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02~帰還~
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無―――彼の意識が浮上してまず理解したのはそれだ。
何も聞こえず、何も感じない。意識だけの状態。
彼にとっては慣れ親しんだ感覚である。
それから間もなくして入って来たのは音。
車が走り、人々が行き交う。僅かばかりの木々が揺れ葉がこすれ合い、鳥が羽ばたく。家屋から漏れ出る生活音に人々の心音。スマートフォンの通信する音に宇宙から降り注ぐ音……
ちょっと通常の人間では聞こえない音も聞こえているがその辺りは後で調節しようと彼は思う。
続いて刺激、匂いと徐々に五感を取り戻していき、すべての感覚が目覚めたところで彼は目を開けた。
歩行者用の信号が赤から青へと変わり、人々が横断歩道を渡り始める。友達と話しながら、スマホを見ながら、仕事の電話をしながら……
何の変哲もない日常の一コマ。それは彼が追い求め続け、遥か昔に諦めたもの。
「は、はははっ。はははははははははははっ!!!!」
彼は空を見上げて笑い声をあげ、表情をピクリとも変えないその様子を周りはおかしなものを見るような目で見る。
「は~~~ぁ」
信号が赤へと変わった瞬間、彼は急に笑うのをやめ顔を正面に戻した。
周囲の視線が自分に向けられていることに気がついているが彼にとってはこの世界に戻ってこれたことの方が重要だ。
「焦がれ求めた時には一片たりとも光は見えなかったのに……すべてを諦めたら戻って来られるんだもんなー」
そして不意に指を鳴らした。
パチンッと指が鳴らされると周囲の人々の動きが止まる。まるで時間が止まったかのように。
信号が赤から青へと切り替わる。止まっているのは人間だけ。
「”力”はそのまま」
彼は自分の手を見つめてそう呟いた。
万を超える年月を過ごした今は無き別の世界。そこで手に入れ、磨き上げた力。
まあ、手に入れたというより押し付けられたと言った方が正しいだろうが……
彼は近くに居た女の鞄を漁り、中から小さな鏡を取り出した。
その鏡で自分の顔を確認する。
「戻ってる……か?」
鏡に映っているのは特別整っているというわけではなく、特別悪いということも無いであろういたって平凡な青年の顔。
何分、数千万年前なので元の顔などというものは彼の記憶からすっかり消えていた。
彼は何を思ったのか自らのこめかみを指先で叩きだした。彼が利き手を失った時に行わなくなった考え事をするときの癖である。
行っているのは力の行使、薄れ消えたこの世界での記憶の掘り起こし。彼にとっては遥か昔、異世界へと召喚される前の記憶を呼び起こす。そして同時に精神部分の調節を行った。
記憶を呼び戻すと共に、人間らしさとでも言うべきものを呼び起こす。
「うん、戻ってる」
数十秒ほどで完了し彼はそうひとりごちる。
彼は確かめるように地面を踏みしめ、両手を握りこんだ。
失ったはずの両足と右腕、左目が戻っている。そのことに青年は特に喜ぶことは無く、ただ淡々と事実を確認する。
彼は続いて女の手からスマホを取って日にちを確かめる。
「日付の方も問題なし。そう言えば明日が楽しみにしていたゲームの発売日か。そう言えば向こうの世界に渡った当初はガッカリしてたっけ? 懐かしい……」
そこまで言葉に出したところで彼は昔のことを思い出した。異世界での苦い記憶。
そして表情を変えずに彼は思わず言葉を漏らした。
「……殺すか」
静かに彼が言葉を放った途端、彼の周囲の空間が軋みを上げる。
アスファルトに亀裂が入り、ガラスが割れ、付近の機器が故障する。そして周囲に居た生物が全て破裂した。肉や骨が飛び散り、鮮血が舞う。
血に濡れた彼は額に手を当てた。
「おっと……精神状態を戻したのはちょっと早まったか。どうも感情というのは力の制御に支障をきたす」
彼が指先で円を描くように片腕を回すと今起こったことがビデオを巻き戻すようにして戻って行く。肉や血が人間の形を形成し道路の割れ目が消え去る。
それと同時に彼は自分の精神を再びいじり調節を行いながらこれからのことに思いをはせる。
「まあ、あいつらを殺すのはおいおいでいい」
それは彼にとって一種の娯楽。その気になれば世界の反対側に居ようが見つけることができる。
故に人の身で時間をかけて見つけるという遊び。
時間がかかりすぎれば力を使って見つけるつもりではある。
「それに久方ぶりの帰宅なわけだし明日は学校をさぼってゲームでもするか。新作の発売日だし、金土日でクリアしてしまおう。睡眠の必要もないし、存分に楽しもう!」
そうして周囲が完全に巻き戻り精神の調節が完了すると、人間らしさを取り戻した彼は静かに家へ向かって歩き出した。
彼が横断歩道を渡り終ったところで力が解除される。
彼ら彼女らはまるで何事もなかったかのように動き出した。頭からは先ほどの大声で笑い声をあげていた奇異な青年に関する記憶は無くなっている。
