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第一部(幼少編)

16話 君と友達になりたくて1

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 ***

 むかしむかしあるところに、ひとりの、城を追われた王子がおりました。

 彼の父である王様は、王子がまだちいさいころに亡くなり、王様の弟である弟王が、王子にかわって国をおさめておりました。
 ですが、王子がおおきくなっても、弟王は国を渡してくれません。
 そうこうしているうちに、小さかった国は隣国にほろぼされ、お城も国もなくなってしまいました。

 しかたなく、王子は知り合いをたよって別の国へ行くことにしました。

 信頼できる人を見つけて、
 自分の、自分だけの国を作ろう。

 そう誓って旅に出た王子でしたが、結局、彼が自分だけの国をつくることは、ありませんでした。

「あと少し、あと少しで、だいじなひとと、ずっとしあわせに暮らせたのに」


 おしまい。

 ***






 その日は悪夢をいくつも見た。

 前世で嫌だった記憶、小蝶の小さい頃の記憶。色んな出来事がいっぺんに交じり合って、うなされて起きると腕に激痛が走った。
 鈴加が言うには、この時熱があったらしい。
 当日はアドレナリン出まくってハイだったせいかほとんど痛くなかったくせに、目が覚めたら寝返りも打てないくらいの痛みになり、患部である二の腕は変色して1.5倍くらいの太さに腫れ上がってしまった。
 レントゲン撮ってないけど、これ、骨大丈夫??

 さすがにこれで、父上に報告しないというもの無理がある。
 結局私は養生を命じられ、彦太はその間、私に付きっきりで看病をしてくれた。と言っても、着替えや髪は鈴加がやるので、彦太はそうやることもなく、ずっとやきもきしていたようだった。
 熱が下がるまで申し訳なさそうな、泣きそうな顔をしていたので、私は何度も「気にしないで。自分で突っ込んでっただけなんだから」と伝えたが、それがあまりに弱々しかったせいか、余計につらそうな表情をさせてしまった。逆にこっちが申し訳なかった。

 翌日、熱が下がったのをみて私のところに、彦太と孫四郎が並んだ。
 二回戦勃発かと思いきや、兄上は「悪かった」と小さな声で彦太に謝ったのだ。
 これは、快挙である。兄上は嫡男として生まれて、家臣も女中も母親にもチヤホヤされて育った生粋のおぼっちゃまだ。
 私も似たようなものだったのでわかるんだけど、自分から謝る、非を認める、なんてことはまずない。
 生まれて初めてではなかろうか。
 武士道を出して責めたのが効いたようだ。

 兄は彦太が木刀を振り上げた無礼について丁寧な謝罪をする間も、終始、唇を尖らせて不本意そうではあったが、

「しかし我が妹に怪我をさせたのはお前の非だ。せいぜい父上に厳しい罰でも食らうのだな」

 と、捨て台詞のように言い残すと、鼻を鳴らして去っていった。
 謝るにしても偉そうな態度なのは、さすがである。

 もちろん、父上からの罰については、彦太も私も承知している。



 自力で腕が動かせるくらいになった日、タイミングよく父からお呼び出しが来たので彦太とともに覚悟して向かった。

 広い部屋の中には父と、父とよく一緒にいる家臣の長井様、私の腕のことを告げ口した直元様、そして少し離れた席に見知らぬ男性がいた。
 てっきり父上だけだと思ったので、ちょっと驚く。

 彦太もそうだったようで、ずっと緊張していた顔を、端に座っている男性の顔を見るなりさらに強ばらせた。

「伝五郎……」

 漏れ出たかぼそい声に、伝五郎さんと呼ばれた本人も気づいたようだけど返したのは会釈のみ。

 出入りの多い城内でも見たことはない方のように思える。彦太と顔見知りということは、彦太のもとの家の方かな?
 けど城主の父上や他の人がいる手前、ここで挨拶をして世間話、とはいかない。
 私も会釈だけして入室すると、彦太と並んで父の前に座った。

「小蝶、怪我の具合はどうだ?」
「はい。もうこのとおり、大丈夫です。皆さん大袈裟なのですよ」
「そうか。では、本題だがな。彦太郎、光安みつやすから城へ帰るようにと連絡しらせが来た」

 父上は届いたという書状らしきものを、片手に上げて見せた。
 他人がいる為、さすがに溺愛父上パパモードは封印している。
 溺愛モードだったら腕の怪我のことで彦太におとがめがあるかもしれないと心配していたから、助かった。

 一緒にいる伝五郎さんという方は、その書状を持ってきてくれたのだろう。
 光安さんというのは、たしか彦太の叔父さんの名前だ。帰ってこいということは、お城の中のごたごたが片付いたってことね。

「本当!?よかったわね彦太!お家に帰れるのね!」

 彦太は、強張っていた顔をさらに青白くさせて、「ありがとうございます」と力なく答えた。

 おかしい。
 嬉しいことのはずなのに、私以外に喜ぶ気配が見えない。むしろ、室内の空気は重く、秒刻みで張りつめていく。
 彦太はずっと、見てるこっちが悲しくなるような顔をしていて、父は「悲しい」と「困った」の中間のような顔で黙っている。

「……父上、彦太は、家に帰れたら安全に暮らせるのではないのですか?」
「本当にお前は……いや、お前をこうしたのは儂だな。いいか、小蝶」

 そう続けられた、彦太の生い立ちに、言葉が詰まった。
 

 彦太のお父さんが、はやくに病死したこと。子供は彦太だけだったこと。お父さんの弟……叔父の光安さんは、もともと病弱だった兄が家を継いだことを快く思っていなかったこと。
 光安さんをたてるか彦太をたてるかで、家臣達の中で派閥争いがおこったこと。
 それからすぐ、お母さんが、彦太を残して自ら命を絶ったこと……

 合点がいった。
 彦太があんなに自分の生に執着しなかったのは、何もかも諦めたような目をしていたのは、お父様が亡くなっただけじゃない。
 お母様が自死なさったからだ。
 お母様が亡くなって、彦太は寂しさと悲しさのあとで、自分を責めたに違いない。

 自分のせいだと、思ったのかもしれない。
 自分も両親のところに行きたいと、思ったのかもしれない。

「彦太郎さえいなくなれば、家督は光安のものだからな。殺されると思ったから、おおかた光継みつつぐ派のやつらが此方こちらへ逃がしたというところか。今になって戻って来いと言うからには、正式に自分が家督を継ぐ算段がついたんだろうな。そんなところへのこのこ戻ってみろ、間違いなく殺される」
「こ、ころされ……?叔父様に?うそですよね?」
「光安はそういう男だな。そこの男はもともと光継派だったはずだが……光安の命で来たということは、他の光継派の家臣どもは殺されたか?」
「……一人。そのあとは、皆光安様につきました。若、申し訳ございません……!私にも、嫁と年老いた母がおります……」

 話を振られた伝五郎さんは膝の上で作った拳を握りなおし、俯いてしまった。大人がこんな風に悔しさを、感情を出すのをはじめて見た。

「じゃ、じゃあ、返さないでください!彦太郎はずっとここにいたらいいじゃないですか!寝泊りは私の部屋でして……」
「だめだ」

 はあ、と父はため息をひとつ吐く。物わかりの悪い生徒に、愛想を尽かしたとでも言わんばかりの顔で。

「小蝶、小さなこどもじゃないのだ。許嫁もいる大事な姫と、同じ部屋で寝泊りなどさせられぬ。それに、その子は人質でもなんでもないのだ。返せと言われて返さない理由がない」
「で、でも……!」
「今はつまを貰って同盟関係にあるがな、彦太郎を返せと、向こうが兵をあげて攻めてきたらどうする?まあ、その可能性は低いが面倒ごとは避けたい。今は領内で揉めている場合ではないのだ。そのくらい、わかるだろう?」

 父上の言うことに、反論できない。

「……どうせ面倒ごとになるのなら、さっさとここで殺しておくか」

 父が、腰に持っていた刀に手をかける。金属の高い音がした。
 意味が分からなくて目を見開くしかない私の向こうで、伝五郎さんが叫んだ。

「斎藤殿!お話が違います!!」

 その声に弾かれて、両手をめいっぱい広げて彦太をかばう。
 刀の先は、まっすぐ、私を通してその後ろの彦太を狙っていた。

 私を傷つけたりはしないはずだ。はずだけど、今日の父上はいつもと違って、怖い。

 いつも私を見るととろける瞳が、今は抜かれた刀と同じいろで、私を刺す。

「その方が早いだろう。どうせ、どこにいても殺される命だ」
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