10 / 134
第一部(幼少編)
9話 これが転生チート?と調子に乗りまして
しおりを挟む
大きく振りかぶった面狙いの木刀は、左に体をずらして避ける。
うまく避けられれば右利きの相手は幾分か反応が遅れるので、そのまま体を低くして足を叩いてみた。
脛を叩かれ痛みに膝を折った相手の後ろへ回るのは簡単だ。
せっかく生まれたガラ空きの時間を無駄にしないよう、丸まった背中からその細い首筋へ。
切っ先を向けたまま師匠を見れば、若い男性の声が大きくあがった。
「そこまで!」
決着を叫んだのは、兄上達の剣術指南の先生。黒々とした髷の、体格の良い方だ。
隣で見ていた竹治郎師匠が、豊かな灰色の顎髭をゆらして頷いてくれる。
前世ではスポーツも格闘技もほぼ未経験。運動系の才能やスキルなんて何ひとつ持たなかった私だったけど、今世では違ったらしい。
稽古を始めて3日目に彦太郎を負かし、1週間目の模擬仕合で下の兄・喜平次を、10日目の今日、上の兄・孫四郎を負かしてしまった。
これが転生チートというものだろうか。
脛を打たれた(もちろん、そんなに強く叩いていない。脛を打つ痛さは前世でもよく知ってるからね。)孫四郎は、さすがお兄ちゃん。弟の喜平次のようには喚かず涙を堪えて蹲って耐えていた。
代わりに、端で見ていた喜平次が叫ぶ。
「卑怯だぞ、小蝶!足を狙うなど!」
「え?」
「そうだ、喜平次の時も背中側から斬っただろう!これを卑怯と言わずなんと言う!」
「ええっ?」
そんな細かいルール聞いてないし!
私が師匠から教わったのは、基本姿勢と、面か胴か小手を狙えば一本取れるということくらい。
腕力やスタミナでは劣るだろうから、なるべくはやく決着がつくように狙える急所に当てた(もちろん、怪我しない程度の力だ)つもりだったけど、形どおりにやらないといけなかったのね。
でも、謝るのはなんか違う気がする……。
おろおろと師匠と彦太郎の方を見ると、その後ろに、ぴっしりとした袴の小柄な男性が立っていた。
「いや、実戦となれば型など無意味に等しい。小蝶、見事であった」
「父上!」
私と二人の兄上の声が、初めてハモった劇的な瞬間。父は砂ぼこりの舞う修練場に、皺ひとつない袴を翻して歩いてきた。
まずは健闘した兄を褒め、怪我はないか確認する。それから私の頭をぐりぐりと撫でる。
向けられる視線は、相変わらず甘い。
「だがまあ、戦い方が卑怯なのは完全に儂に似たな。孫四郎は実直だから、小蝶と相性が良くないのだろう」
「父上、なぜ小蝶に剣など覚えさせたのです。もともとお転婆だったのが、これでは粗暴者です」
「そっ……!」
「はは、どうせなら山猪くらいになって、織田の者どもを驚かせてやればいい」
「父上……」
「それはちょっと……」
孫四郎と私の表情が揃った、劇的な瞬間であった。
「竹治、どうだ、お前のところの二人は」
父上が竹治郎師匠に向き直ると、横にいた彦太が少しだけ緊張しながら頭を下げる。
二人は、並んでいるとおじいちゃんと孫みたいでかわいい。
縁側でお茶とお菓子でもつまんでてほしい雰囲気だったのが、父の登場に、ふたりともすぐに上司と話す顔になった。
師匠はわかるけど、彦太は私と同い年だから9歳のはずなのに、しっかりした子ねえ。
「はい。お二人とも悪くございませんよ。姫様は目が良いのでしょうな。相手が動く前に動ける足も持っております。ただ攻撃に粗さがありますので、そちらを直せば戦場でも充分通用しましょう」
「おい、小蝶は姫だぞ」
「ほっほ。姫様が若君であったならの話です。山猪よりは良いでしょう。彦太郎も、そんな姫様にしっかり食らいついています。が、思慮深さが裏目に出てますな。反撃に時間がかかりすぎる」
「そうか」
「どちらも孫四郎様喜平次様と遜色ないほどになりましたので、仕合をさせてみました。いかがでしたかな?」
質問を返してきた師匠に、父も軽く笑って返す。
常に怒っているような表情の父が、年上とはいえ部下に対して笑いかけるのは、非常に珍しいことだ。それだけ師匠は信頼されている方なのだろう。そんな方に教えてもらえて、私も嬉しい。
「そうだな。山猪に勝てるよう育てておいてくれ」
「はっ」
大人同士のかけあいが終わると、喜平次が再戦を求めてきた。どうやら、あの体格のよい先生に対処法を教わったらしい。
いいでしょう。
転生者チートってのとは違うと思うけど、今の私は、年上の男児だろうと、兄上だろうと、負ける気はしないからね。
と、いい気になってしまった。
私はもっと周りを見るべきだった。
