22 / 46
第3幕 イースト・エンドの惨劇
3-5 衝撃
しおりを挟む
エドワードと夏目は、ホワードとヘーゼルダイン家へ向かった。
家の中に入るなり、エドワードの姿を見たヘーゼルダイン卿は「またお前か‼」と一喝するが、
「そんなことを言っている場合じゃねぇだろう! さっさと息子の部屋を見せろ!」というホワードの怒声に負け、黙り込んだ。
スチュアートの部屋には机の他、クローゼットと寝台といったごく限られたものしか置かれていない。机上には写真立てが置かれ、写真には一人の女性が写っていた。写真立ての裏に「メアリー」と、「一八七八年九月一〇日」の文字が綴られており、これを見たエドワードは瞠目した。
――色素の薄い髪。それに、似ている。ミランダさんと、彼に……。
「どうかしましたか? 教授」
夏目も写真に目をやった。
「十年前の今日の日付にこの服……この写真に写っている女性は、いったいどなたでしょうか?」
エドワードが尋ねるが、ヘーゼルダイン卿はふんと鼻を鳴らし、「さあな」と不機嫌そうに答える。
「二十代で女性の写真といったら、恋人か何かだろう?」
ホワードの問いかけにも応じることなく、ヘーゼルダイン卿は、「まだこんな物を」と吐き捨て、写真立てを裏返しにした。
「本当に息子を探す気はあるのか? 今、この状況で息子の行き先を示す手がかりを持っているのは、あなた自身の可能性もある。誘拐なのか、ただの家出なのか、この部屋を見ただけでは何とも言えないではないか!」
夏目の言葉に、ヘーゼルダイン卿はぐうの音も出なかった。
「こうなれば死神でも何でも構わん。マイヤー、何としても息子を探してくれ! ここ数日、息子は病が悪化し、寝たきりになっていた。病弱だが、息子はスチュアートしかおらん。アイツがいなくなればこの家は終わりだ、頼む」と、彼はエドワードにすがった。
「死神って、人を何だと思って……」と、呆れ果てた様子で言う夏目に対し、エドワードは無言で制止の合図を送る。
「可能な限り努力はしてみます。ですが、その前に――あなたにとってスチュアート君はどういう存在ですか? 愛すべき家族、それとも、ヘーゼルダイン家の跡継ぎとしてしか見ていないのではないですか。少なくとも、あなたの先程の物言いからは、そのように感じてなりませんでしたが」
エドワードの向ける冷たい眼差しにたえられなくなったヘーゼルダイン卿は、無言で目をそらした。
エドワードは構わず言葉を続ける。
「被害者は、一人目から仕立て屋の娘、医者の娘、男爵令嬢、酒場の従業員女性、男爵、そして娼婦。この中で、貴族と関わりの深い親の職業は仕立て屋と医者。男爵令嬢については言うまでもありませんし、男爵にいたっては、あなたの賭博仲間。面識があります。では、酒場の女性と娼婦はどうでしょう? あなたが貴族の仲間入りを果たしたのは割と最近の話ですから、爵位を賜る前に関わりがあったとしても、おかしな話ではありません。 現に、それぞれ目撃情報もありますから。さあ、この一連の悲劇を終わらせ、スチュアート君を見つけるためにも、あなたの知っていることすべてを話してはもらえませんか? あなたの身の回りで起こっていることと解釈して間違いはありませんね?」
ヘーゼルダイン卿は、苛立たし気に拳を握る仕草を見せたが、その力を緩めた。
「……前回のポーカーのことと言い、お前。いったいどこまで」
「まだ確信を得たわけではありませんが、大方見当はついています。ですが、ひとつだけ分からないことがあります。あなたが以前言っていた『順番的に自分だ』というのが、何を意味しているのか――犯人から何らかの脅迫を受けたのでは?」
ヘーゼルダイン卿は、執事に命じて一通の手紙を出させた。
「これだ」
彼はぐしゃぐしゃに折り曲げられたその手紙をエドワードたちの前で広げて見せた。
そこには、「六番目の 贄はお前だ」とタイプライターで書かれており、封筒には‘The Ripper’と綴られていた。
