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第一部(幼少編)
19話 嫌われ長兄、義龍兄上のご帰還でして1
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***
むかしむかしあるところに、3人の王子様と、ひとりのお姫様がおりました。
4人は兄妹でしたが、あまり仲がよくなく、お姫様ははやくに隣の国へお嫁にいってしまいました。
残った3人の兄弟に、王様は上の兄から順番にお城をつがせることにしました。
けれど、一番上の兄王子は、乱暴者で皆から嫌われていました。
一度はお城をつがせましたが、不安になった王様は、兄王子からお城を取り上げてしまいました。
そして、頭のよい二番目の王子につがせることに決めてしまったのです。
いきなりお城を取り上げられた一番上の王子は怒りました。
自分だって、立派にお城を守っていたのに。
一番上の王子は、王様にお城をもらったふたりの弟王子を、病気になったと嘘をついて呼び出すと、だまして殺してしまいました。
そして、そのままお城をのっとり、王様も殺してしまいました。
「ほんとうは、ただ、みとめてほしかっただけなのに」
ひとり残ったお姫様は、となりの国で、しあわせに暮らしました。
おしまい。
***
前世で実家にいたころの夢を見た。
大学進学を機に家を出たから、もう6年も前のことで、しかも私は転生しているからあわせて15年も前のことなのに。
私はひとりっ子で、両親は忙しい人だったからあまり思い出という思い出もない。
リビングでひとり、冷めたお弁当を食べている夢。
いつも寂しかったなあ。
今は兄弟がいて、仲は悪いけど結構楽しいから、そこは良かった。
なんで今さらこんな夢を見たのかな。
どうせ見るなら、もっと教科書で読んだ戦国時代の知識とか、自分が死んだ原因とかを思い出せたらよかったのに。
まだ眠い目をこすりながら、鈴加が髪を梳く丁寧な動きを鏡越しにぼんやり見る。
彼女は本当にすごい。前世なら女子高生と言っていい年齢なのに、朝から晩まで、私のお世話を嫌な顔ひとつせずしている。
我儘で癇癪もちの子供に仕えるなんて、普通の女子高生はお金をもらってだってしたがらない。
私が前世を思い出す前には大変苦労をさせたし、休みなく働かせるのはあんまりだと思い、数日前に休暇を取るように言ったら、逆に悲しい顔をされてしまった。
まさか、普段はスンとしている彼女のあんな真っ青な顔を見ることになるとは、思ってもいなかった。
どうやら、最近は彦太郎というしっかりものの少年が私の世話係につくことになったので、仕事がなくなることを恐れているらしい。
彦太を小姓にすると決めた日の夕方、人事異動報告会?みたいな会議があって、父上はそこで彦太のことをみなさんに伝えてくれた。
当日はずいぶん驚かれたが、動揺はそう続かなかった。
武家の男子なら、他家の嫡子について小姓の仕事をしながら勉強をするのは当たり前のことだ。姫に小姓がつくことも、異性は珍しいけどまああることで、そんなに変なことじゃない。
それに、彦太はもともとご実家の後継ぎ候補として勉強をしていたため、教養もありお行儀が大変に良い。
素行と民からの評判がダントツに悪い私の世話係になることは、城内の侍女や家臣軍から大変ありがたがられた。
懸念していた彼の実家からの「やっぱり返せ」コールもない。伝五郎さんがうまく伝えてくれたのだろう。
私は彦太が成人するまでの間、「彦太郎が斎藤家で好待遇を受けている」などという噂がたたないよう悪女を演じるつもりでいたのだが、彦太の出来が予想よりよすぎて意味がなくなったので、初日でやめた。
基本的な教養が身についていただけでなく、兵法や歴史書は一回読めばほぼ内容を暗記でき、書く字も綺麗。性格もよくて自己主張しない。
完璧だ。
これなら万が一「返せ」と言われても、うちの城のみんなが納得しない。
自分の家の家督を継げなくても、うちの家臣の養子にって話も出てくるかもしれないし、父上も気に入ってるようなので斎藤家の養子になれるかもしれない。
