青い大地で走れたら

黒月禊

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一章

【6】

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クンクン…

上を向いて匂いを嗅ぐ
今日は雨は降らなさそうだ
朝食時にテレビで今日の降水確率は六十%なので傘を持ってお出かけしましょうお洗濯は早めに取り囲むのがよいでしょう
などと言っていたが俺は己の鼻を信じる

パンッ

濡れたシャツを伸ばして庭先で干す
俺の毎朝の仕事だ
俺の服よりだいぶ小さい質の良いシャツをハンガーにかける
そして丁寧に伸ばしてシャツの皺をとる
すると乾いても皺が残りにくいらしい
先日バラエティー番組でやっていたのを実践する
この家には洗濯機と乾燥機があるが乾燥機はタオルだけにしている
セシルが言うには一度やらかして大変なことになったらしい
何が大変だったかは教えてもらえなかった

ピクッ
耳が小さな音を捉えた

振り返るとたった今リビングにセシルが戻ってきたようだ
髪がボサボサで目にクマが少しできている
洗濯物を中断して近寄った

「…何か飲むか」
「あっ、…うん」
「茶でいいか」
「うん。お願いします」
「….」

俺は覚えたばかりのキッチンの家電でミルクを温める
セシルは胃が弱いらしくコーヒーが好きだが胃のためにカフェオレにするの常だ
俺は冷蔵庫から濃いめに抽出されているコーヒーを取り出してマグカップに入れてレンジで温めた
最初失敗して温めすぎて爆発させてしまい
セシルに報告したが怒られず怪我はなかったかと心配された
変な奴だ
今度は失敗せず湯気がたつマグカップに温まったミルクを
一対一で入れる
これがセシルの好きな割合だった
スプーンでゆっくりとかき混ぜながら
俺はソファーでぼんやりとしているセシルの元へ行く

「….できたぞ。飲めるか?」
「うん。ありがとう」
ふーふーと息を吹きかけて一口飲む
…美味しい
小さく呟かれた
砂糖いらないらしい
子供と言われるのを気にしているわけではなく本当にその飲み方が好きらしかった
「テオの分は?」
「俺はいらない」
「もしかしてコーヒー切れちゃった?」
「冷蔵庫にある分はそれで最後だ」
先程確認した事を告げる

「そっかぁ。洗濯物これ飲んだら手伝うよ」

「いい、俺がやる。お前は身だしなみを整えろ」
…そうだね
と言ってセシルは欠伸をして手で隠す
例の音楽室で寝ずに作業をしているらしく今日で二日目だった
さすがに身体に影響があると判断して今日は強制的に就寝してもらう予定だ


洗濯物を終えて部屋に戻るとシャツのボタンを一つずらして閉めていた

俺は膝を折り跪いてセシルの手をどかし代わりにボタンをかける
キョトンとしたがされるがままだ
やつは手持ち無沙汰なのか俺の頭を撫でる
別に気にしないが耳はくすぐったかった

「…」
「ありがとう」
「櫛は?」
「これ」
「俺がやる」
「…ありがとう」
ふわりと跳ねて柔らかい髪の毛に櫛で丁寧に梳かす
俺の力で引っかかったら激痛だろう
人間は脆いから力加減が必要だ
俺は他の奴らよりコントロールが上手いから問題はない
気持ちよさそうな顔をしているセシル
まるで毛繕いされている子供のようだった

「…終わりだ」
「うーんさんきゅー」
眠そうな声だ

「眠そうだな。寝るか?」
「ん?いや寝ないよ。食べに行こう」
「食糧は先日買ったはずだが」
「仕事の区切りがついたんだよ。気晴らしに外出たいなーって」
前は一人で出れなかったからさ
と付け足す
都会でも物騒で、誘拐強盗はよく起きていると
テレビニュースで知った
翻訳機能付きの新聞を読んだがなかなか富裕層は富裕層で殺伐とした状況らしい
何処かで聞いたことのあるマフィアが違法薬物を持ったままボスが行方不明らしい
…まだ生きていたのかと呆れた

