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第一部(幼少編)

21話 嫌われ長兄、義龍兄上のご帰還でして3

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 父の子ではないと、そう口にした兄は、自分で言ったその言葉に傷ついているようだった。

「………兄上、私を口説いてますか?」

 吹き出す音が、隣と後ろから突然あがった。

「なんで俺が、お前みたいなチビを口説くんだよ!」
「いや~、おもしれー女発言連発するし、血が繋がってないとか言い出すものですから……?」

 口説いてないならなによりです。私はそういう韓流ドラマみたいな「兄妹として育ったのに血が繋がってなかった!」展開はそんなに萌えないので。
 ついでに場も和んだみたいだし、よかった。

 兄は「呆れた」と言わんばかりに縁側のふちに座り、ぼんやりと外を見はじめた。落ち葉がカサりと音を立てる。私も隣に座った。

「DNA鑑定もないんですから、そんなの、わからないじゃないですか。どなたがそんな噂を?」
「お前が知らないだけで、家臣や女中まで皆知ってるぞ。俺は、前の旦那との子だってな」

 そんな噂は聞いたことなかったけど、どうやら彦太は知ってたらしい。後ろで何も言わないまま、視線を足元に落とした。
 戦国時代あるあるかはわからないが、一夫多妻制だと、こういう問題が出てくるのだろう。
 前世でもめかけの子問題とか、遺産相続問題とか、ひと昔前ならあったみたいだし。サスペンスだとよくあるよね。

 側室だった兄上のお母様は、私が物心つく前に亡くなっているから、私は会ったことがない。
 写真もない時代では兄上がお母様似なのかどうかは定かではないし、出所のわからない噂だけじゃどうも……とは思うけど。

 兄上はこう見えて、まだ十代後半の多感なお年頃の少年だ。
 それでなくても、良家の長男として将来への不安とか家の後継ぎ問題とか色々あってきっと、押しつぶされそうに違いない。

 ここは、見た目は子供、メンタルは三十路超え(のはずなんだけど最近メンタルも9歳な気がしてきた……)の私が、この迷える少年を救ってやらねば。

「いいですか兄上、家族っていうのは、血のつながりじゃないんです」

 兄の両肩に、手をポンと置く。
 兄は「なんだこいつ」という顔をしていた。
 続ける。

「私は、血が繋がらなくてもうまくいってる親子や、血が繋がっていてもダメになる親子をたくさん見てきました。そもそも、夫婦なんて血が繋がってないのに家族になるんですよ?血族じゃないと家族になれないなんてことは、ないんです」

 たくさん見てきたってのは、前世で読んだ漫画の話だけど。
 しょせんその程度の人生経験だ。

「周りがなにを言ったか知りませんが、堂々としていればいいんです。だって、兄上は頭もいいし、もういくさで戦えるくらい、強いじゃないですか」
「……小蝶、お前」
「それに、兄上が誰の子供だったとしても、私はあなたの妹です。それだけは、今後ぜったいに変わらないんです」
「……お前が妹ってことは、そんなに嬉しくねえよ」

 励ましてるのに、なんという言い草でしょう。
 まあいいか、私に失笑するくらいの元気も出てきたようだ。
 前世では兄弟姉妹がいなかったから、ちょっと複雑な家庭でも、兄がたくさんいることは嬉しい。
 最近は孫四郎、喜平次コンビともあまり目立った喧嘩はしなくなってきたし。
 あとは、側室の弟妹達と、はやく和解したいなぁ。

 そんなことを考えるうちに思い出したことがあって、縁側を下りて兄の正面に向かう。
 大人びた顔の中に、やはりまだ少年らしさの残る顔で私を見る兄は、複雑な顔をしていた。
 あらためて見た私の中に、父の面影でも見ているのだろうか。

「それと、父上と無理に仲良くすることはないと思いますが、ひとつだけ。私に織田家との婚約が決まったと言ってきたとき、父上はひとことも、兄上のせいだとは言いませんでした」
「……」
「兄上が悪いとか、兄上を恨めとか、言わなかったんです。父上の、自分の独断で決めたことだとおっしゃってました。だから私は、今日まで兄上が進めたことだとは知りませんでした。私が兄上を恨んだりしないように気を使ったんじゃないですかね」

 兄はなにか言いたげに口を開きかけたけど、私が手を握ったら閉じてしまった。
 この時代の人はあまり手と手の接触をしないのか、私が手を取ると、みんな妙に驚いた顔をするのだ。

「だから、父に認められてないとか、思わないでください。兄上は父上の命令をこなせるすごい人なんですから、自信を持って。きっと、長男だから、後継ぎとして厳しくしてるんですよ」

 実際、父上がどう思っているのかはわからない。
 父も人間だから、自分の子供の中で好き嫌いもあるだろう。苦手なタイプもいるだろう。
 だけど、父は合理主義者だ。
 無駄だと思ったら、自分の親でも排除するし、使えると思ったら、子供でも使う。

 彦太の居場所問題の時に、私相手に真剣を抜いたこと、私はまだ忘れたわけじゃないんだからね。あれは本当に怖かった。

「でも厳しすぎて兄上が潰れちゃったら困りますし、私からもうちょっと甘くするよう言っときますね」
「やめろ」

 ぺいっと手を払われた。
 兄はその手をそのまま私の頭の上に持っていくと、ごん、とグーにしててっぺんに置いた。あやうく舌を噛むところだった。

「甘くしろ、なんて口が裂けても言うんじゃねえぞ。あれくらいで潰れるかよ。次舐めた口聞いたら、そのおちょぼ口を裂いてでかくしてやるからな」
「怖!!」

 私の様子に、兄は歯を出して笑う。悔しいけど、これで婦女子に優しかったらめちゃめちゃおモテになる顔だなあと思った。
 立ち上がった兄は、ひさしに頭がつきそうなほどに、背が高い。私が一段低い位置にいるせいで、余計に。
 たしかに、小柄な父とは似ていないけれど、似ているところもある。

「よし、小蝶、今日は気分がいいからな。稽古をつけてやる」

 兄は腰に携えていた刀をトン、と軽く手の中で持ち上げた。
 お、お気持ちは嬉しいけれど、手加減はしてくれるのでしょうか……。
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