満足だ。
私がここでやるべきことはない。
気分は老後。いや、勉強しなきゃだけど。
「小蝶様、ご用意ができました」
鈴加の声に、鏡を見る。今日も私の髪はツヤツヤきれいに結われている。
鈴加の仕事はいつも丁寧なのに、これを以前は一回「気に入らないわ。全部やり直し」と冷たく言い放っていたのが信じられない。
「今日もバッチリね!ありがとう、鈴加」
軽くお礼を言うと、鈴加はにっこり笑った。最近、鈴加は私の前で笑うことが増えた。
これは単純に嬉しい。
今日のスケジュールは、午前中は父上達の軍議見学。午後は馬術の稽古と、武人寄りのラインナップ。
スケジュール管理をしてくれてる彦太と一緒に父上に頼み込んで、私たちは兄上達男子と同じ教育を受けさせてもらえることになったのだ。
ちなみに私はその分、姫としての教養も身に着けることを条件にされたので、時々体が二つにちぎれそうになることはある。
でも、彦太はいずれ成人した時のためにきちんと知識を身に着けておいてほしいし、私のように脳筋にならないでほしいのだ。
それと、前回大人達の軍議に混ざったのはいいんだけど、頭上を飛び交う言語が日本語じゃないのかってくらい理解できなかったので、しばらくは私の通訳として参加していただきたいのである。
「あれ、小蝶、そんな格好をしていていいの?」
「ん?」
軍議まで時間があるので、ついでに少し素振りでもしてから、と修練場に向かう途中で同じく竹刀を抱えた彦太と会った。
彦太はあれ以来、住処にしていた土蔵を出て、父や兄達の小姓がいる部屋で一緒に寝泊まりすることになった。最初からそうしてくれればよかったのにとは思ったけど、父上が言うには「最初は孫四郎の小姓にする予定だった」のだそうだ。
相性を見てその計画は立ち消えたそうで、良かった。実現してたら本当にいびり殺されていたかもしれない。
彦太は私の小姓という名目ではあるけれど、私がお花や踊りといった姫モードのスケジュールの時は同行せず、その間に剣術や兵法などを学んでいる。
「ん?だって、午後は馬に乗るんでしょ?軍議はどっちの格好でもいいって言われてるけど、着替えが面倒だし最初から袴の方がいいかなって」
「それはそうなんだけど……いいの?今日は、義龍様が帰ってくるんでしょ?」
「えっ!!?」
斎藤義龍兄上。
斎藤家の長男で、私の歳の離れた兄。
兄上はすでに元服して城内の別のお屋敷で暮らしているので、兄妹なのに実はあまり会った記憶がない。
その兄上が、私が前世を思い出してからはじめて、本家に帰ってくる。
女の私には関係ないと思ったのか、私や鈴加にまで兄のスケジュールが伝わらなかったのだろう。
慌てて着替えに部屋に駆け戻る。
礼儀やなんやらにうるさい戦国時代だ。久しぶりに会う兄に、こんな男の子のような格好で挨拶をしたら怒られてしまう。
「おい、そこの男子、止まりなさい!無礼であるぞ」
ひぃーーっ。
さっそく見つかってしまった。修練場から私の部屋まで、この無駄にいくつもの廊下を走らなければならないのが問題だ。
そろそろと止まり、廊下の端へ避ける。
この城内の人はもう、稽古着を着た私や泥んこの姫を見ても「どこの男子か」なんて言わない。
言うとすれば1か月ぶりに帰ってきた義龍兄上と、一緒にお勤めに出ていた部下の方々くらいだ。
仕方ない、こうなったら堂々としていよう。なにも悪いことはしてないんだし。
「義龍兄上、お久しゅうございます。ご無事の帰還なによりでございます」
兄、と呼ばれた義龍は、片方だけの目を見開いて私をまじまじ見ている。
顔に「弟が増えたのか?」と書いてある。
違います。混乱させてごめんなさい。
小蝶の記憶では兄は眼帯キャラじゃなかったはずだけど、怪我をしたのか白い眼帯で左目を覆っていた。隻眼のせいか戦帰りのせいか、父に似た眼光が鋭く私を射抜く。
うちの一族はどうも、目が怖いのよね。
「このような格好での無礼をお許しください。ただいま、竹治郎殿に稽古をつけていただいておりまして……」
「お前、小蝶か?」
「?はい。妹の小蝶にございます」
「……」
「…………」