俺は他人事のように感じていることに
気づいてはいなかった


「れっつごー…ふぁ」
「立ったまま寝るなよ」
「寝ないよ!」
そうして外出した

「車はいらないのか?」
「うん今日はいらない。テオドライブ好きなのにごめんね」
「別にそんな感情はない」
「そうなの?僕は好きだけどテオとドライブ」
「…」

揶揄うような声で言って
屋敷を出た

「ここか」
「すぐ着いちゃったね」
五分もしないうちに到着した

「かふぇ」
「もう読めるようになったんだね!すごいなぁ」
「…俺はここで待機している」
「え?どうして」
笑顔だったセシルが振り返って不思議そうな顔をする
ただの獣人がこんな洒落たカフェに入れるわけがない
そう言おうと思った

「あー、ここは大丈夫だよ」
「…おい」
手を握られて引っ張られる
抵抗すれば楽に外せるが
それではセシルが怪我をする
仕方なく俺はついて行った

ガラス戸の中は小さくジャズというジャンルの曲が流れていて
高級感があり吊り下げられた電飾がレトロで
洒落ていてバーなのかと思うほどだ

「いらっしゃいませ」
低く奏でるような男の声が聞こえた
髪が灰色でオールバックにした
妙に雰囲気のある男だった
「こんにちはラウムさん」
「こんにちはセシルさん」
そして俺を見る
僅かに微笑まれ俺は居心地が悪くなる
「初めましてテオさん」
「…なぜ俺の名を知っている」
男が答える前にセシルが答えた
「この前のお店行ったでしょ?あそこと同じ系列店なんだよここ」
そう告げる
あの猫がいた場所と同じだと
だとしたらこの店もこの男と只者ではなさそうだ

グレーのシャツの上に黒のベスト、紺色のリボンをつけたシンプルな服装で
体格の良さがわかる

「座ろうよ」
「…」

促されてカウンター席に座る
少し椅子が高いのか大変そうだったので小脇を抱えて下ろす
少し照れているようだが感謝される
ラウムと呼ばれた男がそれを見て微笑む


「お久しぶりですね」
「うん。最近色々あってね」
「お聞きしております。ご無理をなさってはいけませんよ」
「そうだね。でもテオがいるから今は大丈夫だよ」
「信頼なさっているんですね」
「うん」
「…その割には二徹してやめろと言っても立て篭っていたが」
「それはまぁ」
「ご、ごめんなさい。でも良いところだったんだよ。途中で中断するとまたこうエンジンが掛かるまで時間かかっちゃうんだ」
「……それで倒れられても困る」
「う……そうだね」

「フフ、仲がよろしいようで」

「うん!」
「そんなんじゃない」
声が重なる

それを見て小さく笑われる

「ご注文は何になされますか?いつものでしたら直ぐに…」

「えっとじゃあ、めぇめぇランチでトッピングはナッツとシナモンでお願いします」
「はい。そちらは如何しますか?」
なんだこのふざけた名前は?
なんとか読めるが名前が変だった
「….」
「このもふもふランチも美味しいよ。ハッピーめぇオリジナルブレンドもオススメ。あとラブフレイバーショコラテも美味しいよ」
抵抗感なくセシルは言い放つ
誰も違和感を感じていないのか?
それともこれが都会の普通で
俺が変なのか?
俺は困惑した

「これで…」
「はい。ラブサンシャインめぇめぇランチですね。お飲み物は?」
「ブレンドで」
「ハッピーめぇオリジナルブレンドですね」
「……」
「他に何か?」
「…なんでもない」
「承知しました。それではごゆっくり」
カウンターキッチンの奥に消えた
コポコポとお湯を沸かす音と
挽かれたばかりのコーヒー豆の香りが店内に広がる
確かにこのおかしな品名以外は悪くなかった
飲み物は食前か食後か聞かれて食前にした

