マムシの娘になりまして~悪役令嬢帰蝶は本能寺の変を回避したい~

犬井ぬい

文字の大きさ
上 下
55 / 134
第二部

46話【日奈】おそろしくうつくしい頬に、涙が落ちて

しおりを挟む
 ***

 どのくらい経っただろうか。
 百年の間、千年の間、独りだったから。

 ずっと独りでいたから、自分の名も、顔すら忘れてしまった。

 呼ぶ人もいない、笑いかけるべき相手もいなれけば、この手も顔も体も、なんの意味もない。

 ずっと捲るのを躊躇っていたページに、指をかける。
 乾いた紙の感触、白すぎる自分の指を見て、何かを思い出した。

 この手を、誰かに伸ばしていた気がする。

 救ってほしくて、助けてほしくて。

 そうだ、あの方を、救わなければ。
 憎悪と怨嗟の業火に焼かれ、失意の中消えてしまったあのひとを。

 あのひとは、あの子は、間違ったことなんてしていなかった。
 ただ少し、周りの人らに理解されなかっただけ。

 私が救ってあげなければ。


 きっと、まだ待ってる。
 長い長い時間の中、私を待ってる。

 手を握ってもらうのを、待ってる。


 ***






 那古野城で、女性の兵を募っているらしい。
 もちろん男もOKで、やる気があるなら子供でも女でも老人でもいいとのこと。
 そんな画期的なことあるか!?戦国時代だぞ!?と思ったが、あの織田信長ならあり得るのかもしれない。

 日奈のいた、ここより未来の日本では、織田信長は戦国武将の中でも一番と言っていいほど人気と知名度のある存在だった。
 学校では歴史の授業で必ず習うし、信長が登場する漫画やドラマは数多くある。日本史に詳しくなくても、名前くらいは誰でも知っているだろう。

 さらに日奈の知っている、今思い浮かべている人物と同じであるなら、周りの古い考えの大名が何人頭を並べても一生思いつかない斬新なアイデアくらい、ポンポン思いつき実行する。

 聞いたところによれば、今は天文21年。
 父・信秀が死んで家督を相続したばかりで、尾張領内の小競り合いが頻繁になる時期。
 きっと人手が、信頼できる人員がなにより欲しいのだ。

 日奈は着ているブレザーの襟を正して、身なりをチェックした。
 姿見がないので心もとないが、スカートの後ろが折れていないか、リボンタイが曲がっていないか。そのくらいは気をつけたい。
 
 だって、織田信長に会うんだから。

「日奈ちゃん、頑張ってね。きっと日奈ちゃんなら、お城で働けるよ」
「ありがとう、おばちゃん」
「お前さんの占いを見せてやりゃあ、きっとお城の役人方も、びっくりするだろうよ」
「うーん、あれは、あんまり出さない方がいいかな。でもありがとう、おじちゃん」

 突然戦国時代に転移され、行くところのなかった日奈に住むところを世話してくれた老夫婦。

 那古野城の手前に飛ばされてしまったのには驚いた。シナリオと違うじゃないか、と何度も意味なく空に叫んだ。
 時代に合わない服装や見た目のせいで、あやかしではないかと言われて追われて、大変だった。
 城に入るのを諦めて隠れ歩いて、こっそり民家の納屋で休んでいたところを助けてくれたのがこの夫婦だ。
 昔、産まれたばかりの子供を亡くして、生きていれば日奈くらいの女の子だったという、それだけの理由で、夫婦は日奈をかくまってくれた。

 きちんと90度に上体を折り曲げ丁寧にお礼を言ってから、日奈は二人の家を後にした。

 ここでは目立つであろう制服をあえて選んで纏ったことには、きちんと理由がある。
 ここが日奈の想像するとおりの場所せかいなら、この格好でいるべきだ。

 まず、帰蝶姫に会う。

 そうすれば、このは動くはずだ。






 目的の城は、夫婦の家から歩いてすぐだ。
 城下町に出ていたお触れにあった場所まで行くと、本当に、男も女も少年も少女も集まって列になっていた。
 人の列は城門から随分と長く伸びている。

「あの、最後尾って……」
「おやあ、変な格好だなあんた!随分遠くからきたんだね。あんたも並ぶの?」
「はい……」
「じゃあ、ほい。これ持って」
「えっ」

 最後尾、と筆で書かれた板を渡された。
 これを後ろへ向けて持ち、次に並ぶ人が来たら渡すというシステムらしい。
 なるほど、これなら、最後尾を案内する人員を一人減らせるし列形成もスムーズだ。

