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第一部(幼少編)

閑話② 和風シチューとハンバーグを作りまして1

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天文14年頃のお話。
時系列では22話と23話の間あたり。
小蝶がまだ美濃でぬくぬくしていたころのお話です。
**

 さて、筋肉をつけるにも、毎日の筋トレだけでは無理がある。
 そもそもここは戦国時代。
 私が前世で生きていた便利な時代から何百年前かは……知らないが、ともかくずっと前なので、ジムもないしプロテインもない。
 飲んだら痩せるなんて便利なサプリもないので、100%自己管理を頑張らなければならないのだ。

 毎日素振りをして筋トレしてジョギングして……だけだとだめだ。
 成長期にはカルシウムとか鉄分とかビタミンとか。ともかく色んな栄養素をまんべんなく摂らなければ。

 それには、食事管理が大事。運動だけしたって、筋肉はつかない。
 現在10歳で成長期真っただ中の私は、運動すれば背も伸びるし筋肉もそれなりにつくけど、栄養が足りていなければバランスよく大きくなれない。

 で、筋肉と言えばお肉、と思ったのだが、なんとこの戦国時代、普段の食事に肉を食べない。
 野菜、米、穀物、野菜……の繰り返し。
 圧倒的に動物性たんぱく質が足りていないのだ。
 鳥獣の肉は高級品なので、まず城下のみなさんは滅多に食べられない。
 うちはそこそこ裕福な家庭なので食べる機会もあるが、毎日は無理。

 そして牛乳。
 スイーツ作りの際に知ったが、この時代、食用じゃなかった。
 そのまま飲む人は、存在しない。料理に使うこともない。まじかーーー。

 鶏肉はたんぱく質豊富で低糖質低脂質なダイエットの救世主だし、牛乳はカルシウムと鉄分豊富で成長期には大事な食物なのに!
 しかし、私が今たんぱく質だのカルシウムだの言ったところで、栄養素の概念も知識もない皆さんに大切さが伝わるわけもない。
 こういうのは、実際に上の者が作って食べておいしいってことをわかってもらうのが大事だと気づいた。

 なにしろ、前回から何度かスイーツを作って披露するうち、甘味のすばらしさがようやく広まったらしく、なんと領内で養蜂が始まったのだ。
 父上が溺愛する愛娘わたしにせがまれて、新しい産業を頑張ってくれたのである。
 次はぜひ、養鶏と酪農を始めていただきたい。土地は結構あるんだから。



 というわけで、本日ご紹介するのは和風シチューとカモ肉のハンバーグです。
 戦国時代にある食材でこの洋食メニューがどこまでできるか不安ではありますが、やってみましょう。

 もうすっかり仲良くなった厨房担当、斎藤家おかかえシェフの甚吉じんきちさんと、おなじみ彦太くんがアシスタントです。

 まずは煮込みに時間がかかるシチューから。
 仕入れていただいたカモのモモあたりのお肉をぶつ切りにします。
 いやー、最初は鳥を捌くのや血抜き作業は見ているだけで恐怖の連続だったけど、2、3回目くらいでようやく慣れてきた。
 前世の、何もしなくても簡単に捌かれたお肉が手に入るのはとてもありがたいことだったんだなあと再確認。
 最近は自分で狩りにも行けるし捌けるようにもなりました。

 仕入れておいた旬のお野菜も、同じくぶつ切りに。じゃがいもとかはないんだけど、大根などの根菜は豊富にあるのだ。どんどん使ってこう。

 次にお鍋にカモ肉の皮目を下にして焼いて油を出させる。皮から油が出てきたところで、野菜を入れて炒めます。うーん、お肉の焼けるいい匂い。軽く塩ふりまーす。
 あと、バターがなくてホワイトソースが作れないので、代替策としてここで小麦粉をふります。
 大さじ2~3くらいかな。とりあえずこれでとろみをなんとかしてもらおうと思う。

 炒めすぎるとカモ肉は固くなっちゃうので、小麦粉が油と混ざって溶けたら、お水と出汁汁だしじるを入れる。
 コンソメがあればよかったんだけどないので、あらかじめ甚吉さんが取っておいてくれた昆布出汁だ。
 甚吉シェフ、すっかり私の有能アシスタントになった。