「こちら品ができるまでよろしければどうぞ」
「ありがとう」
「…いただく」
目の前に小皿に盛られたナッツとチョコが入っていた
本当にバーのようだ

「どうしたの?」
「いや、カフェというよりバーのようだと思ってな」
どちらも今まで個人で行ったことはない
大抵守護対象の護衛で待機した時ぐらいだ

「ここはカフェバーだよ。夜はバーになるから次は行ってみようか?」
「…好きにしろ」
「フフ」
僅かに揺れた尻尾を見て笑われた
俺は冷水を飲み干した


「お待たせしました。お先にお飲み物をどうぞ」
「どうも」
俺の前に複雑で香ばしい煎ったナッツのような香りがするコーヒーだった
一口飲むと苦味の後酸味が伝わり甘味がやってくる
そして口内にはコーヒーの香りが残る
…美味かった

「美味しいでしょ?」
「…悪くない」
見るとセシルの前にはもこもこの泡がカップに乗っていて
スパイスの匂いがした
暫し大人しくコーヒーを飲みながら時間を過ごす
こんな穏やかな時間を過ごせるなんて未だに実感が湧かなくなる時がある
早朝に爆薬の匂いがして急いで脱出したり
毒ガスが充満する施設に入り目標物を確保していた日々が懐かしく思えるほどだ
外を見ると新聞を読みながら歩くものや母親らしき人間と子供が手を繋いで菓子を食べている
一メートルほど離れた後方に犬の獣人が追尾している
警備のためだろうか、首輪をしているからそうかもしれない
ここはまだ治安が良いのか
たまに首輪付きだが何人か獣人が見受けられる

「お待たせしましたランチセットです」
俺たちの前に食べ物が置かれた
俺のは香ばしい香りと共にパンに挟んだ
ベーコンとレタスとトマトに玉ねぎとセロリ、あと胡椒やタバスコとオラーブオイルと酸っぱい匂いがした
アボカドも入っている
一度テレビで見たことがあった
これが本物か…

横で丁寧に包み紙を外しているセシルを待つ
「フフごめんね。いただきます」
「…いただきます」
ガブリと一口
シャキシャキとした野菜と肉の旨味が口に広がる
ソースが辛味と酸味があってより具材の旨味を際立たせる
…うまい
三口で食べ終わる
口の端についたソースをなめとった後
行儀が悪かったと思った
だがなぜか食べないで見つめていたセシルは微笑んでいて俺はむず痒くなる
「…早く食え」
「うん。ラウムさん、追加でビックミルキーチーズポテトお願いします」
「畏まりました」
意外だ、こいつは元々少食で食べるのも遅い
俺に気を遣ってか急いで食べようとするので
気にするなと言った


「…はい」
「もういいのか?追加したろ」
「こっちのも食べてみてよ。美味しいよ」
見ると三分の一ぐらいのサイズまで食べたサンドイッチを寄越される
こっちのサンドイッチはハーブチキンにオニオンガーリックソースがかかっているらしい
チラッと見るがセシルは俺に食わせたいらしい
こいつがいいたら素直にもらおう
「…」
驚くほど柔らかいチキンに食欲を刺激するオニオンガーリックだが重さはなくレモンと酢の酸味を感じた
これもうまい
一口で食べ終える
「美味しい?」
「うまい」
「それはありがとうございます」
揚げたてであろうポテトを持ってラウムが前にいた
セシルは自分が頼んだのになぜか手を俺の方に向けた
「お熱いのでお気をつけください」
ブラウンの厚紙と油を吸う紙の上にたんまりと乗ったポテトに
熱々のチーズソースが乗っていて
俺は思わず唾を飲み込む
「…食っていいのか」
「どうぞ。美味しいよ」
四本ほどつまみ口に入れる
「…!」
確かに熱かったが平気だ
それより、これは…
塩気のある外はカリ中はホクホクの芋に
ミルクとチーズ、そして鳥の旨味が入ったソースがよく絡んで美味かった
上に散らばっているバジルが良く合っている
黙々と食べる
セシルは俺を見ながら飲み物を飲む
こいつは人が食べているのを見るのが好きらしい
すぐなんでも食わせじっと見てくる変なやつだ
変態なのかもしれない



