青い大地で走れたら

黒月禊

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一章

【7】

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小さな公園を見つけ
そこのベンチに二人で座る
木々の葉の色は班模様で葉先は赤く中心部は黄色で残りは緑色となっていてグラデーションが鮮やかだった
ここはビル街から少し離れ木々に囲まれた自然公園のようだ
芝生があり煉瓦が敷き詰められた中央には小さな噴水が陽の光を柔らかく反射している
離れたところに母子で散歩するものや新聞を読んでいる眼鏡の老人がいた

ベンチは陽の光が当たっていたせいか温い
そこに座り静かに公園を眺める
公園には花壇がありボランティア団体と近隣の学生による緑化活動で植えられているとセシルが教えてくれた

少し緩くなったコーヒーを飲む
この穏やかな時間は久しぶり過ぎて
やはりどこか夢心地のようで不思議な気持ちになる
つい陽気に当てられ眠くなる

「……む」
霞む視界から何かが飛び去っていく
それはモンシロチョウだった
「…ふふ」
抑えたような笑い声が聞こえ振り向く
そこには微笑むセシルがいて気まずくなる
「悪い………寝てしまったようだ」
「大丈夫だよ。昨日夜遅くまで僕を待っていてくれたんだよね。飲み物とか助かるけど、無理して付き合わなくていいんですよ」
俺を見上げながら言った
「……勝手にしてるだけだ。気にしなくていい」
ぶっきらぼうな言い方になる
こんな時俺はどう話せばこいつに嫌な気持ちにさせないかがわからない自分に情けなさを感じる
今まで必要なかった要素を今更身につけようとしても上手くはいかない

セシルはどこを見ているのか
遠くを見つめるように目を細め
湯気の立つカフェオレをゆっくりと啜る
僅かに頬が赤い
つい人差し指の背で触れてしまい
セシルはくすぐったそうに笑う
つい謝ると変なのと言ってまた笑った
………

こんな…空気というのか
やはり俺は慣れない
こんなに…色々と考えてしまう自信に違和感を感じつつも
、嫌ではなかった



コツン…


足元にコロコロと転がって青いゴム製のボールが俺の足元にぶつかる
「あっ…」
それを追いかけてきたのかもこもことしたダウンジャケットに包まれニット帽を被った子供が俺もを見つめている

ボールを拾い、仕方ないので渡そうとした
すると子供は後退り顔を歪ませた


「うわぁああん!!」
ッ!

突然泣き出した
つい反射で耳を動かして下げるが大して意味がない
子供の鳴き声はよく響く…

俺は手持ち無沙汰になり固まることしかできない
「す、すみません!」
後ろの方から慌てて母親らしき女が現れる
俺を見つつ足元に抱きつく子供をあやしている

俺はとりあえずボールを渡して去った方がよいと判断しベンチから腰を浮かそうとした
だがトンと膝を叩かれる


ポン♪

高い音がした
それは隣から聞こえる
見ると口元に笑みを浮かべたセシルがピアノを弾いていた
正確にはピアノとはわからなかったが、音で判断した
毎日聴いているからわかる
左手につけた電子端末の時計の反対の手につけている銀色の腕輪が青く光を放ち、そしてセシルの眼前には青い光の中で白と黒の透けた鍵盤が並んでいる
魔法…なのか?
俺と母子が見つめる中
目閉じたセシルが静かに演奏を始めた

その曲はイントロがゆっくりとしていて柔らかく
次第にテンポが上がり軽快な音楽となった
その曲を聴いて子供は瞳を輝かせ小さく手拍子をしている
その様子に笑みを浮かべる母親
俺は目の前の現状に、酷く驚いていた

音楽は知っている
今まで聞いたのは酔っ払った奴らの下手くそな歌や豪勢なパーティの警護中に、誰も聞いていない演奏
それぐらいだった
セシルと出会って、あの柔らかく温かい
なのにどこか冷たくて切なくなる音を聞いた時
心が震えた
そしてまた俺は、音を奏でるだけで人を魅了し笑顔にさせるセシルがあの御伽噺の最初の獣と出会った頃の王子の演奏のようだと思った

……
パチパチ!

