この度、転生することになりまして

藍風月

文字の大きさ
上 下
4 / 45
プロローグ

新たな物語の始まり4

しおりを挟む
「そういえば、例の鉱石のことなのですが」
「ええ」

 ある日の夜、寝室で、ティーカップを置いたシモンが口を開いた。真剣な声色に、エステファニアもカップをソーサーに戻す。

 舞踏会のときのひと悶着については、もう二人の中ではなかったことになっていた。
 それ以前の距離感を保ち続けていて、特に問題も起きていない。

 例の鉱石とは、以前シモンが話していた、婚姻の神託の前に発掘された新しい鉱石のことだろう。

「しばらく前に研究自体は終わっていまして……魔石、と名付けました。驚くことに、魔力に反応するんです」
「魔力に?」

 そんなものは、聞いたことがない。
 新しいものだとは聞いていたが、そんな、人の想像が及ばないようなものだったなんて。

「魔石を使うことで、魔術師でなくても、擬似的に魔術を使う方法を編み出しました。南の国との小競り合いが続いていますので、近いうち国として宣戦布告し、そこで実戦投入する予定です」

 エステファニアは絶句した。
 もしシモンの言っていることが本当で、それが成功したならば、世界は大きく変わるだろう。
 今までのいくさは、一握りの魔術師と、有象無象の魔術の使えぬ兵で争ってきたのだ。
 しかし魔石により一般兵までも魔術が使えるようになれば、他国の少数の魔術師では、太刀打ちできないだろう。

 エステファニアは確信した。
 おそらく自分をロブレに嫁がせた神託は、このことを見通していたのだ。

「……そんな大事なことを、わたくしに話しても良いのですか?」
「どうせもうあと少しで、世界にばれることです。それに話を聞いたとしても、とても現実のこととは思えないでしょう?」
「それは、そうですが……」
「戦争のことも、もう帝国の方へ話は通してあります。北の国が後ろから迫ってこないように、睨みを効かせていただけるよう、お願いしました」

 ロブレの北の国は、更に北にある帝国とロブレに挟まれているのだ。

 まさか魔石などというものがこの世に存在して、さらに、もうすぐ国同士の戦争が始まるだなんて。
 重大な出来事の連続に戸惑った。
 世界中の様々なところで戦争は行われているが、少なくともエステファニアが産まれてからの帝国は、いくさをしていなかった。
 エステファニアにとって初めての、自分の国が関わる戦争になる。

「……あなたも、戦争に行かれるのですか?」
「ええ。魔術師として、魔石の開発者として、行くつもりです。ですが、大丈夫ですよ。すぐに終わるはずですから」
「そう……」

 ぽつりと呟いて、俯いた。
 目の前の人が戦地に赴くと思うと、どうも落ち着かない。

「もしかして、心配してくださっているのですか?」

 そう聞かれたので、迷った末、素直に頷いた。
 シモンは破顔し、ソファから立ち上がる。
 そしてエステファニアのそばまで来て、跪いた。

「ありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。我々は、元は一つの国が分裂してできたものですから……日常茶飯事とまでは言いませんが争いは各地でありますし、わたくしも何度かいくさに出て、全て無事に戻ってきております。特に、今回は魔石もありますから、負けることはありません。必ず戻ってまいります」

 いつも以上にやわらかく、優しい声色だった。
 見上げてくるシモンに視線を向けると蕩けたような紫の瞳と目が合って、慌てて逸らす。
 
 舞踏会の……あんなことがあった後でも、シモンは変わらずに笑顔でエステファニアのきつい言葉を流し、望みをできるだけ叶えようとし、一線を越えない範囲で、好意を持っていることを伝えてくる。
 きっと、ヒラソルの血を求めるが故の演技だとは思っているのだが……時折、こうした彼の表情や熱のこもった瞳を見ていると、本当にそうなのか、と疑わしく思ってしまうのだ。

 もし彼の言葉が本心なのだとしたら、エステファニアを求めつつも、迫ってくることもなく、婚姻の条件を守り続けていることになる。
 それが自分への真摯な愛を示しているような気がして、その可能性を考えると、なんともむず痒い気持ちになるのだ。

 その、くすぐられているような不快感を払おうと口を開きかけ――彼は、戦地に行くのだと思いとどまる。
 流石に、そんな相手に強く当たるほど子供ではない。

「ちゃんと、戻って来てくださいね。あなたのいないロブレは……つまらないでしょうから」

 そう言って右手を差し出すと、シモンははっと息を呑んで、エステファニアの手をそっと取った。
 なめらかな手の甲に口付けを落として、手を握ったまま見上げてくる。

「ええ、必ずや。神と、あなたに誓って」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

魔喰のゴブリン~最弱から始まる復讐譚~

岡本剛也
ファンタジー
駆け出しの冒険者であるシルヴァ・ベルハイスは、ダンジョン都市フェルミでダンジョン攻略を生業としていた。 順風満帆とはいかないものの、着実に力をつけてシルバーランク昇格。 そしてついに一つの壁とも言われる十階層の突破を成し遂げた。 仲間との絆も深まり、ここから冒険者としての明るい未来が待っていると確信した矢先——とある依頼が舞い込んできた。 その依頼とは勇者パーティの荷物持ちの依頼。 勇者の戦闘を近くで見られることができ、高い報酬ということもあって引き受けたのだが、この一回の依頼がシルヴァを地獄の底に叩き落されることとなった。 ダンジョン内で勇者達からゴミのような扱いを受け、信頼していた仲間にからも見放され……ダンジョンの奥地に放置されたシルヴァは、匂いに釣られてやってきた魔物に襲われた。 魔物に食われながら、シルヴァが心の底から願ったのは勇者への復讐。 そんな願いが叶ったのか、それとも叶わなかったのか。 事実のほどは神のみぞ知るが、シルヴァは記憶を持ったままとある魔物に転生した。 その魔物とは、最弱と名高いゴブリン。 追い打ちをかけるような最悪な状況に常人なら心が折れてもおかしくない中、シルヴァは折れることなく勇者への復讐を掲げた。 これは最弱のゴブリンに転生したシルヴァが、最強である勇者への復讐を果たす物語。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

処理中です...