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第一部(幼少編)

9話 これが転生チート?と調子に乗りまして

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 大きく振りかぶった面狙いの木刀は、左に体をずらして避ける。
 うまく避けられれば右利きの相手は幾分か反応が遅れるので、そのまま体を低くして足を叩いてみた。
 すねを叩かれ痛みに膝を折った相手の後ろへ回るのは簡単だ。
 せっかく生まれたガラ空きの時間を無駄にしないよう、丸まった背中からその細い首筋へ。
 切っ先を向けたまま師匠を見れば、若い男性の声が大きくあがった。

「そこまで!」

 決着を叫んだのは、兄上達の剣術指南の先生。黒々としたまげの、体格の良い方だ。
 隣で見ていた竹治郎師匠が、豊かな灰色の顎髭をゆらして頷いてくれる。

 前世ではスポーツも格闘技もほぼ未経験。運動系の才能やスキルなんて何ひとつ持たなかった私だったけど、今世では違ったらしい。

 稽古を始めて3日目に彦太郎を負かし、1週間目の模擬仕合で下の兄・喜平次を、10日目の今日、上の兄・孫四郎を負かしてしまった。
 これが転生チートというものだろうか。

 脛を打たれた(もちろん、そんなに強く叩いていない。脛を打つ痛さは前世でもよく知ってるからね。)孫四郎は、さすがお兄ちゃん。弟の喜平次のようには喚かず涙を堪えて蹲って耐えていた。
 代わりに、端で見ていた喜平次が叫ぶ。

「卑怯だぞ、小蝶!足を狙うなど!」
「え?」
「そうだ、喜平次の時も背中側から斬っただろう!これを卑怯と言わずなんと言う!」
「ええっ?」

 そんな細かいルール聞いてないし!
 私が師匠から教わったのは、基本姿勢と、面か胴か小手を狙えば一本取れるということくらい。

 腕力やスタミナでは劣るだろうから、なるべくはやく決着がつくように狙える急所に当てた(もちろん、怪我しない程度の力だ)つもりだったけど、形どおりにやらないといけなかったのね。
 でも、謝るのはなんか違う気がする……。

 おろおろと師匠と彦太郎の方を見ると、その後ろに、ぴっしりとした袴の小柄な男性が立っていた。

「いや、実戦となればかたなど無意味に等しい。小蝶、見事であった」
「父上!」

 私と二人の兄上の声が、初めてハモった劇的な瞬間。父は砂ぼこりの舞う修練場に、皺ひとつない袴をひるがえして歩いてきた。
 まずは健闘した兄を褒め、怪我はないか確認する。それから私の頭をぐりぐりと撫でる。
 向けられる視線は、相変わらず甘い。

「だがまあ、戦い方が卑怯なのは完全に儂に似たな。孫四郎は実直だから、小蝶と相性が良くないのだろう」
「父上、なぜ小蝶に剣など覚えさせたのです。もともとお転婆だったのが、これでは粗暴者です」
「そっ……!」
「はは、どうせなら山猪くらいになって、織田の者どもを驚かせてやればいい」
「父上……」
「それはちょっと……」

 孫四郎と私の表情が揃った、劇的な瞬間であった。

「竹治、どうだ、お前のところの二人は」

 父上が竹治郎師匠に向き直ると、横にいた彦太が少しだけ緊張しながら頭を下げる。

 二人は、並んでいるとおじいちゃんと孫みたいでかわいい。
 縁側でお茶とお菓子でもつまんでてほしい雰囲気だったのが、父の登場に、ふたりともすぐに上司と話す顔になった。
 師匠はわかるけど、彦太は私と同い年だから9歳のはずなのに、しっかりした子ねえ。

「はい。お二人とも悪くございませんよ。姫様は目が良いのでしょうな。相手が動く前に動ける足も持っております。ただ攻撃に粗さがありますので、そちらを直せば戦場でも充分通用しましょう」
「おい、小蝶は姫だぞ」
「ほっほ。姫様が若君であったならの話です。山猪よりは良いでしょう。彦太郎も、そんな姫様にしっかり食らいついています。が、思慮深さが裏目に出てますな。反撃に時間がかかりすぎる」
「そうか」
「どちらも孫四郎様喜平次様と遜色ないほどになりましたので、仕合をさせてみました。いかがでしたかな?」

 質問を返してきた師匠に、父も軽く笑って返す。
 常に怒っているような表情の父が、年上とはいえ部下に対して笑いかけるのは、非常に珍しいことだ。それだけ師匠は信頼されている方なのだろう。そんな方に教えてもらえて、私も嬉しい。

「そうだな。山猪に勝てるよう育てておいてくれ」
「はっ」

 大人同士のかけあいが終わると、喜平次が再戦を求めてきた。どうやら、あの体格のよい先生に対処法を教わったらしい。

 いいでしょう。
 転生者チートってのとは違うと思うけど、今の私は、年上の男児だろうと、兄上だろうと、負ける気はしないからね。




 と、いい気になってしまった。
 私はもっと周りを見るべきだった。
 前世を思い出してから、もっと自分の生きる世界について目を向けるべきと気づいたはずだったのに、何も変わっていない。

 ここは戦国時代だってこと。
 自分が、歴史をまったく憶えていないという危険性。

 父に褒められ喜ぶ私を、兄をもう一度盛大に負かす様子を、見物に来た大人たちに交じって彦太郎がどんな顔で見ていたのか、私は一度も見ようとしなかったのだ。
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