母子が満面の笑顔で拍手をする
いつのまにか観衆が増えていて皆笑顔で演奏を聴いていたようだ
セシルは立ち上がって一礼する
そして俺の手をひいて子供の前に視線を合わせるように屈みこんだ
「このお兄さんはとっても優しいよ。見た目は怖いなぁと思ってしまうかもしれないけど、お兄ちゃんが怖くないって約束するからね」
セシルにそう言われ
俺とセシルを交互に見て逡巡し最後には母尾を見つめた後意を決したのか俺の前に立つ
「あの……ボール」
声がだんだんと小さくなる
…俺はセシルの真似をして
一歩下がり屈み、青いゴムボールを手渡す
「……怖くて悪いな」
「!こ、怖がってごめんなさい!」
受け取ったボールを胸に抱きしめて頭を下げた
後ろの母親まで同じように
その光景に俺はまた驚く
普通の人間が、獣人の俺に頭を下げるなんて…

「フフ、ほらここ、プニってしてて意外と柔らかいんですよ?」
明るい声で勝手に俺の掌の肉球をぷにぷにと揉む
正直くすぐったい
「ほら、触ってみる?」
子供に窺い
視線で俺にも尋ねている
好きにすればいい
俺はそう視線で答えた
子供はおずおずと俺を見つめながらゆっくりと俺の掌に触れる
……
寒空の下で子供の高い体温の触れ合いが慣れなく
むず痒い
だが嫌ではない…

「…柔らかい。ぷにぷに」
小さい声で漏れるように呟く
お前の方が余程柔らかい感触だと思った
暫く好きにさせとくと子供がくしゃみをしたので母子は手を振って公園を去っていった

「……勝手にごめんなさい」
隣でセシルが俺を見ずに言った
「構わない」
そう
構わないのだ
好きにすればいい
俺はお前のしたいようにするのが望みだ
だがそう思っても、どう伝えればいいのか俺はわからない


「あの、…もしやセシルさんではありませんか?」
演奏を聴いていた観衆の一人、眼鏡をして柔和な顔をした老人がそう俺たちに言った
「…はい」
俺はセシルを背にし一応警戒しておく
「やはり!演奏を聴いてわかりましたよ!本当にお若いんですね。ご両親の演奏もそれはそれは素晴らしいものでした」

「ありがとうございます…」

「そういえば作曲の方はなさっているようですが、長く演奏会はお開きになっていませんね」
「諸事情がありまして…」
「そうでしたか。私ファンでしてえぇもう代表曲の月女神の羽衣は大変素晴らしかったです」

「ッ!……ありがとうございます」
セシルの様子と反比例するように老人は声が大きくなっていく
「またあのアンサンブルを聴いてみたいものですね!実に素晴らしかった!良ければ私の会社のパーティに是非ご両親も交えて演奏をして頂けませんか?」

「両親は今海外で、多忙ですし難しいかと」
「なんと……でしたらセシルさんだけでもお願いできませんでしょうか?」
しつこく迫る老人
なぜこんなにしつこいんだ?
俺は無理に引き離すことは簡単だが、俺の飼い主のセシルが俺の行動で立場が悪くなってしまうのは避けたい

「あの、私も仕事がありますので、どうしてもというなら事務所の方にご連絡していただければ…」
「ですから!以前からしているが一方的に断られたんだ!話をしてもできないとしか言わん!わざわざ交渉の席まで設けたのに。君からならなんとかならんかね?」
詰め寄る老人に俺は立ちはだかる
「な、なんだね!?こんな獣人を侍らせて偉そうに!」
柔和そうな老人だったが今は悪辣な顔をして憤慨している

