帰還してもファンタジーは続く~一つの世界を滅ぼした男は悪なのか~

キユラ

文字の大きさ
上 下
2 / 3

02~帰還~

しおりを挟む
 無―――彼の意識が浮上してまず理解したのはそれだ。
 何も聞こえず、何も感じない。意識だけの状態。

 彼にとっては慣れ親しんだ感覚である。

 それから間もなくして入って来たのは音。
 車が走り、人々が行き交う。僅かばかりの木々が揺れ葉がこすれ合い、鳥が羽ばたく。家屋から漏れ出る生活音に人々の心音。スマートフォンの通信する音に宇宙から降り注ぐ音……

 ちょっと通常の人間では聞こえない音も聞こえているがその辺りは後で調節しようと彼は思う。

 続いて刺激、匂いと徐々に五感を取り戻していき、すべての感覚が目覚めたところで彼は目を開けた。

 歩行者用の信号が赤から青へと変わり、人々が横断歩道を渡り始める。友達と話しながら、スマホを見ながら、仕事の電話をしながら……
 何の変哲もない日常の一コマ。それは彼が追い求め続け、遥か昔に諦めたもの。

「は、はははっ。はははははははははははっ!!!!」

 彼は空を見上げて笑い声をあげ、表情をピクリとも変えないその様子を周りはおかしなものを見るような目で見る。

「は~~~ぁ」

 信号が赤へと変わった瞬間、彼は急に笑うのをやめ顔を正面に戻した。

 周囲の視線が自分に向けられていることに気がついているが彼にとってはこの世界に戻ってこれたことの方が重要だ。

「焦がれ求めた時には一片たりとも光は見えなかったのに……すべてを諦めたら戻って来られるんだもんなー」

 そして不意に指を鳴らした。

 パチンッと指が鳴らされると周囲の人々の動きが止まる。まるで時間が止まったかのように。
 信号が赤から青へと切り替わる。止まっているのは人間だけ。

「”力”はそのまま」

 彼は自分の手を見つめてそう呟いた。

 万を超える年月を過ごした今は無き別の世界。そこで手に入れ、磨き上げた力。
 まあ、手に入れたというより押し付けられたと言った方が正しいだろうが……

 彼は近くに居た女の鞄を漁り、中から小さな鏡を取り出した。
 その鏡で自分の顔を確認する。

「戻ってる……か?」

 鏡に映っているのは特別整っているというわけではなく、特別悪いということも無いであろういたって平凡な青年の顔。

 何分、数千万年前なので元の顔などというものは彼の記憶からすっかり消えていた。

 彼は何を思ったのか自らのこめかみを指先で叩きだした。彼が利き手を失った時に行わなくなった考え事をするときの癖である。
 行っているのは力の行使、薄れ消えたこの世界での記憶の掘り起こし。彼にとっては遥か昔、異世界へと召喚される前の記憶を呼び起こす。そして同時に精神部分の調節を行った。

 記憶を呼び戻すと共に、人間らしさとでも言うべきものを呼び起こす。

「うん、戻ってる」

 数十秒ほどで完了し彼はそうひとりごちる。

 彼は確かめるように地面を踏みしめ、両手を握りこんだ。
 失ったはずの両足と右腕、左目が戻っている。そのことに青年は特に喜ぶことは無く、ただ淡々と事実を確認する。

 彼は続いて女の手からスマホを取って日にちを確かめる。

「日付の方も問題なし。そう言えば明日が楽しみにしていたゲームの発売日か。そう言えば向こうの世界に渡った当初はガッカリしてたっけ? 懐かしい……」

 そこまで言葉に出したところで彼は昔のことを思い出した。異世界での苦い記憶。
 そして表情を変えずに彼は思わず言葉を漏らした。

「……殺すか」

 静かに彼が言葉を放った途端、彼の周囲の空間が軋みを上げる。
 アスファルトに亀裂が入り、ガラスが割れ、付近の機器が故障する。そして周囲に居た生物が全て破裂した。肉や骨が飛び散り、鮮血が舞う。

 血に濡れた彼は額に手を当てた。

「おっと……精神状態を戻したのはちょっと早まったか。どうも感情というのは力の制御に支障をきたす」

 彼が指先で円を描くように片腕を回すと今起こったことがビデオを巻き戻すようにして戻って行く。肉や血が人間の形を形成し道路の割れ目が消え去る。
 それと同時に彼は自分の精神を再びいじり調節を行いながらこれからのことに思いをはせる。

「まあ、あいつらを殺すのはおいおいでいい」

 それは彼にとって一種の娯楽。その気になれば世界の反対側に居ようが見つけることができる。
 故に人の身で時間をかけて見つけるという遊び。

 時間がかかりすぎれば力を使って見つけるつもりではある。

「それに久方ぶりの帰宅なわけだし明日は学校をさぼってゲームでもするか。新作の発売日だし、金土日でクリアしてしまおう。睡眠の必要もないし、存分に楽しもう!」

 そうして周囲が完全に巻き戻り精神の調節が完了すると、人間らしさを取り戻した彼は静かに家へ向かって歩き出した。

 彼が横断歩道を渡り終ったところで力が解除される。

 彼ら彼女らはまるで何事もなかったかのように動き出した。頭からは先ほどの大声で笑い声をあげていた奇異な青年に関する記憶は無くなっている。

 それは彼が異世界で得た力のほんの一部―――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

処理中です...