前世を思い出してから、もっと自分の生きる世界について目を向けるべきと気づいたはずだったのに、何も変わっていない。
ここは戦国時代だってこと。
自分が、歴史をまったく憶えていないという危険性。
父に褒められ喜ぶ私を、兄をもう一度盛大に負かす様子を、見物に来た大人たちに交じって彦太郎がどんな顔で見ていたのか、私は一度も見ようとしなかったのだ。
うまく避けられれば右利きの相手は幾分か反応が遅れるので、そのまま体を低くして足を叩いてみた。
脛を叩かれ痛みに膝を折った相手の後ろへ回るのは簡単だ。
せっかく生まれたガラ空きの時間を無駄にしないよう、丸まった背中からその細い首筋へ。
切っ先を向けたまま師匠を見れば、若い男性の声が大きくあがった。
「そこまで!」
決着を叫んだのは、兄上達の剣術指南の先生。黒々とした髷の、体格の良い方だ。
隣で見ていた竹治郎師匠が、豊かな灰色の顎髭をゆらして頷いてくれる。
前世ではスポーツも格闘技もほぼ未経験。運動系の才能やスキルなんて何ひとつ持たなかった私だったけど、今世では違ったらしい。
稽古を始めて3日目に彦太郎を負かし、1週間目の模擬仕合で下の兄・喜平次を、10日目の今日、上の兄・孫四郎を負かしてしまった。
これが転生チートというものだろうか。
脛を打たれた(もちろん、そんなに強く叩いていない。脛を打つ痛さは前世でもよく知ってるからね。)孫四郎は、さすがお兄ちゃん。弟の喜平次のようには喚かず涙を堪えて蹲って耐えていた。
代わりに、端で見ていた喜平次が叫ぶ。
「卑怯だぞ、小蝶!足を狙うなど!」
「え?」
「そうだ、喜平次の時も背中側から斬っただろう!これを卑怯と言わずなんと言う!」
「ええっ?」
そんな細かいルール聞いてないし!
私が師匠から教わったのは、基本姿勢と、面か胴か小手を狙えば一本取れるということくらい。
腕力やスタミナでは劣るだろうから、なるべくはやく決着がつくように狙える急所に当てた(もちろん、怪我しない程度の力だ)つもりだったけど、形どおりにやらないといけなかったのね。
でも、謝るのはなんか違う気がする……。
おろおろと師匠と彦太郎の方を見ると、その後ろに、ぴっしりとした袴の小柄な男性が立っていた。
「いや、実戦となれば型など無意味に等しい。小蝶、見事であった」
「父上!」
私と二人の兄上の声が、初めてハモった劇的な瞬間。父は砂ぼこりの舞う修練場に、皺ひとつない袴を翻して歩いてきた。
まずは健闘した兄を褒め、怪我はないか確認する。それから私の頭をぐりぐりと撫でる。
向けられる視線は、相変わらず甘い。
「だがまあ、戦い方が卑怯なのは完全に儂に似たな。孫四郎は実直だから、小蝶と相性が良くないのだろう」
「父上、なぜ小蝶に剣など覚えさせたのです。もともとお転婆だったのが、これでは粗暴者です」
「そっ……!」
「はは、どうせなら山猪くらいになって、織田の者どもを驚かせてやればいい」
「父上……」
「それはちょっと……」
孫四郎と私の表情が揃った、劇的な瞬間であった。
「竹治、どうだ、お前のところの二人は」
父上が竹治郎師匠に向き直ると、横にいた彦太が少しだけ緊張しながら頭を下げる。
二人は、並んでいるとおじいちゃんと孫みたいでかわいい。
縁側でお茶とお菓子でもつまんでてほしい雰囲気だったのが、父の登場に、ふたりともすぐに上司と話す顔になった。
師匠はわかるけど、彦太は私と同い年だから9歳のはずなのに、しっかりした子ねえ。
「はい。お二人とも悪くございませんよ。姫様は目が良いのでしょうな。相手が動く前に動ける足も持っております。ただ攻撃に粗さがありますので、そちらを直せば戦場でも充分通用しましょう」
「おい、小蝶は姫だぞ」
「ほっほ。姫様が若君であったならの話です。山猪よりは良いでしょう。彦太郎も、そんな姫様にしっかり食らいついています。が、思慮深さが裏目に出てますな。反撃に時間がかかりすぎる」
「そうか」
「どちらも孫四郎様喜平次様と遜色ないほどになりましたので、仕合をさせてみました。いかがでしたかな?」
質問を返してきた師匠に、父も軽く笑って返す。
常に怒っているような表情の父が、年上とはいえ部下に対して笑いかけるのは、非常に珍しいことだ。それだけ師匠は信頼されている方なのだろう。そんな方に教えてもらえて、私も嬉しい。
「そうだな。山猪に勝てるよう育てておいてくれ」
「はっ」
大人同士のかけあいが終わると、喜平次が再戦を求めてきた。どうやら、あの体格のよい先生に対処法を教わったらしい。
いいでしょう。