「侍らすなんて…」
「その通りだろ!奴隷種の獣なんて悍ましい!連れ歩くなんて恥知らずな!」
「ッ!それはあんまりです!彼は何も恥ずかしくもありませんし奴隷でもありません!謝ってください!」
先ほどとは打って変わって歯向かうような態度をした
「ぐっ…、何も間違っておらんだろうが!」
老人は興奮した様子でそのままセシルの肩を掴もうとしたが俺が阻んだ
「なっ!?離せ獣が!」
腕を掴んだ俺を持っていた杖で殴る
「やめてください!」
慌てた様子のセシルが詰め寄るが話を聞いていない
全く痛くないから護衛には問題ない
「…!警察を呼びますよ!」
その声に老人は驚き、忌々しそうに俺たちを見た後去っていった

「ごめんねテオ。痛かったよね」
杖で叩かれていた片腕をさするセシル
「平気だ」
嘘はついていない
なのに不安そうな、辛そうな表情をするセシルを見る方が
何故だが胸が重く感じた

「うわっ!」
セシルの小脇を掴み上げて強制的に肩車する
「た、高い!高いよ!」
慌てて俺の頭を掴むが遠慮してから耳には触れない
「よく見えるか?」
簡潔にいう
俺は言葉を紡ぐのが苦手だ
だから音で気持ちを伝えるお前に俺は、素直にすごいと思う

「………」
大人しくなったセシル
俺はただセシルが落ちないように固定して静かに風を感じる


「……綺麗」
「……そうだな」
俺たちの視界にはオレンジの斜陽を反射する川が見える
川に重なるように鮮やかな紅葉した樹木が並んでいて一つの絵画のようだった
「ありがとう、テオ」
「…構わん」
二人で同じ景色を見る
言葉はいらなかった

「…あ」
風に乗って飛んでいた物が俺の頭の上に乗っかった
それをセシルが掴む
俺にも見えるように翳す
黄色の、日に当たり黄金色に見える銀杏の葉だった

「わぁ綺麗だねぇ」
「……」
俺には 少しそれが眩しく感じた

セシルは少し日に照らして堪能した後、ポケットに入れていた手帳に挟んだようだ
「…ん?これ?…今電子化が主流だけど紙が好きなんだ」
照れ臭そうに笑う
「…変だとは思わない」
「そう?そっかぁ…」
安心したような表情になる
まただ……
俺は黙って胸を押さえる
紺色のTシャツが皺になる
僅かに苦しくて………痺れる


「大丈夫?」
「ああ…」
誤魔化すようにシャツを皺を伸ばすようにして離す

いい加減人目につくからとセシルを降ろす

「もう日が暮れる、戻るぞ」
「……うん」

ゆっくりと沈む夕日とは逆方向に歩みを進める
風がより 冷たく感じられた




≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫




「ッ!?」
「だ、大丈夫!?」
慌てたが立ち上がろうとしたセシルを手で制す
口の中の熱い塊を、なんとか嚥下する
「…」
「はい、お水」
「すまない…」
受け取った冷水で舌を冷やす
こんなに熱いのか、トウフという食べ物は…

今はリビングで夕食を食べている
帰宅すると箱詰めの野菜などが送られていて
それを消費するために鍋というものをセシルは作った
簡単な手伝いをしたがスープに切った野菜を詰め込み
冷凍してあった挽肉を団子状にして沸騰したスープに入れるようだ
普通のスープと何が違うかわからないが
確かに香りはよかった
つい唾液を飲み込みセシルに小さく笑われた

テーブルに卓上コンロというものを物置から持ってきて置いた
その上に土鍋を置いてぐつぐつと煮立たせて
セシルが菜箸で器用に具材を整えて完成だった

「おいしい?」
「…うまい」

魚の出汁をベースに野菜と肉の旨味が混ざり美味かった
さっぱりしているのに旨味が濃いから食べやすく
寒い日には良さそうだと思う
だが、具材が熱い…
「こっちからどうぞ」
「…」
小皿に分けられた
ちょうどよく冷まされたであろう具材があった
こいつはよく気が聞く奴だ
というか人に気を使いすぎな気もする
口の中に肉団子を入れながらそう思った

