魔王を倒した勇者

一章 予兆編

一話 始まりの朝

雷鳴轟き、燃え盛る荒野。

今まさに魔王と勇者の称号を得たパーティーの最期の戦いが始まろうとしていた。

「ここまで来るのにずいぶん苦労したのではないか？」魔王が隕石を召喚しながら問いかける。

「そりゃもう、ドラゴンテイムと同じくらいにはな」

剣を持った若い男がその隕石を一瞬で細切れにする。

「ふはは、つまらん冗談を」

「センス無いんだな」

二人の力が高まっていく。

「最大級の強化魔法を！」

仲間の魔術師が魔方陣を展開し、男の身体能力を底上げする。

「では、決着をつけようぞ！」

「臨むところだ！」

魔王と男がぶつかる。

眩しい光が荒野を照らし出す。

「うぅ……やったか？」

「立っているのは魔王なんかじゃない、アスフェンだ！」

「アスフェン！やったな！」

仲間達が駆け寄る。

「おう！後は……」

アスフェンが自分の剣を魔王の胸に突き立てた。

「誇り高き魔王に安らかなる眠りを」

魔王の死体が魔法の檻に収監され地面に埋もれていく。

「これで故郷に帰れるな」

仲間が転移魔法を発動させた。

「ああ、帰ろう、『オーディナリー』へ」


⭐⭐⭐

「ん……フワァァ、もう朝か……」

男がボサボサの頭をかきむしりながらベッドから起き上がる。

「久し振りにあのときの夢見たァ」

そんなことをぼやきながら身支度を整え家の外に出る。

空は気持ちいいぐらいに晴れ渡っている。

「今日は絶好の釣り日和だな」

扉の側においてある釣り道具を手に歩き出す。

彼はアスフェン・ヴェスレイ。

十五年前、魔王を打ち倒し世界に平和をもたらした張本人である。

その後の彼は生まれ故郷の『オーディナリー』で不本意ながら騒がしく過ごしている。

と、言うのも。

「やいやいやーい！」

誰かがアスフェンを呼び止める。

「う、お前らホントしつこいな」

「うるさーい！今日こそ貴様をぶったおしてギャフンと言わせてやる！」

美しい緑の瞳と艶やかな黒髪が輝き、見る者を卒倒させるほどの美貌の女がアスフェンにたいしてピーチクパーチク喚いている。

「むっ！ケラスターゼ様に対してお前だと！つくづく失礼なやつだなお前！」

女の取り巻きがギャーギャー騒ぎ出す。

「お前らだって『お前』っていってんだろ、俺は歳上だぞ、敬えよ！」

「アスフェン、今日こそ貴様を倒す。覚悟しろ！」

ケラスターゼが木刀を振りかぶって突撃していく。

「おりゃー！」

アスフェンは容赦なくその攻撃を流し、殴り飛ばした。

「ウゲェー！」

ケラスターゼが取り巻きを巻き込んでぶっとんでいく。

「いい加減に諦めろ」

アスフェンがゲンナリしながら言う。

ケラスターゼが起き上がるなり大泣きし始めた。

「びえぇー！思いっきりぶったァ～！」

取り巻きが大袈裟なリアクションをしてケラスターゼの援護をする。

近所の人たちが集まってくる。

「おやおや、あんた達も飽きないねぇ」

おばちゃんが朗らかに笑う。

「俺は飽きてるんだよ、おばちゃ、げほん！お姉さん」

「お姉さーん！」

ケラスターゼがおばちゃんに抱きつく。

「この変態男、殴ったときに私の胸触ったんですよ！」

「やかましいぞ！嘘つくなぁ！」

アスフェンがケラスターゼを睨む。

おばちゃんの目が殺意に満ちる。

アスフェンが肩を落として歩き出す。

「付き合ってられねぇよ」

「また明日も来るからね！次こそギャフンと言わせてやる！」

「ハイハイ、ギャフンギャフン」

アスフェンがケラスターゼの宣戦布告を適当に流す。

「何て腹立たしい男！」

ケラスターゼが去っていく男の背中を睨みながら地団駄を踏む。

いつもこんな感じなので、アスフェンは静かに暮らすことがほぼ出来ない。

別に彼にスローライフ願望があるわけではない。

必要以上に煩い生活は御免なのである。

しかし、彼の思惑とは反対にこれから彼の生活はさらに煩くなっていくのである。

その事を彼はまだ知らない。