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第5幕 真実を追って
5-1 Silver Bullet
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エドワードは、懐中時計の蓋の裏をしばし見つめた後、恐る恐る外し始めた。
「蓋の裏に一枚はめ込んでいるようだな」
ジェームズもその様子を見守る。
「カチャ」という音ともに金属の板が外れ、中から四つ折りに畳まれた紙が現れた。
エドワードは慎重にその紙を広げる。
「兄さん、これは……」
ジェームズは目を見開いた。
「恐らくは、ジャコバイトの旗の絵だ。だが、なぜこんなものが」
「ジャコバイトというと、一六八八年に起きた名誉革命の反革命勢力――」
「ああ。革命後、フランスに追放されたジェームズ二世と、その直系男子を正当な国王だと主張していた者たちの通称だ」
「ジェームズ二世の娘アン女王を最後に、ステュアート朝は断絶。ハノーヴァー朝誕生……」
と、呟いてからエドワードは、
「まさかとは思いますが、兄さん……」
と、言葉を続けた。
「ステュアート朝と何か関係しているのでは?」
エドワードの推測に対し、ジェームズは両腕を組んだまま何も言わなかった。
「……兄さん?」
ジェームズの顔色をうかがうエドワード。
旗の絵を見つめるジェームズの表情は非常に険しかった。
ごくりと息をのむエドワードに対し、ジェームズは自身の見解を淡々と述べ始めた。
「物だけを見れば、ジャコバイトであるジェンキンス卿が企てているようにしか見えない。宝石のばら撒きだけなら、ただの悪戯に見えなくもない。だが、この旗が出てきた以上、国家転覆を目論むテロリストと見なされようともぐうの音も出まい。そういえば、イースト・エンドに行ったと言っていたな?」
エドワードは首肯した。
「はい、宝石店から繋がっていた穴のひとつにイースト・エンドがありまして、警察が調査をしようとしたところ、自警団からの強い反発があり、ホワイトチャペル署から応援を頼まれました。僕と夏目もホワード警部に同行し、住民の方々からお話を伺ったのですが……」
エドワードの声が次第に小さくなる。
話の続きを静かに待つジェームズ。なおも視線を落とすエドワードに対し、
「辛い思いをしたのではないか?」
先程の口調から一転、声のトーンを上げ、尋ねた。
「すみません、兄さん。以前の連続殺人事件が迷宮入りになったことに対する不満からでした。僕のミスでもあります。アニタさんの婚約者、ポールさんに連絡を取っていなかったから。それと、穴を掘ったのがポールさんをはじめとする住民の方々と、『H』と名乗る人物であることが分かりました」
「『H』と名乗る人物?」
「宝石をばら撒いた人物――ヘンリー君だと僕は推理しています」
ジェームズは自身の顔の前で指を組み、思案を始めた。ややあってから、見解を述べる。
「なあ、エドワード、こうは考えられないか? 元々階級間での反発が強いところへ、事件の迷宮入りと宝石の盗難が絡み、住民たちの不満がさらに強まった。貴族対庶民、これがゆくゆくは王室対庶民に発展し、国を二分する。最悪の場合、革命に発展しかねない。そういう状況を犯人が作り出すことを意図していたとしたなら……いや、私の考えすぎか」
「いいえ、あながち間違いではないかもしれません。しかし、僕はヘンリー君を操り人形にしている人物がいると踏んでいます。残念ながら、今の段階では証拠と言えるものがタイプライターで書かれた論文と手紙にとどまっていますが」
ジェームズは目を見開いた。
「おい、エドワード。いったいどういうことだ? 私にはいまいち状況が見えていないのだが」
エドワードは、夏目やホワードに打ち明けた内容を話し始めた。
ジェームズは終止驚愕の表情を浮かべ、無言で聞いていた。エドワードがひととおり話し終えたところで問う。
「他にこのことを知っている者は?」
「夏目とホワード警部です」
「そうか……」と、呟いてからジェームズは再び顔の前で指を組み、思案した。
「あまり言いたくはないが、今は公にしない方が良い」
エドワードは俯き、首肯した。
「証拠が不十分なのは分かっています。僕自身も打ち明けるべきか悩みました。ですが、このままでは……」
「私とて仮にこれが真実ならば、むやみに隠そうとは思わない。だが、現時点では証拠不十分に加え、正直誰が結託しているのかも分からない」
そう言うと、エドワードの持つ懐中時計に視線を戻した。
「これだけを見れば、ジェンキンス卿が首謀者に見えようとも、何ら不思議はない。一番厄介なのが、他に協力者がいた場合だ。こちらの情報が駄々漏れになる可能性もある」
「その可能性は否めません」
ジェームズは、エドワードの肩に手を置いた。
