エドワード・マイヤーの事件録

櫻井 理人

文字の大きさ
上 下
39 / 46
第5幕 真実を追って

5-1 Silver Bullet

しおりを挟む
 エドワードは、懐中時計の蓋の裏をしばし見つめた後、恐る恐る外し始めた。

「蓋の裏に一枚はめ込んでいるようだな」

 ジェームズもその様子を見守る。
「カチャ」という音ともに金属の板が外れ、中から四つ折りに畳まれた紙が現れた。
 エドワードは慎重にその紙を広げる。

「兄さん、これは……」

 ジェームズは目を見開いた。

「恐らくは、ジャコバイトの旗の絵だ。だが、なぜこんなものが」
「ジャコバイトというと、一六八八年に起きた名誉革命の反革命勢力――」
「ああ。革命後、フランスに追放されたジェームズ二世と、その直系男子を正当な国王だと主張していた者たちの通称だ」

「ジェームズ二世の娘アン女王を最後に、ステュアート朝は断絶。ハノーヴァー朝誕生……」
 と、呟いてからエドワードは、
「まさかとは思いますが、兄さん……」
 と、言葉を続けた。
「ステュアート朝と何か関係しているのでは?」

 エドワードの推測に対し、ジェームズは両腕を組んだまま何も言わなかった。

「……兄さん?」

 ジェームズの顔色をうかがうエドワード。
 旗の絵を見つめるジェームズの表情は非常に険しかった。
 ごくりと息をのむエドワードに対し、ジェームズは自身の見解を淡々と述べ始めた。

「物だけを見れば、ジャコバイトであるジェンキンス卿が企てているようにしか見えない。宝石のばら撒きだけなら、ただの悪戯に見えなくもない。だが、この旗が出てきた以上、国家転覆を目論むテロリストと見なされようともぐうの音も出まい。そういえば、イースト・エンドに行ったと言っていたな?」

 エドワードは首肯した。

「はい、宝石店から繋がっていた穴のひとつにイースト・エンドがありまして、警察が調査をしようとしたところ、自警団からの強い反発があり、ホワイトチャペル署から応援を頼まれました。僕と夏目もホワード警部に同行し、住民の方々からお話を伺ったのですが……」

 エドワードの声が次第に小さくなる。
 話の続きを静かに待つジェームズ。なおも視線を落とすエドワードに対し、
「辛い思いをしたのではないか?」
 先程の口調から一転、声のトーンを上げ、尋ねた。

「すみません、兄さん。以前の連続殺人事件が迷宮入りになったことに対する不満からでした。僕のミスでもあります。アニタさんの婚約者、ポールさんに連絡を取っていなかったから。それと、穴を掘ったのがポールさんをはじめとする住民の方々と、『H』と名乗る人物であることが分かりました」
「『H』と名乗る人物?」
「宝石をばら撒いた人物――ヘンリー君だと僕は推理しています」

 ジェームズは自身の顔の前で指を組み、思案を始めた。ややあってから、見解を述べる。

「なあ、エドワード、こうは考えられないか? 元々階級間での反発が強いところへ、事件の迷宮入りと宝石の盗難が絡み、住民たちの不満がさらに強まった。貴族対庶民、これがゆくゆくは王室対庶民に発展し、国を二分する。最悪の場合、革命に発展しかねない。そういう状況を犯人が作り出すことを意図していたとしたなら……いや、私の考えすぎか」
「いいえ、あながち間違いではないかもしれません。しかし、僕はヘンリー君を操り人形にしている人物がいると踏んでいます。残念ながら、今の段階では証拠と言えるものがタイプライターで書かれた論文と手紙にとどまっていますが」

 ジェームズは目を見開いた。

「おい、エドワード。いったいどういうことだ? 私にはいまいち状況が見えていないのだが」

 エドワードは、夏目やホワードに打ち明けた内容を話し始めた。
 ジェームズは終止驚愕の表情を浮かべ、無言で聞いていた。エドワードがひととおり話し終えたところで問う。

「他にこのことを知っている者は?」
「夏目とホワード警部です」

「そうか……」と、呟いてからジェームズは再び顔の前で指を組み、思案した。
「あまり言いたくはないが、公にしない方が良い」

 エドワードは俯き、首肯した。

「証拠が不十分なのは分かっています。僕自身も打ち明けるべきか悩みました。ですが、このままでは……」
「私とて仮にこれが真実ならば、むやみに隠そうとは思わない。だが、現時点では証拠不十分に加え、正直誰が結託しているのかも分からない」

 そう言うと、エドワードの持つ懐中時計に視線を戻した。

「これだけを見れば、ジェンキンス卿が首謀者に見えようとも、何ら不思議はない。一番厄介なのが、他に協力者がいた場合だ。こちらの情報が駄々漏れになる可能性もある」
「その可能性は否めません」

 ジェームズは、エドワードの肩に手を置いた。

「エドワード、焦らずチャンスを待て。真の悪魔に“Silver Bullet銀の弾丸”を撃ち込む時は必ずやって来る」
「はい、兄さん」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夏の嵐

萩尾雅縁
キャラ文芸
 垣間見た大人の世界は、かくも美しく、残酷だった。  全寮制寄宿学校から夏季休暇でマナーハウスに戻った「僕」は、祖母の開いた夜会で美しい年上の女性に出会う。英国の美しい田園風景の中、「僕」とその兄、異国の彼女との間に繰り広げられる少年のひと夏の恋の物話。 「胡桃の中の蜃気楼」番外編。

世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~

ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。 「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。 世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった! 次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で 幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──! 「この世に、幽霊事件なんてありえません」 幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

月宮殿の王弟殿下は怪奇話がお好き

星来香文子
キャラ文芸
【あらすじ】 煌神国(こうじんこく)の貧しい少年・慧臣(えじん)は借金返済のために女と間違えられて売られてしまう。 宦官にされそうになっていたところを、女と見間違うほど美しい少年がいると噂を聞きつけた超絶美形の王弟・令月(れいげつ)に拾われ、慧臣は男として大事な部分を失わずに済む。 令月の従者として働くことになったものの、令月は怪奇話や呪具、謎の物体を集める変人だった。 見えない王弟殿下と見えちゃう従者の中華風×和風×ファンタジー×ライトホラー ※カクヨム等にも掲載しています

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...