「………………ふ、は、ははははっそうか、小蝶か、ははは……!」
長兄は、こんなにツボの浅い人だったろうか。
むかしむかしあるところに、3人の王子様と、ひとりのお姫様がおりました。
4人は兄妹でしたが、あまり仲がよくなく、お姫様ははやくに隣の国へお嫁にいってしまいました。
残った3人の兄弟に、王様は上の兄から順番にお城をつがせることにしました。
けれど、一番上の兄王子は、乱暴者で皆から嫌われていました。
一度はお城をつがせましたが、不安になった王様は、兄王子からお城を取り上げてしまいました。
そして、頭のよい二番目の王子につがせることに決めてしまったのです。
いきなりお城を取り上げられた一番上の王子は怒りました。
自分だって、立派にお城を守っていたのに。
一番上の王子は、王様にお城をもらったふたりの弟王子を、病気になったと嘘をついて呼び出すと、だまして殺してしまいました。
そして、そのままお城をのっとり、王様も殺してしまいました。
「ほんとうは、ただ、みとめてほしかっただけなのに」
ひとり残ったお姫様は、となりの国で、しあわせに暮らしました。
おしまい。
***
前世で実家にいたころの夢を見た。
大学進学を機に家を出たから、もう6年も前のことで、しかも私は転生しているからあわせて15年も前のことなのに。
私はひとりっ子で、両親は忙しい人だったからあまり思い出という思い出もない。
リビングでひとり、冷めたお弁当を食べている夢。
いつも寂しかったなあ。
今は兄弟がいて、仲は悪いけど結構楽しいから、そこは良かった。
なんで今さらこんな夢を見たのかな。
どうせ見るなら、もっと教科書で読んだ戦国時代の知識とか、自分が死んだ原因とかを思い出せたらよかったのに。
まだ眠い目をこすりながら、鈴加が髪を梳く丁寧な動きを鏡越しにぼんやり見る。
彼女は本当にすごい。前世なら女子高生と言っていい年齢なのに、朝から晩まで、私のお世話を嫌な顔ひとつせずしている。
我儘で癇癪もちの子供に仕えるなんて、普通の女子高生はお金をもらってだってしたがらない。
私が前世を思い出す前には大変苦労をさせたし、休みなく働かせるのはあんまりだと思い、数日前に休暇を取るように言ったら、逆に悲しい顔をされてしまった。
まさか、普段はスンとしている彼女のあんな真っ青な顔を見ることになるとは、思ってもいなかった。
どうやら、最近は彦太郎というしっかりものの少年が私の世話係につくことになったので、仕事がなくなることを恐れているらしい。
彦太を小姓にすると決めた日の夕方、人事異動報告会?みたいな会議があって、父上はそこで彦太のことをみなさんに伝えてくれた。
当日はずいぶん驚かれたが、動揺はそう続かなかった。
武家の男子なら、他家の嫡子について小姓の仕事をしながら勉強をするのは当たり前のことだ。姫に小姓がつくことも、異性は珍しいけどまああることで、そんなに変なことじゃない。
それに、彦太はもともとご実家の後継ぎ候補として勉強をしていたため、教養もありお行儀が大変に良い。
素行と民からの評判がダントツに悪い私の世話係になることは、城内の侍女や家臣軍から大変ありがたがられた。
懸念していた彼の実家からの「やっぱり返せ」コールもない。伝五郎さんがうまく伝えてくれたのだろう。
私は彦太が成人するまでの間、「彦太郎が斎藤家で好待遇を受けている」などという噂がたたないよう悪女を演じるつもりでいたのだが、彦太の出来が予想よりよすぎて意味がなくなったので、初日でやめた。
基本的な教養が身についていただけでなく、兵法や歴史書は一回読めばほぼ内容を暗記でき、書く字も綺麗。性格もよくて自己主張しない。
完璧だ。
これなら万が一「返せ」と言われても、うちの城のみんなが納得しない。
自分の家の家督を継げなくても、うちの家臣の養子にって話も出てくるかもしれないし、父上も気に入ってるようなので斎藤家の養子になれるかもしれない。
満足だ。
私がここでやるべきことはない。
気分は老後。いや、勉強しなきゃだけど。
「小蝶様、ご用意ができました」
鈴加の声に、鏡を見る。今日も私の髪はツヤツヤきれいに結われている。
