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第一部(幼少編)
22話 義龍兄上に稽古をつけてもらいまして
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結論から言いますと、義龍兄上は強かった。
さすがは美濃の覇者、斎藤道三の長男。
父上は知略タイプで武芸はそこそこ……と聞いていたけど、兄上と私は、その辺はどこから受け継いだのか。
兄上は噂に聞いていたとおりの、文武両道な戦闘スタイル。
力も強いけど動きも素早い。そしてものすごく冷静。私の姑息な攻撃パターンが、一切きかなかった。
「まさか怪我した方の左を狙ってくるとはな……どんな教わり方したらそんな手覚えるんだ」
「父上にも言われました。戦い方が卑怯だと」
「義龍様、誤解なさらないでください。竹治郎殿の教え方は、まっとうです。小蝶様が変わっているのです」
彦太の冷静な指摘に、兄上はドン引いた目で私を見ている。
だって、腕力でも素早さでも劣る相手に勝つには、弱点を狙うしかないじゃない。稽古だろうと勝ちたいし。
しかし、私のその姑息な手は、すべて弾かれるか流された。
年の差と性別差があるとはいえ、膝をつかせるくらいはしたかったのに。悔しい。
「まあしかし、女で、子供のわりには手ごたえがあったな。もう孫四郎や喜平次より強いだろ」
「そこはもう!毎日素振り100回に最近は早朝ジョギ……走り込みもしてますから!兄上達には負けません!」
「いいけどよ、なんでまたいきなり、そんな鍛錬に励んでるんだ?」
「強くなるって、誓ったので。ね、彦太」
彦太は義龍兄上に遠慮しながらも、しっかりと頷いてくれた。
一緒に強くなるんだもんね。
できれば、兄上にもバッドエンド・本能寺の変回避隊に入ってもらいたいなあ。即戦力だ。
自分ひとりの力じゃ限界があるって先日のことで気づいたので、目下、仲間探し中なのだ。
「お前も悩んでるかと思って来てみたが、杞憂だったみてえだな」
「え、……あー……」
あはは、と苦笑いして、心配してくれたことにお礼を言っておく。
兄上が言っているのは、私と、母上のことだろう。
兄上と父上ほどではないけれど、私は、母上と仲が良くない。
私が先日怪我をした時も、木から落ちた時も、乳母をクビにした時も、池に入って鯉を投げた時も、母は私の様子を見に来なかった。
小さいころから、危ないことをしても怪我をしても、母は私のところへは来ない。
私に、興味を持ってくれたことがない。
いつからこんな感じなのかはわからないが、少なくとも小蝶が物心ついてからずっとなので、城中の人は気づいているし、当然兄も知っているだろう。
原因は、子供を産んだことのない私にはわからないが、たとえば私と母上が似てないこと、とか。
大人しめな容姿の母と、派手な見た目の私。
そして上の兄二人は母にそっくり。
時代的に、男の子の長子は当たり前のように優先される。
母は末子で女の私に無関心なのだ。
性格はともかく、自分に似た出来のいい兄ふたりと、似ていない出来の悪い妹では、前者をかわいがりたくなるのも頷ける。
娘と並んで歩いたことのない母が、お屋敷の中で孫四郎と喜平次の手を両手にとって笑顔で歩いているのを見た日の晩、小蝶はたまたま食事を持ってきた女中の腕をかんざしでひっかいた。
義龍兄上の件と違って、私はちゃんと母から生まれたという事実があるし、なにより父にそっくりだ。血筋を疑う声はないけど、それでも、9歳になったばかりの小蝶のメンタルは「実の母に愛されていない」という思いでズタズタだった。
「大丈夫ですよ。私は私。母は母。兄上は兄上。父上は父上。全員、別の人間ですから」
これは、前世の記憶があってよかった。
前世での親子関係もそんなにいいものじゃなかったけど、成人まで生きた経験があるからすっぱり割り切れる。
血の繋がった親子でも、親と子は別々の人間だ。感じ方も生き方もそれぞれ。
母は母で生きればいいし、私も私で自由に生きる。
たぶん母は私が筋トレしたり剣術のお稽古をしているのをこころよく思っていないだろうけど、私には目的があるのだ。