「エドワード、焦らずチャンスを待て。真の悪魔に“Silver Bullet”を撃ち込む時は必ずやって来る」
「はい、兄さん」
「蓋の裏に一枚はめ込んでいるようだな」
ジェームズもその様子を見守る。
「カチャ」という音ともに金属の板が外れ、中から四つ折りに畳まれた紙が現れた。
エドワードは慎重にその紙を広げる。
「兄さん、これは……」
ジェームズは目を見開いた。
「恐らくは、ジャコバイトの旗の絵だ。だが、なぜこんなものが」
「ジャコバイトというと、一六八八年に起きた名誉革命の反革命勢力――」
「ああ。革命後、フランスに追放されたジェームズ二世と、その直系男子を正当な国王だと主張していた者たちの通称だ」
「ジェームズ二世の娘アン女王を最後に、ステュアート朝は断絶。ハノーヴァー朝誕生……」
と、呟いてからエドワードは、
「まさかとは思いますが、兄さん……」
と、言葉を続けた。
「ステュアート朝と何か関係しているのでは?」
エドワードの推測に対し、ジェームズは両腕を組んだまま何も言わなかった。
「……兄さん?」
ジェームズの顔色をうかがうエドワード。
旗の絵を見つめるジェームズの表情は非常に険しかった。
ごくりと息をのむエドワードに対し、ジェームズは自身の見解を淡々と述べ始めた。
「物だけを見れば、ジャコバイトであるジェンキンス卿が企てているようにしか見えない。宝石のばら撒きだけなら、ただの悪戯に見えなくもない。だが、この旗が出てきた以上、国家転覆を目論むテロリストと見なされようともぐうの音も出まい。そういえば、イースト・エンドに行ったと言っていたな?」
エドワードは首肯した。
「はい、宝石店から繋がっていた穴のひとつにイースト・エンドがありまして、警察が調査をしようとしたところ、自警団からの強い反発があり、ホワイトチャペル署から応援を頼まれました。僕と夏目もホワード警部に同行し、住民の方々からお話を伺ったのですが……」
エドワードの声が次第に小さくなる。
話の続きを静かに待つジェームズ。なおも視線を落とすエドワードに対し、
「辛い思いをしたのではないか?」
先程の口調から一転、声のトーンを上げ、尋ねた。
「すみません、兄さん。以前の連続殺人事件が迷宮入りになったことに対する不満からでした。僕のミスでもあります。アニタさんの婚約者、ポールさんに連絡を取っていなかったから。それと、穴を掘ったのがポールさんをはじめとする住民の方々と、『H』と名乗る人物であることが分かりました」
「『H』と名乗る人物?」
「宝石をばら撒いた人物――ヘンリー君だと僕は推理しています」
ジェームズは自身の顔の前で指を組み、思案を始めた。ややあってから、見解を述べる。
「なあ、エドワード、こうは考えられないか? 元々階級間での反発が強いところへ、事件の迷宮入りと宝石の盗難が絡み、住民たちの不満がさらに強まった。貴族対庶民、これがゆくゆくは王室対庶民に発展し、国を二分する。最悪の場合、革命に発展しかねない。そういう状況を犯人が作り出すことを意図していたとしたなら……いや、私の考えすぎか」
「いいえ、あながち間違いではないかもしれません。しかし、僕はヘンリー君を操り人形にしている人物がいると踏んでいます。残念ながら、今の段階では証拠と言えるものがタイプライターで書かれた論文と手紙にとどまっていますが」
ジェームズは目を見開いた。
「おい、エドワード。いったいどういうことだ? 私にはいまいち状況が見えていないのだが」
エドワードは、夏目やホワードに打ち明けた内容を話し始めた。
ジェームズは終止驚愕の表情を浮かべ、無言で聞いていた。エドワードがひととおり話し終えたところで問う。
「他にこのことを知っている者は?」
「夏目とホワード警部です」
「そうか……」と、呟いてからジェームズは再び顔の前で指を組み、思案した。
「あまり言いたくはないが、今は公にしない方が良い」
エドワードは俯き、首肯した。
「証拠が不十分なのは分かっています。僕自身も打ち明けるべきか悩みました。ですが、このままでは……」
「私とて仮にこれが真実ならば、むやみに隠そうとは思わない。だが、現時点では証拠不十分に加え、正直誰が結託しているのかも分からない」
そう言うと、エドワードの持つ懐中時計に視線を戻した。
「これだけを見れば、ジェンキンス卿が首謀者に見えようとも、何ら不思議はない。一番厄介なのが、他に協力者がいた場合だ。こちらの情報が駄々漏れになる可能性もある」
「その可能性は否めません」
ジェームズは、エドワードの肩に手を置いた。
「エドワード、焦らずチャンスを待て。真の悪魔に“Silver Bullet”を撃ち込む時は必ずやって来る」
「はい、兄さん」
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