上 下
15 / 134
第一部(幼少編)

14話 重めの一撃を食いまして2

しおりを挟む
 なんとも形容しがたい音と衝撃に、膝が折れてその場にしゃがみこんでしまった。
 すぐに立て直そうとしたが、思ったよりも、竹刀を受けた腕が痛い。

 驚いた顔をしているのは、私以外のこの場にいる全員だった。
 いつの間にか集まったギャラリーの皆さんに、慌てて刀をその場に落とす彦太。私が後ろに押しのけた孫四郎兄上。
 特に孫四郎は、突然目の前に飛び込んできた妹が、自分を庇ったことが信じられないようだった。

 かっこよく白刃取しらはどり……ができるはずもなく、私は自分の腕で竹を強かに受けた。
 痛いけど、骨は折れてはいない。衝撃でじんじんしているだけだ。たぶん。

 庇っていることを気付かれないように反対の手を使ってゆっくり立ち上がると、彦太は真っ青な顔をしていた。
 ふう、と一息ついて、私は強めに言葉を吐く。

「謝ってください」
「こ、小蝶、様……っ、申し訳……」
「兄上。彦太に、彦太の父上を侮辱したことを、謝ってください」

 くるりと回って、兄を見据える。ワンテンポ遅れて長い髪が、風になびいた。

 私は怒っているのだ。
 彦太をいじめたこと。彦太の父上を、彦太の大切な人を「負け犬」などと揶揄したことを。

「最期まで立派に生きたであろう武士を侮辱するのでしたら、私は兄上を軽蔑します」
「だ、だって……あれは、そいつが」

 ぼそぼそと口ごもる兄は、まだ謝罪する気はないのか後に引けなくなったのか、目を泳がせて助けを探している。
 泳いだ視線の先に、集まった女中や家臣の姿が見えて、今更ながらに、あ、と声を上げた。

「なんだ?孫四郎様が何かされたのか?」
「彦太郎様が襲いかかったようだぞ」
「いや、あれは孫四郎様が悪いのでは……」
「でも小蝶姫様が殴られて……」
「彦太郎様ってあんなことをするのね……もっとおとなしい方かと」

 ざわざわと聴衆ギャラリーから上がる声は、孫四郎と彦太郎どちらが悪いのか、止めに入るべきか、と言ったもの。

 そうか、彦太が兄上や私を傷つけようとしたってことになったら、まずいよね。未遂とはいえ大事な嫡男に手をあげたなんて父上に知られたら、城を追い出されてしまうかもしれない。あの父上なら、やりかねない。
 怒りで煮詰まりかけていた脳みそが、急にクールダウンした。穏便にすませなければ。
 けど、どうやって?

 あまり回転の良くない頭に風を送るようにフル回転させ、もうアドリブで、と思い切って声をあげた。
 全員にきちんと聞こえるように。

「あーあーー!兄上!謝罪はあとでお気持ちがまとまってからお願いしますね!それにしても彦太、ごめんなさい、突然間に飛び込んじゃって。兄上を驚かせようと思って、寸止めをするつもりだったのよね?」
「えっ……」
「私が飛び出したりしたから、寸止めのつもりが、勢いあまって当たっちゃったのよね?その証拠にほら、軽~く当たっただけだから、ぜんっぜん痛くなかったもの!アザも、赤くもなってないわ」

 打たれた方の裾を肘まで捲って、ギャラリーに傷がない腕を見せつける。
 一応姫なので陽を避けていた白い肌には、赤くなったあとも青痣も、擦り傷ひとつすらついていない。

「ごめんなさい皆さん、お騒がせしちゃって!ただの兄妹喧嘩なの!父上にはあとでちゃんとご報告しますから、皆さんはお仕事に戻ってください」

 そう言うと、私や兄達に怪我がないことがわかったせいか、パラパラと皆さん戻って行ってくれた。子供同士の喧嘩を強調したも良かったのだと思う。

 それでも何人かはまだ心配そうにこちらを見守っていて、その中からひとり、袴姿の男性が出てきた。集まっていた女中達とは身なりがひとりだけ違う。この人はたしか、父とよく一緒にいる、氏家直元うじいえなおもと様という家臣だ。

 のしのしと効果音が立つかのようにこちらへ向かってくる様は、父上で慣れてるはずなのに、顔が、顔が怖い!