 あとは煮込むうちにお野菜とお肉から出汁が出てくるので、放置。
 彦太、こまめにアクをとっておくように。

 お鍋をアシスタント彦太に任せている間に、次はハンバーグを作ります。
 戦国の人たちには説明してもわからないと思うので、もう実践!
 まずはネギとショウガをみじん切り。
 これはお肉の臭み消しです。次に鶏肉を細かく切って包丁で叩いていきます。

「チタタプ、チタタプ」
「姫様、それは何の呪文でしょう」
「これは、お肉を叩く時に言う決まり文句です。前に読んだ書物に書いてありました」
「ほおー……?」

 前世で読んだ漫画に載ってたんだけどね。
 叩く手が自然とリズミカルになっていい。
 
 さて、叩いた肉に粘り気が出てきたらこれらをボウル……がないから適当な椀に入れて、小麦粉、卵を割り入れます。
 小麦粉って言ってるけど、相変わらず薄力粉ではないと思う。たぶん中力粉。これは繋ぎ用なので大さじ1くらい。
 刻んでおいたネギとショウガも入れて……

「牛乳を入れます」
「ヒッ」
「小蝶、本当に入れるの……?」

 いや、前にパンケーキ作ったときも卵と混ぜたし、何度も使ってるじゃん牛乳……。
 どうやら、生肉に牛の乳をかけるのが、味が想像できなくて怖いらしい。
 まあそりゃそうか。鶏肉に牛の乳って、よく考えたら怖いかもね。
 見た目もちょっとグロいし。

「これはつなぎ用だから、ちょっとでいいの。大さじ1くらい。粉と牛乳の水分がくっついて、お肉がバラバラにならなくなるのよ」
「ほお……」
「なるほど、理由があるんだね。それなら……」

 両アシスタントが感心する中、私は素手で肉だねを練り上げていく。味付けも忘れずに。

「よし、甚吉さん、油を敷いてください!」
「はい、小蝶姫様!」

 大人を使うのにも慣れたものだ。
 甚吉シェフははじめは油を使って焼いたり炒めたりする調理法に驚いていたようだけど、最近では自ら使おうとすらしてくれているらしい。
 出てくる毎日のお料理が、ちょっと現代風になったので個人的には嬉しい。

「姫様、このくらいでいかがでしょうか?」
「いいかんじです。では、焼いていきますね」

 肉だねを両手の中でキャッチボールさせて空気を抜きながら、油の様子を確かめる。
 温度も上がってていいかんじだ。

 料理にはほぼ使わないと言っていた油が戦国時代にあるか心配だったが、なぜかうちにはたくさんあった。
 それも、ごま油とか椿油とか種類も豊富。
 あとは、バターがあればいいんだけどなあ。あれって、牛乳ぐるぐる回したら作れるとかないのかな。
 なんだっけ、昔話でトラがぐるぐる回ってバター?

「おおお」

 ジュウウッ、という、お肉の焼けるいい匂い。
 これこれ。これぞハンバーグよ!
 鉄板焼き屋さんの匂い!

 両面こんがり焼いたら酒をかけて蒸し焼きに……と思ったら蓋がなかった。木の落し蓋みたいなやつしかない。

 仕方がないので一回り大きい鍋を逆さにしてかぶせる。

「なんと斬新な」
「これはさすがに私もはじめてです」

 料理というものは創意工夫だ。
 ないものは代用を探す。あるものでなんとかする。
 なにしろ大学時代は学費以外をアルバイトで稼いでて極貧だったから。小麦粉のみで一週間とか、お豆腐だけで三日間とかやったもんな~。お豆腐も工夫すればメインになるのだ。

 電気コンロと違って、火加減の調整が難しいので甚吉シェフと鍋に集中していると、背後から声がかかった。

「うまそうなにおいだな」
「兄上」
「よ、義龍様!」

 突然の嫡男の登場に、シェフは地面に跪き、彦太も一瞬鍋からアクを取る手を止めた。
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