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第一部(幼少編)
32話 花嫁は織田信長をぶん殴りたくて2
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風が強い。
枯れて黄金色になった草原が、乾いた音をうるさいくらいにあげている。
夕暮れになる前に決着をつけたい。
問われた少年は、大きな目をさらに大きく開き、私をしっかり見据えて離そうとしない。
面白いものを見つけた、と、顔に書いてある。
わかりやすいようで、内面がいまいち掴めない。
形のよい薄い唇が開くのを、私もぜったいに逃さないように見つめた。
「会いたかったから」
答えは、私が拳を固める理由に充分だった。
「十兵衛!」
どうせついてきているだろうと思っていた従者へ声をかけると、想像よりも近くにいたらしい。木の陰から少年が飛び出してきた。
差し出した手のひらめがけて、持っていた刀を鞘ごと放ってくれる。
義龍兄上に譲ってもらった、打刀。私にも十兵衛の背丈にもまだ少し大きいけど、きちんと練習してきたから、充分に振れる。
花嫁装束であっても。
ヒュ、と、鞘から抜いた勢いのまま振った刀は、空を掻いて終わった。
こんな至近距離で避けるとは思わなかったけど、少しだけ、避けられると思っていた。だから全力で斬った。
ほぼゼロ距離で避けるために、信長は上体を思い切り反らして、すぐに戻した。後ろに跳んでもよかったのに、自分の柔軟性とバネを見せつけるかのように。なんてイヤミな。
たぶん、退く気がないことを、私に示したいんだろう。
「会いたかったからって、どういう意味?」
丸腰の少年を何度も斬りつけるのはよくないと思いながらも、私の卑怯な剣はまったく当たらない。
横に、前に、捻って、跳んで、避けられる。
私の剣筋は「迷いがなければ確実にうちの大人どもより速い」と、兄上にお墨付きをいただいたのに。
「ん?城下を燃やしたら、蝶に会えると思ったから」
「え?」
「だって、元服したって伝えたのに、ぜんぜん嫁に来るって連絡ないからさ~。ジイに言ってもオヤジに言っても、待てとしか言わないし。だったら俺が行って、燃やすしかないだろ?」
いや、燃やすしかないってことは、ないでしょ。
少年は私の刀をひょいひょい避けながら、「実際、燃やしたらお前に会えたしな!」ととても嬉しそうに付け足す。
「でも、家を燃やされて、怪我人が出るとか思わなかったの?」
「ん?だから先に避難させたぞ。怪我人、出たのか?」
「出なかったけど……そんな、私に会いたいとか、本当にそれだけの理由?」
「おう!」
や、ヤベーやつだ!
歯を見せて笑う少年は、罪悪感などひとかけらも持っていない。
悪戯が成功した程度の軽さだ。
たしかに怪我人は出なかったが、家やお店を燃やされた人は住むところを奪われて、精神的ダメージ大だ。それに、斎藤家は通算2回も城下町を燃やされて、経済的ダメージも大!
1回目は戦術の一環だったから「しょうがない」のムードだったけど、2回目は関係なかったのがわかって、ヘイト溜まりまくりだ。
建物を燃やすのって、戦国時代でも悪いことじゃないっけ?
誰か、大人が教えなかったのだろうか。倫理とか。
いや、あのじいやさんなら教えてる。織田の、信長のお父様は名君だと噂されているくらいだし、教えてもらってる。
さっき見た町の人だって、みんな城主親子を慕ってた。てことは、この子はそんなに何も知らない暗君じゃないはずだ。
戦国時代という、戦乱の続く時代に生まれ育ったからじゃない。
織田家の嫡男として生まれたからとかじゃ、ない。
私がこの時代で出会ってきた誰とも、倫理観が違う。
木陰から出てきた十兵衛が、「こいつ斬りますか?」って目で見てる。
だめだめ、処さない処さない。
実は、事前に、輿に乗って少ししたあと(私が酔い散らかす前)に、十兵衛にはこの問いをすることを伝えていた。
織田信長に、あの時の焼き討ちの真相を聞くこと。
答えによっては、信長を斬る考えもあること。
反対されると思ったが、なぜかまったく反対されず、しかも私の刀を預かってついてきてくれた。
彼もきっと、あれがおかしいことだと思っていたんだ。
「城下町を燃やしたら、私が怒るとか、思わなかった?」
「えっ怒ったのか?ごめん!そういやあのあと皆にすんごい怒られたもんなー。俺、ジイにいっつも言われるんだよ。人の心を知れって」
「……怒ったわよ。二度と、人の故郷を燃やさないで」
「わかった!蝶の故郷は燃やさない!」
これ、私の故郷以外は燃やすなー……。
初対面の鯉食べたい会話の時も思ったけど、人とちょっと感覚がズレているのかも。
私のひとつ上と聞いていたが、年齢より幼い思考をしている。
私も他人のこと言えないおこちゃまメンタルなんだけど。……てことは、うまくやっていけるかな?
