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第二部

37話 ご懐妊いたしまして???

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夕凪ゆうなぎーーーーー!」

 人払いをしてから十兵衛を部屋に呼び、天井に向かって声をかける。
 てっきり天井あたりだと思ったら、検討違い。中庭の木の上から小柄な少女が音を立てずに降りて来た。忍びというのは、なんとも神出鬼没な生き物だ。

「あい!なんでしょう姫様!」
「いきなり呼び出してごめんね。ちょっと聞きたいことがあって」
「いいえ!帰蝶姫様のためなら、夕凪などでよければなんでも聞いてくださいまし!」

 元気ハツラツに答える少女は、まったくそうは見えないが父が私につけてくれた少女忍者くのいちだ。
 弱冠13歳ながらプロに習ってきちんと修業をした、一人前の忍び。情報収集や美濃への内緒のお手紙を届けてくれたり、私の雑用を嫌な顔ひとつせずやってくれるかわいい子。
 本人は私の護衛第2号、と言っていた。

「夕凪、私ももう人妻よ?姫様って呼ばなくていいのよ?」
「あい!でも、帰蝶姫様はずっと、夕凪の姫様ですから!」

 お返事はとても元気。言葉を発するたび、結った髪が彼女の意志を表すかのように左右に揺れる。
 彼女は、美濃で生まれた孤児だ。私が作った孤児院で育った。

 この時代に孤児院なんかねえだろってツッコミはなしで。だって転生者わたしが作ったんだもん。
 正確には、私に甘い父上パパを言いくるめて。

 戦で親を失ったり貧しさから捨てられた子ってのはどこにもたくさんいるらしく、孤児を養育する施設を作ったらすぐにパンク状態になってしまった。ので、ただ子供を養育するだけじゃなくて、子供たちにも仕事をしてもらうことにした。針仕事とか雑用みたいな、力のいらない小さい子が出来るものから。
 ある程度見込みのある子には勉強や武術を教えて、その道へ進んでもらう。

 もろもろの制度が前世の時代ほどしっかりしてなかったから、行き当たりばったりで大変だったけど。
 その中で夕凪は忍びの適性があったらしく、孤児院を出て斎藤家おかかえの忍び衆へ弟子入りした。同年代の中では一番足が速かったんです!と本人談。
 だからなのかはわからないが、どうも孤児院創設者の私に恩を感じているらしい。
 お礼なら、夕凪を育ててくれた孤児院の先生や、忍びの先輩方に言ってほしい。

「姫様は姫様です。ね、十兵衛さん!」

 急に話を振られた十兵衛は、苦笑いして黙っている。
 十兵衛は十兵衛で、いまだに私をお姫様おこちゃま扱いするので、否定も肯定もできないといったところでしょうね。

「まあ、もうしばらくは姫様でいいわ。私もまだ奥様って実感ないし。あのね、聞きたいことっていうのは、私の噂のことなんだけど」
「あい。それでしたら、夕凪も聞きおよんでおります。おめでとうございます、姫様!男の子でも女の子でも、きっと姫様に似てかわいいやや子が生まれますよ!」
「いや違うのよ!してないのよ妊娠!」
「あえ?そうなのですか?あやうく、道三様へお手紙を送ってしまうところでした」

 危ねー!
 父上に私が妊娠したなんて伝えたら、どんなことが起こるかわからない!

「その噂、まったくもって事実無根なのよ。なのに、当人達にまで伝わってくるくらい、城中に広まってるの。なんでこんな噂が流れたのかしら?夕凪は何か知ってる?」
「うーん、ごめんなさいです。出どころまでは……。夕凪は、情報収集はヘタなのです……」
「ああ~!ごめんね夕凪!責めてるんじゃないのよ!?」

 夕凪の元気な気性に似合っていた左右の髪が、しゅんと下向きになってしまった。どうでもいいけど、この時代にもツインテールってあるんだなあと、はじめて会った時はびっくりしたものだ。

 よしよし、と頭を撫でてあげると、少女はすぐに復活した。なんとも仔犬みたいな子だ。たぶんポメラニアン。

「でも、十兵衛さんならわかるのではないかと、夕凪はおもいます!」

 言われて、二人そろって十兵衛へ向く。
 たしかに、十兵衛は忍び並みに情報通だ。というのも、この明智十兵衛光秀くん、大変イケメンに育っている。
 初めて会った時から可愛い顔だとは思っていたが、オタクっぽい長い前髪を切り、猫背を直させ鍛えたら、アイドル育成ゲームのSSRカードみたいなキラキラ美少年になった。
 うちの血筋なのか、目はちょっと切れ長で冷たい印象なのだけど織田の女中さん達いわく、そこがイイらしい。

 そう、大っ変女受けが良い。
 物静かで、信長くんみたいに裸足で走ったり外に出たりなんて奇行もない、マジもんの若君なので私がいない時にはよく女の子に囲まれている。いや、たいてい囲まれてる。
 噂話というものは、いつの世も女性陣が支配しているものだ。彼女たちから、何か聞いているかもしれない。

 そんな期待の目を私と夕凪から向けられ、十兵衛は少々困った顔をしながら咳ばらいをひとつして話してくれた。

「……これは推測で、別に女中の誰かに聞いたわけじゃないと前置きをしておくけど、信長様派の誰かだと思う」
「信長様派?」
「帰蝶も知ってるよね、信秀様が床に臥せっていることを」
「ええ。……そんなに悪いの?」

 信秀様は、信長の実のお父様。私の義父。
 私がお嫁入りした時には元気バリバリ、戦にも出ていたようだったけど、ここ最近、先月くらいから体調が良くないと聞いた。
 最近寒いもんね。ここにはエアコンもないしってあまり気にしてなかったけど、よく考えたら私の耳にも入るくらいだ。すごく悪いのかもしれない。

 そして、織田家ではお義父とう様にもしもがあった際の跡取り候補として、私の夫の信長くんと弟の信行のぶゆきくんの二人が有力となっているそう。

「信長様はえーと、少々アレだから……。信長様を立てたい派閥の人間としては、ここで正室との間に子でもできれば、家督候補として少しは有利にできるってところかな」
「なるほどね」

 未来を(少しだけど)知ってる私としては、どうせ信長になるんでしょ。って安心しきってるけど、各派閥のみなさんにとっては人生を左右する一大事だ。自分の推し候補をトップにすべく、公職選挙法ギリギリの選挙活動中ってことね。
 信長サマの印象を良くしようと、秘書たちが勝手にやりましたってとこか。

「でも赤ちゃん出来たなんてウソはよくないし。うーーーむ」
「だからさ、これを利用して見舞いに行こうぜ!」

 気配も音もなく、私の背後から城主の元気すぎる声があがった。
 振り向けば自信満々。元気いっぱい。名案を思いついたぜ!と言わんばかりの少年・織田三郎信長くんが立っていた。 
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