母に遠慮して、立ち止まることなんて、してられない。
兄にも、できれば自由に生きてほしい。家とか血とかにとらわれないで。
この人はもっと自由な人のはずだ。剣を交えてわかった。
よく漫画とかで、ライバル同士戦うとわかるみたいのあるけど、あれ本当ね。兄の太刀筋はまっすぐで、けど型に問わられない自由さがあった。
「俺は俺、か」
頷くような声に見上げると、兄は木刀を握りなおすところだった。
立ち上がり、なぜか視線が傍観者に徹していた彦太に向く。
「よし、次はそっちのチビだ。彦太郎とか言ったか?来い」
「ええっ!?」
「良かったわね彦太。がんばって~」
「じゅ、準備をしてまいります!」
本当になんの用意もしていなかったので、竹刀を取りに行くためだろう、彦太は急いで仕合場から駆け出て行った。
兄が使うというので初めて貸してもらえたここは、壁がしっかりしていて作りもよい。
正直、兄のお稽古は疲れたので、見学すべく壁にもたれて息を吐く。
入口も広く開け放たれていて、風が通って気持ちがいい。
兄上も同じ壁に寄りかかって、彦太が戻ってくるまでの間休憩にすることにした。
「そうだ小蝶」
いいことを教えてやる、といったいたずらっ子な表情で、兄が自身の白い眼帯を指さす。
「これな、別に戦でついたわけじゃねえぞ」
「そうだったのですか?では……」
視力に影響はない怪我だと聞いてはいたから狙ったわけだけど、では、どこでついたのだろう。まさか、親子喧嘩とか……
「言っとくが、親父でもねえよ。もう俺のほうが背も高いし、あんな老いぼれと喧嘩なんかするか。これはな、久々に実家の敷居またいだら、目の上を鴨居に盛大にぶつけたんだよ」
聞いた瞬間、思わず笑ってしまった。隻眼キャラでめちゃめちゃかっこいいのに、理由はものすごくおちゃめ。
そういえば、兄の住む別邸は、私たちが住んでいる本邸よりも入口や天井が高くできている。数年前に父が指示して作らせた、と言っていたが、なるほど、そういうことか。
「兄上、やっぱり二人は親子だと思いますよ。だって、笑い方が、父とそっくりです」
兄は「ゲッ」と嫌な顔して、やはり父と同じ、眉の寄った皮肉っぽい顔で笑った。
さすがは美濃の覇者、斎藤道三の長男。
父上は知略タイプで武芸はそこそこ……と聞いていたけど、兄上と私は、その辺はどこから受け継いだのか。
兄上は噂に聞いていたとおりの、文武両道な戦闘スタイル。
力も強いけど動きも素早い。そしてものすごく冷静。私の姑息な攻撃パターンが、一切きかなかった。
「まさか怪我した方の左を狙ってくるとはな……どんな教わり方したらそんな手覚えるんだ」
「父上にも言われました。戦い方が卑怯だと」
「義龍様、誤解なさらないでください。竹治郎殿の教え方は、まっとうです。小蝶様が変わっているのです」
彦太の冷静な指摘に、兄上はドン引いた目で私を見ている。
だって、腕力でも素早さでも劣る相手に勝つには、弱点を狙うしかないじゃない。稽古だろうと勝ちたいし。
しかし、私のその姑息な手は、すべて弾かれるか流された。
年の差と性別差があるとはいえ、膝をつかせるくらいはしたかったのに。悔しい。
「まあしかし、女で、子供のわりには手ごたえがあったな。もう孫四郎や喜平次より強いだろ」
「そこはもう!毎日素振り100回に最近は早朝ジョギ……走り込みもしてますから!兄上達には負けません!」
「いいけどよ、なんでまたいきなり、そんな鍛錬に励んでるんだ?」
「強くなるって、誓ったので。ね、彦太」
彦太は義龍兄上に遠慮しながらも、しっかりと頷いてくれた。
一緒に強くなるんだもんね。
できれば、兄上にもバッドエンド・本能寺の変回避隊に入ってもらいたいなあ。即戦力だ。
自分ひとりの力じゃ限界があるって先日のことで気づいたので、目下、仲間探し中なのだ。
「お前も悩んでるかと思って来てみたが、杞憂だったみてえだな」
「え、……あー……」
あはは、と苦笑いして、心配してくれたことにお礼を言っておく。
兄上が言っているのは、私と、母上のことだろう。
兄上と父上ほどではないけれど、私は、母上と仲が良くない。