「おい、“The Ripper”って、犯人からの手紙じゃないか。なぜ、黙っていた?」
ホワードは睨むようにしてヘーゼルダイン卿の顔を見た。
だが、ヘーゼルダイン卿は無言のまま俯いていた。
「六番目? 六人目に殺されたのは、娼婦ではないのか?」
夏目の感じた疑問に一同が頷く。
「これが届いたのはいつですか?」
エドワードの問いに対し、執事が答える。
「八月二十日だったと記憶しております」
ホワードは腕を組み、「うむ」と唸った。
「娼婦を殺したのが予定外ということか? だが、イーストエンドにわざわざ足を運ぶことの方が前もって計画していたことと考えた方が分かりやすいが……」
ヘーゼルダイン卿は重い口を開いた。
「……最初はただの悪戯だと思った。だが、殺された女も、ジェンキンスも……身の回りの人間が殺され、ただ事ではない……そう思った。宮殿で、あの女を見た時は……気が気ではなかった」
「『女』というのは、ミランダさんのことですね?」
エドワードの指摘に対し、小さく頷く。
「最初は、死んだ妻と見間違えた。だが、あれから何年も経って……」
一同がヘーゼルダイン卿の言葉に耳を傾け沈黙する中、それを破るように「旦那様!」と、メイドが慌ただしく部屋の中に入ってきた。
「何だ? 騒々しい……」
「ジェームズ・マイヤー様が、エドワード様に 言伝があるとのことで」
メイドがそう言った直後、
「失礼する、男爵」
「何の用ですかな、伯爵殿」
ぶっきらぼうに答えるヘーゼルダイン卿に対し、ジェームズは帽子をとり、一礼する。
「すまない、緊急を要したのでな」
「……兄さん、何があったのです?」
ただならぬジェームズの雰囲気に、エドワードはごくりと唾をのむ。不意に、全身に悪寒が走る。
「……クリス嬢が、誘拐された」
エドワードは瞠目した。
「クリスが⁉ どうして……」
「手紙だ。差出人が私になっていたそうだ。喜び勇んで家を飛び出した挙句、夕方を過ぎても帰らないので、アンドリュース卿が心配して連絡を寄越したらしい。だが生憎、私はそのような手紙を出した覚えはない」
「そんな……」
エドワードは全身から力が抜けたように、床に膝をつき、 項垂れた。
「教授、大丈夫ですか?」
夏目がエドワードの肩に手を置こうとすると、ジェームズがこれを制止する。
「ハイゲイト墓地」
「えっ?」
エドワードは顔を上げ、ジェームズを見上げた。
「手紙に記されていた待ち合わせの場所だ。今は項垂れている暇などあるまい。暗くなればそれだけ探しにくくもなる。自身の手でこじ開けてやるんだろう? 真実の扉を……」
「もちろんです――兄さん」
エドワードは夏目、ホワードとすぐに部屋を出た。
家の中に入るなり、エドワードの姿を見たヘーゼルダイン卿は「またお前か‼」と一喝するが、
「そんなことを言っている場合じゃねぇだろう! さっさと息子の部屋を見せろ!」というホワードの怒声に負け、黙り込んだ。
スチュアートの部屋には机の他、クローゼットと寝台といったごく限られたものしか置かれていない。机上には写真立てが置かれ、写真には一人の女性が写っていた。写真立ての裏に「メアリー」と、「一八七八年九月一〇日」の文字が綴られており、これを見たエドワードは瞠目した。
――色素の薄い髪。それに、似ている。ミランダさんと、彼に……。
「どうかしましたか? 教授」
夏目も写真に目をやった。
「十年前の今日の日付にこの服……この写真に写っている女性は、いったいどなたでしょうか?」
エドワードが尋ねるが、ヘーゼルダイン卿はふんと鼻を鳴らし、「さあな」と不機嫌そうに答える。
「二十代で女性の写真といったら、恋人か何かだろう?」
ホワードの問いかけにも応じることなく、ヘーゼルダイン卿は、「まだこんな物を」と吐き捨て、写真立てを裏返しにした。