「ってコミケかよ!!??」

 大手同人誌即売会のシステムだった。
 日奈も一度だけ、友達と行ったことがある。

 まさか、一応は戦国時代のはずのここで最後尾札に出会えるとは思ってもみなかった。が、発案者の顔を想像して、勝手に頷く。さすが、織田信長。
 一人呟き、日奈も列が進むのをおとなしく待った。


 並んで数分で後ろに来た女性に札を回したあと、列は思ったよりも捌けが良く進み、20分程で城内が見えて来た。
 どうやら城の前の広場に机やら椅子やらを置いて、面接が行われているらしい。
 名前と特技なんかを言うといいらしいぞ、と前に並んでいた男が教えてくれた。
 視界の邪魔をするたくさんの頭のおかげで先が見えない。一生懸命背伸びしてみるが、見知った顔は……いや、何人か、いる。

 青みがかった黒髪の、美貌の少年。
 黄色に近い明るい色の髪の、小柄な少年。

 日奈が予想したとおりだ。
 大丈夫、練習したとおりに。
 何度もプレイしたとおりに。

「次のかた、どうぞー」

 聞き覚えのない女性の声で呼ばれ、後ろから押されるようにして前へ出た。
 視界が、初めて拓ける。
 高校受験の集団面接の時よりも緊張している。早鐘のごとくとはこのことを言うのだろう。心臓が生まれて初めて、口から出てしまうんじゃないかというほどの音で体を打つ。

「渡瀬日奈、16歳です。特技は、先に起こることがわかる、先見さきみの力があります!」

 ざわ、と大きく場がどよめいた。
 大丈夫、これくらいは予想はしていた。

 コスプレみたいな制服、短いスカート、ローファー。どれもこの時代にはあり得ないものだ。
 そして「先見の力がある」なんて言ったら、おかしな女だとざわつくに決まっている。

 しかし想像した視線は、日奈ではなく、別のところに注がれていた。

 城のお役人であろうちょんまげの男性、下働き風の女性、面接が終わって合格でも貰ったのか、端で喜んでいた少年。
 皆が、日奈ではなく別の少女を見ている。

 その先には、帰蝶姫。

 彼女の顔は知っていたから、一目でわかった。
 意地が悪そうに吊りあがった切れ長の目、睫毛は長く豊かな黒髪と同じ艶で、顔に存在感を与えている。

 日奈は顔を知っていたけれど、知らなくても、誰でも一目見ればわかる。
 彼女がこの城で一番偉い女であるということ。自分が天下人ならば、こんな女を隣に置いておきたいと思うだろうこと。

 背筋が凍るような冷たさの、うつくしすぎる少女。
 マムシの娘の姫。

 日奈は知っている。この少女が、この女が、「意地悪そう」ではなく本当に、悪魔のように底意地が悪いということを。

 彼女のせいで、たくさんの人が犠牲になって、たくさんの涙が流れた。
 彼女は、この時代に生きるすべての人々の、敵だ。

 そのはずなのに、左右にいた男性は彼女を見てぎょっとしたあと、私に向って敵意の籠った目を向けた。
 周りの男女は皆、帰蝶姫から日奈へ、視線を移してくる。
 どの目も日奈を、睨むように。

 日奈の目の前、驚きに立ち上がった後の帰蝶は静かだった。
 微動だにしない彼女の代わりに、その整いすぎた輪郭に、つ、と何かが流れている。

 白い陶磁器の肌を濡らすのは、瞳から零れたしずく
 宝石のように磨かれた光をここまで飛ばすそれは、

 涙だった。
しおりを挟む
※「小説家になろう」作品リンクです。→https://ncode.syosetu.com/n0505hg/
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。  ……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。  でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。 ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」  『見えない何か』に襲われるヒロインは──── ※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※ ※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※ ◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

原産地が同じでも結果が違ったお話

よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。 視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。

『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故

ラララキヲ
ファンタジー
 ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。  娘の名前はルーニー。  とても可愛い外見をしていた。  彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。  彼女は前世の記憶を持っていたのだ。  そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。  格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。  しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。  乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。  “悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。  怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。  そして物語は動き出した…………── ※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。 ※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。 ◇テンプレ乙女ゲームの世界。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げる予定です。

処理中です...