エドワード・マイヤーの事件録

櫻井 理人

文字の大きさ
上 下
30 / 46
第4幕 The Phantom Thief

4-2 新たな依頼人

しおりを挟む
 約一時間後、ロンドン警視庁スコットランド・ヤードのギルバート・ホワードとアルフレッド・ケリーが到着した。

「マイヤー、久し振りだな。大学はどうした?」
「ご無沙汰しています、ホワード警部。今はクリスマス休暇ですので。一月からは補講を予定していますが」
「相変わらず真面目な野郎だ」

 そう言ってから、ホワードは店主の方を見る。

「ギルバート・ホワードだ。早速だが、洗いざらい話してもらいたい」
「かしこまりました。どうぞ、おかけください」

 店主は商談用に置かれたテーブルと椅子を案内した。
 店主の隣にエドワード、向かいにホワードとケリーがそれぞれ座った。店主の話を聞きながらケリーが手帳にメモを取るのに対し、ホワードはやや前のめりになり、店主の顔を睨むように見つめていた。その迫力に押されたのか、店主は途中小声になりながらも事の次第を話し始めた。

「今朝、店の鍵を開けようとしたところ、鍵が開いておりました。不審に思い、店内を確認すると、他は何も盗まれたり、荒らされた形跡はなかったのですが、レッド・ダイヤモンドの入った金庫がこじ開けられ、中身がすっかりなくなっていたのです。代わりに、金庫の置いてあるすぐ近くの床に穴が掘られたような跡がありました」
「なるほど、犯人は地下の穴を通って、レッド・ダイヤモンドを盗み出したってわけか。これは計画的犯行と見て間違いない」

 ホワードがそう話す横で、ケリーは自身のとったメモを見ながら唸っていた。

「穴を掘るのは相当な労力だと思いますがね。どこまで続いているのかを突き止める必要がありそうです」
「ひとつお伺いしても宜しいでしょうか?」

 エドワードの問いに対し、店主が「どうぞ」と答える。

「レッド・ダイヤモンドの仕入れに関して、王室と何か関係があるのでしょうか?」
「……と、おっしゃいますと?」

 店主の目が泳いだのを確認し、エドワードは話を進めた。

「我が家にも王室から舞踏会の招待状が届きまして、赤いものを身に付けるようにと。あなたの店でレッド・ダイヤモンドの販売が決まったタイミングと、王室からの招待状――果たして偶然なのでしょうか? レッド・ダイヤモンドが大変希少なものであることは、先程あなた自身もおっしゃっていましたよね?」

 店主はすっかり無言になった。
 ホワードが咳ばらいをし、どかっと音を立てて立ち上がった。

「いずれにせよ、現場を改めないことには何もつかめん。ケリー、穴の起点を捜索するぞ」
「は、はい! ただ今!」

 ケリーも慌てて立ち上がる。
 ホワードは去り際に、エドワードの方へ顔を向けた。

「今回の連絡には感謝している。あとはヤードの方で処理をする」

 エドワードは、ホワードの態度に疑問を感じながらも、「分かりました」と一言返し、店を後にした。





 その日の夜、エドワードは風呂の中で宝石店での出来事を振り返っていた。

「なぜ、店主は無言になったのだろう。余程都合が悪いことだったのだろうか。ホワード警部は、僕をあの場から追い出したかったということか? いつもの警部なら、『どうなんだ? 何とか言ってみろ!』とか、問い詰めていそうなものなのに……」

 店主とホワードの態度に妙な引っ掛かりを覚えた彼は、頭の中で堂々巡りをしていた。そのうち彼は、温かい湯の温度で気持ち良さそうにまどろんでいた。

「……ワード様! エドワード様!」

 扉の向こうから聞こえる執事の声で飛び起きた彼は、危うく湯を飲みそうになった。エドワードが返事をする間もなく、執事が言葉を続ける。

「お客様がお見えになっております!」
「来客⁉ この時間に?」

 エドワードは瞠目した。

「はい、ジェームズ様にお取次ぎをしたのですが、エドワード様にお会いしたいと――ソールズベリー侯爵と、ロンドン警視庁スコットランド・ヤードのギルバート・ホワード様です」

 エドワードは早急に身支度を整え、ジェームズたちのいる応接間へと向かった。彼が部屋へ入るなり、口元に黒いひげを蓄えた男性が立ち上がる。男性はエドワードの前に立ち、握手を求めた。

「夜分遅くに申し訳ない。貴公に頼みがあり、立ち寄った次第だ。まずはこちらを受け取ってもらいたい」

 男性は胸元から封書を取り出し、エドワードの前に差し出した。

「……王室の封印」

 エドワードは緊張した面持ちで受け取り、封筒を裏返した。「エドワード・マイヤー殿」と大きく書かれている。

「この場で目を通してもらいたい」

 男性に言われるがまま中身に目を通すと、先日ジェームズに届けられたものと同じ内容が書かれていた。

「ソールズベリー侯、舞踏会の招待状をわざわざ僕に?」
「無論、女王陛下自らが指名された。必ず出席せよ」

 ソールズベリーは元いた席へ座り、テーブルに置かれたティーカップを手に持った。

「早速だが、本題に移らせてもらおう」

 ホワードの声で我に返ったエドワードは、ジェームズの隣に腰を下ろした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

PMに恋したら

秋葉なな
恋愛
高校生だった私を助けてくれた憧れの警察官に再会した。 「君みたいな子、一度会ったら忘れないのに思い出せないや」 そう言って強引に触れてくる彼は記憶の彼とは正反対。 「キスをしたら思い出すかもしれないよ」 こんなにも意地悪く囁くような人だとは思わなかった……。 人生迷子OL × PM(警察官) 「君の前ではヒーローでいたい。そうあり続けるよ」 本当のあなたはどんな男なのですか? ※実在の人物、事件、事故、公的機関とは一切関係ありません 表紙:Picrewの「JPメーカー」で作成しました。 https://picrew.me/share?cd=z4Dudtx6JJ

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

あなたを忘れる魔法があれば

美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...