「本当に息子を探す気はあるのか? 今、この状況で息子の行き先を示す手がかりを持っているのは、あなた自身の可能性もある。誘拐なのか、ただの家出なのか、この部屋を見ただけでは何とも言えないではないか!」
夏目の言葉に、ヘーゼルダイン卿はぐうの音も出なかった。
「こうなれば死神でも何でも構わん。マイヤー、何としても息子を探してくれ! ここ数日、息子は病が悪化し、寝たきりになっていた。病弱だが、息子はスチュアートしかおらん。アイツがいなくなればこの家は終わりだ、頼む」と、彼はエドワードにすがった。
「死神って、人を何だと思って……」と、呆れ果てた様子で言う夏目に対し、エドワードは無言で制止の合図を送る。
「可能な限り努力はしてみます。ですが、その前に――あなたにとってスチュアート君はどういう存在ですか? 愛すべき家族、それとも、ヘーゼルダイン家の跡継ぎとしてしか見ていないのではないですか。少なくとも、あなたの先程の物言いからは、そのように感じてなりませんでしたが」
エドワードの向ける冷たい眼差しにたえられなくなったヘーゼルダイン卿は、無言で目をそらした。
エドワードは構わず言葉を続ける。
「被害者は、一人目から仕立て屋の娘、医者の娘、男爵令嬢、酒場の従業員女性、男爵、そして娼婦。この中で、貴族と関わりの深い親の職業は仕立て屋と医者。男爵令嬢については言うまでもありませんし、男爵にいたっては、あなたの賭博仲間。面識があります。では、酒場の女性と娼婦はどうでしょう? あなたが貴族の仲間入りを果たしたのは割と最近の話ですから、爵位を賜る前に関わりがあったとしても、おかしな話ではありません。 現に、それぞれ目撃情報もありますから。さあ、この一連の悲劇を終わらせ、スチュアート君を見つけるためにも、あなたの知っていることすべてを話してはもらえませんか? あなたの身の回りで起こっていることと解釈して間違いはありませんね?」
ヘーゼルダイン卿は、苛立たし気に拳を握る仕草を見せたが、その力を緩めた。
「……前回のポーカーのことと言い、お前。いったいどこまで」
「まだ確信を得たわけではありませんが、大方見当はついています。ですが、ひとつだけ分からないことがあります。あなたが以前言っていた『順番的に自分だ』というのが、何を意味しているのか――犯人から何らかの脅迫を受けたのでは?」
ヘーゼルダイン卿は、執事に命じて一通の手紙を出させた。
「これだ」
彼はぐしゃぐしゃに折り曲げられたその手紙をエドワードたちの前で広げて見せた。
そこには、「六番目の 贄はお前だ」とタイプライターで書かれており、封筒には‘The Ripper’と綴られていた。
「おい、“The Ripper”って、犯人からの手紙じゃないか。なぜ、黙っていた?」
ホワードは睨むようにしてヘーゼルダイン卿の顔を見た。
だが、ヘーゼルダイン卿は無言のまま俯いていた。
「六番目? 六人目に殺されたのは、娼婦ではないのか?」
夏目の感じた疑問に一同が頷く。
「これが届いたのはいつですか?」
エドワードの問いに対し、執事が答える。
「八月二十日だったと記憶しております」
ホワードは腕を組み、「うむ」と唸った。
「娼婦を殺したのが予定外ということか? だが、イーストエンドにわざわざ足を運ぶことの方が前もって計画していたことと考えた方が分かりやすいが……」
ヘーゼルダイン卿は重い口を開いた。
「……最初はただの悪戯だと思った。だが、殺された女も、ジェンキンスも……身の回りの人間が殺され、ただ事ではない……そう思った。宮殿で、あの女を見た時は……気が気ではなかった」
「『女』というのは、ミランダさんのことですね?」
エドワードの指摘に対し、小さく頷く。
「最初は、死んだ妻と見間違えた。だが、あれから何年も経って……」
一同がヘーゼルダイン卿の言葉に耳を傾け沈黙する中、それを破るように「旦那様!」と、メイドが慌ただしく部屋の中に入ってきた。
