4 / 10
第四話
しおりを挟む
背中には大きな十字の刀傷。その周りには無数の鞭や棒で殴ったような跡。
赤く爛れたままのものや、随分古いものまである。
服で隠れる部分、つけられるところにはすべて傷をつけようとしたかのような身体だった。
少女の一人はそれを見て、顔をすっかりこわばらせてしまった。
「あ、明……その傷……」
「ああ、怖がらせてごめんな。すぐに着るから」
何事もなかった風に新しい着物を羽織って笑んでみせるが、凍った空気は解ける気配はない。
肌に触れた着物は上質で、新しい傷に触れても痛くない。
喰われる時には、八つ裂きにされる前にきちんと脱いでお返ししよう。そうひとりで頷いた。
明は、豪士の一族の末子。好色な父が妾との間に産ませた子どもだった。
実母が三つの時に病死して本家に引き取られてから、それは始まった。
妾とその子どもの明が気に食わなかったのだろう。本妻とその子ども達に、毎日のようにいびられた。
使用人以下の襤褸を纏い、寝食は薄暗い納屋でした。
ここしか居られるところはないからと、せめて少しでも気に入られようと一生懸命働いたが、毎日難癖をつけて殴られた。体に傷が増えなかった日はない。
それでも、幼馴染のあの娘だけは、明と友達でいてくれた。
同じように親のいない境遇で傷を舐めあっただけの存在だと、他人は笑うかもしれない。
それでも、明には少女の存在だけが、唯一の安らげる場所だった。
あの少女を救いたいと思った。
「だから、俺は山神に食われても誰も悲しまないよ」
「で、でも……その娘さんは、悲しむんじゃないですか?明様が身代わりになって助けたのでしょう?」
「彼女は、生贄になるのが決まった晩に、神社の池に身を投げたよ」
彼女とよく遊んだ、神社の裏手にある池は毎年綺麗な蓮の花が咲いた。それを来年見られないのは心残りだが、それ以外に、村や生家に残した思いはない。
あの子がいない世には意味がない。
ならば、はやく山神に八つに裂かれて同じ場所へ行かなければ。
「彼女と一緒に身を投げようと思ったんだけど、それだと彼女が逃げたと思われるだろ?こんな俺でも、最後に人の役に立てるなら、と思って、村人を騙して身代わりになったんだ」
だから、本当に花嫁になるわけにはいかない。
山神に囲われて、安穏と生きるわけにはいかないのだ。
手足を捥がれ、腸を啜られ、痛みと苦しみの中で喰らわれないと。身を投げた少女の名誉を守れない。
「そんな……」
こんな、年上とは言え何も知らない少女たちにするような話ではなかった。
桃緒など、おとなしい見た目どおり、伏しめがちな目をさらに落として黙ってしまった。
村の大人たちにばれないよう、白無垢に隠れて黙って来たのに。一言も発さなかったのに。
この社は、やはりなにか不思議な力のある場所なのだろうか。
「……明、その話、梅が旦那様にして来るよ!」
「え!?」
「小梅!?そんなことをしたら……」
「旦那様にウソをついてたんだもん。しかも、花嫁になる気がないなんて。宵様はあんなに喜んでたのに。だからこんな話をしたら、きっと怒って明なんてひとおもいに食べちゃうと思う」
小梅は気を遣ってくれているのだろう。
頭一つ分は上にある明を見上げて、まっすぐに訴えてくる。明も頷く。
「そうか。そうだよな」
「だから、明は自分の口から言ったらいいよ。そしたら望みどおりその場で、えぇーっと、八つ裂きにされて、内臓を出されて、それからお鍋で煮て、お塩かけて食べられちゃうから!」
「そうか。わかった。俺、自分で話してみるよ!ありがとう、小梅」
小梅はなんとも素直でいい子だ。明の身の上話を聞いて、同情してくれたのだろう。
山神に喰ってもらえるかもしれないとなって、少年は異様にすっきりと前が拓けたような顔になる。
桃の花の着物の少女は一度だけため息を吐くと、困った顔をしたまま梅柄の着物の少女へならった。
「では、そうと決まれば正装に着替えましょうね。神様にお願いをするのですから。髪も整えなくては」
「ありがとう、桃緒」
少女二人に丸め込まれ、結局、婚姻の正装をさせられていることに、本人は気付いていない。
男子の支度は、娘ほどはかからない。すぐに支度を終えて少年を追い出すと、部屋に残った少女たちは二人で顔を見合わせた。
「それにしても、なんて信じやすい方なのでしょう」
「本家でいじめられてたって言ったもん。きっと悪い人に言いくるめられてたんだよ。明が悪いって信じ込ませて、悪いことがあれば明のせいって言ってさ」
「人間って、そういうことにだけは知恵が回りますものね」
「梅たちも、元は人間だけどねぇー」
「まあ、あとは主様にお任せしましょうか。
明さんも、はやく契りを交わして、汚い人間などやめてしまえばよいのですわ。私達のように」
赤く爛れたままのものや、随分古いものまである。
服で隠れる部分、つけられるところにはすべて傷をつけようとしたかのような身体だった。