「んん?」
「お前も食え」
小さい口元にポテトを突き出す
驚きながらも口に入れて咀嚼する
「うん。美味しいね」
「ああ」

そこから自分の食事の合間合間にセシルの口にポテトを突っ込む仕事をしていた

それを黙ってグラスを磨いていたラウムは静かに微笑んでいた

「…」
先程俺たち以外に入店してきた者がいた
そいつはニット帽に着崩れたジャケットを羽織った
老獣人だった

俺は黙って警戒する
こいつは一人で来たからだ
首輪もない
なら野良だ
そいつらは大抵碌なことをしないアウトロー崩れが多い
腰にある冷たい金属に触れる

「大丈夫ですよ」
ラウムが俺の前を通り過ぎながら俗ボソッと言った
セシルはマグカップの中に残った泡と格闘している

ラウムは笑顔を浮かべて接客する
男は顔を上げ注文をする
そして茶色い袋とコーヒーを受け取って
手を振って出ていった

「…」
「どうしたの?」
「…獣人がいた」
「そうだね。ここにはよく来るよ」
スプーンで泡とナッツをかき出しながらなんてことない風に言う

「ええここは人種で入店はお断りしてません」
ラウムがキッチン台を布で拭き取りながら言った

「問題は起きないのか」
「大丈夫ですよ。無駄に差別する人はそもそもお客様ではございませんし、人間であろうと獣人であろうとこの店では対等です」
当たり前のように言った

「変わった店だ」
「フフよく言われます」
コポコポとサイフォン式で抽出されているコーヒー豆を攪拌している

「それに私自身獣人ですから」
「…そうなのか」
僅かに匂いはしたが
こいつだとは思わなかった
人間にしか見えない
「特別、ですよ」
シャツの首元のボタンを外す
白い肌と鎖骨が見える
そしてもふっとした毛で覆われた

「お前、羊獣人か」
「はい。人化よくできておりますでしょ?」
黒い顔に白い毛、そして丸く生えた角があった

「うまいな…」
「特訓しましたから」
「まだ完全獣化みてないなぁー」
「セシルさんの頼みでも聞けませんね。特別な人にしか見せませんので」
クスクスと揶揄うよに笑った

「それじゃあ仕方ないね。あっ、テオのも見てない!」
「必要がないだろ」
「でもせっかくたら見てみたいなぁ。どっちも出来るの?」
「‥.出来る」
「ますます見たいなー」
「やらん。疲れるからな」
完全獣化は話せないし服が着れない
人化は便利だが疲れるし落ち着つかない
だから殆どしたことがなかった

「そっかぁ。いつか見せてね」
「機会があればな」
ないと思うがな
とは言わなかった

バタンッ!
激しい音がした
「ふぃ~~!よぉマスター!」
強い酒の匂いを纏わせた獣人が現れた

「いらっしゃいませ。バーの営業は十八時からになっておりますが」
「あーいいのいいの!それまでいるから!ゴクッ」
手持ちで持ってきたであろう酒瓶に口をつける
俺は嫌な予感がした
獣人はアルコールに弱い者が多い
なぜなら本能が強く出てしまうからだ
暴れたり性欲が増したりする
よく収容所で殴り合いから殺し合いする呑んだくれが多かった

「…」
俺は残りのポテトを口に入れるセウスを連れて退店しようとした
だがその前に運悪く男が絡んできた
虎獣人の酔っ払いはなぜかカウンター席のセシルの横に座る
そしてやはり、絡んできた

「おう兄ちゃん見ねー顔だな」
「そうですね。私はカフェにしか来ないので」
「酒飲めねーのか?ちっちぇーもんな!がはは!」
何が楽しいのか酒を飲みながらセシルに絡む
「小さいのは関係ないかと」
「そうだな!まぁ大人になってから飲めよ!そんときゃ一緒に飲もーぜ!」
そう言ってセシルの肩を掴もうとしたので
俺は奴の手首を掴む
「あ!?何すんだよ狼の兄ちゃんよぉ」
「…触るな酔っ払い」
「言うじゃねぇーか。てめぇのなんなんだよこの坊ちゃんは」
「…何だっていいだろ」
「言えねーのか?はは!飼い犬だったかぁ?こんなちっちぇーご主人様じゃ満足させてもらえねーだろ?あー逆か?なら坊ちゃん俺なんかどうだい?失神するほど気持ちよくさせるぜ」
酒臭い息を吐きながらセシルに近づく

