたいに転生(体ごと転移?)してきたのかもしれない。
 今が何年かわからなくてきっと不安だろうし、助けになれることがあれば助けたい。

 それに、さっき「先見さきみの力がある」と自分で言っていた。なんらかの知識や特殊能力があって、未来と行き来できる超能力とか持ってたら、すごいことだ。

「あの子を捕まえてください!でもぜったい怪我はさせないで!傷ひとつでもつけたら、ゆるさないからね!!」

 全員に聞こえるように、出来る限りの大声で叫ぶと、こちらに気が付いていなかった男達まで走り出した。
 うおお、と妙な雄たけびをあげているものもいる。
 ちょっとちょっと、なんでそんなに血気盛んなのよ。傷つけるなって聞いてた?
 さすが、信長が気に入って側に置いてる男子たち。織田軍、怖ぁ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。  ……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。  でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。 ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」  『見えない何か』に襲われるヒロインは──── ※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※ ※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※ ◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。 ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。 我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。 ――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。 「はい、では平民になります」 虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

婚約破棄された悪役令嬢。そして国は滅んだ❗私のせい?知らんがな

朋 美緒(とも みお)
ファンタジー
婚約破棄されて国外追放の公爵令嬢、しかし地獄に落ちたのは彼女ではなかった。 !逆転チートな婚約破棄劇場! !王宮、そして誰も居なくなった! !国が滅んだ?私のせい?しらんがな! 18話で完結

処理中です...