少女の一人はそれを見て、顔をすっかりこわばらせてしまった。
「あ、明……その傷……」
「ああ、怖がらせてごめんな。すぐに着るから」
何事もなかった風に新しい着物を羽織って笑んでみせるが、凍った空気は解ける気配はない。
肌に触れた着物は上質で、新しい傷に触れても痛くない。
喰われる時には、八つ裂きにされる前にきちんと脱いでお返ししよう。そうひとりで頷いた。
明は、豪士の一族の末子。好色な父が妾との間に産ませた子どもだった。
実母が三つの時に病死して本家に引き取られてから、それは始まった。
妾とその子どもの明が気に食わなかったのだろう。本妻とその子ども達に、毎日のようにいびられた。
使用人以下の襤褸を纏い、寝食は薄暗い納屋でした。
ここしか居られるところはないからと、せめて少しでも気に入られようと一生懸命働いたが、毎日難癖をつけて殴られた。体に傷が増えなかった日はない。
それでも、幼馴染のあの娘だけは、明と友達でいてくれた。
同じように親のいない境遇で傷を舐めあっただけの存在だと、他人は笑うかもしれない。
それでも、明には少女の存在だけが、唯一の安らげる場所だった。
あの少女を救いたいと思った。
「だから、俺は山神に食われても誰も悲しまないよ」
「で、でも……その娘さんは、悲しむんじゃないですか?明様が身代わりになって助けたのでしょう?」
「彼女は、生贄になるのが決まった晩に、神社の池に身を投げたよ」
彼女とよく遊んだ、神社の裏手にある池は毎年綺麗な蓮の花が咲いた。それを来年見られないのは心残りだが、それ以外に、村や生家に残した思いはない。
あの子がいない世には意味がない。
ならば、はやく山神に八つに裂かれて同じ場所へ行かなければ。
「彼女と一緒に身を投げようと思ったんだけど、それだと彼女が逃げたと思われるだろ?こんな俺でも、最後に人の役に立てるなら、と思って、村人を騙して身代わりになったんだ」
だから、本当に花嫁になるわけにはいかない。
山神に囲われて、安穏と生きるわけにはいかないのだ。
手足を捥がれ、腸を啜られ、痛みと苦しみの中で喰らわれないと。身を投げた少女の名誉を守れない。
「そんな……」
こんな、年上とは言え何も知らない少女たちにするような話ではなかった。
桃緒など、おとなしい見た目どおり、伏しめがちな目をさらに落として黙ってしまった。
村の大人たちにばれないよう、白無垢に隠れて黙って来たのに。一言も発さなかったのに。
この社は、やはりなにか不思議な力のある場所なのだろうか。
「……明、その話、梅が旦那様にして来るよ!」
「え!?」
「小梅!?そんなことをしたら……」
「旦那様にウソをついてたんだもん。しかも、花嫁になる気がないなんて。宵様はあんなに喜んでたのに。だからこんな話をしたら、きっと怒って明なんてひとおもいに食べちゃうと思う」
小梅は気を遣ってくれているのだろう。
頭一つ分は上にある明を見上げて、まっすぐに訴えてくる。明も頷く。
「そうか。そうだよな」
「だから、明は自分の口から言ったらいいよ。そしたら望みどおりその場で、えぇーっと、八つ裂きにされて、内臓を出されて、それからお鍋で煮て、お塩かけて食べられちゃうから!」
「そうか。わかった。俺、自分で話してみるよ!ありがとう、小梅」
小梅はなんとも素直でいい子だ。明の身の上話を聞いて、同情してくれたのだろう。
山神に喰ってもらえるかもしれないとなって、少年は異様にすっきりと前が拓けたような顔になる。
桃の花の着物の少女は一度だけため息を吐くと、困った顔をしたまま梅柄の着物の少女へならった。
「では、そうと決まれば正装に着替えましょうね。神様にお願いをするのですから。髪も整えなくては」
「ありがとう、桃緒」
少女二人に丸め込まれ、結局、婚姻の正装をさせられていることに、本人は気付いていない。
男子の支度は、娘ほどはかからない。すぐに支度を終えて少年を追い出すと、部屋に残った少女たちは二人で顔を見合わせた。
「それにしても、なんて信じやすい方なのでしょう」
「本家でいじめられてたって言ったもん。きっと悪い人に言いくるめられてたんだよ。明が悪いって信じ込ませて、悪いことがあれば明のせいって言ってさ」
「人間って、そういうことにだけは知恵が回りますものね」
「梅たちも、元は人間だけどねぇー」
「まあ、あとは主様にお任せしましょうか。
明さんも、はやく契りを交わして、汚い人間などやめてしまえばよいのですわ。私達のように」
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
薬師シェンリュと見習い少女メイリンの後宮事件簿
安珠あんこ
キャラ文芸
大国ルーの後宮の中にある診療所を営む宦官の薬師シェンリュと、見習い少女のメイリンは、後宮の内外で起こる様々な事件を、薬師の知識を使って解決していきます。
しかし、シェンリュには裏の顔があって──。
彼が極秘に進めている計画とは?