それは彼が異世界で得た力のほんの一部―――
何も聞こえず、何も感じない。意識だけの状態。
彼にとっては慣れ親しんだ感覚である。
それから間もなくして入って来たのは音。
車が走り、人々が行き交う。僅かばかりの木々が揺れ葉がこすれ合い、鳥が羽ばたく。家屋から漏れ出る生活音に人々の心音。スマートフォンの通信する音に宇宙から降り注ぐ音……
ちょっと通常の人間では聞こえない音も聞こえているがその辺りは後で調節しようと彼は思う。
続いて刺激、匂いと徐々に五感を取り戻していき、すべての感覚が目覚めたところで彼は目を開けた。
歩行者用の信号が赤から青へと変わり、人々が横断歩道を渡り始める。友達と話しながら、スマホを見ながら、仕事の電話をしながら……
何の変哲もない日常の一コマ。それは彼が追い求め続け、遥か昔に諦めたもの。
「は、はははっ。はははははははははははっ!!!!」
彼は空を見上げて笑い声をあげ、表情をピクリとも変えないその様子を周りはおかしなものを見るような目で見る。
「は~~~ぁ」
信号が赤へと変わった瞬間、彼は急に笑うのをやめ顔を正面に戻した。
周囲の視線が自分に向けられていることに気がついているが彼にとってはこの世界に戻ってこれたことの方が重要だ。
「焦がれ求めた時には一片たりとも光は見えなかったのに……すべてを諦めたら戻って来られるんだもんなー」
そして不意に指を鳴らした。
パチンッと指が鳴らされると周囲の人々の動きが止まる。まるで時間が止まったかのように。
信号が赤から青へと切り替わる。止まっているのは人間だけ。
「”力”はそのまま」
彼は自分の手を見つめてそう呟いた。
万を超える年月を過ごした今は無き別の世界。そこで手に入れ、磨き上げた力。
まあ、手に入れたというより押し付けられたと言った方が正しいだろうが……
彼は近くに居た女の鞄を漁り、中から小さな鏡を取り出した。
その鏡で自分の顔を確認する。
「戻ってる……か?」
鏡に映っているのは特別整っているというわけではなく、特別悪いということも無いであろういたって平凡な青年の顔。
何分、数千万年前なので元の顔などというものは彼の記憶からすっかり消えていた。
彼は何を思ったのか自らのこめかみを指先で叩きだした。彼が利き手を失った時に行わなくなった考え事をするときの癖である。
行っているのは力の行使、薄れ消えたこの世界での記憶の掘り起こし。彼にとっては遥か昔、異世界へと召喚される前の記憶を呼び起こす。そして同時に精神部分の調節を行った。
記憶を呼び戻すと共に、人間らしさとでも言うべきものを呼び起こす。
「うん、戻ってる」
数十秒ほどで完了し彼はそうひとりごちる。
彼は確かめるように地面を踏みしめ、両手を握りこんだ。
失ったはずの両足と右腕、左目が戻っている。そのことに青年は特に喜ぶことは無く、ただ淡々と事実を確認する。
彼は続いて女の手からスマホを取って日にちを確かめる。
「日付の方も問題なし。そう言えば明日が楽しみにしていたゲームの発売日か。そう言えば向こうの世界に渡った当初はガッカリしてたっけ? 懐かしい……」
そこまで言葉に出したところで彼は昔のことを思い出した。異世界での苦い記憶。
そして表情を変えずに彼は思わず言葉を漏らした。
「……殺すか」
静かに彼が言葉を放った途端、彼の周囲の空間が軋みを上げる。
アスファルトに亀裂が入り、ガラスが割れ、付近の機器が故障する。そして周囲に居た生物が全て破裂した。肉や骨が飛び散り、鮮血が舞う。
血に濡れた彼は額に手を当てた。
「おっと……精神状態を戻したのはちょっと早まったか。どうも感情というのは力の制御に支障をきたす」
彼が指先で円を描くように片腕を回すと今起こったことがビデオを巻き戻すようにして戻って行く。肉や血が人間の形を形成し道路の割れ目が消え去る。
それと同時に彼は自分の精神を再びいじり調節を行いながらこれからのことに思いをはせる。
「まあ、あいつらを殺すのはおいおいでいい」
それは彼にとって一種の娯楽。その気になれば世界の反対側に居ようが見つけることができる。
故に人の身で時間をかけて見つけるという遊び。
時間がかかりすぎれば力を使って見つけるつもりではある。
「それに久方ぶりの帰宅なわけだし明日は学校をさぼってゲームでもするか。新作の発売日だし、金土日でクリアしてしまおう。睡眠の必要もないし、存分に楽しもう!」
そうして周囲が完全に巻き戻り精神の調節が完了すると、人間らしさを取り戻した彼は静かに家へ向かって歩き出した。
彼が横断歩道を渡り終ったところで力が解除される。
彼ら彼女らはまるで何事もなかったかのように動き出した。頭からは先ほどの大声で笑い声をあげていた奇異な青年に関する記憶は無くなっている。
それは彼が異世界で得た力のほんの一部―――
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