「何だ? 騒々しい……」
「ジェームズ・マイヤー様が、エドワード様に 言伝があるとのことで」
メイドがそう言った直後、
「失礼する、男爵」
「何の用ですかな、伯爵殿」
ぶっきらぼうに答えるヘーゼルダイン卿に対し、ジェームズは帽子をとり、一礼する。
「すまない、緊急を要したのでな」
「……兄さん、何があったのです?」
ただならぬジェームズの雰囲気に、エドワードはごくりと唾をのむ。不意に、全身に悪寒が走る。
「……クリス嬢が、誘拐された」
エドワードは瞠目した。
「クリスが⁉ どうして……」
「手紙だ。差出人が私になっていたそうだ。喜び勇んで家を飛び出した挙句、夕方を過ぎても帰らないので、アンドリュース卿が心配して連絡を寄越したらしい。だが生憎、私はそのような手紙を出した覚えはない」
「そんな……」
エドワードは全身から力が抜けたように、床に膝をつき、 項垂れた。
「教授、大丈夫ですか?」
夏目がエドワードの肩に手を置こうとすると、ジェームズがこれを制止する。
「ハイゲイト墓地」
「えっ?」
エドワードは顔を上げ、ジェームズを見上げた。
「手紙に記されていた待ち合わせの場所だ。今は項垂れている暇などあるまい。暗くなればそれだけ探しにくくもなる。自身の手でこじ開けてやるんだろう? 真実の扉を……」
「もちろんです――兄さん」
エドワードは夏目、ホワードとすぐに部屋を出た。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
夏の嵐
萩尾雅縁
キャラ文芸
垣間見た大人の世界は、かくも美しく、残酷だった。
全寮制寄宿学校から夏季休暇でマナーハウスに戻った「僕」は、祖母の開いた夜会で美しい年上の女性に出会う。英国の美しい田園風景の中、「僕」とその兄、異国の彼女との間に繰り広げられる少年のひと夏の恋の物話。 「胡桃の中の蜃気楼」番外編。
世界的名探偵 青井七瀬と大福係!~幽霊事件、ありえません!~
ミラ
キャラ文芸
派遣OL3年目の心葉は、ブラックな職場で薄給の中、妹に仕送りをして借金生活に追われていた。そんな時、趣味でやっていた大福販売サイトが大炎上。
「幽霊に呪われた大福事件」に発展してしまう。困惑する心葉のもとに「その幽霊事件、私に解かせてください」と常連の青井から連絡が入る。
世界的名探偵だという青井は事件を華麗に解決してみせ、なんと超絶好待遇の「大福係」への就職を心葉に打診?!青井専属の大福係として、心葉の1ヶ月間の試用期間が始まった!
次々に起こる幽霊事件の中、心葉が秘密にする「霊視の力」×青井の「推理力」で
幽霊事件の真相に隠れた、幽霊の想いを紐解いていく──!
「この世に、幽霊事件なんてありえません」
幽霊事件を絶対に許さない超偏屈探偵・青木と、幽霊が視える大福係の
ゆるバディ×ほっこり幽霊ライトミステリー!

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定


王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
月宮殿の王弟殿下は怪奇話がお好き
星来香文子
キャラ文芸
【あらすじ】
煌神国(こうじんこく)の貧しい少年・慧臣(えじん)は借金返済のために女と間違えられて売られてしまう。
宦官にされそうになっていたところを、女と見間違うほど美しい少年がいると噂を聞きつけた超絶美形の王弟・令月(れいげつ)に拾われ、慧臣は男として大事な部分を失わずに済む。
令月の従者として働くことになったものの、令月は怪奇話や呪具、謎の物体を集める変人だった。
見えない王弟殿下と見えちゃう従者の中華風×和風×ファンタジー×ライトホラー
※カクヨム等にも掲載しています
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる