魔王様はレベル1の勇者に恋をする! 〜ヤンデレ系こじらせ魔王は愛する勇者のレベルを上げさせない〜

愛善楽笑

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82話 小さな少女に優しさを

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「この男もバカですねえ。素直に『ごめんなさいもうしません』って言えばいいものを。しかしさすが魔王様、チビッ子風味に言うとまるでヒーローですね」

 ひと足遅れてやってきたノゾッキーは泡を吹いてピクピクと痙攣して倒れている兵士の前にしゃがみ込むと、棒切れでツンツンしていた。

 ノゾッキーは胸ポケットから魔導水晶板を取り出すと、間抜けな兵士の顔を撮影し始める。

 私はノゾッキーの背中を見下ろして言う。

「ヒーロー? 違う、私はただ浅ましく卑劣で下賤な者が嫌いなだけだ。それに、この街をさっさと平定しないとユーナが来てしまうからな」

「たしかに仰るとおり。ところで……さっきから子どもが魔王様を見てますが?」

 そう言われて後ろを振り向くと、小さな少女が私を見上げていた。そしてぽつりと「あたしのパン……」と呟いた。

「ん? あぁ、そうだったな。ほら……少女よ。お前の大事なパンだ、受けとるがいい」

 ツインテールを黄色い髪留めで結わえた、幼い少女に私はパンを差し出す。

「あ、ありがとう、おにいちゃん!」

 少女が無邪気な笑顔を向け、私の手からパンを取る。聞けばこの小さなパンは彼女の一週間の食事だったようだ。

 私は少女の前で膝をつくと、彼女の頭を優しく撫でながら顔をじっと見つめ、告げた。

「少女よ、お前たちの空腹に困る日々は今日で終わりを告げる。安心するがいい、この私がお前たちを悪党から解き放ってやる」

「ふぇ? ……お兄ちゃんは誰なの? まさか神さまじゃないよね……?」

 きょとんと小首を傾げる少女に、私は特攻服を大きく翻し、頭のナプキンを結わえ直して少女を見下ろした。

「くっくっく、面白いことを言うな少女よ。私は神ではない、我が名はヨーケス・ブーゲンビリア。魔王軍の頂点にして魔王だ。忘れぬようしかと胸に刻むのだぞ?」

「まおー……? うん! よくわからないけどありがとうお兄ちゃん!」

 少女は満面の笑みで答えると、かぷりとパンにかじりつく。すると、ノゾッキーがサングラスをクイっと位置を直し、彼もまた、少女の頭をくしゃくしゃと撫でる。

「良かったな小娘。魔王様に生涯を通して感謝するんだぞ?」

 ノゾッキーがふふん、と得意げに鼻を鳴らして言った。

「おじちゃん、おじちゃんは何もしてないのにずいぶんとえらそーだね? あたしそーゆーのきらい」

「お、おじ……!? こ、小娘! セッシャはこう見えてえらいんだゾ! なんせセッシャは魔王軍四天王、不死身の──」

 あたふたと汗をかくノゾッキーの言葉を、私は遮るように手を出した。
 こいつの素性など別にこの少女が知ったところで意味はないのだ。私はノゾッキーに向けて言う。

「ノゾッキー、魔王軍爆走愚連隊のメンバー全員に通達だ。この少女を私のレストランの第一号のお客さんにする。魔導水晶板で一斉送信をしておけ」

「えっ!? 連れて行くんですか? まだ準備中ですが……」

「かまわん。この少女は勇敢にも悪党へ立ち向かった小さな勇者だ。真っ先に私のカレーを食べる資格がある。それに出来上がるまで宣伝チラシの作成を手伝ってもらえば……っと、ノゾッキー? なぜ笑う?」

「ぷぷぷ……いや、失礼を。人族の子どもにセッシャたちの仕事を手伝わせるなんて、鬼畜な魔王様だと感心しただけですよ」

 そう言うと、ノゾッキーが少女を持ち上げ、肩車をしてニヤリと口元を緩ませる。

 私は鬼畜と言われて少し腹が立ったが、不思議と今はノゾッキーに魔法をブッ放す気にはならなかった。

 こいつが何かやらかすたびに不機嫌になる私だが、少女を肩車するこのバカを見て、なぜかわからないが心の中に、優しい風が吹くのを感じていた。

 ……ユーナがサンドリッチの街へ到着するまでおよそあと五日。

 五日で荒んだ街を平定するには常人ならばあまりにも短い期間だ。

 しかし、私はやってやる。やり遂げてみせる。
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