エドワード・マイヤーの事件録

櫻井 理人

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第3幕 イースト・エンドの惨劇

3-5 衝撃

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 エドワードと夏目は、ホワードとヘーゼルダイン家へ向かった。
 家の中に入るなり、エドワードの姿を見たヘーゼルダイン卿は「またお前か‼」と一喝するが、
「そんなことを言っている場合じゃねぇだろう! さっさと息子の部屋を見せろ!」というホワードの怒声に負け、黙り込んだ。
 スチュアートの部屋には机の他、クローゼットと寝台といったごく限られたものしか置かれていない。机上には写真立てが置かれ、写真には一人の女性が写っていた。写真立ての裏に「メアリー」と、「一八七八年九月一〇日」の文字が綴られており、これを見たエドワードは瞠目した。

 ――色素の薄い髪。それに、似ている。ミランダさんと、彼に……。

「どうかしましたか? 教授」

 夏目も写真に目をやった。

「十年前の今日の日付にこの服……この写真に写っている女性は、いったいどなたでしょうか?」

 エドワードが尋ねるが、ヘーゼルダイン卿はふんと鼻を鳴らし、「さあな」と不機嫌そうに答える。

「二十代で女性の写真といったら、恋人か何かだろう?」

 ホワードの問いかけにも応じることなく、ヘーゼルダイン卿は、「まだこんな物を」と吐き捨て、写真立てを裏返しにした。

「本当に息子を探す気はあるのか? 今、この状況で息子の行き先を示す手がかりを持っているのは、あなた自身の可能性もある。誘拐なのか、ただの家出なのか、この部屋を見ただけでは何とも言えないではないか!」

 夏目の言葉に、ヘーゼルダイン卿はぐうの音も出なかった。

「こうなれば死神でも何でも構わん。マイヤー、何としても息子を探してくれ! ここ数日、息子は病が悪化し、寝たきりになっていた。病弱だが、息子はスチュアートしかおらん。アイツがいなくなればこの家は終わりだ、頼む」と、彼はエドワードにすがった。

「死神って、人を何だと思って……」と、呆れ果てた様子で言う夏目に対し、エドワードは無言で制止の合図を送る。

「可能な限り努力はしてみます。ですが、その前に――あなたにとってスチュアート君はどういう存在ですか? 愛すべき家族、それとも、ヘーゼルダイン家の跡継ぎとしてしか見ていないのではないですか。少なくとも、あなたの先程の物言いからは、そのように感じてなりませんでしたが」

 エドワードの向ける冷たい眼差しにたえられなくなったヘーゼルダイン卿は、無言で目をそらした。
 エドワードは構わず言葉を続ける。

「被害者は、一人目から仕立て屋の娘、医者の娘、男爵令嬢、酒場の従業員女性、男爵、そして娼婦。この中で、貴族と関わりの深い親の職業は仕立て屋と医者。男爵令嬢については言うまでもありませんし、男爵にいたっては、あなたの賭博仲間。面識があります。では、酒場の女性と娼婦はどうでしょう? あなたが貴族の仲間入りを果たしたのは割と最近の話ですから、爵位を賜る前に関わりがあったとしても、おかしな話ではありません。 げんに、それぞれ目撃情報もありますから。さあ、この一連の悲劇を終わらせ、スチュアート君を見つけるためにも、あなたの知っていることすべてを話してはもらえませんか? あなたの身の回りで起こっていることと解釈して間違いはありませんね?」

 ヘーゼルダイン卿は、苛立たし気に拳を握る仕草を見せたが、その力を緩めた。

「……前回のポーカーのことと言い、お前。いったいどこまで」
「まだ確信を得たわけではありませんが、大方見当はついています。ですが、ひとつだけ分からないことがあります。あなたが以前言っていた『順番的に自分だ』というのが、何を意味しているのか――犯人から何らかの脅迫を受けたのでは?」

 ヘーゼルダイン卿は、執事に命じて一通の手紙を出させた。

「これだ」

 彼はぐしゃぐしゃに折り曲げられたその手紙をエドワードたちの前で広げて見せた。
 そこには、「六番目の にえはお前だ」とタイプライターで書かれており、封筒には‘The Ripper切り裂き魔’と綴られていた。

「おい、“The Ripper切り裂き魔”って、犯人からの手紙じゃないか。なぜ、黙っていた?」

 ホワードは睨むようにしてヘーゼルダイン卿の顔を見た。
 だが、ヘーゼルダイン卿は無言のまま俯いていた。

「六番目? 六人目に殺されたのは、娼婦ではないのか?」

 夏目の感じた疑問に一同が頷く。

「これが届いたのはいつですか?」

 エドワードの問いに対し、執事が答える。

「八月二十日だったと記憶しております」

 ホワードは腕を組み、「うむ」と唸った。

「娼婦を殺したのが予定外ということか? だが、イーストエンドにわざわざ足を運ぶことの方が前もって計画していたことと考えた方が分かりやすいが……」

 ヘーゼルダイン卿は重い口を開いた。

「……最初はただの悪戯だと思った。だが、殺された女も、ジェンキンスも……身の回りの人間が殺され、ただ事ではない……そう思った。宮殿で、を見た時は……気が気ではなかった」
「『女』というのは、ミランダさんのことですね?」

 エドワードの指摘に対し、小さく頷く。

「最初は、死んだ妻と見間違えた。だが、あれから何年も経って……」

 一同がヘーゼルダイン卿の言葉に耳を傾け沈黙する中、それを破るように「旦那様!」と、メイドが慌ただしく部屋の中に入ってきた。

「何だ? 騒々しい……」
「ジェームズ・マイヤー様が、エドワード様に 言伝ことづてがあるとのことで」

 メイドがそう言った直後、
「失礼する、男爵」

「何の用ですかな、伯爵殿」

 ぶっきらぼうに答えるヘーゼルダイン卿に対し、ジェームズは帽子をとり、一礼する。

「すまない、緊急を要したのでな」
「……兄さん、何があったのです?」

 ただならぬジェームズの雰囲気に、エドワードはごくりと唾をのむ。不意に、全身に悪寒が走る。

「……クリス嬢が、誘拐された」

 エドワードは瞠目した。

「クリスが⁉ どうして……」
「手紙だ。差出人が私になっていたそうだ。喜び勇んで家を飛び出した挙句、夕方を過ぎても帰らないので、アンドリュース卿が心配して連絡を寄越したらしい。だが生憎、私はそのような手紙を出した覚えはない」
「そんな……」

 エドワードは全身から力が抜けたように、床に膝をつき、 項垂うなだれた。

「教授、大丈夫ですか?」

 夏目がエドワードの肩に手を置こうとすると、ジェームズがこれを制止する。

「ハイゲイト墓地」
「えっ?」

 エドワードは顔を上げ、ジェームズを見上げた。

「手紙に記されていた待ち合わせの場所だ。今は項垂れている暇などあるまい。暗くなればそれだけ探しにくくもなる。自身の手でこじ開けてやるんだろう? 真実の扉を……」
「もちろんです――兄さん」

 エドワードは夏目、ホワードとすぐに部屋を出た。
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