正当性恋愛の錯誤

黒月禊

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正当性恋愛の錯誤

【8】

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「こ、こんなとこ見られたら…」

「大丈夫だって、な?ほらもっとこっち…」
そう小さく呟いて芝崎は彼を抱き寄せる
教室の隅で薄いレースカーテンの中に隠れるように二人が隠れる様に覆われていく
雲が少ない空から降り注ぐ陽光が二人の影を作っていた
「みんな体育館に行ったからって誰か戻ってきたら…」
「……さっきからうるせぇよお前」
「なっ……あむっん!………んぁっ……」
二人の絡み合う視線と共に濡れた音が響く
「……はぁ」
「……バカ」
満足したように唇を離し濡れた端を舐めとる
その仕草さえ艶めかしく妖艶に映った
ゴクッ
思わず唾を飲み込む
先程あんなに熱い粘膜の絡み合わせをしたのに
喉が渇いたようにヒリついた
「…なに?ものたりねぇの?」
目を細め揶揄うように言って再度顎を掴み唇を重ねようとした。だが芝崎の逞しい胸板に微かな抵抗の意志がこもった両手で押し返した彼は、俯いて赤い顔を隠している
既に互いの欲望の化身が熱く滾っており先端を濡らしていてまさにネオアームストロングサイクロンジェットアームストロン○砲じゃねーか完成度すげぇじゃねーか「じゃねーよ!!!」
「アッハッハ!」

今は昼休みの予鈴が鳴った時刻だった
三階のベランダから眼下を自前の双眼鏡でバードウォッチング…を嗜んでいたわけもなく、体育館に移動中であり渡り廊下で友人らしきモブ生徒と話していた芝崎尊を見て妄想を繰り広げていた御子柴だった。
だが悪友の幼馴染、太陽系天然腹黒の三日月天の妄想介入(アームなんちゃら砲)のせいで一気に霧散していった
歯軋りをして睨もうとしたが、すぐにやめた……


「なぁ鶴。どうしたんだよ?元気ないと俺も調子でねぇよ。あんぱん食う?」
「……いらない」
普段なら軽快なツッコミかボケをかます御子柴が頬をあんぱんでつっつかれても、ぼうとしていた
その様子につまらなそうな顔をした後、くしゃくしゃと三日月は御子柴の頭を撫でる
猫っ毛がさらに跳ねてメガネがずれても文句すら言わない
これは異常事態だった

「なぁいい加減、話してくれよ鶴?嫌なことでもあったか?」
「……ううん」
「じゃ嫌なことされた?この前女子に連行されたんだろ?」
「……ううん」
「……えーとコミケ?で好きな本買えなかったのか?」
「……ううん」
「ならアニメの声優変わったとか?」
「……ううん」
「……はぁ」
同じ返事しかしない御子柴に三日月はため息を吐き
猫を持ち上げるように両脇を掴み上げて自分の胡座の上に乗せる
まるで座椅子に座らせるような姿勢だ
これは御子柴鶴が幼い頃から悲しんだ時や辛い時、拗ねた時など三日月が持久戦に持ち込むスタイルだった
フワッとした黒髪の頭に顎を乗せる
「……」
いつもなら重いと小言が返ってくるが、それもない
鶴が元気に笑っていないとダメだ
鶴を笑顔にするのが俺の使命だから

「なぁつるぅ~~」
体を揺すっても反応がない
くたっと当たり前のように身体をもたれ掛けている
「………」
「…鶴」
低く甘い声を出して呼びかける
ピクンと肩が揺れる
「仕方ないなぁー」
パクッ
「ひゃあ!?」
「あむ…はぁ」
ペロ、クチュッと濡れた音が耳から振動と共に御子柴の脳に届く
「やめっ……天!あっ、こ、こらぁ!」
上擦った抵抗の声を出してもやめてもらえなかった
三日月は御子柴の形のいい耳を食み、舌で耳の輪郭をなぞった後パクッと甘噛みした
柔く歯が食い込む
その甘い刺激に思わず御子柴は
「ふっんん…………ぬわらぁ!」
「んがっ!」
三日月の顎に頭突きした
察知しのけぞろうとした三日月だったがバランスを崩しそうになった御子柴を片手で支えていたため食らうしかなかった
「な、何しやがってんだばぁろぉめぇてやんでぇ!?」
動揺し混乱して変な言葉で反応した鶴

