エドワード・マイヤーの事件録

櫻井 理人

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第4幕 The Phantom Thief

4-3 遅れた真実

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「昼間はすまなかったな。事情が事情なもんで、あの場で話すのをためらった」

 ホワードが話を切り出すと、エドワードは首を横に振り答えた。

「いえ、首相自らが来られたことに少々驚きを感じていますが」
「だろうな。詳しい話はから聞いてくれ」

 話を振られた男――ソールズベリーは咳払いをした。

「市内で起きた連続殺人事件を解決したのは貴公であると伺った。もっとも、隣にいるホワード警部からの推薦だったと聞くが」

 彼はホワードを横目で見てから、話を続けた。

「陛下は事件に関心を示され、自ら犯人捜しを行っておられたほどだ。ところが、ふたを開けてみれば何と愚かしいことか。我々と同じ貴族の犯行とは。王室への裏切り行為に等しい。そこで、陛下はある提案をされた」

 エドワードは先程受け取った招待状を掲げて見せた。

「それが、今回の舞踏会というわけですね。赤いものを身に付けることに何らかの意図をお持ちで? 先程の話からするに、王室への裏切り行為――つまりは、他に裏切り者がいないかを確かめることが目的といったところでしょうか?」

 ソールズベリーは首肯した。

「察しの通りだ。無論、今回の舞踏会を開くことには、労いの意味もある。議会の会期が長引いたことで、田舎へ帰ることのできない者たちも多くいたのでな」
「ではもうひとつ、宝石店とはどういう関係があるのでしょうか?」
「オーストラリアにあるアーガイル鉱山でレッド・ダイヤモンドが採掘されたのだ。それを今回買い付けたのが、店主の弟だったというわけだ」
「高価なものを買い付けるからには、それ相応のリスクを伴うことになると思いますが、偶然なのでしょうか?」
「まあ、その辺のことは隠していても仕方があるまい。店主と取引したことは認める。だが、問題はそのレッド・ダイヤモンドがまんまと盗まれたことだ。前回のワインのこともある。舞踏会当日に何事も起こらんとも限らない。がこの世を去っても、他の者が追随しないとは言い切れんのだ」

 語気を強めるソールズベリー。
 これに対し、エドワードは無言になった。

「ソールズベリー侯、少し宜しいでしょうか?」

 ジェームズの申し出に対し、ソールズベリーは頷いた。

「先程の、市内で起きた連続殺人事件についてですが、あの後新聞や議会では何も触れられていなかったと記憶しています。ヘーゼルダイン卿がロンドンを発ち、ご子息が亡くなったということは、ヤードからの電報で知りましたが」

「ああ、あれな……」
 ホワードは煙草に火をつけ、吸い始めた。視線をエドワードの方へ向ける。
「ずっと引っ掛かっていたんだろう?」

 エドワードは首肯した。
 ホワードは吸っていた煙草を灰皿の上に押しつけた。

「奴は自ら爵位を返上すると申し出た。息子とは、女や金に溺れることなく、田舎で静かに暮らすと約束したそうだ」
「では、最後に話が出来たんですね」

 エドワードは安堵の溜息を漏らした。

「表向きでは迷宮入りの扱いだ。貴族の息子が父親を恨んで連続殺人事件を起こした、なんてことが新聞で出回れば、それはそれで面倒なことになる。犯人が死んだ以上、他に犠牲者が出る心配もない。あとは、隣の男が言うように第二、第三の“The Ripper”なる者が現れないことを願うばかりだ。正直、俺としちゃ、不本意な話ではあるが」

「ホワード警部、それぐらいに……」
 と、言うソールズベリーの言葉を遮るように、ホワードは話を続けた。

「感謝状の件だが、そんなこんなで渡せずじまいだった。すまない」
「その件については、まったく気にしていません。スチュアート君が、最後にヘーゼルダイン卿とお話しできたというのを聞けただけで、気持ちが救われましたから」

 エドワードが口角を上げたのを確認すると、ジェームズも隣で頷いた。
 ソールズベリーは再び咳払いをし、皆の視線を集める。

「では、改めて今回の貴公への依頼についてだが、盗まれたレッド・ダイヤモンドの奪還と、舞踏会の出席。舞踏会については、会を滞りなく終わらせられるよう、ヤードの代わりに見張っていてほしい」
「……分かりました。しかし、ひとつお願いがあります」
「何だ?」
「舞踏会に、僕の友人を一緒に出席させても宜しいでしょうか。前回の事件は僕一人ではなく、彼の力があってこそ達成できたものですから」
「その件については、こちらでも把握している。問題はないだろう」

「ソールズベリー侯」
 ジェームズが二人の会話に割って入る。皆の視線はジェームズへと向いた。
「私の弟は探偵ではなく、大学教授であるゆえ、必ず達成できるという見込みはありません。そのことだけは、お忘れなきよう」

 ソールズベリーは首肯した。

「そのことは重々承知している。今回のことはあくまで依頼だ。罰則などはないゆえ、安心してもらいたい」





 翌日、エドワードは夏目を大学の近くにある喫茶店へと誘った。
 昨夜の話をエドワードから聞いた夏目は、不満そうに腕を組みながら頷いていた。

「田舎で静かに……ですか。簡単に直るとは思えませんが。迷宮入りというのもけしからん」
「ヘーゼルダイン卿は、この上ない恐怖感と後悔の念を植え付けられたと思うよ。誰も、自分の息子が犯人だなんて思いたくもないだろうからね」
「依頼の件については、協力させていただきます。少々強引だとは思いますが、これも教授を助けるためと思えば、苦にはなりません」
「ありがとう。君には本当に感謝しているよ。実は、君に話すべきか悩んでいたことがあるんだ」
「悩んでいたこと? 何でしょう?」

 夏目は首を傾げ、体をやや前のめりにして尋ねた。

「あの時の事件、まだ本当の意味で解決していたわけではないんだ」
「何と!? いったいどういうことですか?」

 夏目は瞠目した。
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