私が先日怪我をした時も、木から落ちた時も、乳母をクビにした時も、池に入って鯉を投げた時も、母は私の様子を見に来なかった。
小さいころから、危ないことをしても怪我をしても、母は私のところへは来ない。
私に、興味を持ってくれたことがない。
いつからこんな感じなのかはわからないが、少なくとも小蝶が物心ついてからずっとなので、城中の人は気づいているし、当然兄も知っているだろう。
原因は、子供を産んだことのない私にはわからないが、たとえば私と母上が似てないこと、とか。
大人しめな容姿の母と、派手な見た目の私。
そして上の兄二人は母にそっくり。
時代的に、男の子の長子は当たり前のように優先される。
母は末子で女の私に無関心なのだ。
性格はともかく、自分に似た出来のいい兄ふたりと、似ていない出来の悪い妹では、前者をかわいがりたくなるのも頷ける。
娘と並んで歩いたことのない母が、お屋敷の中で孫四郎と喜平次の手を両手にとって笑顔で歩いているのを見た日の晩、小蝶はたまたま食事を持ってきた女中の腕をかんざしでひっかいた。
義龍兄上の件と違って、私はちゃんと母から生まれたという事実があるし、なにより父にそっくりだ。血筋を疑う声はないけど、それでも、9歳になったばかりの小蝶のメンタルは「実の母に愛されていない」という思いでズタズタだった。
「大丈夫ですよ。私は私。母は母。兄上は兄上。父上は父上。全員、別の人間ですから」
これは、前世の記憶があってよかった。
前世での親子関係もそんなにいいものじゃなかったけど、成人まで生きた経験があるからすっぱり割り切れる。
血の繋がった親子でも、親と子は別々の人間だ。感じ方も生き方もそれぞれ。
母は母で生きればいいし、私も私で自由に生きる。
たぶん母は私が筋トレしたり剣術のお稽古をしているのをこころよく思っていないだろうけど、私には目的があるのだ。
母に遠慮して、立ち止まることなんて、してられない。
兄にも、できれば自由に生きてほしい。家とか血とかにとらわれないで。
この人はもっと自由な人のはずだ。剣を交えてわかった。
よく漫画とかで、ライバル同士戦うとわかるみたいのあるけど、あれ本当ね。兄の太刀筋はまっすぐで、けど型に問わられない自由さがあった。
「俺は俺、か」
頷くような声に見上げると、兄は木刀を握りなおすところだった。
立ち上がり、なぜか視線が傍観者に徹していた彦太に向く。
「よし、次はそっちのチビだ。彦太郎とか言ったか?来い」
「ええっ!?」
「良かったわね彦太。がんばって~」
「じゅ、準備をしてまいります!」
本当になんの用意もしていなかったので、竹刀を取りに行くためだろう、彦太は急いで仕合場から駆け出て行った。
兄が使うというので初めて貸してもらえたここは、壁がしっかりしていて作りもよい。
正直、兄のお稽古は疲れたので、見学すべく壁にもたれて息を吐く。
入口も広く開け放たれていて、風が通って気持ちがいい。
兄上も同じ壁に寄りかかって、彦太が戻ってくるまでの間休憩にすることにした。
「そうだ小蝶」
いいことを教えてやる、といったいたずらっ子な表情で、兄が自身の白い眼帯を指さす。
「これな、別に戦でついたわけじゃねえぞ」
「そうだったのですか?では……」
視力に影響はない怪我だと聞いてはいたから狙ったわけだけど、では、どこでついたのだろう。まさか、親子喧嘩とか……
「言っとくが、親父でもねえよ。もう俺のほうが背も高いし、あんな老いぼれと喧嘩なんかするか。これはな、久々に実家の敷居またいだら、目の上を鴨居に盛大にぶつけたんだよ」
聞いた瞬間、思わず笑ってしまった。隻眼キャラでめちゃめちゃかっこいいのに、理由はものすごくおちゃめ。
そういえば、兄の住む別邸は、私たちが住んでいる本邸よりも入口や天井が高くできている。数年前に父が指示して作らせた、と言っていたが、なるほど、そういうことか。
「兄上、やっぱり二人は親子だと思いますよ。だって、笑い方が、父とそっくりです」
兄は「ゲッ」と嫌な顔して、やはり父と同じ、眉の寄った皮肉っぽい顔で笑った。
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