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第4幕 The Phantom Thief
4-1 再び招待状
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人々が寝静まった頃、ウェストエンドにある宝石店の中を一人の人物が歩いていた。帽子を深く被り、周囲に目を光らせながら……。
黒服に身を包んだその人物は、ポケットの中から小さな宝石を一つ取り出した。窓から入り込む月光に照らされ、微かに赤く光る。光は、掌に刻まれた傷を照らしていた。まだ乾かぬ深紅の血を――。
招待状
出席者は赤い物を身に着け参上されたし。
バッキンガム宮殿にて
一八八八年十二月二十一日金曜日午後七時
トーマス・エヴァンズが姿を消してから約三か月後の十二月。
貴族にとっては社交シーズンの始まりとなるこの時期。王室は舞踏会の開催を知らせる招待状を貴族たちへ送付した。
そのうち一通がマイヤー家の屋敷へと届けられた。招待状を受け取ったエドワードの兄――ジェームズ・マイヤーは、目を通し嘆息する。
「これはまた妙な……」
彼がそう言いかけたところで、エドワードは首を傾げ問う。
「どうかしましたか? 兄さん」
「出席者は赤い物を身に着け参上するようにと。恐らく、赤というのは『黒太子のルビー』から来ているとは思うが、わざわざ色を指定しているところに意図を感じてならない」
「『黒太子のルビー』というと、王室の守護石と言っても過言ではありませんからね。今朝の新聞で気になるものを見つけました」
エドワードは新聞の該当ページを開き、ジェームズの前にあるテーブルの上に広げた。
「ウェストエンドにある宝石店で希少なレッド・ダイヤモンドの販売を開始するそうで。王室からの招待状と時期が同じなのは、何か意図があるのか、あるいは偶然なのか気になるところです」
「だとすれば、この宝石店は王室と繋がっている? いずれにしても、このレッド・ダイヤモンドを買い求める者が大勢いても何ら不思議はない。まあ、所詮私とは相いれん輩どもだが」
ジェームズは皮肉めいた物言いをすると、胸ポケットから赤いハンカチを取り出した。
「これで十分だ」
翌朝、エドワードはウェストエンドへ足を運んだ。新聞の記事を頼りに向かった先は、昨夜ジェームズと話をしていた宝石店だ。
宝石店の前には、人だかりができており、通りは 四輪馬車がひしめき合っていた。
「服装からして使いではなく、自らが出向いていると見て違いない。高価かつ、王室からの招待状で触発されたということであればおかしな話でもない。反対に、店主が屋敷に赴くという選択肢もあるが、これだけの人数を相手にすることは到底不可能だ」
辻馬車を降りたエドワードは、頭の中で冷静に分析する。人混みで店の全貌が見えないが、店主と思われる男の声と、これを遮らんばかりに響く怒声とで、険悪な雰囲気に包まれていることだけは見て取れた。
「何かあったのですか?」
近くにいた男性にエドワードが尋ねると、男性はまくし立てるように答えた。
「全くけしからん。新聞を見て、わざわざ自分で買いに来たというのに。盗まれたんだよ。レッド・ダイヤモンドが」
エドワードは瞠目した。
「盗まれた⁉」
「そうさ。招待状にあった『赤い物』にぴったりだと思っていたんだが。まあ、皆考えることは同じだな。私が来た時には、もうこの有り様だったよ」
人々がいなくなったところで、エドワードは店主の男性に声をかけた。
「朝から散々でしたね。大丈夫ですか?」
男性は大きな溜息をついた。
「世界でも希少とされる宝石が、まさかこういうことになるとは。一番怒りたいのは私だというのに」
「宜しければ状況をお聞かせ願いませんか?」
男性は「うむ」と唸ってから、ゆっくりと話し始めた。
「私が出勤した時には、もうすでになくなっていました」
「レッド・ダイヤモンドですね?」
男性は首肯した。
「店内の床に穴が掘られた形跡がありました。恐らくは、地下に掘った穴を通って店内に侵入したのだと思います」
「場所までは突き止められていないのですね」