「いっえぇ」
「じ、自業自得だてやんでぇ」
「だって……鶴無視するんだもん」
「だもんじゃないから!でかい男がだもんとか言ったって、あれ、可愛い。じゃなくて!おかしいでしょ!何で耳舐めるの!」
「そこに耳があったから」
「山みたいに言わないで!」
フシャーと威嚇する猫のように怒っている鶴を見て
三日月は笑う
「何笑っとんのや!」
「だって、鶴元気になったからさ」
「意味不明であります!遺憾の意であります!」
「気持ちかった?」
「き、きもち、くない!ばぁーか!」
膝の上で初鰹のように元気に暴れる鶴に満面の笑顔の三日月であった


「で、なんかあったの?」
核心に触れる
目を丸くし後、視線を下に下げた
そこには既に誰もいなくて寂し気にレースカーテンが揺れる
それでわかった三日月だった
「芝崎が原因?殺す?」
「うーん短絡的な殺人はやめようねぇ」
「やだやだ!殺すのー!」
「キャラがぶっ壊れてるしサイコ幼馴染とか断固拒否案件なり」
「健気な幼馴染を拒否すんなよ。生意気言うと犯すよ?」
薄いシャツの中に大きな手を入れて腰を押しつける三日月。体格に見合った大きなモノが布ごしに触れる
目が野生的な雰囲気を醸し出して見つめていた
「ひぇ俺様攻め!?」
「こういうのが好きなんだろ?」
役者でも目指しているのかと思うほど御子柴の愛読書の攻めのキャラを演じてみせた三日月に不覚にも萌えてしまった御子柴
ボイスレコーダーを取り出しおかわりをねだったが笑顔でスルーされている

ぬいぐるみのように御子柴を抱きしめたままのんびりする二人
「ねー授業遅れちゃうよ」
「まぁーな。てか眠い」
「いい天気だもんね」
「鶴。温い」
「こら重いってば」
幼馴染の温もりを感じぎゅっと抱きしめる

「俺さ」
「んーなになに、鶴様に何でも言っちゃいなさい」
「えーじゃあ俺の初体験を」
「貴様!いつのまに!?てか幼馴染の性体験とかいやぁ生々しい」
「いつも俺の前でエロBL堪能してる鶴に言われたくねー」
「てかいつのまに…陸上馬鹿なのに、顔に騙されたか腹黒なのに」
「失礼なやつだなぁー。俺結構モテるぜ」
「知ってるーうざー」
「あはは」
「てかいつ、その、初ごにょごにょ」
御子柴はBLについては堪能だがリアルな性については乙女であった
「うーん?知りたい?……」
「別にー」
そう言いながらもそわそわとしている
「じゃあ鶴にだけ、教えてやるよ」
耳打ちするように三日月は近づく
その際彼からスポーツマンらしく制汗剤の柑橘の香りがした
「…‥幼稚園」
「はぁ!?早すぎエロガキ逮捕!!」
「落ち着けって、結構いるぞ?」
「いてたまるか!」
ポコンと頭にチョップをした。この石頭め
「はぁ爛れてるいややわぁ。ほんま堪忍しておくれやすわての隣ですやすやお昼寝タイムで可愛くすやすや寝とったくせにまぁいやらしい。不潔!」
顔を赤くして知っている幼稚園時代の女子の名前を挙げるが二人目で止まった。知らないのと
その時点で友達が三日月しかいなかったからである
「あはは!」
「わらってんなすけべ!ヤリチン!」
「男はみんなすけべなんだよ。あとヤリチン言うなし。俺ピッカピカの童貞なんだからさ」
いわせんなべらぼぉめ、と言って鼻をかいた三日月
どぅうぅてぇいぃ?
「え?でも初体験って…」
「ん?」
照れ臭そうに笑って言った
「初チューだよ」
「はぁ!?マセすぎ!そして勘違いさせやがって!」
「そっちが勘違いしたんだろ?」
掴みかかってきた鶴に応戦し掴み合いをする二人
わざとらしく額をぶつけ合う
「じゃあ誰とチューしたんだよ!俺は聞いてないぞ!」
「だから今言ったじゃん」
「おっそーい!十七年間騙しやがって!誰だ!花ちゃんか?マリンちゃんか?おぉん?」
「それ鶴が告白する前にありえないって言ってた子じゃん」
「ひどい!何でそんなこと覚えてたんだよ」
「そりゃそうだよ。見る目ねーなって思って」
「はぇ?」
グイッと床に背中がくっついた
大きな影が御子柴を覆う