「わぁ」
俺はセシルを後ろから抱き寄せ離す
爪先立ちしてギリギリ立てているセシル

「はっ!必死だなワンコ。スカしておいてそのザマかよ」
「…意味がわからない。いい加減にしろ」
奴から怒気が伝わりセシルを背に庇う

「カッコつけてんじゃねーぞイヌッころ!」
「…よく吠えるな子猫が」

互いに牙を剥き出しにして睨み合う
「て、テオ…」
震えながら俺の腰に引っ付くセシル
「離れていろ。すぐ終わらせる」
久しぶりの戦闘に血が沸きたつ
これだから嫌なのだ獣の本能とは


「そこまでです」

黙っていたラウムが言い放った
「私の店で喧嘩はおやめください」
「こいつが生意気なのが悪いんだよ躾けだよ躾!年長者の優しい教えだろーが」
「一方的ですしマナー違反をしたのはあなたです」
「はぁ?そんなことしてねーよ!ちょっとかわい子ちゃんをナンパしただけじゃねーか。それにキャンキャン吠えてきたのがこいつだろ!」
「吠えていない」
「吠えてたんだよ!ボクのご主人様奪わないでぇ~ってな!」
「…酒の飲みすぎて頭がイカれたか?」
「なんだと餓鬼!」
ガシャンッ
「ほぐわッ!?」
「やめろ、と言っております」
いつのまにかラウムのその手には大口径のマグナムが握られていた
それを虎の口の中に突っ込んでわざとらしく舌や牙に当てて音を立てている

「ほわほわぃはぁ!?」
「あなたが悪いんです。勝手は許しません。店内を汚したくないのでこれ以上場を汚すなら…」
ラウムは顔を近づけて俺たちに聞こえないように言う
だが俺の耳には聞こえた


「殺しますよ?」
落ち着いた様相からは見えない
ひどく冷たく愉快そうな声音で
虎はガクガクと震えた

「ゲホッ、悪かったよ。飲みすぎた」
「そうみたいですね。他には?」
「ほか?」
チラッと俺たちを見る
「ね?」
「…悪かったよ悪ノリした、ごめんな」
申し訳なさそうな顔をして
頭をかいていた
「俺はどうでもいい」
「てめぇ」
「あの私も気にしてないので、大丈夫ですよ」
「こっちの坊主はいい子だな!怖い思いさせて悪いな!なんか奢るぜ!」
「いえ!もうたくさん食べたしもう出るので…」
「ならコーヒーテイクアウトしてけよ!それたらいいだろ?」
「えっと…」
困っていたがラウムがそれで貸し借りはなしですねと言って二人分のコーヒーとカフェオレ、そして焼き菓子まで付けてくれて
虎とラウムが手を振って見送ってもらい
店を出た

「なんかすごかったね」
顔を赤くして笑っている
「…すまない」
俺は謝った
「なんで謝るんです?」
不思議そうに尋ねる

「…お前を怖がらせた」
他にやりようはあった
一発で気絶させることもセウスを抱えて出ることも
なのに俺は殴り合いを選んでしまった
こいつの前で
それは俺自身酷く情けなくなる気持ちだった

「大丈夫だよそんなこと」
カップの蓋を開けてフーフーと冷ます
「…なぜだ?」
「テオが僕のために、守ってくれようとしたんでしょ。なら僕が怯える理由ないよ。あれはラウムさんが銃を持ち出したから怖くなっちゃって」
テオが撃たれたら僕嫌だからさ
と言って困ったように笑う
「そうだったのか。銃に気付けたのか?」
「うん。あの銃は多分魔導式銃だから独特の音がするんだ」
「そう、なのか?」
俺は金属の音しかしなかった
「あーこれ話すなって言われてたんだった。まぁテオだからいっか。魔法とか僕は音でわかるんだ」
「…音」
「そう。だから隠されていても音がするからわかっちゃうんだ」
「そんなことができるのか。すごいな」

「….すごくなんか、ないよ」
少し前を歩いたセシルが
冷たい風の中白い息を吐いて小さく言ったのを
俺だけが聞こえていた



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