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22話 ウェドガーと呼ばれた男

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「お待たせしたブヒねッ! 当店自慢のセレム牛カレーを心ゆくまで味わうがいいブヒよッ」

「おぉ、やはりセルセレムに来たらここのカレーライスを食べないと始まらないですな」

 ……物凄く食欲をそそられる良い匂いだ。確かにおじさんの言う通りとても美味しそうではあるし、いつの間にかもう既にガツガツとスプーンを使わずに一心不乱に食べてるウルフィを見るに、味や辛さの問題は無さそうだ。
 というか、ウルフィ食べ方汚いよ。戦士のマナーというか食事のマナーを彼に教えてやらなければ。
 相変わらずウルフィは能天気で周りを気にしないタイプだと思う。

 ウルフィの事はひとまず置いて、ボクも一口掬って食べてみる。
 ……なんて芳醇で濃厚な味なんだ! 想像以上の美味しさと香りが口いっぱいに広がる。セレム牛の肉は食感を損なわないながらも、ルーと絡み合いやがて口の中でふわっと溶けていく。思わず頬が緩んでしまうし、空腹だった事も相まって手が止まらなくなる。

 実の息子を見守るような、そんな少し父さんに似ている優しげな目線に気がつきボクは顔を上げる。紳士はボクの顔を見据えて開口すると。

「それで小僧。セルセレムを目指せと闇の精霊が言ったその理由はなんですかな??」

そう言って彼はスプーンを皿に置く。優しげな瞳ではあるが、厳格さを称えるような琥珀色の瞳の色に、ボクは食事を進める手を止めてその質問に答える。

「……魔王軍に入るきっかけが見つかるかも知れないから」

 その為にどうしたらいいかなんて分からない。誰に何を聞いて、どう手続きをすれば良いのだろうか……。それに魔王軍に入るまでの宿代や食費をなんとかする必要がある。

 ボクの服はもう完全にボロボロになってしまったし、身綺麗な服装もしておきたい。
 ……それもこれも、聖騎士の奴らのおかげだという事を思い出し、腹が立ってくる。

「ふむ。小僧が魔王軍にとな? ……笑えない冗談ですな」

「冗談なんか言ってないッ! ボクは本気だッ」

 軽くあしらわれたのが酷く悔しくて、思わずテーブルを両手でバシンと叩き、大声を上げて立ち上がる。両隣のテーブルに座るお客が何ごとかとボクらのテーブルに注目しているのにも関わらずに大声を出す。

 そんなボクに対してウェドガーと呼ばれたおじさんは冷静に、ゆっくりと諭すように話し始める。

「小僧、お前が魔剣……闇の精霊に選ばれし者だとしても、一体何ができますかな?? その魔剣一本で大局を変えられるほど、人間たちとの戦はそんなにやすくはない」

「それに……少年兵を戦場に送るほど、魔王軍は落ちぶれてはおらぬ」

「ロクス、カレー食わないのかワン? もったいないオレがいただくワンよ!」

『あわわわ……わ、私のカレーがぁ!!』

 握り締めた拳を震わせて、ボクは眼前の紳士を睨み見る。空気の読めないウルフィがボクのカレーを横取りするのも、メルが悲壮な声をあげようとも、それを気にせずただ真っ直ぐに彼の瞳に目線を合わせる。

「小僧、『魔剣があれば魔王軍に入れる』もしそう考えているなら思慮が足りないと言わざるを得ませんぞ?」

「──そんなふうに考えたりしてませんッ」

 自分でも内心で驚くくらいに声を荒げている……ボクが魔剣を使いこなせないのは事実だけど、未熟ながらも魔剣士として戦っていく気持ちは固まっているんだ。
 なのに、なのに……ボクが何もできないだって? それじゃあただ指を咥えて人間と魔族の戦いを見てろってこと?
 ボクを追放し、弄び斬り伏せた聖騎士達がヘラヘラと笑いながら魔族を殺すのを黙って見てるだなんて願い下げだ。

「たしかに貴方が言ってることはもっともだと思う……! だけどボクが魔王軍で魔剣を振るうことに意味はあると思います!!」

「ほう、どんなことですかな?」

「ボクは……、あっという間に魔王様の片腕くらいにはなってみせるッ! そして弱きを助け、悪しきを挫き蹂躙される魔族たちを救い出し、理不尽を振り翳す人間たちに裁きを与えてみせる!! そうすればボクが魔王軍に入る意味があるとは思いませんかッ?!」

「小僧……本気で言っておるのか?」

(先代の魔王様亡きあと、数多くの腕に自信のある魔族が魔王軍の幹部になりたがっていたが……、〝本物〟の戦士は一人もおらなんだが……)

(しかしこの小僧の口から放たれる言葉は異様なほど重く、そしてその目は──しっかりと自分の未来を捉えている……これがアズラの息子か……)

 コチラの成り行きを未だ静かに見守っているテーブル客のことを知らずして、『ダイニングオーク』の店の扉が呼び鈴を鳴らしながら勢いよく開いた。

「あぁ~お腹空いた!! オックル料理長、今日のお勧めの刃魚定食、巻きで持ってきて……って、ウェドガー様?」

 新たに現れた堕天使族の青年が紳士の存在に気づき、こちらまで歩み寄る。すると訝しげに睨み合うボクをよそに、ボクの眼前の紳士に話しかけていた。

「……問題ない。世間話をしていただけですからな」

 魔族の青年に返答をしてはいるものの、その瞳はボクをとらえて微動だにせず見据えている。彼の皿の上にはカレーがまだたっぷりと残っておりウルフィがコソコソと皿に手を出そうとしていた。

「あ、こら、ウルフィ!! 何してるんだバカッ」
「ギャワンッ! な、何するワン?!」

 ウルフィの伸ばした手を叩き、彼の首筋を掴む。それをきっかけに席を立ち店の出入り口に歩き出すも一度おじさんの方へと向き直る。

「……カレーライス、ご馳走様でした。とても美味しかったです。それと……おじさん、ボクは小僧って名前じゃない。貴方がもし紳士ならその呼び方はやめて下さい」

 最後にお礼とお願いを告げ、ウルフィがまだテーブルに残ってるおじさんの分のカレーを名残惜しく眺めていることに一瞬呆れて、再び背中を向けその場を立ち去る。

「ふむ、すまなかったな。ではお前の名は?」

「……ロクス=ウールリエル」

「そうか、私はウェドガー=ガルビアーニだ」

「……ご馳走様でした、ウェドガーさん」

 最後に互いの名を教え合い、一飯の礼を伝えてからボクはお店のドアを素早く開けて振り返らずに歩き出した。彼が魔王軍の関係者だとしたらボクが入り込む余地はないかも知れないけれど、……ボクが魔剣士としての力を得る為に、何が何でも魔王軍に入ってみせる。


 ……ウェドガー=ガルビアーニ……


「ったく、なんなんだよあのおじさん……」


 あまり魔王軍についての情報を得られなかったな……わかったことは少年兵を使うことを良しとせず大人達だけで戦ってるというくらいのことだった。



 ◇


 〔 ウェドガー=ガルビアーニ視点 〕

「……アズラ、まさかお主が命を落としていたとはな……」
「だから……人間と婚姻するとろくな事にはならんとお前に言ったではないか」

「……それにしても貴様の息子、面も性格もお前にそっくりで驚かされたぞ? ふふふ」

「ロクス=ウールリエル……か」

 食後のコーヒーを一口、私はかつて、人間の娘と恋に落ちたことで魔王軍を追放されたロクスの父──友人を思い出すのだった。
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