カフェぱんどらの逝けない面々
来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
キャラ文芸
奄美の霊媒師であるユタの血筋の小春。霊が見え、話も出来たりするのだが、周囲には胡散臭いと思われるのが嫌で言っていない。ごく普通に生きて行きたいし、母と結託して親族には素質がないアピールで一般企業への就職が叶うことになった。
大学の卒業を間近に控え、就職のため田舎から東京に越し、念願の都会での一人暮らしを始めた小春だが、昨今の不況で就職予定の会社があっさり倒産してしまう。大学時代のバイトの貯金で数カ月は食いつなげるものの、早急に別の就職先を探さなければ詰む。だが、不況は根深いのか別の理由なのか、新卒でも簡単には見つからない。
就活中のある日、コーヒーの香りに誘われて入ったカフェ。おっそろしく美形なオネエ言葉を話すオーナーがいる店の隅に、地縛霊がたむろしているのが見えた。目の保養と、疲れた体に美味しいコーヒーが飲めてリラックスさせて貰ったお礼に、ちょっとした親切心で「悪意はないので大丈夫だと思うが、店の中に霊が複数いるので一応除霊してもらった方がいいですよ」と帰り際に告げたら何故か捕獲され、バイトとして働いて欲しいと懇願される。正社員の仕事が決まるまで、と念押しして働くことになるのだが……。
ジバティーと呼んでくれと言う思ったより明るい地縛霊たちと、彼らが度々店に連れ込む他の霊が巻き起こす騒動に、虎雄と小春もいつしか巻き込まれる羽目になる。ほんのりラブコメ、たまにシリアス。
魔の鴉がやってくる。『雨宿りの女』
安田 景壹
キャラ文芸
闇に潜む怪物どもを狩る魔女、七ツ森麻來鴉。
彼女は雨の日に怪異に憑りつかれたという少女、能見晶子の除霊を引き受ける。
だが、彼女の中に潜む怪異は、過去の因縁を経てやってきた恐るべき存在だった――……
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
※毎日18時更新予定です。
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
ふろたき女と、鬼の姫
壱単位
キャラ文芸
この世界を統べる、美しく気高い、鬼族たち。
その筆頭家の姫がいま、呪いに倒れようとしている。
救うのは、ふろたき女。
召し抱えられたにんげんの少女、リューリュだった。
だが、その出会いに秘められた、ほんとうの意味。
それにまだ、だれも気づいていない。
明治大阪 呪われ若様とお憑かれ女中さんのまんぷく喜譚
真鳥カノ
キャラ文芸
大阪の一角に佇む奇妙な飯屋『ぼんくらや』。
そこは誰のための店か。
人間ではない。そう、行き場をなくしてお腹を空かせるあやかしのための店だった。
店主はあやかしとの戦いで力をなくした料理人。
彼の料理を食べた女中がまんぷくになると……?
お人好しな元あやかし祓いと、お人好しな女中による美味しい明治和風ファンタジー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
蛇に祈りを捧げたら。
碧野葉菜
キャラ文芸
願いを一つ叶える代わりに人間の寿命をいただきながら生きている神と呼ばれる存在たち。その一人の蛇神、蛇珀(じゃはく)は大の人間嫌いで毎度必要以上に寿命を取り立てていた。今日も標的を決め人間界に降り立つ蛇珀だったが、今回の相手はいつもと少し違っていて…?
神と人との理に抗いながら求め合う二人の行く末は?
人間嫌いであった蛇神が一人の少女に恋をし、上流神(じょうりゅうしん)となるまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる