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86話 さぁ、食すがいい!

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 そもそも私のカレーは、ユーナの喜ぶ顔が見たくて懸命に料理の腕をみがき完成させたものだ。

 自分で言うのもなんだが、私のカレーの出来は素晴らしい。はっきり言ってそこら辺の一流レストランですら足元にも及ぶものか。

 この芳しい香りの誘惑に耐えられる者などそうはいまい。まして腹っぺらしのお前たちが我慢などできるはずがない。

 さあ、ほんの数歩を踏み出すがいい……! その背中を押すための手は打ってあるのだ……!

 そして椅子に座りさえすれば、最高の美食がお前たちを待っている……くくく。

 と、私がニヤリと口元を緩ませたその時だ。

「そこをどいてくだちゃい! おいちいドラゴンカレーが食べられるのはここでちね!?」

「お嬢様、走るとあぶないぜ? 焦らなくてもカレーは逃げないって」

 詰め寄せていた者たちの後ろから聞き慣れた声が聞こえてくる。ざわめく人垣が割れていくとそこに姿を現したのは──。

「計画通り……! 来たな二人とも……!」

 人々の間から私の元へと走り寄ったのはそう、私の忠実なる部下にして四天王、ロリエラ・ジュニサイ。
 そして同じく四天王である腐男子にして変態のビエル・フダンスィだ。

 二人とも私の『変装』と『擬態』の魔法が施してあるため、どこからどう見てもどこかのお嬢様と執事だ。

 ドラゴンカレー大作戦フェーズスリー、それはずばり、ロリエラとビエルによる隠密販売戦略ステルスマーケティングだ。

「いらっしゃいお嬢さん」

 私がそう言うと、ロリエラは小さく息を切らしながら声を出す。

「間に合ってよかったでち! あたち、カレーがなくなってちまったらどーちよーってしんぱいでちたからっ!」

 ロリエラが肩を揺らす後ろで、ビエルがやれやれといった面持ちで言う。

「お嬢様、はしたないぜ? いくら幻のドラゴンカレーが食べられるからってみっともないよ」

「ビエルはうるさいでちねー! じゃああなたは食べたくないんでちか!? ドラゴンの肉を使ったでんちぇつのカレーを!」

「もちろん食べたいさ。ついでにそのカレーをつくるシェフも美味しく食べたいものだけどね」

 ビエルは穏やかな声でロリエラに話しかけると、私の方をチラッと見てから気持ちの悪いウィンクを私に投げつけた。

 見ると、ビエルは相変わらず胸元をはだけさせていてあわやビーのティクが見えそうになっている。

 ゾッとする悪寒を私が堪えている中、頬をぷくりと膨らませてビエルを睨んでいたロリエラが私に向き直り、ニコっと笑って元気よく言った。

「カレーらいちゅ、あたちにひとつおねがいしまち!」

「かしこまりました、小さなお嬢さん。大盛りでいいかな?」

 私の言葉に、ロリエラは一瞬目を丸くしてから苦笑する。

「あたちが食いしんぼうなのバレてちまいましたか? ぷぷぷ! うん! おーもりひとつ! あ、ビエルのぶんもあるからふたつ!」

 私はロリエラに微笑み返し、親指を立てて言った。

「グラッツェ、カレーライス大盛り二つだ!」

「「「押忍、グラッツェ!」」」

 魔王軍爆走愚連隊の者たちが口を揃えて大きな声を出すと、私はアツアツに炊けたご飯を皿に盛り付け、オタマ三杯分ほどのドラゴンカレールーを流しかける。

「お待たせしました、当店特製ワイバーンの頬肉を使ったドラゴンカレー大盛り……堪能するがいい」

 私が完成したドラゴンカレーをロリエラとビエルの前に置く。

 カレーを見た彼女は手を叩いて喜んで。

「うわぁいい匂いっ! おにくもおイモもニンジンもゴロゴロ入っていて……たっぷりかけられたルーがぜいたくでちね!」

「ああ、このルー……さながら聖なる泉のように美しい。この肉と野菜もまるで光り輝く宝石のようだ……」

 ビエルとロリエラが食い入るようにカレーを見つめると、一拍おいてロリエラが人族の方を見まわして大きな声を出した。

「ではえんりょなくいただきまち! みんないらなそーだからあたちがぜんぶ食べちゃおーかな!」

 そう言うとビエルとロリエラはスプーンを手に取り、カレーを掬うとはむっと頬張っていた。

 するとその様子を見ていた人族からどよめきが上がる。

「な、なんて美味そうに食べるんだ……!」

「見て! 隣りの殿方はまるで少年のように食べてるわ! よほど美味なのかしら!」

「ど、ドラゴンの肉ってそんなに美味いのか……! ご、ごくり……っ!」

 人間たちは二人が美味しそうに食べるカレーに興味を持ち始める。
 やがてカレーを綺麗に食べ尽くしたビエルとロリエラが氷の入った冷えた水をゴクゴクと飲み干した。

 赤く火照った顔に汗を浮かべ、恍惚にとろんとした目をすると大きく息を吐いて言う。

「はぁああああ~~……! 美味しかったぁ……ッ! 世の中にこんな美味いカレーがあるなんて、感動しかない、ごちそうさまでした」

「あたちはもっと食べたいでち!」

 ……ゴク……ごっくん。

 誰かの喉を鳴らす音が聞こえる。

 それは周りにひしめく人間たち全員が同時に飲み込んだ生唾の音だったのかもしれない。

 こうしている間にも、ドラゴンカレーの芳醇な香りがあたりに広がっている。

 さぁ、畳み掛けるとしよう。

 私はバターのひかれたフライパンに、カレー用のワイバーンの肉を落とすとじゅう……っと音を立てる。

 赤ワインでフランベすると青い炎が立ち上り、肉汁とブラウンソースの絵も言われぬ香りが周囲に漂う。

 すると、ついに──!

「お、俺にもカレー頼む! 特盛で!」
「あ、あたしにも!」
「ワシも!」
「僕も食べたい!」

 気が付けば何人もカレーの鍋の前に集まっていた。
 
 街の者たちが次々に注文をしていく。抗うことのできない芳しい香りに鼻をくすぐられた上に、目の前で美味しそうに食べる二人を見てついに我慢できなくなったようだ。

 皿にご飯とカレーをよそい、スプーンを添えて手ぎわよく順に渡していくと、大人も子供も夢中になって口にカレーを運んでいく。

「うまい! ドラゴンの肉って、こんなに柔らかくて美味かったんだ! 口の中であっというまに消えていく……!」

「イモもほくほくで最高!」

「うぅ……久しぶりにまともな食事でワタシ涙が……ぐすん」

「ボク、黒毛魔牛の肉を使ったカレーを食べたことがあるけど、だんぜんドラゴンの肉の方が美味しい!」

 気が付くと私の『ma・王様のレストラン』は大盛況。たくさんの人間が押し寄せて、私のカレーを美味しいと歓喜の声を出していた。

 あまりにも美味しそうに皆が食べてくれるものだから、つい私も笑顔になってしまった。

 さて、このあとは……!
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