転生者チートってのとは違うと思うけど、今の私は、年上の男児だろうと、兄上だろうと、負ける気はしないからね。
と、いい気になってしまった。
私はもっと周りを見るべきだった。
前世を思い出してから、もっと自分の生きる世界について目を向けるべきと気づいたはずだったのに、何も変わっていない。
ここは戦国時代だってこと。
自分が、歴史をまったく憶えていないという危険性。
父に褒められ喜ぶ私を、兄をもう一度盛大に負かす様子を、見物に来た大人たちに交じって彦太郎がどんな顔で見ていたのか、私は一度も見ようとしなかったのだ。
0
お気に入りに追加
44
あなたにおすすめの小説
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
ざまぁされるための努力とかしたくない
こうやさい
ファンタジー
ある日あたしは自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生している事に気付いた。
けどなんか環境違いすぎるんだけど?
例のごとく深く考えないで下さい。ゲーム転生系で前世の記憶が戻った理由自体が強制力とかってあんまなくね? って思いつきから書いただけなので。けど知らないだけであるんだろうな。
作中で「身近な物で代用できますよってその身近がすでにないじゃん的な~」とありますが『俺の知識チートが始まらない』の方が書いたのは後です。これから連想して書きました。
ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。
恐らく後で消す私信。電話機は通販なのでまだ来てないけどAndroidのBlackBerry買いました、中古の。
中古でもノーパソ買えるだけの値段するやんと思っただろうけど、ノーパソの場合は妥協しての機種だけど、BlackBerryは使ってみたかった機種なので(後で「こんなの使えない」とぶん投げる可能性はあるにしろ)。それに電話機は壊れなくても後二年も経たないうちに強制的に買い換え決まってたので、最低限の覚悟はしてたわけで……もうちょっと壊れるのが遅かったらそれに手をつけてた可能性はあるけど。それにタブレットの調子も最近悪いのでガラケー買ってそっちも別に買い換える可能性を考えると、妥協ノーパソより有意義かなと。妥協して惰性で使い続けるの苦痛だからね。
……ちなみにパソの調子ですが……なんか無意識に「もう嫌だ」とエンドレスでつぶやいてたらしいくらいの速度です。これだって10動くっていわれてるの買ってハードディスクとか取り替えてもらったりしたんだけどなぁ。
悪役令嬢の独壇場
あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。
彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。
自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。
正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。
そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
あら?これは、何かがおかしいですね。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど何もしなかったらヒロインがイジメを自演し始めたのでお望み通りにしてあげました。魔法で(°∀°)
ラララキヲ
ファンタジー
乙女ゲームのラスボスになって死ぬ悪役令嬢に転生したけれど、中身が転生者な時点で既に乙女ゲームは破綻していると思うの。だからわたくしはわたくしのままに生きるわ。
……それなのにヒロインさんがイジメを自演し始めた。ゲームのストーリーを展開したいと言う事はヒロインさんはわたくしが死ぬ事をお望みね?なら、わたくしも戦いますわ。
でも、わたくしも暇じゃないので魔法でね。
ヒロイン「私はホラー映画の主人公か?!」
『見えない何か』に襲われるヒロインは────
※作中『イジメ』という表現が出てきますがこの作品はイジメを肯定するものではありません※
※作中、『イジメ』は、していません。生死をかけた戦いです※
◇テンプレ乙女ゲーム舞台転生。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる