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第一部(幼少編)

26話 炎の中で、彼を見つけて

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 ***

 むかしむかしあるところに、かわいいお姫様がおりました。
 お姫様の住んでいた国は敵にかこまれ、ずっと戦争をしておりました。

 ある日、お姫様の国に敵が攻めこみ、敵は村に火をつけてまわりました。
 けれど、お姫様の国は負けませんでした。
 火をつけた敵を追い払い、戦争に勝利しました。

 そして、もう争いがおきないよう、お姫様と敵国の王子様が結婚することになりました。
 これで国は平和になるぞ、とお姫様の国の民も、敵国の民もよろこびました。

「それって、お姫様だけしあわせになれないんじゃないかな」

 お姫様は王子様と結婚し、しあわせにくらしたといわれています。
 おしまい。

 ***





 城下町が燃えているのを、野次馬根性で見に行ったその晩、私は激しい頭痛と発熱で寝込んだ。
 火事を見て寝込むって子供か、と言いたいところだが、体はまだ12歳の子供なんだから仕方ない。

 頭痛は、あの日、前世の記憶を思い出した日の痛みに似ていた。
 なにか思い出せそうな気がしたんだけど、熱で吹っ飛んだのか、たいしたことは思い出せない。

 炎の中で、誰かの手を掴んだ。

 実際に掴んだのは彦太の手だったわけだけど。
 あの日に見た夢の中で掴んだのは、助けを求めていたのは小蝶自身だったと思っていたけど、違ったのかもしれない。

 燃え盛る城下町にいたのは、織田信長だった。

 会うのは、姿を見るのは3年ぶりで、顔をあわせたのもあの鯉の池で会った1度きりだ。
 それでも、成長した彼は一目でわかった。
 炎と煙と舞う火の粉の中でも、あの存在感は見間違うはずがない。

「なんで、あそこにいたんだろう……」

 彦太にも聞いてみたけれど、返答は「あんなところにいるはずがない」だった。
 私も、戦況をよくわかっていないながらも違和感があった。

 うちの軍も織田軍も、いたのはもっと別の場所。
 しかも、城下町を焼くのは戦略としてわかるけど、今回は焼いた後、侵攻してこなかった。
 意味が分からない、らしい。


 そして、私の輿入れの日が決まった。
 なんとなく、町を焼かれた戦の日から父上が忙しそうにしてたし疲れてたし、そろそろかなって思ってた。

 木に登って抗議することも考えたけど、やめた。
 だって、私がお嫁に行かないと、また町が燃やされるかもしれない。

 別に織田家へ行ったら殺されるわけでも虐待されるわけでもないんだし、父の覚悟と、城下の安全に比べたら安いもんだ。
 おとなしく、史実通りに動こう。たぶん、本能寺の変までにはまだまだ時間はある。
 婚約→結婚→織田家へ。までは、問題ないはずだ。
 相手は天下人になるようなすごい武将なんだし、本能寺の変さえ防げば妻の私や国の人がひどい目にあうことはなかろう。うん。
 斎藤家にいる間に、やれることは全部やったと思うし。

 厨には私が前世の知識をもとに作ったレシピ本を作って置いてきた。
 城下町では、私がこっそり流行らせたはちみつを使った焼菓子が売られている。いつか美濃の名物になるかもしれない。

 彦太も、私がいなくてももう一人でも大丈夫だ。あとで預かっていた“命”をお返ししよう。
 孫四郎兄上は元服しておとなになって、かなり落ち着いた。義龍兄上に勝てるよう、頑張るそうだ。

 そうだ、私も、ひとつやり残したことがあった。


「兄上!最後に、勝負してください!」

 道場破りよろしく、義龍兄上の部屋を訪ねると、待ってたぞと言わんばかりの顔の兄がいた。

「来るだろうと思ったぞ。いいぜ、最後だからな、真剣勝負だ」
「はい!」

 今日のコンディションはばっちり。年明けにはもう輿入れの準備に入らなきゃならないから、挑むなら今しかない。




「小蝶、頑張れ!お前が兄上に勝てたら、私も勝ち目があるからな!」
「ありがとうございます、孫四郎兄上!」
「小蝶、義龍兄上は背がおありだから、懐に入ってしまえばお前にも勝ち目があると思う。せいぜい踏ん張れ」
「もちろん、踏ん張ります!喜平次兄上!」

 勝負のために借りた試合場には、なぜか兄上他ギャラリーが結構な人数集まっていた。
 そしてなぜか、ものすごい応援された。

 3年前まではずっと姑息ないじわるをしていた二人の兄も、今では私と彦太とは憎まれ口を叩きながらも共に鍛錬する仲だ。今も彦太と3人並んで応援席に陣取ってくれている。
 妹として可愛がっているというよりは、よきライバルで競争相手になったようだけど。

 勝算はあまりないけれど、喜平次が言っていたように、スピード重視で翻弄して懐に入れば、「クッ殺」くらいのセリフは聞けるかも。

 仕合場の中央に立って向かいあうと、やはり兄上は体が大きい。どう戦おうか、と考えていると、兄が近づいて腕を出した。

「最後だからな。小蝶、お前はこれを使え」
「?ありがとうございます」

 義龍兄上から手渡されたのは、異様に重い竹光たけみつ、ではなく、

「……これって……真剣?」

「言っただろ、真剣勝負だと。さあ、剣を抜け、小蝶」
「え、ま、待ってください。私、真剣なんて……」

 戸惑う私に、兄は使い慣れた自身の刀をスラリと抜く。
 さすが、様になってるなあ、なんて見とれてしまった。

 自分に向けられたのを見たのは、3年前に、父が抜いた銀の刃以来だ。
 真剣は、綺麗。だけど、怖い。

 練習で触らせてもらったことはあるけど、兄上に向けるなんて、できない。
 少しでも当たれば、服だけでなく肉が、体が切れるんだから。

 横目でギャラリーのみなさんを見れば、全員、黙ってしまっていた。
 場内はさっきまでのお祭り気分が嘘のように、静かだ。
 冗談だと思って、そう思いたくて、こっそり、手渡された刀を黒い鞘から少しだけ抜いてみる。
 チラと見えた刀身は、やはり銀色に鈍い光を放っていた。

「あ、兄上……無理です。いつもの竹刀にしましょう。私には……」
「重いか?怖いか?小蝶、なら、何のためにお前は今まで、剣を磨いてきた。ただの嫁入りまでのお遊びか?その程度なら、」

 踏み込みが見えた。慌てて、鞘のままの刀を前にして受ける。
 金属の当たる音が鳴った。やっぱり、本物だ。
 手加減してくれていたのだろうに、鞘にはくっきり刀傷かたなきずがついていた。

「お前は斎藤家には不要だ。その程度の覚悟なら、ここで、終わらせてやる。織田には妹をやればいい」

「死にたくないなら、刀を抜け、小蝶」

 兄がその目と同じ、まっすぐに私に向ける切っ先を、私は、
 ああ、やっぱり刀って綺麗だなって、思うしかなかった。
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