「苦情対応で、それどころではありませんでしたので」
「ヤードに相談しましょう。知り合いがいます」
エドワードは、ロンドン警視庁へ電報を送った。
黒服に身を包んだその人物は、ポケットの中から小さな宝石を一つ取り出した。窓から入り込む月光に照らされ、微かに赤く光る。光は、掌に刻まれた傷を照らしていた。まだ乾かぬ深紅の血を――。
招待状
出席者は赤い物を身に着け参上されたし。
バッキンガム宮殿にて
一八八八年十二月二十一日金曜日午後七時
トーマス・エヴァンズが姿を消してから約三か月後の十二月。
貴族にとっては社交シーズンの始まりとなるこの時期。王室は舞踏会の開催を知らせる招待状を貴族たちへ送付した。
そのうち一通がマイヤー家の屋敷へと届けられた。招待状を受け取ったエドワードの兄――ジェームズ・マイヤーは、目を通し嘆息する。
「これはまた妙な……」
彼がそう言いかけたところで、エドワードは首を傾げ問う。
「どうかしましたか? 兄さん」
「出席者は赤い物を身に着け参上するようにと。恐らく、赤というのは『黒太子のルビー』から来ているとは思うが、わざわざ色を指定しているところに意図を感じてならない」
「『黒太子のルビー』というと、王室の守護石と言っても過言ではありませんからね。今朝の新聞で気になるものを見つけました」
エドワードは新聞の該当ページを開き、ジェームズの前にあるテーブルの上に広げた。
「ウェストエンドにある宝石店で希少なレッド・ダイヤモンドの販売を開始するそうで。王室からの招待状と時期が同じなのは、何か意図があるのか、あるいは偶然なのか気になるところです」
「だとすれば、この宝石店は王室と繋がっている? いずれにしても、このレッド・ダイヤモンドを買い求める者が大勢いても何ら不思議はない。まあ、所詮私とは相いれん輩どもだが」
ジェームズは皮肉めいた物言いをすると、胸ポケットから赤いハンカチを取り出した。
「これで十分だ」
翌朝、エドワードはウェストエンドへ足を運んだ。新聞の記事を頼りに向かった先は、昨夜ジェームズと話をしていた宝石店だ。
宝石店の前には、人だかりができており、通りは 四輪馬車がひしめき合っていた。
「服装からして使いではなく、自らが出向いていると見て違いない。高価かつ、王室からの招待状で触発されたということであればおかしな話でもない。反対に、店主が屋敷に赴くという選択肢もあるが、これだけの人数を相手にすることは到底不可能だ」
辻馬車を降りたエドワードは、頭の中で冷静に分析する。人混みで店の全貌が見えないが、店主と思われる男の声と、これを遮らんばかりに響く怒声とで、険悪な雰囲気に包まれていることだけは見て取れた。
「何かあったのですか?」
近くにいた男性にエドワードが尋ねると、男性はまくし立てるように答えた。
「全くけしからん。新聞を見て、わざわざ自分で買いに来たというのに。盗まれたんだよ。レッド・ダイヤモンドが」
エドワードは瞠目した。
「盗まれた⁉」
「そうさ。招待状にあった『赤い物』にぴったりだと思っていたんだが。まあ、皆考えることは同じだな。私が来た時には、もうこの有り様だったよ」
人々がいなくなったところで、エドワードは店主の男性に声をかけた。
「朝から散々でしたね。大丈夫ですか?」
男性は大きな溜息をついた。
「世界でも希少とされる宝石が、まさかこういうことになるとは。一番怒りたいのは私だというのに」
「宜しければ状況をお聞かせ願いませんか?」
男性は「うむ」と唸ってから、ゆっくりと話し始めた。
「私が出勤した時には、もうすでになくなっていました」
「レッド・ダイヤモンドですね?」
男性は首肯した。
「店内の床に穴が掘られた形跡がありました。恐らくは、地下に掘った穴を通って店内に侵入したのだと思います」
「場所までは突き止められていないのですね」
「苦情対応で、それどころではありませんでしたので」
「ヤードに相談しましょう。知り合いがいます」
エドワードは、ロンドン警視庁へ電報を送った。
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