「だからさとられる前にとっちゃった」
「…………なにを?」

三日月の短い陽に焼けた黒髪が額に当たる
丸い瞳で男らしい体格の三日月と見つめ合い。いやでも発達の違いを感じさせる
受けちゃんはこんな気持ちなのかと現実逃避しかけていた時だった

「鶴の初チュー」
チュッとリップ音がして三日月が離れた
「またとっちゃった」
普段は爽やかな顔をしてるくせに今はペロッと唇を舐めて妖艶な表情をしていた
そんな幼馴染の顔を鶴は知らなかった

「サ…」
「さ?」

「ブラックサンダーアタァーークッ!」
「ぐはぁ」
腹に正拳突きをして三日月を倒す御子柴

「このマセガキのエセ爽やか太陽ボーイ天然腹黒幼馴染の三日月天め!天誅!」
よくも俺の初めて奪いやがってといいながら殴っている

「ふぅ」
「いてて、……落ち着いたか?」

「うっさいお馬鹿め。今度勝手にチュー、したら絶交だからな!」
「えー!仕方ないなぁじゃあチューしていい?」
「ダメに決まってるやろがい!」
ポコンと殴る。この石頭め


「はぁ。疲れた」
「スッキリした?」
「その事後みたいな言い方やめて。なんなのもう」

「だって鶴変なんだもん。いつも変だけどさ。しかも理由芝崎だろ?」
その言葉に固まる御子柴

「な、何を言って。あといつも変とか言うなぁ」

三日月は御子柴越しにさっきまで顔のいい男がいた場所を見つめる
「ムカつくなぁ….」
「え?」

「ううん。なんでもない」
「そう」


「なんでいつもの腐ったウォッチングしてて涎垂らしてたのに、楽しくなさそうなの」
「そんなこと…」
「俺はわかるよ」
「何でドヤるんだよ」
「本当だから。寂しいの?」
「え?」
「寂しそうな顔をしてる」
そう言って鶴の頭を優しく撫でる
冷たい風が雲に隠れた太陽も相まってさらに冷たく感じた

「別に、普通に戻っただけ…」
「やっぱり?芝崎のやつ。絡まなくなったもんな」
そうなのだ
芝崎はある日を境に接して来なくなった
普通の、当たり前のただのクラスメート
挨拶もしないし目も合わない
賑やかな陽キャのグループと一日中机に座って俯いてる日陰者
ただ元通り、に戻っただけだった
「それだけだよ。絡まれなくなったし、趣味も邪魔されないし追い回されなくなったし観察してても察知されなくなったし下駄箱に先回りされなくなったし自作の歌送られてこなくなったし」
視線があっても逸らされる
それだけだった

「そうなんだ。てか最後きついな」
渇いた笑いだった

「それで、何で鶴がつまらそーなの?」
また胡座の上に確保する
寒い日には丁度いい
授業が始まったようだチャイムが流れている

「つまらなくないよ。平和な学生生活だよ」
本当だ
「ならさ元気出してよ。俺が元気出ねーじゃん」
タイム伸びねーと言ってギュウギュウと抱きしめる三日月
関係なくない?と抵抗すると真剣な顔をして俺の元気の源だからと言う

「……俺、また鶴が元気になって笑ってくれて嬉しかったんだ。たとえ男同士の恋愛に涎垂らして腐ってく幼馴染であっても」
「貶してる?」
顔を横に振る三日月

「つまり、芝崎にシカトされて寂しいんだ。俺というものがいながら」
「それは可愛い受けちゃんに言って。俺の前で」
頬を突っつかれた地味に痛い

芝崎君とただのクラスメイトになった
当たり前の距離に戻って安心なはずなのに
何でだろう寂しいのは

でも思うのは
以前と違って見えるのは彼の笑顔が嘘臭く感じる時がある

「らしく、ないよなぁー」
「ないねぇー」
ニヒヒと悪く幼馴染が笑う

「…いっちょやってみますか」
「いいね。俺も手伝ってやるよ」
見上げて幼馴染の顔を見る
満面の笑顔だ

胃が痛くなりそうだ
こんなのBLアニメ一気見してご飯食べ損ねた日ぶりだぜ!

雲間から太陽が顔を出し
眩しい日差しが俺たちを照らし
大きな手が遮るように伸ばされた
指の隙間から漏れる光がそれでも眩しかった






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