「小蝶様、腕をお見せください」
「え、ですから傷は……ぎゃっ!」

 油断してた二の腕を掴まれて、我慢してたのに、思わず汚い悲鳴が出てしまった。
 直元様と彦太は「やっぱり」という顔をしてる。

 子供とはいえ姫の腕を掴むのは失礼と思ったのか、彼はすぐに「失礼しました」と手を離してくれたけど、二人の表情は険しいままだ。

「ち、違うのよ、いきなり掴まれてびっくりしちゃっただけ!彦太は兄上を驚かそうとしただけだし、私が馬鹿だからそこに突っ込んで行っちゃっただけなの」
「……わかりました。大事おおごとにしたくない気持ちはお察しします。今はそういうことにいたしますが、侍女に医者を呼ばせます。良いですね?」

 直元様が後ろへ目くばせすると、いつから来ていたのだろう、さすが、お転婆姫に長年仕えたスーパー侍女・鈴加がこくりと頷いた。
 医者を呼ぶ為に、そのあと音もなく下がる。
 あ、これはあとで怒られるな……お花の授業もすっぽかしちゃったし。先生のお説教、どのくらいですむだろうか。

 兄上二人も、直元様がそのまま背を押して連れていってくれた。さすがの二人も色々とびっくりすることが多くて、戸惑っているようだった。
 ごめん、大人げなくて。

 残された彦太は、まだ青ざめた顔をしている。

「小蝶……様、すみません、お怪我を……」

 ああ、また敬語に戻っちゃった。

「大丈夫よ。私って、体だけは丈夫なの。それより、あなたの怪我は平気?」
「……はい」

 俯いた少年は、初めて会った日と同じように、視線を地面に貼り付けて動かない。


 彼は嫉妬していた。私の才能に。生まれに。境遇に。

 ー綺麗な着物も、豪奢な飾りも、親から与えられた剣の才も、すべて周りの大人たちが、君を盛り立てるために与えただけのものだー

 彦太の絞り出したような声が響いてる。
 その通りだと思う。言い返せなかったのは、それが正当な指摘だったからだ。

 でも本当は、この小さな少年が、生きるために欲しがったものは私にはない。私には、この子に嫉妬されるような、生まれ持った才能なんてない。
 あんなの転生チートでも、女神様からの当たりガチャでもなんでもないんだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)

ラララキヲ
ファンタジー
 乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。  ……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。  でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。 ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」  『見えない何か』に襲われるヒロインは──── ※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※ ※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※ ◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。

家族内ランクE~とある乙女ゲー悪役令嬢、市民堕ちで逃亡します~

りう
ファンタジー
「国王から、正式に婚約を破棄する旨の連絡を受けた。 ユーフェミア、お前には二つの選択肢がある。 我が領地の中で、人の通わぬ屋敷にて静かに余生を送るか、我が一族と縁を切り、平民の身に堕ちるか。 ――どちらにしろ、恥を晒して生き続けることには変わりないが」 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したユーフェミア。 「はい、では平民になります」 虐待に気づかない最低ランクに格付けの家族から、逃げ出します。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

婚約破棄された悪役令嬢。そして国は滅んだ❗私のせい?知らんがな

朋 美緒(とも みお)
ファンタジー
婚約破棄されて国外追放の公爵令嬢、しかし地獄に落ちたのは彼女ではなかった。 !逆転チートな婚約破棄劇場! !王宮、そして誰も居なくなった! !国が滅んだ?私のせい?しらんがな! 18話で完結

処理中です...