鈴加の仕事はいつも丁寧なのに、これを以前は一回「気に入らないわ。全部やり直し」と冷たく言い放っていたのが信じられない。
「今日もバッチリね!ありがとう、鈴加」
軽くお礼を言うと、鈴加はにっこり笑った。最近、鈴加は私の前で笑うことが増えた。
これは単純に嬉しい。
今日のスケジュールは、午前中は父上達の軍議見学。午後は馬術の稽古と、武人寄りのラインナップ。
スケジュール管理をしてくれてる彦太と一緒に父上に頼み込んで、私たちは兄上達男子と同じ教育を受けさせてもらえることになったのだ。
ちなみに私はその分、姫としての教養も身に着けることを条件にされたので、時々体が二つにちぎれそうになることはある。
でも、彦太はいずれ成人した時のためにきちんと知識を身に着けておいてほしいし、私のように脳筋にならないでほしいのだ。
それと、前回大人達の軍議に混ざったのはいいんだけど、頭上を飛び交う言語が日本語じゃないのかってくらい理解できなかったので、しばらくは私の通訳として参加していただきたいのである。
「あれ、小蝶、そんな格好をしていていいの?」
「ん?」
軍議まで時間があるので、ついでに少し素振りでもしてから、と修練場に向かう途中で同じく竹刀を抱えた彦太と会った。
彦太はあれ以来、住処にしていた土蔵を出て、父や兄達の小姓がいる部屋で一緒に寝泊まりすることになった。最初からそうしてくれればよかったのにとは思ったけど、父上が言うには「最初は孫四郎の小姓にする予定だった」のだそうだ。
相性を見てその計画は立ち消えたそうで、良かった。実現してたら本当にいびり殺されていたかもしれない。
彦太は私の小姓という名目ではあるけれど、私がお花や踊りといった姫モードのスケジュールの時は同行せず、その間に剣術や兵法などを学んでいる。
「ん?だって、午後は馬に乗るんでしょ?軍議はどっちの格好でもいいって言われてるけど、着替えが面倒だし最初から袴の方がいいかなって」
「それはそうなんだけど……いいの?今日は、義龍様が帰ってくるんでしょ?」
「えっ!!?」
斎藤義龍兄上。
斎藤家の長男で、私の歳の離れた兄。
兄上はすでに元服して城内の別のお屋敷で暮らしているので、兄妹なのに実はあまり会った記憶がない。
その兄上が、私が前世を思い出してからはじめて、本家に帰ってくる。
女の私には関係ないと思ったのか、私や鈴加にまで兄のスケジュールが伝わらなかったのだろう。
慌てて着替えに部屋に駆け戻る。
礼儀やなんやらにうるさい戦国時代だ。久しぶりに会う兄に、こんな男の子のような格好で挨拶をしたら怒られてしまう。
「おい、そこの男子、止まりなさい!無礼であるぞ」
ひぃーーっ。
さっそく見つかってしまった。修練場から私の部屋まで、この無駄にいくつもの廊下を走らなければならないのが問題だ。
そろそろと止まり、廊下の端へ避ける。
この城内の人はもう、稽古着を着た私や泥んこの姫を見ても「どこの男子か」なんて言わない。
言うとすれば1か月ぶりに帰ってきた義龍兄上と、一緒にお勤めに出ていた部下の方々くらいだ。
仕方ない、こうなったら堂々としていよう。なにも悪いことはしてないんだし。
「義龍兄上、お久しゅうございます。ご無事の帰還なによりでございます」
兄、と呼ばれた義龍は、片方だけの目を見開いて私をまじまじ見ている。
顔に「弟が増えたのか?」と書いてある。
違います。混乱させてごめんなさい。
小蝶の記憶では兄は眼帯キャラじゃなかったはずだけど、怪我をしたのか白い眼帯で左目を覆っていた。隻眼のせいか戦帰りのせいか、父に似た眼光が鋭く私を射抜く。
うちの一族はどうも、目が怖いのよね。
「このような格好での無礼をお許しください。ただいま、竹治郎殿に稽古をつけていただいておりまして……」
「お前、小蝶か?」
「?はい。妹の小蝶にございます」
「……」
「…………」
「………………ふ、は、ははははっそうか、小蝶か、ははは……!」
長兄は、こんなにツボの浅い人だったろうか。
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