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83話 ドラゴンカレー
しおりを挟むレストランへと戻る道すがら、私は少女の名前を聞いた。【リタ】という、女の子らしい名前だった。
リタはノゾッキーに肩車をされながら、ニコニコとしていた。落ちないようにノゾッキーの顔に手を回している。
「うれしいなぁ、うれしいなぁ! カレーはやくたべたいなぁっ」
「ちょ! 小娘セッシャの目をふさぐな! 前が見えない!」
「リタ、喜ぶのはわかるが、カレーが出来上がるまでは私の配下と一緒にチラシを作るのを忘れるな。お前が描く子どもらしい暖かい絵で人々の心を掴む……よいな?」
「はい! まおーさま! あたしいっしょけんめいお絵描きしますっ!」
「良い返事だ。お前の仕事ぶりに私は大いに期待しているぞ」
私は頷き、微笑んだ。
そんなこんなでレストランへと到着する。
さて、ここからカレーづくりをするのは私の仕事だ。もちろん具材を切る係り、炒める係りなどの配置はしてある。
と、私はふと店の看板を見上げた。
真っ白な石づくりのオシャレな店に出来上がっており、入り口の上に大きな木の一枚板に、野太い文字で豪快に店の名前が書きつけてある。
私が魂を込めて書いた【ma・王様のレストラン】の文字、我ながら達筆だ。
私が自分の文字に自画自賛していると、リタは看板を指差しながら私を見下ろして言う。
「ねぇ、まおーさま?」
「なんだ」
「かんばんの文字かいた人、めっちゃ字ヘタだね!」
「は?」
字が……ヘタだと? 何を言い出すんだ?
この文字の曲線や豪快さの美しさがわからんとは、やはり子ども。もしかしたら種族の違いもあるかもしれない。
私は大きなため息をひとつつき、
「リタ、お前はぜんぜん分かっていない。この文字の美しさを……大人になるまでに審美眼を養うことだな」
ビシズバで言った。
私の文字がヘタなわけがないのだ。
さて、そんなことより早くカレーづくりだ。リタはもちろん、街の連中も腹を減らしているだろう。
ふふ……そして人族に合わせて教えてやる。ワイバーンの肉はめちゃくちゃ美味いということを。
☆★
レストランへ戻り、カレーづくりを再開する。
リタは椅子に座ると目の前の丸テーブルで宣伝チラシ用の絵を色鉛筆で描いていた。リタの両脇にリーゼントヘアで特攻服、エプロン姿の者たちも仲良く座ってチラシ作りの作業をしている。
私は手を洗い、再びキッチンに立つとすでに切り離しておいたワイバーンの頬肉に下ごしらえをする。
カレーだけに止まらず他の料理もしてやりたいところだが、その前にワイバーン、つまりドラゴンの肉の旨さを知ってもらうにはやはり煮込み料理だ。
頬肉をザックリと適当な大きさに切り、私たち魔族の間で有名な赤ワイン『サトウ・ラトゥール』で漬け込む。
こうすることで肉の血の匂いは消え、優しく甘い香りに変化するのだ。それに柔らかい頬肉がさらに柔らかくなり味に深みを増す。
少し時間をおき、肉をワインから取り出すと今度はスパイスを揉み、塩を振る。
ドラゴンの肉をより美味しく食べるにはこうしたひと手間はかかせない。私が幼少期に覚えた魔物料理の鉄則だ。
すると、魔王軍爆走愚連隊の調理担当の者たちが口々に報告の声を上げる。
「魔王総長、米が炊けました!」
「まだ足りんぞ? 街の者が何人いると思う! どんどん炊いていけ!」
「御意!」
「総長! イモとニンジン皮むき終わりました!」
「でかしたぞ! っておい、皮を捨てるな! 出汁に使え! 食材をムダにする者は私がぬっころすぞ!」
「すいやせん、失礼しました!」
「タマネギのみじん切り終わりましたぁッ!」
「よくやった! 涙を拭け! そして焦げ付かないようにじっくりキツネ色になるまで炒めろ!」
「押忍!」
私が指示を出すと、涙を吹いた調理担当の一人が大きな鍋に黒毛魔牛の乳で作ったバターを溶かし、タマネギを炒め始める。
そこへ調味料を加え、イモとニンジンを投入。そしてワイバーンの頬肉を入れ、火が通ったところに出汁を入れる。
もちろんワイバーンの肉を漬け込んでいたワインも忘れない。あとはゆっくりかき混ぜながらひたすら煮込み──!
私のドラゴンカレー第一弾が完成した。
食欲をそそる良い匂いが鼻をくすぐる。
一口掬って味見をすれば、想像以上に芳醇で濃厚な味と香りが口いっぱいに広がっていく。
ワイバーンの頬肉はふわりとした食感で、ルーと絡み合いやがて口の中でいつのまにか溶けていく。
くくく……! 上出来だ……! これを人間たちが食べたならば思わず頬が緩んでしまうことうけあいだ。
さて、まずはリタに食べさせてやろうではないか。
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