押しても感触のない問答に疲れたので、一回もかすりもしなかった刀を鞘におさめた。
「信長……様。私のことが、そんなに好きなの……?」
「?おう!」
屈託のない笑顔。
夕日になりつつある太陽を翳らせるくらい眩しい。
彼がアイドルだったら、推してる(今世二回目)。
ちょっと納得いかない理由だったけど、刀を振り回したおかげか、私の怒りはおさまった。
枯れて黄金色になった草原が、乾いた音をうるさいくらいにあげている。
夕暮れになる前に決着をつけたい。
問われた少年は、大きな目をさらに大きく開き、私をしっかり見据えて離そうとしない。
面白いものを見つけた、と、顔に書いてある。
わかりやすいようで、内面がいまいち掴めない。
形のよい薄い唇が開くのを、私もぜったいに逃さないように見つめた。
「会いたかったから」
答えは、私が拳を固める理由に充分だった。
「十兵衛!」
どうせついてきているだろうと思っていた従者へ声をかけると、想像よりも近くにいたらしい。木の陰から少年が飛び出してきた。
差し出した手のひらめがけて、持っていた刀を鞘ごと放ってくれる。
義龍兄上に譲ってもらった、打刀。私にも十兵衛の背丈にもまだ少し大きいけど、きちんと練習してきたから、充分に振れる。
花嫁装束であっても。
ヒュ、と、鞘から抜いた勢いのまま振った刀は、空を掻いて終わった。
こんな至近距離で避けるとは思わなかったけど、少しだけ、避けられると思っていた。だから全力で斬った。
ほぼゼロ距離で避けるために、信長は上体を思い切り反らして、すぐに戻した。後ろに跳んでもよかったのに、自分の柔軟性とバネを見せつけるかのように。なんてイヤミな。
たぶん、退く気がないことを、私に示したいんだろう。
「会いたかったからって、どういう意味?」
丸腰の少年を何度も斬りつけるのはよくないと思いながらも、私の卑怯な剣はまったく当たらない。
横に、前に、捻って、跳んで、避けられる。
私の剣筋は「迷いがなければ確実にうちの大人どもより速い」と、兄上にお墨付きをいただいたのに。
「ん?城下を燃やしたら、蝶に会えると思ったから」
「え?」
「だって、元服したって伝えたのに、ぜんぜん嫁に来るって連絡ないからさ~。ジイに言ってもオヤジに言っても、待てとしか言わないし。だったら俺が行って、燃やすしかないだろ?」
いや、燃やすしかないってことは、ないでしょ。
少年は私の刀をひょいひょい避けながら、「実際、燃やしたらお前に会えたしな!」ととても嬉しそうに付け足す。
「でも、家を燃やされて、怪我人が出るとか思わなかったの?」
「ん?だから先に避難させたぞ。怪我人、出たのか?」
「出なかったけど……そんな、私に会いたいとか、本当にそれだけの理由?」
「おう!」
や、ヤベーやつだ!
歯を見せて笑う少年は、罪悪感などひとかけらも持っていない。
悪戯が成功した程度の軽さだ。
たしかに怪我人は出なかったが、家やお店を燃やされた人は住むところを奪われて、精神的ダメージ大だ。それに、斎藤家は通算2回も城下町を燃やされて、経済的ダメージも大!
1回目は戦術の一環だったから「しょうがない」のムードだったけど、2回目は関係なかったのがわかって、ヘイト溜まりまくりだ。
建物を燃やすのって、戦国時代でも悪いことじゃないっけ?
誰か、大人が教えなかったのだろうか。倫理とか。
いや、あのじいやさんなら教えてる。織田の、信長のお父様は名君だと噂されているくらいだし、教えてもらってる。
さっき見た町の人だって、みんな城主親子を慕ってた。てことは、この子はそんなに何も知らない暗君じゃないはずだ。
戦国時代という、戦乱の続く時代に生まれ育ったからじゃない。
織田家の嫡男として生まれたからとかじゃ、ない。
私がこの時代で出会ってきた誰とも、倫理観が違う。
木陰から出てきた十兵衛が、「こいつ斬りますか?」って目で見てる。
だめだめ、処さない処さない。
実は、事前に、輿に乗って少ししたあと(私が酔い散らかす前)に、十兵衛にはこの問いをすることを伝えていた。
織田信長に、あの時の焼き討ちの真相を聞くこと。
答えによっては、信長を斬る考えもあること。
反対されると思ったが、なぜかまったく反対されず、しかも私の刀を預かってついてきてくれた。
彼もきっと、あれがおかしいことだと思っていたんだ。
「城下町を燃やしたら、私が怒るとか、思わなかった?」
「えっ怒ったのか?ごめん!そういやあのあと皆にすんごい怒られたもんなー。俺、ジイにいっつも言われるんだよ。人の心を知れって」
「……怒ったわよ。二度と、人の故郷を燃やさないで」
「わかった!蝶の故郷は燃やさない!」
これ、私の故郷以外は燃やすなー……。
初対面の鯉食べたい会話の時も思ったけど、人とちょっと感覚がズレているのかも。
私のひとつ上と聞いていたが、年齢より幼い思考をしている。
私も他人のこと言えないおこちゃまメンタルなんだけど。……てことは、うまくやっていけるかな?
押しても感触のない問答に疲れたので、一回もかすりもしなかった刀を鞘におさめた。
「信長……様。私のことが、そんなに好きなの……?」
「?おう!」
屈託のない笑顔。
夕日になりつつある太陽を翳らせるくらい眩しい。
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