「やっぱり寒い日には鍋だよね」
「そうなのか」
「もしかして初めて食べた?」
「この料理は初めてだ」
商品として攫われた時からロクなものは食べておらず
腐りかけの食べ残しや実務に出てからは携帯食や栄養補助食品ばかり支給されていた
だからここにきて食を味わう、食べ物にこだわるということを重視しているセシルに付き添われて学んだ
「先生がね。食べ物は命をいただくことであり、食べた物で体ができるから大切にしなさいって。体が健やかなら精神も心も健やかになるからって」
当たり前だけど、そうだなって思ってね
微笑みながらそう言った
「お前は…」
そこで言葉は止まった
俺は何を聞こうとしたんだ
「ん?」
「いや」
誤魔化すようにトウフを口に入れる
表面は冷えていたが、中はまだ熱かった
「この鍋料理も先生から教わったんだ」
どこか懐かしそうな顔をして言った
初めて見た顔だった
「ここで一人で住むようになって、…演奏する意味がわからなくなった時先生が訪ねてきて何のようだろうって見てたら、荒れた家の中を見て一言『まずは食事をしましょう』って言ったんだ」
可笑しそうに笑う
「手付かずのキッチンでああでもないこうでもないって呟きながら手際良く調理する姿を、僕は黙って見ていたんだ…」

「…」

「気づいたらテーブル席に座っていて、トマトソースのスパゲティと野菜スープを作ってもらって食べたんだ」



「食事なんて作業だったのに、その時食べたパスタがとっても美味しくて、びっくりして見上げたら先生がね。僕を見て優しく笑ったんだ」

「その時、この人が作ったからあったかくて美味しいんだって。人と食事する意味を知ったんだ」
俺を見つめる
「だからね。テオにも、少しでも伝わったならいいなって思ったんだ」
押し付けだったらごめんねと言って笑う

なんだか、やるせない気持ちとセシルらしいと思ったのと
その先生とやらの大きさを感じて複雑な気持ちで
俺は叫び出したくなった
だが、そんなことできるわけがないので
鍋をつつく

俺は黙って黙々と鍋を具材を消化する
美味いのに、なぜかあまり味を感じれなかった
どうすればいいのか、どうしたいのかわからない
これではまるで子供ではないか
内心自分に呆れる
知らないのだ 俺は
何も知らない
知っているのは生き物の壊し方と
生き残る術しかしらない
なぜだか腹正しい
自分に 腹が立つ

「…美味しくなかった?」

「うまい…」
俺の顔を見て口に合わなかったと勘違いしたのか
セシルが不安そうに言った
俺は何をしているんだ
こいつにこんな顔をさせたいわけじゃないのに…

「……俺は」

「ん?」

「…俺も、何か作れるだろうか」
誰かの為に
その言葉は俺の中になかった言葉だ
緊張で指が震える
隠すようにフォークを動かし食べる

「うん!もちろんさ。一緒に作ろうよ」
音を奏でるように声を発したセシルに
俺は安堵した

「…ああ」

「ふふ、あ、シメにしようか」

「シメ?何かシメるのか?」

「なんかイントネーションが違う気がするね。うどんとご飯どっちがいい?」

「ウドン?ゴハンとやらはわからない。任せる」

「そっかぁ。美味しいの作るから待っててくださいね」

「わかった。お前の作る飯は美味い」
俺の言葉に鼻歌を歌いながらキッチンに向かっていたセシルは止まる

「…そ、そう?」

「?ああ」

「………そっかぁ」
小さく呟いて、キッチンに行った

キッチンからの作業音と
気分がよさそうな鼻歌が
俺の耳に届いていた




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